しかし我ながらくどいなあと思うのですが、やはり登場人物の心情は丁寧に描写したいです。
それが出来ているどうかは分かりませんが……
_私が『人』ではなく【いかれ】だから、貴方は目を合わさないのですか?
心の内を覗かれるようだ。
じっと見つめてくる息子に悪意はないのだろう。だがその視線は圧を伴ってこの身を苛んでくる。
_ああ、また、だ。またも、こうなるのか。
いつぞやの焼き回し、奮い立てた心は半ば折れかけている。
あの日、あの病室で一歩踏み出したはずだ。心の内を晒し、弱さをさらけ出したはずだ。
_なにを今更躊躇うことがある。
どこの世界に息子に怯える父親がいるのだろうか。あの子のどこを見据えているのか分からない眼が怖いなど、何故そう思うのか。
__景寿郎、お前はいかれなどではない。
簡単なことのはずだ、ただ否定すればいい。そして堂々としていればいいのだ。
「景__」
言え。
「お前、は__」
言うんだ。
「____」
声を発したつもりだった。だが音は出ず、いくら気張ろうともその言葉を紡ぐことはできなかった。
_それは認めているからか?
そうだ…そうだとも。凡そ景寿郎はまともではない、気が触れていると言うのならばそうだろう。
けれども俺だけは、少なくとも父である俺はそれを否定してやらねばいけないのではないか?
__それが道理のはずなのに。
俺なりに景寿郎に歩み寄ったつもりだった。
慣れない気遣いもした。
けれどもう、本当はとうの昔に限界だったのだ。
それがいま分かった。
認めたくはなかった。
諦めたくはなかった。
だがその想いとは裏腹にやがて出た言葉は肯定だった。
「……そう、だな。そうなのかもしれない」
絞り出した本音はどうしたって取り繕えるものではなかった。最低で、最悪な唾棄すべき応えだ。
だというのに目の前にいる景寿郎は得心したように深く頷いていた。
__やめろ、違うのだ。
お前は今、実の父親に貶められたのだ!
だから、だからどうか怒ってくれ、俺を、父を叱ってほしい。
けれどもそんな
血を分けた我が子を見る。
__やはり……ますます似てきたな。
瑠火の血が濃いはずのこの子は一体どこまでゆくのだろう。
__その技を極めた先に、なにがあるというのだ。お前の剣技は空だ、虚ろでまるでがらんどうだ。
視線を外し、自分の両手を見る。細かな傷が散見する腕は研鑽の証であり、鬼殺の証である。
_だというのに。
鬼を屠り、人を守り、技を磨いてきた自身の身体と比べ景寿郎の肌に傷は見当たらない。
ある種の劣化を感じさせないその姿は、まるで一人だけ時が止まっているかのようだ。
__ああ……それが理由でもあるのだろう。
息子を避けてしまう理由。その最たるものは歪な精神にあれど、随所に異様さが伺える。
喜怒哀楽をださない貌も、その平坦な声も、作り物めいた肌の白さすら恐怖を誘う。
_いっそ逃げてしまおうか。
自問する。
全ての事柄に、一切合切見切りをつけてただ殻に閉篭もる。
それは何とも甘美な誘惑だった。
__この恐怖も、劣等感も、時が経てば薄まるのだろうか。
__いつか、景寿郎を息子としてきちんと受け止めてやることができるのだろうか。
結果はどうなるか分からない、どれほど時間がかかるか見当もつかない。
だが今こうして愚かにも体を竦ませ、縮こまっているよりかは有意義なのではないだろうか。
__俺は…もう、景寿郎を息子として見れない。
__少なくとも、今は無理だ。
そうして俺は息子から目を背けることにした。
いつか、誰かがこの現状を変えてくれることを期待して。
それはお館様なのか、自分自身なのか、あるいは未だ見ぬ誰かなのか。
それはまだ、分からない。
__すまない。
謝罪は誰に向けた言葉だったのか、今の俺ではそれすら曖昧だった。
#
父とお館様の従者達が退室したのを機に私は平身した。
「……先程は無礼を働きました。お詫び申し上げたく」
誠心誠意、心を込めて、そう【見えるよう】に謝罪した。
__何故、私はあのように思ったのだろうか。
『わたしは君を知りたいんだ』
その言葉を聞いた時に感じたのは形をなさない怒りだった。何を対象とするわけで無く、唐突に己が内より出ずる曖昧模糊とした衝動に身を任せた反発。
__冷静ではなかった。
その原因はきっと直前の父との会話だろう。ようやく親子が歩み寄れたのだ、いくら蒙昧の私と言えど浮かれてしまうというもの。
有り体に言えば気が緩んでいた。
しかしたとえ初めて父と想いを交わすことが出来たとしても、お館様にその応酬は関係がない。
__軽率な行動をした。……改めねばならない。
組織の長に取るべき態度ではなかった。今後の関係を拗らせるわけにもいかない為、ここは謝っておくのが正しい選択だ。
私の突然の謝罪にお館様はゆっくりと首を横に振る。
「此方こそすまないね。突然驚いただろう?無理強いするつもりはなかったんだ」
私が顔を上げると変わらず笑みを宿したお館様がいる。その表情は此方を気遣っているようにすら見て取れた。
__優しい方、なのだろう。
随分と想像とかけ離れた人物だった。出会う前は、鬼殺を成さんとする者達を束ねる存在なのだからさぞかし生気に溢れ、意気軒昂な御仁だと想像していた。
_だが、どうだ。
己が【眼】を見開き、眼前の男を凝視する。
瞬きもせず、ただじっと見つめる。
そうしているとやがてお館様の身体は【透け】始める。
衣服を通り、肌を抜けると骨、筋肉、各部臓器が浮かび上がる。
結果は先程と同様、やはり弱者。およそ健康体ではない。
外見は若々しいがその中身は年齢に見合わず【劣化】している。
鼓動は弱く、脈は不安定。骨は薄く、血の巡りは悪い。まるで長い年月を生きたかのように身体は年老いてた。
_極め付けはこの【陰り】だ。身体の至る所に奇妙な黒ずみがある…怪我の類ではなさそうだが…なんだ、これは。
その影は蠢いていた。蚯蚓のように、あるいは百足の如くお館様の身体の中を這っている。
ぐじぐじと、わらわらと、時折骨を削ぎ、肉を咀嚼しながら移動している。
__肉体内部の不自然な劣化は明らかにコレが原因だろう…なんと形容すればいいのだろうか。
呪い、穢れ、あるいは怨念。そういった負の要素を凝縮したかのようなおどろおどろしい何か。
__そう眺めていたいモノでもないな。
瞼を閉じ、数秒【眼】を暗がりに浸す。そうして今度はお館様から焦点を外して其方を見る。
その像は朧げで輪郭ははっきりしないが、少なくとも人の外見は分かるくらいには姿を【目】で捉えている。
そんな私を不思議に思ったのか、お館様は疑問を投げかけてくる。
「どうかしたのかな?」
「いえ……お気になさらず」
私はいつものように曖昧に誤魔化した。この【眼】のことは誰にも話したことはない。
その景色が見えるようになってから、どれだけの時間が経ったろうか。
初めは鬼との戦闘の
どうやらその【視界】は深く集中すればするほど切り替わるらしく、生物以外に透過は適応されなかった。
身体の内が透けて視える。敵の動きが、より鮮明に、明確に把握できる。
この力は鬼との戦いにおいて大いに役立った。
筋肉の流動で行動を読み、肺の収縮で攻撃の間隔を把握し、流れる血の【うねり】で血鬼術の発動をいち早く感知する。
それはまさしく天眼、掛け値無しの神通力だった。
惜しみなく使った、生き残る為に、技を磨く為に、こたえを得るために。
次第に発動する間隔は短くなっていく。
だがその異能と言うべき眼の代償は安くはなかった。
十を過ぎ、百を超える頃に、私はその異常に気がついた。
__瞳が戻らない。
視界は意識せずとも【透き通る世界】へ変化する。それは極度に集中した戦闘の間のみならず、普段生活している折にも人々や動物が透けて見えた。
何とも奇怪な世界だった。
老若男女、獣尽く、皆骨と肉を晒して街を闊歩している。
__気味が悪い、なんだこの有様は。
ただひたすらに不快だった。空も建物も草木も石や砂の一粒すら普段どおりにも関わらず、生物だけが滑りを帯びた紅い体躯を私に見せつけてくる。
もはや人の人相すら区別がつかないその視界を、苦心して制御できるようになったのはつい一年程前のことだ。
現在は生物から目の焦点を意図的にずらすことで透過を抑えられている。
だがこんなおかしな眼のことを正直に告白すれば迫害されるのは目に見えている。
__きっとそうに違いない。
人は、他者があまりに己の常識と乖離した存在であると認識した時、取る行動は二つ。
不干渉か排斥か、この方がどちらを選ぶかはわからないが何れにせよ態々自分の立場を危うくさせるような発言は控えるべきだろう。
そう思って何も言わないでいると、不意にお館様が立ち上がる。
「今日は天気が良い、庭で話そうじゃないか」
断る理由もないため了承すると、お館様は私の手を取り、立たせてくる。が、僅かにふらつく彼を支えると、困ったような顔で呟かれた。
「参ったな…わたしの方が年上なのに。やっぱり良く鍛えているんだね、体幹がぶれない」
「……まあ、こんな生業ですので」
肩を貸しながら部屋を出て廊下を進み、庭へ着くその間もお館様は絶え間なく私に話しかけてくる。
「服の上からはとてもそうは見えないけれど、槇寿郎が柱に推薦するだけはあると言うことかな?」
彼は足を引きずりながらもどこか楽しげに私に聞いてくる。
「……親の贔屓目ではないでしょうか」
「まさか。あの子は腐っても柱だよ。我が子可愛さに自ら降りて息子にその座を明け渡すとでも?そんなことは絶対にしないよ」
当たり障りなく返答すると、やんわりと、しかし絶対の自信を持って否定される。
「それは……そうですね。父は厳格な人ですから」
「そう。それでいて…涙脆い」
__確かに、そういう一面はあった。
心中で同意する。父はよく家で泣いていた。
__そう言えば、その度に母が慰めていたな。
昔の記憶を思い返す、まだ家族が私の所為で狂わないでいたあの日々のことを。
それはまだ私が煉獄の家で過ごしていた時のことだ。
ある夜に厠へ行きたくなった私は、兄弟川の字で寝ていた寝台から這い出ると一人暗い廊下を歩いていた。
すると何処からかすすり泣く声が聞こえてきた。
その声の源は両親の寝室で、私はこっそりと襖を開けて中を覗くと、父が母に縋り付いて涙を流しながら何かにひたすら謝っていた。
__これは見てはいけないものだ。
私はなんだか気不味くなって厠の用も忘れ、そそくさと寝床へ戻った。
後日そのことを母に尋ねると悲しそうな顔をしながら、渋々だが話してくれた。
__あの人はね、救えなかったことを悔やんでいるの。
母が幼い私を抱え、ぽつぽつと続ける。
それは任務で命を落とした者達への謝罪だったそうだ。
共に戦い命を散らした隊士や、あと少し到着が早ければ助けられたであろう人々へ父は謝っていたらしい。
__馬鹿なひと……どれだけ強くなろうとも、神仏ならいざ知らず、私達はただの一人の人間なのに。
母に頭を撫でられる。その通りだ、いくら悔やんだところでそれは堂々巡りだろう。
死者はただ土へ還り、嘆くばかりは生者のみだ。
__景寿郎、よく覚えておきなさい。自分の腕は二本しかないの、貴方のその両掌で掬える命の数は限られている。
母の腕から降ろされ正面に座らされる。
__大切なのはその取捨選択を如何にするか。…どだい総てを救うことなど不可能です、その中で貴方は見つけなければなりません。
『何をですか、母上』
__やりたいことと、やるべきことを、です。
あれはどういう意味だったのだろうか。母はよく私に抽象的な助言を多くした。その殆どが理解できないものばかりで未だに答えは謎のままだ。
「ほら、見えてきた。ここで腰を落ち着けよう」
そんな物思いに耽っていると、前方に見事な枯山水が姿を現わす。お館様は縁側に腰を下ろすと、息を整えて横に座るように促してきた。
「では…失礼して」
前回の父との反省を踏まえ、誘いは断らずに少し間隔を空けて横へと座ると、お館様は満足そうにしている。
「うん……なんだろうか…こう、良いものだね」
「……何がでしょうか」
「歳の近い子と話す機会が中々無くてね、なんというか…少し、嬉しいんだ」
「そうですか」
「素っ気ないね。景寿郎は…こうやってただぼんやりと景色を眺めて、思いのままに話すのは嫌いかな?」
「別段、不快というわけではありませんが」
___先程からこの方はどういう腹積もりなのだろうか?
いよいよ困惑が頂点に達しそうだった。
そもそもどういう用向きなのだろう。父にはお館様が話したいと言っているからとは聞いていたが、現状ただ益体も無い会話を繰り広げているだけだ。
『景寿郎には心を磨いてほしい』
文にはそうとも書いてあった。
_意味がわからない。これがそれに繋がるのか?
「あの……お館様」
「できれば耀哉と呼んでくれないか?」
心なしか口調が砕けてきているような気さえする。
他の人間がいた時とはうって変わってころころと表情が移り変わる顔は年相応に感じられた。
……私とは違う、その在り方は健全そのものだ。そう錯覚しそうになる。
「では……耀哉様と」
『かたいね』と笑う耀哉様はとても楽しそうだ。親しげに話しかけてくるその態度に思わず絆されそうになる。
__呼び方なぞどうでもいいが、なるだけ意向に沿うようにすべきだろう。
だが、もういいだろう。この【茶番】は飽き飽きだ。
「……そろそろ本題に入っていただきたい」
居住まいを正し、そう告げると産屋敷耀哉は微笑んだ。
「なら君も本音で話してくれないか?」
その貌は初めて見るものだった、淡い笑みを浮かべ、眼差しは穏やかで我が子を見るように此方を見つめている。
しかしそれは、私に向ける感情としてはおかし過ぎる。
__ああ、此奴もいかれだ。
狂っている、そも此処は鬼殺隊本部、隣の男はその長である産屋敷耀哉。人から鬼へと変化した存在を殺す集団の旗頭が狂っていないはずがない。
やはり被っていた、優しい子供の仮面を。
いや、それはきっとこの方の一面でもあるのだろう。だが魅せ方によって相手に如何様にも捉えさせるその掌握術は成る程流石は【お館様】だ。
「……本音とは、どういうことでしょうか?」
「先に言った通りさ。思いのままに話してほしい、取り繕うことなく、ただ誠実に。わたしは
__魔性の声だ。
咄嗟に腰に手をやるも、得物は屋敷に入る前に預けていた。
「お前は……なんだ?」
景寿郎は距離を取り、その存在を【睨みつける】。
片や心を知らず、その剣技神域に達す者。
「君こそ、なんだい?」
耀哉は動かず、その笑みは依然として【崩れない】。
片や己の価値を知り、いのちのこたえに辿り着いた者。
未だ幼い二人の気狂いは、今漸くお互いを認識した。
なんとなくの設定開示 1
景寿郎の一人称である【私】は一番近くにいた存在である自身の母親から移ったものです。