炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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難しい…どう書けばいいものか。

感想欄でのご指摘で改めて自分の文章を読み返して見ると不知火の描写が思った以上に霹靂一閃だったので一部表現を柔らかくしました。

やはり動作を言葉で再現するのは難しい…もっと原作を読み込まなければ……


ある鬼の末路

走る。

 

ただひたすらに走っている。男は何かから追われていた。

月明かりが照らす山の中、最小限に音を抑え、しかし少しでも遠くへと、飛び出そうになる程うるさく鳴る心臓を抑え、何処へ続くかも分からぬ山道を駆けていた。

あたりに光源は見当たらず、月が出ているといっても常人にはこの暗い山を木々にぶつかる事も無く、進んでいく男は紛れもなく人外だった。

 

「くそっ…なんだってんだよ畜生が。俺が逃げてるだと…認められるか!」

 

口調は荒いが、やはり声量は抑えられており否応無く男に現実を突きつけてくる。

_己は心底震え上がっていると。

 

なんでだ?怖いものなんてない、変わったはずだ、あの方に会って己は変われたはずなのに……どうして震えが止まらない!

 

自分は転生した筈だ。矮小な人の体を捨て昼を捨て夜を闊歩する怪異へと昇華したのにも関わらず、今はみっともなく逃げ惑っている。

理由はわかっている、単純に遊び過ぎたのだ。

 

偶々その日は上物の若い女を捕らえたからといって調子に乗って喰うのに時間をかけていたら、いつのまにか捕捉されていた。

急いでその場から離れ、かれこれ一時(いっとき)は走り続けているのに未だに振り切れないのは、間違いなく奴等だからだろう。

 

「なったんだ……成ったのにっ」

 

そう己は鬼だ。人肉を喰らい、あらゆる外傷はたちどころに治り、異能の力を行使する超常の存在だ。

 

それがこの有様、なんと忌まわしき事態だろうか。

 

「アレか……あの連中なのかよっ!」

 

思わずついた悪態は思いのほか周囲に響き渡る。慌てて両手で口を塞ぐも音はもう周囲へ木霊した。息は荒く、緊張から汗が吹き出す。頬を伝わりやがて地面に落ちるその音さえ今は恐怖の対象だ。

 

_まずい、聞こえたか?

 

茂みに身を隠し耳を澄ませる。慎重に、注意深く。

いまや動くものは虫や動物のみ、当然人語を発する者は己ともう一人だけ。

そう本当は分かっていたのだ、現実から目を背けようとも男にはそれがなんなのか知っていた。

 

_鬼殺隊…鬼狩の奴等だろっ!

 

太陽の光を除けば唯一の天敵といっても過言ではない存在。鬼と対極をなす者達。

日輪刀と呼ばれる特殊な武器と脈々と受け継がれてきた呼吸法という鬼を狩る技術。

それらを扱う鬼殺隊という組織こそが自分の安寧を脅かす癌であると知っている。

 

_我慢ならねぇ、怯え竦んでいるなど性分じゃない。殺してやる…なんとしてでも!

 

日が昇るのが近い、そうすれば自分に勝ち目はなくなる。覚悟を決め震える身体に喝を入れ男は立ち上がった。

 

_大丈夫だ、初めてじゃない。鬼狩とやりあうのは三度目だ、己の血鬼術は生半可な実力では破られない。

 

_それに…死ぬにしてもアレは駄目だ。

 

中空の月を睨みあと数刻で日輪へと変わるソレに、拒絶反応地味た身震いを起こす。

男にはまだ鬼に成り立ての頃、興味本位で陽光の下に出たことがあった。

 

 

変化はすぐに起きた。

 

 

__熱い、熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっぉお!ぉアァア‼︎

 

身を焦がすとは正にあの事だった。全身の細胞が壊死していくのが分かった。肌は赤く溶岩のように膨れ上がり目は潰れ耳は聞こえず全身を針で刺したかの様な痛みが襲ってくる。地獄があったらそれはきっとあのような責め苦を永遠に味合わされるだろうと確信できるほどそれは己にとっての絶望だった。

 

_たまたま雲が太陽を覆わなかったら生きてはいなかった。

 

這々の体で日陰に転がり込み、身体を癒すのに実に一月を要したのは苦い思い出だ。

 

_あの苦しみよりは刀で斬られることくらいどうってことはない。

 

無論死にたい訳でもないが。男は何より陽の下で焼かれる死に様だけは御免だった。

 

__血鬼術 怨嗟黒縄(えんさこくじょう)

 

一度切り替えて視線を上げれば何のことはない、山は静かに存在し、風が僅かに吹くだけ。この地そのものは何者の意思を介すわけでもなくただそこに在るだけのこと。あんなに縮こまっていたのが酷く滑稽に思えた。

 

_臆さず、殺す。

 

身体より湧き出る己が血鬼術、黒縄を身体に纏わせ全身を固めていく。出来上がるはこの大正の世には珍しい七尺を優に超す大男_否、怪力無双を誇る鬼である。

 

鬼は近くに生えている木を無造作に掴むと、そのまま大した力も入れずに引き抜いた。そうして調子を確かめるかのごとく数回振るうと、身を隠せそうな木々や岩を抜いた大木で薙ぎ払う。

 

「出てきやがれ鬼狩っ!俺は此処だ……頸が欲しいなら姿を表せ‼︎」

 

砂埃が舞い、まるで嵐のように周囲のモノを削ぎ落とし視界が晴れるとそこに一人の男が立っていた。

 

__出たな……女。いや男か?

 

濡れ羽色の髪は綺麗に切りそろえられており僅かに肩にかかるほど、面は非常に整っており成る程十人が見れば全員非の打ち所がない美人だと言うだろう。だが五尺八寸ほどの身長と骨格から察するに男だろうと鬼は当たりをつけた。

 

__しかし、気配を全く感じなかった。追われているときにあれだけ放っていた殺気が微塵もないのはどういう絡繰だ?

 

おまけにあれだけ周囲を吹き飛ばしたのにも関わらず視界の端ですら此奴を捉えていない事実に鬼は内心冷汗をかいた。そしてある予想が頭をよぎる。

 

大男__鎧器( がいき)は今まで二度鬼狩を降したが、その折多少拷問したので鬼殺隊のことをそこらの野良鬼よりかは知っている。

なんでも強さによって階級が分かれているとか。

日輪刀は持ち主によって色が変わるだとか。

呼吸法にはそれぞれ明確に種類が存在する等々、聞いてもいないのに余計なことまで話すものだから苛ついて結局すぐに殺してしまったが。

 

__たしか類稀なる実力者は柱と呼ばれる、んだったか?

 

この眼前に立ち塞がる男は件の柱ではないかと思った。

なら鎧器に取れる選択肢は逃げの一手しかない、流石に鬼殺隊の頂点に君臨する強者相手に戦えると思うほど自身の力を過信してはいなかった。

 

故に鎧器はどうにかして隙を見つけ逃げ出そうと考えていると妙な事に気がついた。

 

__なんだ?奴がえらく大きく見える。

 

男もそこそこの長身とはいえ鎧器はいまや血鬼術を身に纏い七尺を超えている、当然視線は男の頭頂部に向いていたのだが。

 

合っている、完全に平行線上に奴の眼がある、これはどう い う。

 

 

「炎の呼吸だ。型は壱、名は不知火」

 

不意に男の口が開いた、慌てて注視するとそれはそれは奇妙だった。よりはっきりと顔を見ることが出来るようになった鎧器がその顔に抱いた感想は人形だ。

眉も瞳の瞳孔すら微動だにしないそれは一見すると磁器人形のそれを思わせるが声を発し唇が蠢くことで辛うじて男に人間味を感じさせる。

しかしその他の顔面の部位が動かず口だけ揺らめくその光景はなんとも言えない違和感がつきまとう。

 

__気味が悪い。

 

そう思うと同時についに男の身長が鎧器を超した。明らかな異常事態にいよいよ頭が追いついていかなくなる。

 

「なんっ「不知火は踏込みから相手の懐に潜り込み放つ速度重視の抜刀術だ」

 

声は続く、発せられるのは無機質じみた低いとも高いとも言えない妙な声色。

 

目線は下がる。

 

「壱の名の通り、力量がわからない鬼に対して小手調べとしても多用される技だ。無論呼吸術の型において必殺ではない技など存在しないが」

 

下がる。

 

「脱力からの抜刀は速さを主とする為、威力が他の型に比べてどうしても下がってしまう傾向にある」

 

下がっていく。

 

「中には雷の呼吸の霹靂一閃のような二の太刀を必要としないまさに一撃必殺の型も存在するが、あれは例外だ」

 

途中で気づいた。あれはこの男の身長が伸びているわけではない、ましてや己が恐怖で血鬼術を解除して嵐が過ぎ去るのを待つように丸まっているのでもない。

 

「しかしながら……おい。聞いているのか?まだ耳は残っているだろう」

 

己が足先から順に下されているのだと。

 

同時に状況を知覚すると強烈な痛みが襲ってきた。当然だなにせ己はもう【胸元から上】しか存在しないのだから。

 

「ァッ……アェア…!ェッアェ!」

 

肺は横に裂け幾ら空気を吸い込もうとも片端から漏れていく。苦しい、何故このようなことになったのだ。視界の端が赤黒く染まっていく、左目は最早真紅に染まり何も見えない。

早く…早く再生せねば!

 

「一応、意識はあるようだな。では次だ」

 

次……?

次とはなんだ?

これ以上何をされるのだ?

嫌だ…嫌だ。

 

「ユェ……シてクェ」

 

もういい、太陽でもいい、己を殺してくれるならなんでもいい。

 

いくら鬼とはいえど再生したはしから再び斬られれば修復は間に合わず意識を向けるたびに激痛が走り、酸欠で思考もままならない。

 

あの太陽の灼熱が恋しいと思う程度には己の精神は崩壊しかけていた。元より最初は撃退より逃走を選んだ身、所詮己の肝の太さなどその程度だ。

 

不意に髪を掴まれる。もう残っているのは少しばかりの肩の肉と頸だけだ。持ち上げられ改めて男と視線が交わる。

 

「……ァ?」

 

「お前は……何の為に生きている」

 

口を開いたと思えばそれは質問というよりも独白だった。今わかった…この男は己など見ていない。

 

それがどうしようもなく腹が立って、伝わりもしないのに泡を飛ばしながらただ叫んだ。

 

「ファぇるナッ!………ぉおッチをミロ‼︎」

 

なんだお前は…鬼殺隊ではないのか!己が憎くて刀を向けるのではないのか‼︎そうでなければ……何のために。

己はなんのために……こんな…こんな…まるで…

もういい、己は死ぬのだ。

太陽でも日輪刀でもいいどのような死に方でも構わない。

しかし…しかし…なんの【意思】も介入しない死に方は…あまりにも憐れだろうが‼︎

 

伝わっているのかはわからないがしばらく叫んでいると男に動きがあった。

 

「成る程、理解した。つまりお前は意義のある死に方がしたいと」

 

初めて男の興味がこちらに向いた気がする。

 

__そうだ!その通りだ!

 

最早四肢はなく、言葉を発する余力も残っていないが必死に男に念ずる。

どうか俺を(てき )として認識してくれ!憎むべき鬼として。貴様らはそれが本懐だろう!

 

男はゆっくりと頷いた。

 

__おお!おお!わかってくれたか!

 

「ああ……承った」

 

 

 

_ありがとう。

 

 

____これで未練はない。行く先は地獄だろうが最後にこのような強き剣士に鬼として斃されるなら、あの世でもきっと箔がつくだろう。

 

不意に空中に放られる。男よりも遙か高くに投げられた己は不思議と体感でゆっくりと時が流れているような気がした。

 

目を閉じて最期の時を待つ…きっと一刀のもとに断ってくれるだろう。

 

 

さあ

 

 

さあ

 

 

己に救いを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではお前は巻藁( まきわら)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

無情にもそれが己に聞こえた最期の言葉だった。

 

 

今際の際に介錯を頼んだ者は鬼ではなく、だが同時に人でもなかったのだ。

 

 

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