我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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小競り合い

 

 

「協商連合は馬鹿ではないか!?」

 

 ターニャは確信を持って叫んだ。

 北方はノルデンにて、士官学校卒業前の研修として、哨戒飛行の任に就いていたのだが――まさかの協商連合軍による大規模越境に遭遇してしまった。

 1923年6月4日のことだ。

 

 

 ターニャが叫んだ理由は簡単だった。

 

 帝国軍の軍備を彼らは知らないのか、という意味合いだ。

 

 彼女の後方40km程のところにはノルデン空軍基地があり、複数の航空団が展開している。

 

 帝国陸軍は勿論だが、帝国空軍もまた優秀極まりない。

 

 協商連合における新政権は領土問題解決を公約に掲げており、念の為に警戒体制を敷いているというのはターニャがその空軍基地で聞いた話だ。

 スクランブル態勢にあった戦闘機やら近接支援機やらが飛び立っていることは想像に難くない。

 

 

 そのとき、ターニャに通信が入る。

 内容は少尉の昇進、友軍機及び友軍魔導師部隊による航空支援の為、敵地上部隊の位置を確認せよ、というものだった。

 

 

 彼女は歓喜した。

 簡単な任務で功績を上げられることに。

 

 しかし、そう安々と事は進まなかった。

 

 敵地上部隊の位置を確認し、報告して1分も経たないうちに管制官からの連絡が入る。

 中隊規模の敵魔導師部隊が低空を高速で侵攻しており、離脱せよ、と。

 ターニャは考える。

 

 友軍魔導師部隊が既にこちらへ向かっており、管制官によれば5分以内には到着するようだ。

 離脱の許可は既に出ているが、この優勢な状態で少しだけ欲張ってもいいのではないか、と。

 

 彼我の距離はまだあり、程良い速度で逃げれば戦闘時間を可能な限り減らせる。

 

 新米1人を追いかけ回している敵魔導師部隊を、横から殴り飛ばして殲滅するなど造作もないことだろう。

 逃げているところを助けてもらったのと、遅滞戦闘を展開しつつ、友軍部隊が攻撃しやすいように囮役を務めたというのでは天と地程も周囲の評価が違う。

 

 ターニャは不敵な笑みを浮かべた。

 彼女は無線が繋がっていないことを確認した上で、帝国側に向かって程良い速度で飛びながら、後ろへ向かって叫ぶ。

 

「私の昇進の礎となれ! 全ては後方勤務の為に!」

 

 

 

 

 果たして、彼女の狙い通りになったが、うまく行き過ぎてしまった。

 候補生であるターニャにすら、演算宝珠を含む最新の装備が渡されていたことが主な原因だ。

 他国の演算宝珠と比較した場合、帝国のものは性能面で大きく上回っていた。

 教範通り、ターニャは一撃離脱に徹し、敵魔導師部隊はその速度に翻弄されるしかなかった。

 彼らはその速度差があまりにも大きかった為に逃げることもできず、ただ彼女に狩られていったのだ。

 

 だからこそ、無傷でターニャは単独で8人の敵魔導師を撃墜し、更に4人を墜落させた。

 しかもそれを友軍の魔導師部隊の目の前で行ってしまったのだ。

 

 墜落していった敵魔導師達の確保に友軍魔導師達が赴く中、とんでもないスコアを上げてしまったターニャは後悔するしかなかった。

 

 そして、彼女にとってさらなる不幸が襲いかかる。

 友軍魔導師部隊が確保した4人の敵魔導師の中に、アンソン・スーという敵魔導師部隊の指揮官が含まれていた。

 

 開戦直後に新米が1人で敵魔導師中隊を壊滅させ、さらに敵の指揮官を捕虜にした。

 

 帝国史上、かつてない大戦果であった。

 

 

 

 

「どうしてこうなった!?」

 

 基地に帰投したターニャは報告を済ませ、その戦果を司令官や参謀達は勿論、多くの将兵から祝われた後、自室で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからも協商連合軍による越境は2週間程続いた。

 その度に帝国は国内外のマスコミに発表し、全世界に対して帝国は協商連合へ平和的解決を呼びかけている、とアピールした。

 あくまで仕掛けてきているのは協商連合で、帝国は被害者である、という立場だ。

 

 事実、協商連合軍が2日目に行った越境からは帝国軍側に多数の国内外の記者達が従軍記者としてやってきており、彼らはこぞって証拠を記録し、発信してくれた。

 

 空軍の厚意で偵察機に搭乗させてもらい、越境する協商連合軍の様子をカメラに収めた記者も複数いるくらいで、そういった写真が載った新聞が各国で発行され、帝国と連合王国、共和国の世論は協商連合を非難した。

 世論が動けば、政府も形式的であったとしても協商連合を非難せざるを得ない。

 また、帝国の世論は協商連合に対して戦争を、という過激なものに傾いたりはしなかった。

 領土問題解決の手段として、協商連合との戦争までいきたいか、というとそんなわけがなかった。

 裏から連合王国が帝国の世論に対して扇動工作をしてみたものの、帝国国民は全く靡かず失敗に終わった。

 

 

 

 一方で、帝国軍は国境から一歩も出ることはせず、あくまで国境を超えてきた協商連合軍を攻撃した。

 たとえ協商連合軍が国境の向こう側、すぐのところに集結していようとも、決して国境を超えることはしなかった。

 

 帝国政府及び帝国軍上層部から厳命されていた為だ。

 もしもそれを破った場合は今後の将来が残念なことになる、という脅し文句までつけていた。

 

 もっとも、北方方面軍には侵攻するという気は全く無かった。

 こっちが手ぐすね引いて待ち構えているところに、のこのことやってきて、迎撃すればあっという間に敵軍は壊滅し、逃げていく。

 

 地上部隊も航空機も魔導師も全てが帝国軍の敵ではなく、ただの的だ。

 しかし、そうであっても戦果は戦果である。

 簡単に戦果を挙げることができるのなら、わざわざ地形と気候が厳しく、インフラも帝国に比べて未整備なところが多い協商連合領には誰も行きたくはないというのが本音だった。

 

 現場で実際に戦う将兵にとっては簡単にスコアを伸ばせるが、司令官をはじめとした多くの将校はそうではない。

 目に見える功績として、協商連合の占領を、と最初こそは望んだのだが、あることに気がついてしまった。

 

 こちらには戦傷者こそ少数いるが、戦死者はゼロ。

 対する協商連合軍は戦死者も戦傷者も多数だ。

 

 戦死者ゼロで、一方的に敵軍に対して大打撃を与えられるのならば、それこそまさに帝国史上初の快挙ではないか、と。

 

 だからこそ、北方方面軍は亀のように引き篭もった。

 政府と上層部の言いつけをしっかりと守り、領内に侵攻してきた協商連合軍に対してのみ、苛烈な攻撃を仕掛けた。

 

 協商連合軍も少なくない兵力を動員してきたが、北方方面軍はそれらを尽く跳ね返し、甚大な出血を強いた。

 しまいには北方方面軍は魔導師部隊を集中的に投入し、敵魔導師部隊をそっくり捕虜にしたことまであった。

 

 やがて最初の越境から2週間を過ぎたあたりから、協商連合軍による越境は無くなり、それからさらに1週間程してから、協商連合政府は帝国政府の外交ルートを通じた呼びかけに応じ、ようやく交渉の席についた。

 

 陸軍3個師団をはじめ、多数の魔導師部隊、200機に及ぶ共和国からコツコツと購入して整えた航空戦力、そういったものをわずか2週間で協商連合は失っていた。

 それらを協商連合側は一切発表していなかったが、例えそうであっても気づく者は出てくる。

 何より、軍は元々やる気が無かった。

 彼らは帝国軍と自軍の差をよく分かっていた為に。

 しかし、今回は政府に押し通されてしまい、大規模な軍事演習という名目を掲げて越境し、大損害を被った形だ。

 

 当然、軍が現政府に対して良い感情を抱くわけがない。

 また、帝国とは良い関係にある経済界からの突き上げも強くなる一方だった。

 もはや、政府が戦闘継続を叫んだところでどうにもならず、協商連合は実質的に白旗を上げざるを得なかった。

 

 そして、いきなりとんでもない大戦果を挙げてしまったターニャはそのまま北方軍の魔導師部隊に配属され、敵魔導師や敵地上部隊の迎撃任務に就いた。

 実質的な戦闘終結までの2週間で彼女が挙げた戦果は――やはりとんでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、こうなったんだぁ!?」

 

 ターニャは自室のベッドで、枕に顔を埋めて叫んだ。

 

 無傷で敵魔導師を単独で32撃墜、共同撃墜24、装甲車両22、火砲12破壊という、まさしくエースになってしまっていた。

 彼女の所属する隊が哨戒飛行に出れば、たまたまタイミング良く越境してくる敵魔導師部隊や敵地上部隊。

 ターニャはやりすぎないように、と心がけていたのだが、目の前にカモがいれば撃ってしまうのが軍人だ。

 というより、そこで撃たないと上官や同僚から問題視されかねない。

 

 演算宝珠をはじめとしたエレニウム工廠製の魔導師装備は協商連合のそれを上回っており、また何よりもターニャの前にカモとして出てくる獲物は多かった。

 そういう意味では彼女は紛れもなく幸運であった。

 

 新米なのに、技量・戦功ともに抜群ということもあって、生前授与はまずない、銀翼突撃章を授与され、中尉に昇進してしまった。

 

 上官や同僚達からは白銀、ノルデンの小悪魔、戦闘妖精とか呼ばれたりとそれはもう好き勝手され放題だ。

 

 現状は悪くない、悪くはないはずだ――

 

 ターニャはそう思っている。

 エースとなれば後方に下げられ、後進育成の為に教官となれる可能性は高い。

 

 隊内でも浮いているということはなく、むしろ積極的にコミュニケーションを取っている。

 問題はないはずだ。

 

 協商連合との戦闘は終わり、あとは外務省の仕事になっている。

 もしも辞令が出るとしたら、もう間もなくだとターニャは確信していた。

 

 頼む――!

 今回の件で、教導隊とかそういうところへ回してくれ――!

 

 

 ターニャは心の中でそう強く願う。

 それを存在Xが聞き届けたのか、あるいは帝国軍上層部が合理的な判断を下した為か、数日後、ある辞令が彼女に出た。

 

 

 それは参謀本部直轄の戦技教導隊への異動であった。

 

 


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