炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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徐々にですが、なるべく投稿頻度を上げていきたいものです…目指せ週一更新。


人たらば

__此処は?

 

額が冷えている感触をきっかけに、無一郎は目を覚ました。靄がかかった様な感覚にどこか安心感を覚えながら、写る景色に考えを巡らせた。

視界にはどこか『見慣れた』天井と、己の横で船を漕ぐ老爺の姿がある。

 

__誰だろう。

 

無一郎は自分の状況を把握する為に側の年老いた男を注視する。

老爺はまるで翁面をそのまま貼り付けたような顔立ちで、豊かな髭と深い皺があった。

 

__いや、そんなことよりも。

 

だが無一郎はすぐに思考を切り替え、起き上がる。すると額を冷やしていた手拭いがぽたりと畳に落ちた。

 

__寝込んでいた…のかな。

 

寝かされていたらしい布団の側には綺麗に畳まれた隊服と、水の張ったたらいがある。

落ちた手拭いをたらいに入れた後、ぐるりと部屋を見回すと、特段家具の類は無かった。

 

客間というよりはただの空部屋に無一郎は、居る。

 

「僕は、確かしのぶさんと…」

 

直前の行動を思い返して呟くも、此処へ至るまでの記憶がすとんと無くなっていることに無一郎は気がついた。

 

しのぶと共に旧邸を目指し、道中景寿郎と一悶着あったのは確かに記憶に残っている。

 

__けど、それからどうしたんだろう?

 

そこから先の出来事がまるで思い出せなかった。

出て行こうにも勝手も分からない場所で好き勝手に行動するわけにもいかないと暫く逡巡していると、老爺が目を覚ました。

 

「おお。お目覚めで」

 

「……貴方もね」

 

無一郎がそう返すと無言でにやりと老爺は笑い、畳を軽く叩いた。

 

「まあ、横になりなさい。三日も寝ていたのだから腹も減っているだろう。…他の者に何か作らせるが、なんぞ希望はあるか?」

 

言われてみれば確かに空腹であった。

 

__三日、経っているのか。

 

己に対して朗らかに話しかけてくることから、目の前の人物に敵意がない事が分かった無一郎は取り敢えずその言葉に従うことにした。

直ぐに状況の説明を老爺に求めなかったのは、己の中で半ば答えが出ているからだ。

 

__旧邸だ。

 

というのも、部屋の造りがどことなく本部に似ていると感じたからである。

それに加えて、よくよく老爺を観察するとその服装は隠の装束と瓜二つであった。

 

「まあ消化に悪いものを頼まれても快諾できんし、実のところ精々が粥くらいしか用意出来んのだが」

 

長く伸びた顎髭を弄りながら、愉快そうに老爺は言った。

 

「……少し冷ましたのがいい」

 

無一郎は布団に深く潜り込み、小声でそう呟く。

 

「あいわかった。では頼んでこよう」

 

老爺が部屋を出ると、無一郎は腹を摩った。

 

暫くして後、老爺は椀を片手に無一郎の所へ戻ってきた。

 

「ほれ、言われた通り冷ましてあるわい」

 

「どうも…」

 

ずい、と老爺が差し出した粥の入った椀を無一郎はゆっくりと受け取る。手に伝わる熱はほんのりと温かいものだった。

 

「いただきます」

 

「うむ…味は期待せんでくれ」

 

粥を匙で掬い取って少しづつ口に含む。

 

__あんまり、おいしくない。

 

老爺の言葉通り、お世辞にも美味とは言い難い粥だったが空腹の無一郎にとってはそれでも有難いものだった。

 

「仲間の一人が作った粥だが、儂等はろくすっぽ料理ができんでなあ。堪忍してほしい」

 

無一郎のその様子にやはりかといった風で、形ばかりの謝罪を老爺がする。

 

「別にいいよ。それよりも…此処は旧邸で間違い無いよね?」

 

無一郎は寄越された粥を食べ終えると、老爺に現状の説明を求めようと質問した。

 

「うん?何故そんなことを聞くのだ。(ぼん)達を此処へ連れてきたのは儂等だぞ」

 

__坊って……この人はさっきから色々と物怖じしないなあ。

 

仮にも柱である無一郎対して隠がとる態度ではない。が、それが逆に新鮮でありつつ、どこか可笑しみを無一郎は感じていた。

 

__へんに遜られるよりかはよっぽどいいや。

 

老爺の瞳に、無一郎への敬意は無い。だが逆に負の感情もまた無い。あくまで無一郎を年齢通りの子供として扱ってくる。

 

__こそばゆい。

 

「…なんだかその辺りの記憶が曖昧なんだよ。僕はどうして三日も寝ていたのさ」

 

「なんと…ああ、いや。無理もないか?しかしどこから話したものか」

 

老爺は頭をかきながら少し思案するもじっと己を見つめている無一郎に気がつくと、やがてぽつぽつと語り出した。

 

「三日前、景寿郎様の脱走に気付いた儂等は急いで後を追っていた。まさか追いつけるとは思わなんだが…一応お目付役であるしな、放っておくわけにもいかんだろう?」

 

__脱走、ね。

 

気になる単語が飛び出したものの無一郎はひとまず話の続きを促した。

 

「それで山中を駆け巡り、仲間の一人がお主らを見つけた時には坊は景寿郎様に担がれておったな。一緒にいた胡蝶様の話ではいきなり倒れたらしい」

 

__…緊張の糸が切れたのかな。

 

なにせ酷い怪我こそ負わなかったものの景寿郎には散々しごかれたのだ。無理もない、と無一郎は思った。

 

「坊は酷い熱を出していてな、意識はあった筈だが……まあ、まともに口が聞ける状態ではなかったから覚えておらんのも仕方ない。ともあれ…儂等は慌てて此処『旧産屋敷邸』へと運び込み、看病していたと言う訳よ」

 

__特に気怠さは感じないな。

 

老爺の話を聞き終えた無一郎は立ち上がると隊服を掴み、着替え始める。

 

「おいおい、まだ安静にしておれ」

 

すると隊服に袖を通している無一郎の腕を老爺が掴んできた。

 

__あれ…おかしいな。

 

心配ないとその手を振り解こうとしても、無一郎の意思とは裏腹にあれよあれよとなすがままに布団へ押し戻される。

 

「ほら、儂程度の力に抵抗できないくらいお前さんは今弱っている。たらふく寝たのだ、次はたらふく食べろ」

 

どうやら自分が思っている以上に弱っていることに気がついた無一郎は、内心で首を傾げつつも大人しくすることにした。

 

「それで食い終わったら、景寿郎様に会うといい。その頃にはあまね様との話し合いも終わっとるだろ」

 

__あまね様が、此処に?

 

空いた椀を引っ掴み、いそいそと部屋から出ようとする老爺のその言葉に無一郎は反応したものの特に言及することはなかった。

 

ただ一つ、気になることを除いては。

 

「ねえ、お爺さんの名前は?」

 

「ン……そういえば名乗っておらんかったか」

 

その無一郎の問いに応える声は先程まで歯に衣着せぬ物言いをしていた老爺にしては、どこかぎこちなく感じられる。

 

「姓は鮮魅。……名は、無い」

 

老爺__鮮魅はそう応えると静かに去っていった。

 

#

 

「では今回の事は造反や謀などでは無く、火急の用向きの為やむを得ず許可を取らずに旧邸を出た、と?」

 

あまねの刺のある言葉に景寿郎は特別、反論することなく頭を下げて謝った。

 

「ええ。とは言え、あまね様のお手を煩わせたことはこの景寿郎の不徳の致すところ……まこと申し訳ない」

 

旧邸の奥間、元々は耀哉の自室だったその場所で会談は行われていた。

今は景寿郎が己の部屋として使っている。

隠が気を利かせて運んできた茶と干菓子は残念ながら両者共々手をつけてはいなかった。

 

そも、ことの発端は本邸に遣わされた胡蝶しのぶの鎹烏に括られた文だった。

内容は旧邸に行く道中、元炎柱煉獄景寿郎に会ったこと。

また、彼が時透無一郎に何をしたか、結果どうなったか。

 

致命的な事態には陥らなかったものの、何かのはずみでどちらかが死ぬ危険性もあったことにあまねは危機感を抱き、こうして事の詳細を知る為耀哉の制止も聞かず旧邸へと赴いたのだ。

 

無論供はつけている。

 

ちらりとあまねが背後を見やると居心地悪そうに佇む隠と、打って変わって静かに瞳を閉じて正座している冨岡義勇の姿があった。

よく、自分の無茶を聞いてくれたなと、あまねは思った。

 

義勇とて暇では無い。むしろ柱としての立場上、多忙を極める身ではある。

 

が、受けた。

 

丁度任務の合間だったということもあるが、主だった理由としては義勇自身が景寿郎に会いたかったからだ。

 

とまれ両者の利は一致し、こうして旧邸へ着く運びとなった。

 

__不徳、ときましたか。

 

あまねは眼前の男のことをかけらも信用していない。

確かに景寿郎は非を認めている。

だがこの謝罪は形だけのもので、真実後ろめたさを感じているわけでは無いだろう。

 

__昔から、この方はそうだった。

 

あまねは景寿郎のことを好ましく思ったことは一度も無い。

それは夫である耀哉が初めて景寿郎を紹介してきた時から変わらず抱く思いだった。

 

__およそ、まともではない。

 

自分が神職の家の生まれのせいか、あまねには変に勘が働くところがあった。

ソレは五感を通して訴えかけて来ることもあれば、ひどく曖昧な薄い疑念の様な時もある。

やがて気がついたのはソレが所謂『厄』と呼ばれるものであること。

 

厄。言葉にしてもどこか浮世離れして、観念的なものではある。

 

しかし事実としてあまねにはその厄を察知する(りき)があった。制御もできず満足に扱えない代物ではあるがソレは時折あまねの周囲を生かす助けになった。

耀哉の『予知』が如き、異常な勘の冴えとは少し違い、所謂虫の知らせと呼ばれるものに近いものである。

その知らせが絶えず警鐘を鳴らしているのが景寿郎だった。

通常、そういった厄が付いている人間というのは早世しやすい。故にあまねは当初、景寿郎のことをあまり気にしてはいなかった。

 

__せめてあの人の友として、支えになってくれれば良いというくらいだったのに。

 

だが景寿郎が柱になってからというものの鬼殺隊は日々、目まぐるしく変化していった。

その変化の善し悪しはあまねには判断がつかない。ただ事実として景寿郎の周りには常に死が付きまとっている。

鬼殺隊の隊士としても異様な程に、景寿郎は禍の渦中にいる。

 

そしてその中においても尚景寿郎は生きて帰った。どれだけ他者が死のうと、どれだけ周りに被害が出ようと景寿郎は大した傷も負わずまた次の任務へ向かっていった。

 

淡々と、なすべき事を実直に。

 

その姿に他の隊士達は鼓舞され、より一層任務に励んだ。その甲斐あってか近年の鬼殺隊は、徐々にだが鬼の被害を『減らす』組織から鬼の原因を『潰す』組織へと変貌を遂げつつあった。

 

それがあまねには堪らなく怖かった。

 

だが、その成果を褒めるこそすれ、貶すことはさすがのあまねもしなかった。

 

しかし多大な成果や成長の裏には膨大な犠牲がつきものである。

隊士でなく指揮を取る者でもない産屋敷あまねの様な側で『見守る者』にとって今の鬼殺隊は到底容認できるものではなかった。

 

確かに悲願達成のためにはどう足掻こうとも犠牲はどれだけ抑えても零にはならず、今もどこかで誰かが死んでいるのだろう。

 

それを否定する気はあまねには無い。

 

どれだけ弱い隊士であろうと、志を持ち、どれだけ仄暗い復讐心に燃えようともソレが鬼を斃す力となるならば、矜恃となるならばそれは誰にも否定は出来ぬものであると理解はしている。

 

彼等を嗤うことはしないし、心底敬服している。

何故ならあまねは『戦う者』ではないから。

どれだけ心が傷つこうとも死にはしない自分と違って、彼等隊士達は刀一本であの悪辣な鬼と対峙するのだ、その覚悟たるやどれほどのものか。

 

けれど、あまねにはある未来が想像できる。

 

できてしまう。

 

__景寿郎様の死を願うわけではない。

 

誰かの死を、誰かの不幸を、あまねは願ったことはない。

 

ただ、確信が二つあった。

 

一つはこのまま景寿郎の思うがまま、信ずるままにさせていれば、いつの日か無惨の頸を落とすことも叶わぬ夢ではないということ。

 

もう一つは、その時きっと生きているのは彼だけだろうという確信だ。

 

だから、今日。

 

あまねは景寿郎に聞きたかった。

 

せめてもの憂を晴らすために、景寿郎の本音を知りたかった。

 

「景寿郎様、貴方は何故に『ここまで』なさるのですか?」

 

このかけらも理解できない男の、考えを。

 

この『人でなし』の在り方を。




次で無一回は終わる筈……ちなみに会話相手が童磨になる展開もありましたが自分の中で納得できる物が書けずやむなく没に。
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