炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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匂わせ回。


渇望

私は……必要ない。

 

求める頂きに比べ、煉獄景寿郎は無価値である。

 

ソレに気がついたのはいつ頃だろうか。

 

上弦の壱と会敵したときか。

 

次代の柱を集め始めたときか。

 

蓮華に裏切られたときか。

 

あるいはカナエ、君が死んだ時だろうか。

 

いずれにせよ、私は失敗したのだ。

 

本腰を入れるのが遅過ぎた。

 

もっと早くにその重要性に気がつくべきだった。

 

私が私である必要など、かけらもありはしないのだ。

 

『おや、君は理由を求めるのかい?』

 

声が、あの声が私を苛みながらも言祝いでくる。

 

『君は鬼殺隊、俺は鬼だぜ?ならばそれで十分じゃないか……ああ、それともあれかい?自分の意思で殺すことが出来ないのかい?」

 

あの声が、私を言祝ぐ。あの、声が。

 

『ははははっ!いいねえ、初めてだ!こんな【感情】は初めてだ!君はそうか……つまるところ、俺と同じさ』

 

どうしてだか、酷く理解できるのだ。

 

『友達になろう…景寿郎。別に人と鬼が仲良くすることに【異論】はないんだろう?』

 

カナエによって解され、再構築された私は奴によって戻された。

 

『俺は君の先達さ……【いかれ】としての歩き方を教えてあげるよ』

 

否。

 

分かっていたことだろう。知っていたことだろう。だって私は蒙昧で、およそ人から遠い存在なのだから。

 

けれどカナエ、君はそんな私に夢を見せてくれた。

 

淡く、儚い、眩い夢。

 

太陽のような貴女が見せた泡沫の夢。

 

だがもう、夢は終わりだ。

 

『だって君は……空っぽじゃないか。そんな身体(なかみ)に何を詰め込んだところで、底が抜けた器に宿る物など何一つないさ』

 

嗚呼、分かっているとも。

 

『殺す理由や生きる理由を探しているのは君が虚ろだから、どうしてそのことから目を背けるのかなあ?』

 

だから私は代わりを求める。

 

自らを否定し、凌駕しえる存在を望む。

 

私を殺し、私を否定し、私を塗り替える。

 

『彼』ならば上弦の壱を斃せただろう。

 

『彼』ならば蓮華を狂わせることはなかっただろう。

 

『彼』ならば皆とうまく歩んでいけただろう。

 

『彼』ならばカナエを救い、しのぶを病ませることはなかっただろう。

 

『彼』ならば耀哉の良き友人であれただろう。

 

『彼』ならば童磨を躊躇うことなく斬れただろう。

 

『彼』ならば。

 

『継国縁壱』ならば父もきっと認めてくれるのだろう。

 

認める。

 

…何をだ。

 

……私を。

 

………煉獄景寿郎を?

 

けれど私は私を殺して、けれども淀みは消えず、惨めったらしく残っていて。

 

私は失敗した。出来たのは紛い物の中途半端な技で…ああいやまだ希望はある、諦めなければ、私が私を殺し続ければきっと我が焔は日輪へと昇る筈だ。

 

だから今は忘れろ、一切を。この醜く消えぬ想いを封じ込めれば、私は前へ進めるのだ。

 

そうすれば、いつか私は。

 

私は…わたしは。

 

 

 

はて。

 

 

 

 

私はこうまでして、何を望んでいるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

#

 

旧産屋敷邸は蟲柱 胡蝶しのぶが管轄し、同時に棲んでいる蝶屋敷からほど近い場所にある。

旧産屋敷邸__知った者からは俗に旧邸と呼称される建物は今は本部としては使われていない。

主に重要度の低い任務記録を保管する場所として活用されており、その場所は特別秘匿されているわけではない。

屋敷には時折過去の記録を調べに隊士が寄ることもある為、何人かの隠が常駐しているが基本的に彼らの仕事は『監視』と『世話』である。

 

対象は現在の屋敷の主人である、煉獄景寿郎だ。

 

#

 

月明かりと、僅かな蝋燭の火が照らす屋敷の一角、主に書庫として利用されている部屋で景寿郎は一人呟いた。

 

「新しい発見はない、か。もはやコレは既知にすぎんな」

 

はらりと頁をめくる。

 

そこに記された文はもう飽きるほど読み込んだもので実のところこの行為に意味はない。

だが、景寿郎は既に読了した本__と言うほどしっかりと装丁されたものではない、紙を束ねた冊子をただ眺めている。

 

表題は『炎ノ呼吸 指南書』と書かれていた。

 

「音、蛇、恋は論外。あれらは各人の長所を伸ばした末に生まれた呼吸が故に、求めるものからは遠ざかっている」

 

ぶつぶつと誰に聞かせるわけでもなく一人、考えを巡らせ声を発する。

書物を棚へと戻し、その横にあった別の冊子を無造作に手に取りおもむろに開く。

 

「やはり基本の五大呼吸は型に類似点が多い。……これだけ切り取ってみれば『日の呼吸』と言えなくもない」

 

写しなのだろうか。細かな注釈がされた写本の扱いは雑で、棚に収められてはいるものの見栄えは良くない。

 

「『記憶』と書物の知識はあらかた探り終えた……ならば、私はここらで『打ち止め』か』

 

開いては閉じ、また開いては閉じる。そんな意味の無い行為をすること暫くして景寿郎は悟った。

 

__己は恐らく、ここまでだ。

 

床に胡座をかき、目を閉じて今までを振り返る。

 

__後悔はしていない、したところで意味はない。

 

一切を放り捨てこの旧邸に篭って一年程経つ。その間に景寿郎がしたことは修練、ただそれだけだった。

 

__鬼を殺さず、助けられた筈の人々を見捨ててまで没頭した結果がこれだ。

 

身につけた呼吸は『焔ノ呼吸』それは景寿郎の求めるものとは微妙に、しかし決定的に異なるものだ。

 

__半端な再現でしかない。型の繋ぎも無く、一撃放つのに余計な体力を使い過ぎる。

 

劣化、とは思わないが正しく進化とも言い難い。強いて言うならば近付いたと形容するべきだろうかと景寿郎は思った。

 

「納得するより他ない……よくやったさ、私は。少なくとも『痣』と『赫刀』は収穫だ」

 

__己は以前よりも間違いなく強くなった。

 

この一年、景寿郎は現存しうるあらゆる指南書を耀哉の伝手でかき集め、当時の資料の発掘、存命の元柱達へも話を聞きに行った。

もてる全ての時間を日の呼吸の習得に使い己を追い込み、己を作り変えた。

 

自らの剣を折り、筋肉のつき方、体捌き、足運びそれら全てを再現するように努めた。

 

全ては無惨を殺す為、そして耀哉を救う為。

 

__炎ノ呼吸を捨てる価値は確かにあったのだ。

 

だからこそこの結果に満足している。一人でやれることはやった…後は彼等と力を合わせ進むのみである。

 

「後は……なるようにしか、ならんな」

 

目を開けて立ち上がり、書庫を後にしようと戸を開けると隠が一人控えていた。その手には文を持っている。

 

「………耀哉か?」

 

「…はい、お館様より文が届いております」

 

景寿郎が自身の主人を呼び捨てにすることを隠は指摘しない。何故なら目の前の人物がお館様と親しい間柄であることを知っており、耀哉本人からも言い含められているからである。

 

__『景寿郎は鬼殺隊にとって重要な存在だ。なるべく好きなようにやらせてあげなさい』

 

そこに疑問は持たなかった、なんであれ主人の言いつけである。

ならば己はただ黒子として影として働くのみであり、ただ務めを果たせばよい。

男は隠として優秀だった。

 

「御苦労だった、下がっていい」

 

そう言って景寿郎は隠から視線を外し、渡された文の封を開けて読み始める。

 

「は、では私は……!」

 

それを見やり、男は言われた通りに持ち場へ戻ろうと腰を浮かせたところで気づいた。

 

__何故…この方は。

 

優秀故に気づいた、いま主人からの手紙を読んでいる男は間違い無く怒っていると。

普段の霞のように捉えどころのない雰囲気はなりを潜め、表情や態度は変わらないが確かに景寿郎が憤っているのが感じられた。

 

「如何、されました?」

 

再び膝を折り、恐る恐る聞く男は必死に声の震えを抑えていた。別段、己が景寿郎に粗相をしたとは思っていない。

恐らく原因は文の内容にあることも理解している。

だが、怖いものは怖いのだ。

 

__一度この方が刀を抜けば自分など……

 

男はかつて景寿郎が怒り狂ったのを目撃したことがある。

 

ソレが原因で景寿郎は柱を辞めたのを知っている。

 

__あの時は柱が三人がかりで止めたが、いま助力は望めない。

 

故に男は自分から生を掴み取るべく動いた。

勿論、景寿郎が分別のつかない人間であるとは思ってはいない。

だがそれ程までに怒った景寿郎が『どんなもの』かを、男は知っていた。

 

「器だ……耀哉め、隠していたな」

 

その声はどこか喜悦のようなものを孕んでいた。けれども依然、放つ圧は剣呑だ。

 

「年若く、経験は浅い。……理想的だ」

 

「それは…どういう」

 

景寿郎は突飛なことをよく言う人物だと隠は知っていたが、今は輪を掛けて話が通じない。

 

煉獄景寿郎(わたし)では駄目だった…では時透無一郎(こいつ)はどうだ?」

 

「仰る意味が……分かりませぬ」

 

そう隠が言った瞬間、景寿郎に勢いよく肩を掴まれる。どうやら酷く興奮しているらしいことが所作で分かる。

 

「っ……おやめください。景寿郎様」

 

「今ならばまだ間に合う、だが……それを決めるのは彼自身だ」

 

男が骨が軋むのが分かるくらいに力強く掴まれたのは一瞬で、景寿郎は直ぐに手を離すとそのまま一瞥することなく廊下を歩いていった。

 

その腰に、日輪刀はない。

 

「……一体、何の話だったのだ。そもそも、あの方は本当に俺に『話しかけて』いたのだろうか?」

 

痛む肩を抑え、乱れた呼吸を整えながら隠は一人愚痴る。

そうした後、片付け物は無いだろうかと男は書庫へと入っていった。




後半の景寿郎の口から出た肯定の言葉は全て偽りです。
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