炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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会話文多め。




齟齬

景寿郎は困惑していた。

 

__ここまで、とは?

 

心中で首を傾げながらも、辛うじて頭の中に浮かんだものは無一郎のことだった。

 

「無一郎の件ですか」

 

景寿郎が特に考えず口に出すと、あまねは眉をぴくりと一瞬上げた。

 

「それもありますが……そうですね。では『まず』はあの子の話から」

 

__まずは?

 

景寿郎があまねの背後に控えた義勇を見るも、そこから読み取れるものは何も無い。

仕方なく視線をあまねに戻すと、その表情は変わらず厳しいものだった。

 

「貴方は、あの子をどうするおつもりですか?」

 

__決まっている。

 

「日の呼吸の剣士として鍛え上げる。ただ、それのみです」

 

「具体的には?」

 

景寿郎の言葉にあまねは温度の感じさせない声音でそう促した。

 

「……申し訳無いがあまね様のような方には縁遠い話故、聞いたところで理解出来るとは思えませぬ」

 

「私は知らなければならないのです。あの子の未来を、あの子の行く末を」

 

__いやに、つっかかる。

 

景寿郎は不思議に思った。

 

あまねは何故そんなにも無一郎を特別視しているのかと。

 

__別段、腹を痛めて産んだ子でもあるまいに。

 

確かに無一郎は稀なる存在で、その価値は景寿郎もよく分かっていた。若くして柱となり得る天賦の才に加えて、何よりも『血』が良い。

 

__こればかりは、私でもどうにもならん。

 

景寿郎自身、日の呼吸に近づく為にありとあらゆる手法を試したが己に流れる血__煉獄の血だけはやはりどうすることもできななかった。

景寿郎はどう足掻いても煉獄の男であり、幼少の頃から培ってきたものは炎の呼吸である。

 

__どうしようもなく、染み付いている。

 

『炎の呼吸』が、魂に焼きついている。

 

今まで歩んできた己の軌跡を否定するにはこの一年ではあまりに短過ぎた。

 

故に半端。故に日の呼吸には至らず、半ば自嘲気味に新たに習得した呼吸を『(ほむら)』と名付けたのだ。

 

炎を超え、しかして日輪には遥かに遠いその技を。

 

#

 

あまねは、景寿郎の戸惑った気配を鋭敏に感じ取っていた。

 

__景寿郎様とて、たかが一隊士とは思っていないでしょうけれど。

 

それでもあまねには無一郎に並々ならぬ想いがあった。

 

そも傷だらけで鬼殺隊へ運ばれた無一郎を看病していたのはあまねである。

出自が出自なだけにあまり大っぴらにするわけにもいかず、医者こそ呼んだが細々(こまごま)とした世話は大概あまねが焼いた。

 

その中であまねに、情が芽生えた。といったらそれまでであるが、無一郎に抱く想いはもっと複雑で形容し難いものだった。

 

__怖かった。

 

今、この旧邸の何処かにいる無一郎を思いながらあまねは心中でそう呟いた。

 

__私や、誰かの思惑であの子の辿る道が決まるのが怖かった。

 

恐怖。

 

あまねが無一郎に初めて抱いた感情は、恐怖だった。

 

無一郎に対する恐怖では無い。

 

彼の意思を無視した、『この』大きな流れへの恐怖だった。

 

鬼殺隊とは言うなれば『意思の怪物』である。

鬼と隊士たち、もっと言えば組織を比べた場合に人間側に競り勝つ要素はほぼ見当たらない。

 

寿命は鬼の方が遥かに長く。

 

身体は鬼の方が遥かに頑強で。

 

とうてい人に太刀打ちできる存在では無い。

 

確かに呼吸法や日輪刀などの対抗し得る手段こそあるものの、それで漸く土俵に立てるのが人間という生物である。

 

ならば何を極め、武器とするか。

 

鬼には足りず、届かず、手に入らないもの。

 

それ即ち、意思である。

 

鬼殺隊は『滅殺』の意思を掲げた集団であり、各々が望んでその門扉を叩くのである。

一人一人が復讐者で、被害者で、喪失者である。

何かを失ってなお、立ち上がることを選択した意思の『強者』の群れ。

 

それが鬼殺隊である。

 

それに故にほぼ例外は無く、一見そうと見えない者すら総じて皆我が強い。

 

__武芸に携わるものとは、かくも我欲に塗れる生き物なのでしょうか?

 

眼前の景寿郎と、背後の義勇はその頂点の一角。

大きなうねりの中でなお、自己を保つことが出来る傑物である。

 

あるいは、うねりの発生源である。

 

そういった狂乱の渦に無一郎を無理矢理巻き込んでしまったという負い目が、あまねにはあった。

 

__私は、いい。この場に居るのも、こうした立場に居るのも、全ては自分で望んだこと。

 

耀哉の誘いを断ることもできた。

 

そんなものは知らぬと。

 

貴方様とは合いませぬと。

 

全てに蓋をして、日々を健全に、憂いもなく過ごすことも出来たのである。

 

だがあまねは選んだ。

 

耀哉と共に歩む道を。

脈々と続く、血生臭い長の妻となる道を。

考え、悩み、その末に選んだのである。

 

__と、気取るのは簡単ですね。

 

思わず、笑った。それは一瞬だが顔にまで出ていたのか訝しむ景寿郎の瞳が、少しばかり大きく開いた。

 

__当時の私はそんなことなど考えてはいなかった。ただ、あの人の役に立ちたくて……いえ、恐らくは。

 

それは、きっと一目惚れだ。

 

ただ純粋に、当時の己はあの小さな『勇者』に惚れたのだ。

 

__だから、私のことはいい。

 

満たされているし、これ以上は贅沢というもの。

 

問題は無一郎。

 

無一郎の道の『狭さ』である。

 

「あの子には、自由というものがない。私はそれが堪らなく、心苦しいのです」

 

#

 

__自由と、いった。

 

景寿郎はそのあまねの言葉に、虚を突かれた。

それは動揺や、困惑とは違い、ただ心中にするりと入り込んで来た言葉だった。

 

__あれほどの『冴え』を、不自由と断ずるのか。

 

景寿郎からすれば、無一郎ほど自由な存在はいないと思っている。

 

その無一郎を指して、あまねは自由ではないと言い切った根拠が景寿郎には分からなかった。

 

正しくは、認められなかった。

 

「時透は必ず強くなります。誰にも止められぬ程に、誰にも指図されぬ程に、完全な個として頂に立てる資格がある」

 

景寿郎は思わず、まるで弁解するかのように矢継ぎ早にあまねに語りかける。

その姿は義勇や隠をして、どこか焦っているように見て取れた。

 

「それが自由と言わずして何とするのか。紛れもない傑物だ、傑物の卵です。あれ以上はいないし、今後現れるとも限りません」

 

__そうだ、あれほどの器はいない。

 

『ソレ』は言うなれば価値観の相違。しかして他者を隔絶し得る致命的なほどの『ずれ』である。

 

景寿郎はその心故か、あるいはその過去故か自由を強さに求めている。

 

自由という言葉を強さに置き換えて考えている。

 

なぜなら景寿郎にとって、煩わしいものは尽く力でねじ伏せて来たからだ。

 

景寿郎の人生において、障害となり得たのは『己』と『鬼』の僅か二つ。

 

鬼はただ頸を落とせば消え失せる。

 

己の弱さは鍛え上げれば消え失せる。

 

そう思っている。

 

少なくとも『今』現在の景寿郎にとってはソレが真理である。

 

「思い悩む必要はありません。至らぬ身ではございますが、この景寿郎が全身勢霊を懸けて『あれ』を強くして見せましょう」

 

__だから、どうか。その様な顔をしないでほしい。

 

景寿郎の目には、なんとも言えない表情のあまねが映っている。喜怒哀楽が混ざったような、表現し難い顔だった。

 

「心配はいりません。時透は必ず強くなる」

 

景寿郎の言葉に、あまねは反応を返さなかった。

ただじっと聞いている、何かに堪えるように、何かが過ぎ去るのを待つかのように。

 

それが何なのかは、景寿郎には分からなかった。

 

#

 

__ああ、やっぱり駄目ですね。

 

あまねは、腹から込み上げるものを必死に我慢して景寿郎の言葉を聞いていた。

だが、それも限界だった。これ以上は耐えられそうにもなかった。

 

景寿郎の献身に。

異常に異様な献身に。

 

__こと『鬼殺』という面において、この方ほど真摯な人はいないのでしょう。

 

それは言葉に端々から伝わってきた。決して此方を敬うわけではないが、その誠実さと強烈な意思は嫌という程に感じられる。

 

だがあまねは同時に気づいた。

景寿郎にとっての鬼とは何であるかを。

 

__こんなに努力しているのに、あんな目にもあったのに。

 

一年前と比べ、随分と精悍な顔つきになったと思った。身体つきもより一層逞しくなり、絶え間ない修行の跡が窺える。

 

『綺麗』な成長だった。

 

どこまでも影が無く、復讐心を匂わせない成長だった。

 

__思うに、彼にとって鬼とは耀哉(あのひと)に対する障害でしかないのでしょう。

 

足りないから、満足するまで求める。

 

要はそれだけ。

 

それだけで、景寿郎は戦えるのだ。

 

__そんな方に、あの子は任せられない。

 

「私は、あの子__時透無一郎に日の呼吸を習得させるのは反対です」

 

そうあまねはきっぱりと景寿郎に向かって言った。

 

「………理由を、お聞きしたい」

 

その瞬間、景寿郎の雰囲気ががらりと変わったのをあまねは感じとった。

 

どこ、とは言えないが空気が違う。

 

そしてこれが、これこそが煉獄景寿郎の本性だとあまねは思った。

そして恐らくは景寿郎にとっての逆鱗に触れたのだと直感した。

 

__ここが正念場。

 

眼前の景寿郎の表情は凍ったように動かず、じっと此方を値踏みしている。

 

「……景寿郎様は時透無一郎をどう捉えておいでですか?」

 

一息つき、あまねは意識して表情を変えた。景寿郎に呼応するかのように、どこまでも冷徹に、情を閉ざした仮面を被った。

 

そうしなければ、きっと眼前のこの男の考えは読めないと思ったからだ。それは形ばかりの真似ではあったが、たしかにあまねの心に働きかけた。

 

「……先も言ったとおりです。いずれ誰しもが敵わぬ強者となり得る原石だ」

 

__そんなことはどうでもいい。

 

わっ、と怒鳴りつけたくなるのを堪えてあまねは声を絞り出した。

 

「あの子が好きなものをご存知ですか?」

 

「は?」

 

予想外の言葉だったのか景寿郎はその相貌を崩し、目を丸くした。

 

「あの子好きな食べ物は?」

 

「……知りませぬ」

 

__そうでしょうとも。

 

景寿郎と無一郎が邂逅したのは僅か数日前、その間にお互いの距離が縮まっているとはあまねも考えてはいない。

 

「私は知っています。あの子の好物も、あの子がたまの休暇に何をするのかも」

 

隊士として本格的に活動する前、無一郎の世話をしていたあまねは知っている。

無一郎が折り紙を趣味としていることも、ふろふき大根が好物であることも。

 

__それらを、この方は知らない。

 

景寿郎は知らない、知る由もない。

 

無一郎もまた、当たり前に日々を過ごす子供であることを。

 

「貴方には好きなものがありますか、好物や、趣味がありますか?」

 

「…私のことはどうでもいいでしょう。それよりも、質問に答えていただきたい」

 

明らかに苛立った様子の景寿郎をあまねは嘲笑するかのような声音で言葉を続けた。

 

「いいえ、重要なことです。というかそれが答えです」

 

__貴方には無いのでしょう?

 

長いこと、景寿郎に注意を払ってきたあまねは知っている。

 

景寿郎に好悪の感情が極端に薄いことを。

 

凡そ好きなものなどないし、鬼に嫌悪など抱いたことは無いと。

 

たとえ、それが自分の恋人を殺した鬼であっても。

 

それがあまねは、ひどく悲しかった。




次こそはこの話を終わらせたい……。

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