炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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時透無一郎 中

あくる日、さっそく無一郎は義勇に渡された地図を頼りに旧産屋敷邸へ赴くことにした。

 

__『そうか……景寿郎に会いに行くんだね。だったらしのぶを連れて行くと良いよ…彼女も久しぶりに顔を見たいだろうから』

 

前日、帰路へ着く前にその旨を耀哉へ伝えると、どうやら件の場所はしのぶが棲み、また隊士達の療養所として管轄している蝶屋敷と呼ばれる建物からほど近いらしく案内として彼女も同行することになった。

 

#

 

「暗いなあ、それに寒い」

 

吐く息は白く、無一郎は一瞬身震いをした。

 

__どこまで来たのだろう。

 

日も出ぬ、まだ暗い道を延々と進んでいる。ちらりと振り向くと、当然のことながら自分の家はもはや米粒程も見えない。

そんな無一郎の様子に先導者である胡蝶しのぶは笑って答えた。

 

「無一郎君の家から旧邸までは少し距離がありますからね。日が出てからだとその日の内に帰ってくるのは難しいですよ?」

 

しのぶはそう朗らかに言うと、山道をすいすいと歩いて行く。夜目が効くのか、枝や小石を踏むことなく、慣れた足取りで音もなく進んでいる。

 

「別について来なくても良かったのに」

 

__冨岡さんから貰った地図があるから、別に一人で大丈夫なんだけどな。

 

特別、邪険にすることなく平坦な調子で無一郎はしのぶにそう返す。昨日の歓迎会で無一郎の人となりをある程度把握したしのぶはその呟きに憤る事はなく、変わらぬ笑みで言葉を紡いだ。

 

「私の屋敷に帰るついでに、ですよ」

 

「………そうなんだ」

 

「ええ、そうですとも」

 

無一郎から、前を歩くしのぶの表情は窺えない。けれどもきっと目の前の女性は誰に見せるわけでもなく今も笑っているのだろうと、声の調子で分かった。

 

__綺麗な笑い方をする人だ。

 

何とは無しに、無一郎はそう思った。大口を開けるでも、声高高でもなく、ころころと鈴の音の様に涼やかに笑う人だと。

 

__でも、あの時は違ったな。

 

岩柱の行冥の口から件の煉獄景寿郎なる人物の話題が出た時、一番顔が曇っていたのがしのぶだった。

あれは怒る様な、悲しむ様な、とにかく何らかの激情を内に必死に堪えようとしている姿だった。

 

「どうして……いや。ねえ、胡蝶さん」

 

「はい……どうかしました?」

 

先程よりも僅かに神妙な面持ちで話しかける無一郎をしのぶは不審がった様で、立ち止まって振り返る。

 

やはり、しのぶは変わらず薄く笑っていた。

 

__別に、景寿郎って人の話が禁句なわけじゃない。

 

事実、歓迎会の最中で何度か『景寿郎』という男の話題は上がった為、その人物自体が忌避されているのではないと無一郎は考えている。

 

天元曰く『鬼殺隊最強』

 

蜜璃曰く『憧れの人』

 

義勇曰く『先生』

 

話す内容はどれも景寿郎を褒めるもので、行冥の言う『景寿郎にはなるな』という忠告じみた助言の人物とはかけ離れたものだった。

 

だが、しのぶだけは景寿郎の事についてあまり多くを語らなかった。

 

__『良い人です』

 

__『真面目な人です』

 

__『優しい人でした』

 

どれも無一郎か、他者から話を振られた時のみ対応するばかりで自分から積極的にその話題に触れることはせず、また聞かれたとしても当たり障りのない反応しか返って来なかった。

 

「煉獄さんのことが、嫌いなの?」

 

別段、気負うことなく無一郎はそう問いかけた。何かあるだろうな、とは思っている為、あまり返事には期待していない。

 

「煉獄さん、ですか?特にそう感じたことはないですよ、まあ…情熱溢れる方だとは思いますけど」

 

__これは、駄目かな。

 

明らかに無一郎の質問の意図に気付いているだろうに、しのぶは堂々とはぐらかしている。

 

「景寿郎さんのことなんだけど」

 

無一郎が言葉を選ぶことなくはっきりとそう言うと、しのぶは静かにしかし僅かに怒気を滲ませながら口を開いた。

 

「ふふっ……無一郎君は恐れ知らずですね。でも、人が嫌がることはしてはいけません」

 

相変わらず、しのぶは笑っている。

 

「当人が話したくないことを無理矢理聞くのはどうなんでしょう?」

 

笑っているが、どこか作り物染みている。

 

__もしかしたら、最初からかな。

 

無一郎は己が綺麗だと評したあの笑みが崩れたことがあの一瞬、一回こっきりしかない事に気がついた。

思えば、皆で話していた時も、初めて顔を合わせた時も常に笑みを浮かべていた。

 

常日頃から変わらず、その『貌』であるとするならばそれは無表情と大差はない。

 

__だったら彼方が素顔かな。

 

本来は表情豊かで、喜怒哀楽の激しい人なのだろうかと無一郎は考えた。

 

だが、まあ、どうであれ。

 

「そうなんだ、知らなかった。無神経だったかも知れない……謝るよ」

 

無知は罪である。

 

無一郎は頭を下げた。そこには嫌はなく、ただ純粋に自分の非を認め、反省しようという姿が見える。

 

驚いたのはしのぶである。

 

「あの、いや。そうあっさり謝られると……なんというか、私としても大人げなく怒りを露わにしてしまったというか……とりあえず頭を上げてください!」

 

無一郎はしのぶに無理矢理上体を起こされた。

 

「なんで?……だって僕が悪いんだから謝罪をするのは当然だと思うんだけど」

 

「そうではなくて……ああもう。貴方といい彼といい、なんだってこう人の機微に疎いわりに『そういうところ』は聡いんですか!」

 

わたわたと慌てながらも、指を指しながら捲し立てる様にそう言い放つしのぶを、無一郎は不思議そうに見つめる。

 

__だっていけないことは、いけないんだよ。

 

それは幼子の様な理屈であるが、真理である。

無一郎本人は知る由もないことだが、そういう『透明』さを心に飼っていた。

記憶を失ってなお持ち続けているのか、あるいは無くした果てに得たものなのかは分からない。

だが、その純真さが無一郎を柱へと押し上げる要因になったのは事実である。

恐れ知らずであり、無知であり、純真であるということは邪気の類を持たぬということ。 

 

私欲はなく、無垢であり、透明である。

 

無一郎がしのぶの心に踏み入ったきっかけはあくまで『ゆらぎ』の様な些細な疑問からだった。

 

だから無一郎に後悔は無く、懺悔の気持ちもまた無い。謝ったのはあくまでそうしなければいけないと思ったからこそであり、そこに正負の感情すら持ち合わせてはいない。

 

あるのはただ常識であり、法則であり、理である。

 

自分が怒らせたのなら謝らなければならないという当たり前の道徳である。

 

それを当たり前に疑問も抱かず、そういうものとして『捉えて』いる。

 

それは奇しくも景寿郎の精神構造と似通っており、故に今回無一郎は無意識的に己と近しい存在である景寿郎のことが琴線に触れたのだ。

 

少なくとも、産屋敷耀哉はそう認識しており、それを知るは彼だけである。

 

そして『ソレ』は何よりも重要なことである。

 

強者を超え、頂点に座すに必要たる要因である。

 

そして無一郎がそう感じたならば『彼』もまた同様である。

 

そう、煉獄景寿郎もまた時透無一郎に並々ならぬ関心を寄せているのだ。

 

#

 

 

 

タン、と音が鳴った。

 

 

 

 

気がついたのは無一郎だった。

 

「はあ……もういいですよ。景寿郎さんのことでしたね…あの人は」

 

__何か、妙だ。

 

無一郎はしのぶを無視して勢いよくしゃがみ込むとそのまま耳をぴたりと地面につけた。

 

「ど、どうしました。無一郎く「黙って」

 

どこかぼうっとした無一郎の様子は鳴りを潜め、真剣な様子で地に伏している。

流石にしのぶもおかしいと思ったのか腰の日輪刀をいつでも抜ける様に柄へと手をやると、静かに言う。

 

「鬼……ですか?」

 

「どうだろう……ただ真っ直ぐ此方に走って来ている。けど音の間隔が一定だから慌てているわけじゃないと思う」

 

地に伏せながらしのぶにそう話す無一郎の顔は緊張している様には見えないが、どこか焦りが感じられる。

 

__どうしてそこまで警戒しているんでしょうか?

 

しのぶは無一郎の行動に疑念が湧いた。確かに暗い夜道に鬼に襲われるのは脅威ではあるが、此方は柱二人である。

 

__常在戦場ではありませんが、たとえいきなり鬼が現れたとて遅れをとるような鍛え方はしていないつもりですが…

 

無論それは無一郎とて同じこと、数多の隊士の上に立つ柱の称号は安く無く、当然その技量はそこらの雑魚鬼では太刀打ちできないはずである。

 

__それがこの慌てぶり、ひょっとして十二鬼月?

 

「真っ直ぐ、息を切らすことなく向かってきてる。飢えた鬼や、此方の力量も分からない鬼じゃない……明確な意思と判断で僕達に用があるんだ」

 

しのぶの心を読むかの様に無一郎は言葉を吐く。

 

「日の出までは半刻もありません。太陽に焼かれる可能性を考慮してでも我々を殺す価値があると判断しての行動…ということですか?」

 

「さあ……そこまでは。でもなんでしのぶさんは気がつかないわけ?ここまで『殺気』を浴びせられているのに」

 

__なにを。

 

しのぶがその言葉に瞠目した瞬間、それは聞こえた。

 

 

「良い……」

 

 

 

それは、低いような、高いような、いずれにせよ感情を察することができない平坦な声だった。

 

「慌てず、よくしっかりと情況の判断に努めようとしている。良い…心掛けだ、だが地に伏すのは感心せんな」

 

何処からか、声がする。

 

しのぶは咄嗟に当たりを見渡すも風が木々を揺らすばかりで、人影は見当たらない。

 

「地面から音が伝わるならば生えた木々から、舞う葉から、吹く風からも遥か遠くの音を聞き分けることは可能な筈だ……『宇髄』のようにな」

 

__この、声は……間違いない。

 

聞き違えるはずはない、もう一年ほど会ってはいないが己が彼の事を片時も忘れるわけがないのだから。

 

「………誰?」

 

無一郎の問いにしのぶは答えることが出来なかった。

今はただ耳朶に伝わるこの声に酔っていたかったからだ。

 

__ああ、私が。

 

「だが接敵にいち早く気付く技量はその齢にして中々に高い。よく練られているし、鍛えている……故に今、この時期をおいて他無い」

 

__貴方の光を奪ってしまった、奪わせてしまった。

 

「久しいな、しのぶ。……お前は其処を動くな。私が用があるのは此奴だけだ」

 

__ごめんなさい、景寿郎さん。

 

__許してくださいなんて、おこがましくて言えないけれど。

 

__『どうか姉を、姉さんの◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ください』

 

__私が貴方にしたことを忘れたことはないのです。

 

「もしかして、煉獄景寿郎さん?」

 

無一郎のその言葉にしのぶは辛うじて頷いた。

 

そして同時に暗がりから一人の男が姿を現す。

 

「次代の器。次善策……時透無一郎。お前は夢を見るか?」

 

その男は異様な雰囲気を醸し出していた。

 

長い髪は一括りに後ろで纏められており、表情は凍りついたかのような人形じみた無表情で、服装はこの寒空の下には似つかわしく無い藍色の長襦袢に『赤い』羽織一枚という寒々しい風体をしている。

そして腰には『日輪刀』を差していた。

 

「………ゆめ?」

 

立ち上がり、注意深く観察すると無一郎はあることに気付いた。

 

__あの羽織、たしか煉獄さんも着てたな。

 

眼前の男_景寿郎の羽織の衣装は炎柱が身に付けているものと酷似している。唯一違う点はその色で、景寿郎の羽織はまだらに赤黒く染まっていた。

 

「思い当たる節は無い、か。なればその頭を、その脳を揺らせば或いは………」

 

__なにを言っているんだ?この人は。

 

ぶつぶつと、何事かを話す景寿郎に無一郎はついていけない。だが己へ向けられる殺気はだんだんと重く、太くなっていくのがはっきりと感じられる。

 

「私は死地を乗り越えた果てにそれを掴んだ…では、お前は?時透無一郎はどうすれば彼の人へ辿り着けるのか」

 

そしてその殺気が一瞬、薄れた刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はそれが知りたいのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

景寿郎は距離を詰め、抜身の日輪刀を無一郎へと振り下ろした。




本文のしのぶについては無一郎回で深く掘り下げは致しませんので、気になる方は胡蝶姉妹回までしばしお待ちください。
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