炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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最終回みたいな話になってしまいましたが一応プロローグ終了ということで。
この後は原作に入るまで時系列がばらばらの小噺を書こうと思っています。

原作に入ればもっとスムーズに話が進む…はずです。


灯火

景寿郎は目の前の存在の異様さを漸く正しく認識した。

穏やかに笑うその内は激しい祈りと渇望で溢れている。その精神性は大樹に等しく、何かを殺す力無くして、数多を虜にするその魂の強さ。

 

__自分とは対極の存在。

 

ひたすら剣の腕のみ磨き上げ、人と【関われなかった】景寿郎とは違い、耀哉は何処かの誰かの終着点。命の終わりを看取る者、人の想いに【触れ続けて】自分の心を鍛えた男。

 

ひたすら内に向かった景寿郎と、ひたすら外に向かった耀哉。

 

「私はどうやら……お前のことが嫌いなようだよ」

 

出会った時に感じた僅かなしこりはこの短時間のうちに嫌悪へと成長した。

 

その景寿郎の言葉を聞いた耀哉は笑っていた。楽しそうに、我が子の成長を見守る親のように、変わらず、動かず、崩れない。

 

「嬉しいな。ようやく君がわたしを見てくれた……その【つまらない】能面のような貌も変化があったようだしね」

 

ともすれば悪態にも取れるその台詞に険はこもっていない。耀哉は景寿郎の豹変に心底喜んでいる。

 

__さあ、もっと吐き出すんだ。十五年溜まった心の整理を今、始めよう。

 

耀哉は安堵していた。景寿郎の本音を暴き、自分に向けられた感情に感謝すらしている。

そもそも景寿郎は精神が幼い、その事実を耀哉は会話の中で察した。

 

__普段の超然とした態度は彼が今まで本当の意味で会話などしたことが無かったからだ。

 

額面通りに言葉を理解することはできるだろう。だが内に込めた想いを理解することはしてこなかった、否、できなかった。

 

__ならばその心は経験乏しく、童の様に未だ幼いのではないか?つつけば激しく【反応】するのではないだろうか。

 

したがって景寿郎の耀哉への異様な反発はある意味正しかった。

 

_知られたくはないだろう、気味が悪いだろう。人の心にずけずけと遠慮なく入って来られるのは堪らないだろう。

 

自分が恨まれるのは構わない。それよりも先に目を向けるべきだ。耀哉は【お館様】として、ひとりの【人間】として景寿郎の心の弱さを克服して欲しかった。

 

__いずれその隙は大きな弱点となる。心苦しいがここで一度、叩いておきたい。

 

それは紛れもなく、景寿郎を慮ってのことだった。

 

「顔……?」

 

一方の景寿郎は混乱の極致だった。

なにせ罵倒した男があいも変わらず笑っているのだ。それは心が未熟な景寿郎にとってはなんとも恐ろしく、また腹立たしかった。

 

__此奴は何故、何もしてこないのだ。

 

景寿郎にとって他者との関わり合いにおいてお互いの意見が合わず、また齟齬を感じた時にとる行動は排斥(にげ)だった。

 

『意味が分からない、彼等は頭がおかしいのだ』

 

そう思って自分でも気がつかない内に避けていた。

 

『理解できないのは私がいかれだからだろう』

 

そう自分を苛んで(慰めて)殻に閉じ籠って生きてきた景寿郎に耀哉の気持ちは分からない。

 

__ただ私が最も気に入らないのは。

 

何故自分は人の気持ちが分からないのかという憤りだった。耀哉への嫌悪よりも遥かに強く、濃い感情は自分への怒り。

 

__だから父にそうしたように、私は問わねばならない。

 

自分の生を肯定する為に。

 

__どれだけ困難な道だろうと、私に出来ることなど、そう多くはないのだから。

 

景寿郎は一歩、一歩と開けた距離を恐る恐る狭める、耀哉にすり足でおっかなびっくりに近寄っていく。

 

「お前は、いかれだ。どうして悪感情を向けられて笑っていられる。そんな、そんな半死人のような身体でどうして私に構っている。なんで……そこまで【そう】して在れる」

 

問いに逃げることは許さないとばかりに詰め寄る景寿郎だったが、溢れた言葉は支離滅裂だった。

自分が何を言っているのか分からない、ただ心中に浮かんだ【ことば】をひたすらに吐き出していた。

 

「こんな蒙昧な男の何が面白い、どうして笑っている。嘲りか?憐れみか?それともそれがお前の【こたえ】か」

 

「……君の言う【こたえ】とやらは分からないけれど、それ以外なら問いは返せるよ」

 

耀哉はそう言うと景寿郎の手へ自分の手を重ねる。

ゆっくり、想いが伝わるようにと。

 

「今度は、叩かないんだね」

 

「……お前の答えを聞いていない」

 

景寿郎が耀哉の手を振り払わなかったのは身体が弱いと視て知ったからだ。この男がどれだけの痛みを堪えて今話しているのかと考えただけだ。

 

__それだけの、はずだ。

 

「はは……景寿郎の手は随分と暖かいね。肌の白さと違って、体温はかなり高いのかな?」

 

「茶化すな、もうその手の誘導は意味がないぞ」

 

__母上と似ているなど、と。あの人は特別だ、他のだれよりも。

 

どうして耀哉と会った時に思ってしまったのか。ただ景寿郎は、理屈以上の何かをあの時感じていた。

 

『__いつか兄上のことをわかってくれる人にきっと出会えます。それまでどうかご自愛ください。いつか…きっと母様のような方に__』

 

煉獄の家を出る折に千寿郎から言われた言葉を思い出す。

 

__この男は、もしや本当に。

 

耀哉が笑う、寂しそうに、笑う。

 

「身体が弱いのは…鬼舞辻の呪いだよ。遠い祖先である彼が鬼に堕ちた時から続く忌まわしい病魔さ」

 

__……アレはそういうことか。

 

呪いなどとは言わない。事実鬼がこうして夜を跳梁跋扈している現実が、景寿郎にするりとその事実を飲み込ませた。

 

だがそれでも自分に構う理由は思い当たらない。

 

「私は戦力目当てか……まあこんな男だ。重宝される理由といったら精々が剣の腕くらいだな」

 

自嘲する。ああ…なんだ、散々知りたいだの、友になりたいだの言っておいて結局ソレだ。

 

その返答に景寿郎は耀哉への興味を失いつつあった。

どれだけ言葉を取り繕うと、煉獄景寿郎といういかれは鬼を狩るしか能が無いのだと思い知らされる。

 

__馬鹿か、私は。いや……確かに阿呆だったな。

 

耀哉から目を逸らして俯く。

 

__柄にもなく、期待していたようだな。あるいはこの方ならば、と。

 

重ねた手を解こうすると、身体の状態からは考えられない力で耀哉は景寿郎を離さない。

 

__なんだ、もう話すことはないだろう。

 

「うん……それも勿論あるよ」

 

__それも?

 

「わたしが君をかまう本当の理由はね…景寿郎が優しい子だからだよ」

 

「…………は?」

 

唖然とする。景寿郎は理解が追いつかない。思わず下げた頭を上げると耀哉はやはり笑っていた。

 

「そうじゃなかったらどうして嫌いな筈のわたしの話を、こうして飽きもせず聞いてくれているんだい?」

 

「……そもそもお前が私を呼んだのだろう。だから来ただけだ」

 

__それが答えだ。

 

「じゃあ……そうだな。質問を変えよう、君が鬼殺隊に入った理由はなにかな?」

 

「刀を繰るのが一番得意な事だった。鬼殺が家業だった……それだけだ」

 

景寿郎は脈絡のない輝哉の問いに困惑しながらも、淀みなく答えていく。

 

「鬼を狩るのは命懸けだ……そんな下らない理由で続けていられると思うのかい?」

 

「どういう…意味だ。私にとってはそれが全てだ、それで十分だ」

 

__他の者に比べ、私の鬼殺にかける熱が低いは認めよう。だが、それがなんなのだ。

 

耀哉は景寿郎へ言葉を続ける。

 

「無理だよ……人はそんな動機で鬼とはいえ元々人間だったものを殺せない。景寿郎が鬼殺隊に入った理由はね……きっと誰かを幸せにするためさ」

 

耀哉の自信ありげな発言に景寿郎は嘆息した。

 

__此奴は巫山戯ているのだろう。先程の理由がどうして人を幸せにするなどと言う妄言へ繋がるのだろうか?

 

「……その顔は信じていないね」

 

「当たり前だろう。私の理由のどこに他人が介在する余地があったのだ?」

 

「そんなものはないよ。ただ結果として君は鬼を殺すことによって犠牲になるはずだった人を助けている。まだ見ぬ誰かの未来を紡いでいる、ならば景寿郎は大勢の人々を幸せにしているさ」

 

それは滅茶苦茶な理屈だった。

 

「……結果論だ。…私はそんなことを考えたことすらない、ただあるのは何かを殺す才能だけだ」

 

気づけばどちらともなく、応酬は白熱していく。

 

 

「つまりそれは何かを生かす才能ということだよ」

 

「それこそ屁理屈だろう、物事には正邪があるがそう易々と見方を変換できるものではないのだ」

 

「景寿郎は頭がかたいなあ」

 

産屋敷耀哉はクスリと笑い。

 

 

「お前が能天気過ぎるのだ」

 

 

煉獄景寿郎はむすりと呟く。

 

 

その姿は年相応で、側から見れば少年達の関係は紛れもなく【友人】だった。

 

 

そんな両者を見守っていたのは屋敷の鎹鴉だけだった。

 

 

 

 

 

 

ああだこうだと言っている内に気づけば日はとっぷりと暮れていた。

 

飽きる程言葉を交わし、弁舌をふるい、この舌戦を遂に制したのは耀哉だった。

 

「難しく……考える、必要はないよ。ただ君が鬼殺隊にいる限り…日々誰かを救っている……それで、いいんじゃ…ないのかな」

 

「わかった……もう…分かった」

 

お互い息も絶え絶えだった。だらしなく縁側に寝転び、荒れた呼吸を鎮めている。

 

__鬼を狩るよりも疲れた。

 

普段からそう喋る方ではない景寿郎は何故か、病弱な筈の耀哉と同じくらいに消耗していた。

 

__体力よりも、気力が持たん。

 

なにせ相手は言葉だけで鬼殺隊を従えてきた百戦錬磨の討論者、家族とですらここまで長くは会話した記憶がない景寿郎が相手取るには些か以上に厳しいものだった。

 

息を整え、居住まいを正すと改めて耀哉は景寿郎へ諭す。

 

 

「そもそも君が剣の腕しかないというのならば、わたしはこうやって【喋る】ことしかできないんだよ」

 

産屋敷耀哉は努力の人である。

 

幼い頃に父を亡くし早々に【お館様】となった彼は隊士達に対して凡ゆる助力をしようと努力し、その尽くを失敗した。

唯一まともにできたことは【笑みを絶やさず、声をかけること】だが、それでよかったのだ。

 

「けれどもその誇りは妻に教わったんだ。『それで良い、貴方は十分に誰かの役に立っている』とね」

 

__一体なんの話だろうか?

 

景寿郎には分からない、耀哉が何の話をしているか、何に想いを馳せているか。

 

ただ、その姿がどうにも眩しくて、なんだか耀哉が酷く羨ましかった。

 

__ああ、この男はきっとそれが【こたえ】なのだろう。

 

__私の求めるものではなかったが、今まで聞いた中で誰よりも綺麗なこたえだ。

 

いつのまにか景寿郎の中で耀哉への嫌悪はすっかり消えていた。と同時に此処にいる意味も無くなっていた。

 

「色々と……失礼した」

 

耀哉を正面から視界に【捉える】。

もうあたりは暗くなっていた、ならば今からは狩の時間だ。

帰り支度をしながら、景寿郎は耀哉に続ける。

 

「今更取り繕うことはしないが、どうか許してほしい。私は貴方を誤解していたようだ」

 

景寿郎には耀哉が透過して見えるが、もうその姿はしっかりと刻み込んだ為、忘れることはないだろう。

 

その言葉を不思議そうに聞いている耀哉に一度深く頭を下げると景寿郎は立ち上がる。

 

「君が優しい子であることは認めてくれたかい?」

 

座ったまま耀哉は再度問いかけた。

 

景寿郎は後ろを向き、それに応えようとはしない。

 

やがて少し歩くと、振り向かぬまま耀哉に応答する。

 

「すまない……お館様(かがや)、私はどうしても自分が優しいとは思えない」

 

空を見上げるともう月が中天に出ていた。

 

月光を浴びながら景寿郎は宣言する。

 

「だが……お前がそう思ってくれていることは伝わった。嗚呼…しかとこの身に焼き付けたとも」

 

景寿郎の背後で耀哉が揺れた気がした。

 

「ならばこれより私は貴方の刃。未だ情を知れず、愛を知れず、心が分からぬ私ですが……【想いは知った】」

 

自らの使命を為すために、鬼を狩るために、夜を駆ける。

 

「ほんの些細な、本当に僅かな【きっかけ】でしか無かったが、今はそれで事足りる」

 

__私は何の為に生きているか、それはまだ分からない。

 

__だが少なくとも鬼殺隊(ここ)に残る理由はあったようだ。

 

 

炎柱 煉獄景寿郎はこれからも生きていく。

 

「私は蒙昧、いかれでは御座いますが……刀を繰るのは、得意ですから」

 

がらんどうに火が灯る。それはまだ小さく、種火のような火だったが決して消えることはないだろう。




力量が足りなくて申し訳ないのですが、これだけは知っておいて欲しいということは、何だかんだ二人ともまだ子供であるということです。
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