炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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中々予定通りに書くことができない…表現したいことは山のようにあるのに上手く文字に表せないもどかしさがあります。

そしてどうしても本文に入れると全体のバランスというか違和感が拭えなかった一文を前書きに。


これは、煉獄景寿郎が炎柱をやめる直前のある一幕である。


嵐の前

煉獄杏寿郎は気が重かった。

 

「ふむ……まずは挨拶、それと近況の報告を、いやそれとも…」

 

鬼殺隊本部の廊下をおっかなびっくりに歩く様は普段の彼からは遠く離れたもので、時折すれ違う屋敷の使用人達にも怪訝な顔をされている。

 

「ううむ、駄目だ。どう考えても上手くいく想像ができない!参った!」

 

そんな懐疑の視線に気がつくことはなく杏寿郎は独り言_というにはあまりも大きな声を出しながら文字通り頭を抱えている。

 

「恐らく用向きは父上への手紙だろうが……いっそ『話す』べきか?」

 

胃がきりきりと痛むのを感じながら、牛歩のような足取りで目的の部屋を目指していく。

 

そんな姿を、肴に杯を傾ける男が一人。

 

「なにやってんだ彼奴は?」

 

それを見ていたのは宇髄天元、二日後に控えた柱合会議に合わせ先んじて本部に逗留していた。

客人に貸し与えられる離れの一室、その二階の窓辺から昼間だというのに酒を呷りつつ杏寿郎を可笑しそうに見物している。

 

「おおかた景寿郎に呼ばれたのだろう…でなくば甲の奴が本部に来る用向きは無い」

 

そう一言切って捨てるのは伊黒小芭内。天元と同じく逗留していたが暇を持て余した彼によって将棋に付き合わされていた。

 

ぱち、と駒が盤面に置かれる。流れは小芭内にあった。

 

「なんだ、えらく詳しいな。俺は交友があるから彼奴の階級くらい知ってたが、お前さん杏寿郎と接点あったか?」

 

杯に酒を注ぎながら天元はそう呟くも、視線は未だ杏寿郎へと向いている。

 

「無いな…だが活躍めざましい隊士はだいたい頭の中に入っている。ましてや奴の弟、気にならん方がどうかしている」

 

その小芭内の言葉に天元は苦笑しながら振り返り、盤を注視しながら痴れた頭でしばし考える。

 

「景寿郎と彼奴は違うぜ、比べるのは野暮だろ」

 

状況は劣勢だが、もとより暇つぶし、あまり深く考えることもせずに天元は一手進めた。

 

「同じ腹から産まれたのだ、奴のようになる可能性は十分にあるだろう」

 

あくまでも可能性、だが少しでも鬼殺隊にとって害なす存在ならばと小芭内は危惧していた。

 

「別に景寿郎が何かしたわけでもねえだろう…あれだ、柱に成るってんで立ち会いした時に惨敗したのが気に入らねえだけだろ」

 

「それは関係ない。あくまでも奴の危うさを考慮しての発言だ」

 

__どうだかねえ。

 

くつくつと笑いながら、小芭内の顔を見ると眉間にしわを寄せて考え込んでいる。どうやら天元が出鱈目に打った一手は中々に妙手であったようだ。

 

「胡蝶カナエが死んでから、奴は明らかに『おかしく』なった」

 

「まあ、な。それは認めるぜ」

 

長考しながらも話題は変わることなく、煉獄景寿郎について。天元が景寿郎の現状について否定しなかった為、小芭内は話を続けた。

 

「よくあれで倒れんものだ。連日連夜の鬼狩…それも居合わせたものからは『異常』と言っていいほどに残忍な殺し方をしているらしい」

 

特段、鬼に対する哀れみは小芭内の中には無い。むしろ逆、畜生ども死に腐れと思うぐらいに鬼は嫌いだが、問題は景寿郎の行為そのものにある。

 

「…あれで抜くとこはしっかり抜いてんだよ」

 

__そういう男だ。

 

こと鬼殺に限って言えば景寿郎ほど『普通』に殺す隊士に天元は出会ったことが無かった。

 

怒るわけでもなく、嘆くわけでもなく、ただ頸を斬る。

そこに情は存在せず、振るう刃に温度はない。

だから無駄がなく、心労もなく、常に冷静でいる。

それが数年付き合って分かった景寿郎の悪鬼滅殺の精神だった。

その在り方に天元は親近感を抱いている、ようは景寿郎は仕事と割り切っているのだろう。

 

__俺とは少し違うが、その行動理念は理解できるものだ。

 

長年、共に仕事をした仲の景寿郎を天元はそう評価している。

故にあまり『その手』の心配はしていない。

 

「俺が危惧しているのは奴の『変化』だ…知る限り、景寿郎はそんな無駄手間を好む男ではなかった」

 

「別に鬼なんざ、殺せればなんでもいいだろうがよ。俺様なんざ派手に爆発すんだぜ?」

 

天元はあくまで小芭内の発言を軽く流した。それは景寿郎を庇って、というよりも下手に突くと目の前の男の話が長くなるのを経験で知っていた為である。

 

「お前は呼吸故に伴う産物だろう……奴は頸一点狙い、余計な傷は負わせず極端に無駄がない戦い方こそが景寿郎を強者たらしめているのだろうがっ」

 

僅かに語気を荒げる小芭内に天元は嘆息する。

 

__めんどくせえ。

 

「なんだ、妬いてんじゃねえよ。男の嫉妬なんざ見苦しいもんだぜ」

 

「真面目に聞いているのか?」

 

眼光鋭く睨みつける小芭内に対して天元はどこか諭すように応えた。

 

「酒が入った男に何を言いやがる。真面目も不真面目もねえだろうが……確かに最近の景寿郎はどこか危ういが、あんなの一過性のもんさ。ただ怒りの矛先が鬼に向いているだけで時が過ぎりゃあ元どおりだよ」

 

「恋仲だったという噂だぞ」

 

「噂は噂、本人に聞いてみたわけでもねえだろ」

 

「しかし…」

 

「おい伊黒……懸念が過ぎる。本人の居ないところで滅多なことを言うもんじゃない。景寿郎はあれでいて皆に好かれている、心配しなくても彼奴ならすぐに立ち直るさ」

 

天元は尚も異論を挟む小芭内を呆れた目で見ながら次の手を催促する。

 

「奴は……あの人は、純粋過ぎるのだ」

 

それに応える事はなく、絞り出すかのような声でぽつりと呟いた小芭内は、側に置いた日輪刀を掴むと立ち上がる。

 

「おい、まだ終わってねえぞ」

 

「どうせ暇つぶしだったのだろう?俺は少し汗を流してくる」

 

てきぱきと身支度を整えて、部屋を去っていく小芭内に天元は一人愚痴る。

 

「やれやれ、最初から景寿郎が心配だって言えばいいのによ。素直じゃねえなまったく」

 

ああだこうだと言葉を重ねてはいるが、結局のところ伊黒小芭内は煉獄景寿郎に惚れている。

無論男色がどうの、色恋がどうのという話で無く一人の剣士として、小芭内は景寿郎に強く憧れを抱いていた。

 

「罪作りな男だぜ……お館様とは違った意味でたらしだよ」

 

天元は思う。あれは、力に渇いている者にとっての『光』だろう、と。

 

己と違い、殆どの隊士は鬼に何かを奪われてその果てに鬼殺隊へと辿り着くものが大半だ。

それは家族か、恋人か、なんであれ彼等は一様に被害者として存在している。

絶望し、悲嘆し、慟哭を経て復讐へと到るのだ。

なればこそ、求めるものは力。

 

だからこそ鬼を殺し、根絶を図るために技を磨いて身体を鍛える彼等に景寿郎は眩く見えるだろう。

 

「ありゃあ岩柱の旦那には無理だな」

 

柱の精神的な支柱は悲鳴嶼行冥であることに違いはない。だが、彼にはどこか陰があった。

 

天元自身彼の過去を知っているわけではないが、言動や振舞いからは上記の者たちと同じ『匂い』がした。

 

__そう言った者は『神』には成れん。

 

「神…かみ、か」

 

天元は心中に浮かんだ言葉を我ながら言い得て妙だと思った。

 

神、仏、形容する言葉は修羅神仏なんでも良いがとにかくそう言ったある種の超越した存在を彷彿とさせるには『浮いている』必要がある。

 

穢れを知らず、恐れを知らず、透き通っていて、無垢である。

 

それが信奉される条件であり、恐れ敬う理由足り得る。

 

そして景寿郎には『ソレ』があった。

 

幾多の死地を超えて、頸を落とした鬼は数知らず。

 

傷を負わず、どこか超然としていて神秘的な存在。

 

技は神域、無数の屍の上に座し、見事柱を務めている。

 

「っは……下らねえ、どいつもこいつも(めくら)ばかりだ」

 

__ありゃあ、子供だ。優れた才能を持ち、類稀なる力を有した『童』。

 

そのことに気がついているのは果たして何人いるのだろうか。

 

多くを語らず、ただその実力のみで多くを従える。

 

「あれで口が達者なら、まだ救いはあったろうに…」

 

景寿郎という男は万事、物事に興味が湧かない性分なのだろう。

それは生まれ持ったものか、その育ちゆえかは分からないがどうであれ彼は感情の発露が極端に苦手で、ひたすらに不器用な男だ。

なんのことはない、天元から言わせれば景寿郎という男は悲しいくらいに『ただ』強いだけ。

 

自分の限界を知り、その根底にあるものが怒りでない天元だからこそ気づいた。

 

奪われた者にとって、何かを失った者にとって景寿郎は無慈悲な簒奪者にでも見えるのだろう。

 

傷付かず、一方的に鬼を屠る力の化身。

 

__そういった偶像を、奴等は勝手に作り上げている。

 

それは鬼殺隊にとっては悪いことではない。

目標とする人物がいれば自ずと士気は高まり、更なる練度の向上が見込まれるからだ。

そう言った意味では確かに景寿郎は慕われていた。

 

__だが、それは彼奴にとって良い事とは限らない。

 

今しがた出て行った小芭内はまだ『まとも』だ、景寿郎の本質を見抜き本当の意味で彼を慮っている。

 

「少しばかり、捻くれてはいるがな」

 

しかし景寿郎を『慕う』大多数はその力に目が眩んだものばかりだった。

 

__炎柱様はすごいお方だ。

 

『私など、まだ至らぬところばかりだ』

 

__目にも留まらぬ速さで鬼の頸を落とすのだ!

 

『この程度、鍛錬すれば誰でもできる』

 

__あれほどの剣の腕前、さぞ前任の柱も鼻が高いだろう。

 

『……どうであろうか?…そうだと良いのだがな』

 

__その力の秘訣はなんでございましょうか!

 

『経験だ。……経験が己を形作り、自信はやがて確信へと成長するのだ』

 

__本当に、強いお方だ。

 

『まだ、だ。まだ足りぬし、まだ届かない』

 

__私に一手、御指南を!

 

『悪いが……そんな暇はない』

 

__貴方様の技、是非ともこの身で感じたく!

 

『すまないが、私は誰かにものを教えられるほど器用では無い。……弟の杏寿郎にでも頼むといい』

 

__炎柱様!

 

『無理だ』

 

__炎柱様!

 

『後にしてくれ』

 

__煉獄景寿郎様!

 

『聞けぬ』

 

__炎柱 煉獄景寿郎様‼︎

 

 

その『群れ』を見たとき、天元は怖気が走った。

景寿郎を取り囲み、傅き、懇願する群れ。

 

__気味が悪い。見ていられん。

 

一見すれば、景寿郎の強さに惹かれ必死にその極意をかけらでも汲み取ろうと努力する健気な隊士達と捉えられなくも無い。

だが実情は全く違っている。あれはただ力に眩みその持ち主に縋り付いているだけの厚顔無恥な物乞いに過ぎない。

 

__気に入らねえ、下卑た顔だ。

 

へらへらと煽て上げ、媚び諂うその様のどこが鬼殺隊か。

強くなる為なら相手の都合もお構い無しに突っかかり、首を縦に振るまで付き纏うのが剣士なのか。

 

なんとも醜く、哀れであった。

 

そしてその群れは景寿郎が活躍するたびに、増えていった。

 

__どうやらまた下弦の鬼を一匹斃したらしいぞ!

 

蒙昧な信者が一人。

 

__聞いたか、今度は上弦の弐と相対したという!残念ながら頸を落とすことは叶わなんだが…我らが炎柱様は相手に手傷を負わせ見事、退散させたらしい!

 

また一人と増えていく。

 

「そんな馬鹿どもを退かせるのは、きまって花柱のお嬢だったな…」

 

__『あまり炎柱様の邪魔をしないこと、よろしいですか?』

 

普段は終始、にこにこと笑顔を振りまいているくせに一度機嫌が悪くなると真顔でとつとつと相手を責め立てるような女だったと天元は思い返す。

 

__ありゃあ、景寿郎にぞっこんだったな。

 

__『ほら、景寿郎さん。行きましょう』

 

何か言いたげな隊士達を横目に景寿郎の手をとって、そのまま去っていくのが常だった。

残念ながら、彼女はもうこの世には居ない。

 

「難儀なもんだ…ままならねえな、おい」

 

ぐい、と一息で杯を乾かした天元が再び酒を注ぐとそこに桜の花弁がはらりと落ちた。

 

「…もう胡蝶が死んで、三月(みつき)が経つのか」

 

季節は春、屋敷の桜は見事に咲いている。外を見やれば花弁が舞い、それはそれは絶景だった。

だのに本部の空気はどこか重い、それは春を前にして『治療』の甲斐なく逝った胡蝶カナエの所為か。

 

__伊黒は恋仲だなんて言っていたが、どうだかねえ。

 

窓の欄干へ寄りかかり、杯を傾ける。

 

胡蝶カナエが惚れていたのは間違いないと思うが、はたして景寿郎はどうであったのか。

 

真相を知るのは恐らく当人達だけである。

 

「まあ、野暮だわな」

 

詮索はしない、きっと今の景寿郎には何より聞かれたくないことだろうから。

 

__それくらいは、分かる。伊達に彼奴と肩並べて柱やってねえんだよ。

 

誰に自慢するわけでもなく、ただ心中で一人感じ入る。

 

だがそばに寄り添い、共に過ごし、最も景寿郎の支えとなった人物は胡蝶カナエだろうと自信を持って言える。

 

「お前がいなくなってから、景寿郎は……どことなく寂しそうだぜ」

 

当然ながらその声が死者へ届くはずもなく天元の呟きに応える者は居らず、ただ喉を鳴らす音のみがあたりに響いた。




よく投稿し終わった後に余計な注釈を書いてしまっている気がします……けれど力量ゆえに伝わらないことが怖くてつい付け足してしまいがちで、難儀なものです。
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