炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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ころころと視点が変わりますが、その実的を得ているのははたして……というお話。


焔は覇道を、只人は祈りを

「これは、そう。私の無知ゆえか…」

 

__なんだ?

 

景寿郎にはあまねが並べ立てる言葉の意図が皆目見当もつかなかった。

故にこうして口を開くも、曖昧な濁した台詞しか出てこない。

 

__要は、あまね様は時透のことが気に入っているのか。

 

何度も頭の中で考えも巡らすも、その程度しか景寿郎にはあまねの真意を探ることが出来なかった。

 

__結局何が言いたいのだ、この人は。

 

景寿郎の心中に宿っていた怒気は何処かへと消えてしまった。それよりも困惑が勝った為である。

 

「確かに…時透のことはよくは知りませぬ。精々が剣の腕くらいです」

 

畢竟(ひっきょう)、景寿郎としてはそれが全てなのだ。

かつて月光の元で耀哉の刃として誓いを立てた頃より、変わらず求めるものは強さである。

 

貪欲に、しかして清廉に力だけを求めていたからこそ今があると景寿郎は信じているし、尚も足りないと思っている。

 

故に景寿郎は他者を募る。

 

己を凌駕しうる存在を。

 

個を極めうる達人、自分の考えの及ばぬ革新的な技術、そういった様々な人材、術理を求めているのだ。

 

全ては耀哉を救う為に。

 

__それが、この方には伝わらないのか。

 

愕然とした思いだった。

己の想いはかくも分かり難いのかと、測り難いのかと歯痒く思った。

 

回り回って無一郎を鍛えることは自身の夫を救うことに他ならないというのに。

 

__恐らく、これは価値観というよりも『生き方』の違いだ。

 

何に重きを置いているかという違いでもある。

 

__私は…死ねない。生きなければならない。

 

『自由に生きろ』

 

それが景寿郎の母_瑠火の遺言であったからだ。

故に景寿郎は生へ並々ならぬ執着がある。

 

__だが、他の隊士はそうではなかった。そして…下手をすればこの方も。

 

景寿郎が鬼殺隊に入った当初は、皆同じ思いで夜毎鬼を狩っているのだと信じて疑わなかった。

 

生きる為に。

 

生きて、生きて、生き残る為に。

 

延々と、己が命を繋ぐ為に。

 

__そうではないと気付いたのは父との合同任務の時だった。

 

下弦の壱の奇襲を受け、咄嗟に当時炎柱だった父と共闘する際に景寿郎は知った。

 

滅びの美学とも形容される、唾棄すべき思想を。

 

景寿郎は今でも鮮明に思い出せる。あの時の父親の目を。ぎらぎらと輝いて、あっさりと死地へ飛び込もうとする危うさを。

 

__私が庇わねば、父は死んでいた。

 

大部分の隊士がろくに大成もせず死んでいくのは、なにも分不相応な任務に当たったからではない。

そういったことを防ぐ為に階級というものが存在するし、様々な手厚い援助も受けているのだ。

では何故、ああも死にゆくものが多いのかと言ったら答えは一つしかない。

 

__皆、戦いに酔っているのだ。

 

特殊な呼吸法を身につけ、特別な武具を携え、人外と戦い、日夜人々の平和を守っている。

 

これに、この『文言』に大抵の隊士は酔っている。

 

無理からぬことであった。

 

大多数の隊士の生まれは華族などと違い平民の出である。

無論、武士がどうの、士道がどうのといった時代ではもはや無い。

だが刀もろくに触ったことのない人間が一度、何かを殺傷せしめる武器を手にすれば増長するのは自明の理である。

 

__最終選別しかり育手の指導しかり、どれもこれも手緩いのだ。

 

故に半端な、夢みがちのまま正式に隊士となる者も少なくない。

そういったものが陥り易いのが、死を美徳とすることだった。

 

その手の輩は命の散り際はかくも美しいと、復讐は己が命よりも勝ると吠えるのだ。

 

土台として狂気渦巻く、鬼との戦いである。意志薄弱なものは流され易く、力を持つものすら時としてソレに魅入られる。

 

__なにも鬼殺とは、特別なことではないのだ。

 

鬼殺隊の記録によれば原初の鬼であるところの鬼舞辻無惨は千年も前より存在していると記されていた。

 

景寿郎は思う。

 

ならば鬼とは、ただの『そういった』生物であると。

 

不老長寿、怪力無双、そして人間にとっての害となる生物(いきもの)

 

それだけ分かれば景寿郎には充分だった。

 

__鬼殺に余計な感情は必要なく、ただ斬り、ただ斃せば良い。

 

それが景寿郎にとっての鬼殺だった。

 

あくまで目的に至るための手段であり、言い換えれば駆除に他ならない。

鬼とは耀哉(おんじん)の命を脅かす害なる生物でしかなかった。

 

__あまね様は違うのか?

 

眼前の恩人の妻は、ほかの隊士と同じくどこかこの長き戦いを『神聖視』しているのではないかと景寿郎は勘ぐった。

 

#

 

__なんとも、妙な具合になった。

 

義勇は時折足を組み替えながら正座を崩そうとはせずに、静かに部屋の隅で控えていた。

 

その視線の先には景寿郎とあまねがいる。

 

__一体なんの話をしているのだろうか?

 

無論、両者の声は義勇にも届いている。

しかし、どうにも話の本筋が見えないと内心首を傾げていた。

お互いに声を荒げるようなことはしないがどこか殺伐とした空気に当てられて、横にいる隠は可哀想なほど気後れしていた。

 

__察するに、あまね様は時透が日の呼吸を先生から教わることがお嫌らしい。

 

空になった自分の干菓子の容器を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えていると義勇はある事実に気が付いた。

 

__なぜ、時透に教えようとする。そもそも、先生は日の呼吸を体得したのか?

 

悲しいかな、義勇にその解を出す(すべ)は無い。

 

数日前の歓迎会でも無一郎が自分の出自を語ることは無かったし、景寿郎に会ったのも一年ぶりだった義勇にとって、二人の会話は訳の分からぬ言葉の応酬でしかなかった。

 

__随分と話し込んでいるが、いつ終わるのか。

 

話の着地点も知らぬまま、義勇は冷めた茶を一口飲んだ。

 

#

 

「あの子_無一郎さんは、流され易い子です」

 

あまねは無一郎をそう捉えていた。

 

元がどうだったは知らない。記憶を無くす『以前』も、そう深い会話をしたわけではない。

それでも流され易いと形容したのは無一郎が記憶を失っている為である。

 

記憶喪失。

 

あまねにその経験は無いが、想像するだけでも恐ろしいと、常思う。

 

__ああして今も普通にしていられるのは芯があるから。

 

右も左も分からぬ状況で、家族もおらず、若い身空でなお自我を保ち続けられるのは無一郎には核があるからだ。

 

強烈なまでの自負、あるいは矜恃のような何か。

 

__それは恐らく剣士としての技量。

 

もっと言えば『霞の呼吸』という己独自の(わざ)に由来するとあまねは考えている。

 

そうでなくは説明はつかない。

 

__でなければあんな小さな子が、柱になれる筈がない。この狂気の渦で、自己を保てる筈がない。

 

道理である。

 

が、所詮この考えはあまねの個人的な主観に基づいたものでしか無い。

 

景寿郎があまねの考えを読めないのと同様に、あまねもまた無一郎の考えなど分かりはしない。

 

お互いが、その理想を無一郎へとぶつけている。

 

それでもわずかに軍配が上がるとすれば、それは景寿郎の方だった。

 

あまねは知らない。

 

何かを殺傷せしめる者達の考えというものは、驚く程に皆一様に冷めているものであると。

 

「私は貴方の所為で、無一郎さんの心が侵されることを嫌うのです。どうか、分かってくださいませんか?」

 

あまねは、確かに産屋敷家の当主の妻の器ではある。

 

隊士の様な力は持たないが、その毅然とした態度と、物怖じしない振舞いは景寿郎等とは違った意味での傑物である。

 

だがあまねは耀哉ほどの『冷酷』さを持ち合わせてはいない。

どこまでいっても意志の強い『優しき』女性でしかなかった。

 

故に、思わぬところで反撃を喰う。

 

景寿郎にとっての『情』がそうであるように。

あまねは『非情』に慣れていない。

 

「あまね様は、お館様を殺すおつもりか?」

 

その景寿郎の一言で、あまねの思考は停止した。

 

#

 

びきり、と音が鳴ったようにあまねの表情は強張った。

 

__ああ、そうか。

 

その様子を見て、景寿朗はあまねの視野の『狭さ』を悟った。

同時にこの眼前の顔を青くした女性はいっそ残酷なほどに優しいのだと気づいた。

 

「どういう意味です。何故ここであの人が出てくるのですか」

 

「無惨を殺さねば、お館様の呪いは解けませぬ」

 

__故に戦力が要る。……それが分からぬ貴女ではないだろう。

 

言外に秘めた景寿郎の言葉の真意に気付いたあまねは、しかし納得できないと譲らなかった。

 

「ですが、何もあんな小さな子を……無一郎さんはあの歳にしては充分過ぎるくらいに鬼殺隊に貢献しています」

 

勢いに任せてあまねは反論するも、その言葉はかけらも景寿郎に響かなかった。

 

__貢献?

 

「私も、時透とそう変わらぬ時分に入隊しましたが?」

 

「っ……貴方のような人とは違うのです。貴方の、あなたのような…」

 

あまねはもごもごと聞き取れぬほどのか細い声で、景寿郎に返した。

だが、はっきりとは口に出さなかったあまねに対し、景寿郎は『経験』からなんと思われているか凡そ察しがついた。

 

__いかれとは…か。

 

景寿郎は不思議と、可笑しさが込み上げてきていた。

それは自嘲や自虐というよりは、ただ純粋に面白かったのだ。

 

あまねの様な常道を歩む人間というのは見ていて気持ちが良いものだと、景寿郎は心中でくつくつと笑った。

 

__やはり、そうだ。私はそういう男だよ。

 

そして同時に『冷めた』思考で景寿郎は言葉を紡いだ。

 

「あまね様。失礼を承知で言わせていただくが、貴女は身の丈に合わぬ願いをお持ちだ」

 

「身の丈……ですか」

 

幼き頃、景寿郎は母から教えられた。

 

『人一人が救える命など、そう多くはないと』

 

「本当に大切なものと、そうでないもの。その線引きを貴女は間違っておいでだ」

 

「私があの子を想う気持ちが、正しいものではないと言うのですか」

 

景寿郎はそのあまねの言葉に、ゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ、正しくはあるのでしょう。人が誰かを慈しみ、(たっと)ぶ心は人間として在るべき姿です」

 

それ自体は正道で、恐らくはあまねの行動、思想が正しいのだと景寿郎も理解している。

 

__だからこそ、知っておいてもらいたい。

 

「ですが、我々は鬼殺隊だ」

 

まるであまねと己は『違う』のだと、どこか厳かに景寿郎は言った。

 

「私とて、戦う力は持ちませんがその一員です」

 

「確かにそうでしょうが、隊士ではない。……実際に鬼と対峙しているのは我々で、旗頭はお館様だ」

 

景寿郎は言外ににおわせた。

 

お前は『部外者』だろうと。

 

「だから、出しゃばるなと?だからあの子のことを放っておけと…貴方はそう言うのですか!」

 

「強くなることに何の不満があるのです?力をつければその分、生きる道も増えるでしょう。貴女は我が身可愛さに、時透はおろかお館様をも危険に晒している」

 

__私人だ。この方は、今耀哉の代理などではなく、ただの『母親』として此処へ来ている。

 

だからこそ熱も入るし、声も荒げる。

 

景寿郎には、その感覚は分からない。

 

親になった経験などある訳がないし、なれるとも思っていない。

 

__だが、親は子を守るものだ。

 

それは当たり前の道徳で、その点だけは景寿郎にもあまねの激情が理解できた。

 

「我が身などっ、どうということはありません」

 

あまねはもはや深く考えずに半ば無意識で景寿郎に反論した。

 

それを景寿郎は咎めない。

 

__人たらば、ここは憤る。そうでなくば、人にあらず。

 

だが、やはりそれは私人の発想で、鬼殺隊の長や為政者の思想ではない。

 

故に、景寿郎はとつとつとあまねへ語りかけた。

 

「………それだ。その命の『軽さ』が、私には理解できない。どうしてそんなに軽々と己が身を晒すのです?」

 

__死ねば、終わりだ。そこには何も無い、ひたすらに空虚だ。

 

「私の命で『どうにかなる』のなら…そんなものは幻想だ」

 

景寿郎は信じている。

 

現実として、最も必要とされるものは、意思や覚悟といった曖昧模糊とした感情の発露などではなく、只の剣士としての技量だと。

 

#

 

「それが、貴方の生き方ですか。その他者を蹴散らす様な思考で、人でなしの考え方で……そうして生きていくのですか?」

 

__もう、いい。もう知りたくはない。

 

あまねは、思い知った。

景寿郎と自分の間に存在する壁を。

それは理解し難く、それは分かり合えない高き壁を。

 

__我儘だった。

 

それは分かっていた。

 

無一郎はどうであれ、鬼殺隊の隊士で、その中でも指折りの実力者。

放っておいても強くはなるし、いずれ景寿郎と対面することもあるだろうと分かっていた。

 

__けれど、早すぎる。

 

眼前の男は『劇薬』だ。

 

他者の成長を促す薬にもなれば、その志の刃を折る毒にもなる。

 

「まとも、とは言い難い。それは私とてよく理解しています……しかし、正しくありたいとは思っています」

 

あまねはそう言って此方を見つめる景寿郎の視線に耐えかね、下を向く。

 

__その歪な精神が、私には理解できない。

 

本当は、もっと言いたい事がある。もっと悪辣に、罵ってやりたい気持ちもある。

 

しかし、それでもこの景寿郎を『憎む』ことが出来ないのは。

 

__真面目だから。

 

実直で、不器用だが誠実に生きようという『意思』は伝わってくる。

 

それは己の夫にも通ずるものだと、あまねは思った。

 

__だからこそ、あの人は景寿郎様を友として認めたのだろうか?

 

あるいは、欲したのか。

 

あまねは唇を噛み、暫くして立ち上がった。

その顔は晴々としたものではなく、変わらず憂いを帯びている。

 

「帰ります」

 

唐突に口から出た言葉はあまね自身、意図せぬものだった。

 

しかし、身体が動いた。

 

本能で理解したのだ、己が景寿郎の心を動かすことは出来ないと。

 

「……時透のことは、如何するので?」

 

あまねの突飛な行動に、景寿郎は動じなかった。

 

景寿郎もまた、理解している。

 

己が、あまねの思想と交わることは決してないと。

 

「あの子が……『望む』のなら、それに全力で応えてあげてください。どうか、それだけは約束して欲しいのです」

 

「承りました」

 

もうあまねは、景寿郎の目を見れなかった。

これ以上、妙な影響を受けるのだけは御免だった。

 

__こんなに、取り乱したのはいつ振りでしょうか?

 

およそ、あまねの記憶になかった。子供の時はいざ知らず、耀哉と夫婦(めおと)になってからはとんと心当たりが無い。

 

__どうしてだか、心をかき乱される。……ああ、そうか。

 

あまねは気づいた。

 

この憤りの正体と、景寿郎に感じていた違和感を。

 

そして、ほんの僅かに景寿郎の心根が分かった様な気がした。

 

「貴方は……子供なのですね。加減を知らず、通りの通らない、小さな視野と大きな欲望を兼ね備えた童」

 

あまねは一言そう呟くと、景寿郎や義勇、隠の反応を見る事なく部屋を後にした。

 

#

 

「お、お待ち下さいあまね様っ!」

 

義勇は、隠がそう言って慌ただしく出て行くのをぼんやりと見ていた。

 

「お前は、行かなくていいのか?」

 

だがすぐに、その問いかけに視線と意識を向け、義勇は景寿郎へと近づいた。

 

「帰りは別の者に頼んでいる。心配はいらない」

 

「そうか……ならばお前はこれからどうするのだ」

 

景寿郎は、興味なさ気に義勇の予定を聞いた。

 

随分と気疲れしているようで、手をつけていなかった干菓子を乱暴に掴むと纏めて口へ放り込む。

 

「先生に、会いたかった」

 

その様子をじっと観察しながら、義勇はぽつりと口を開く。

 

「…まだ私の事をそう呼んでいるのか?お前の師は鱗滝左近次殿だろう」

 

あっという間に噛み砕き、菓子を嚥下した景寿郎は呆れた声音で義勇の発言を訂正した。

 

「話したいことが、沢山あるんだ」

 

しかし義勇はそれを無視して、言葉を続ける。

 

__貴方がいない間に、色々なことがあった。皆、どこか覇気がなくなったし落ち込んでいる。

 

自分のこと、他の柱のこと、お館様のこと。

 

喋りたいことは山のようにあったし、聞かせたいことを選別するのすら時が惜しかった。

 

それほどまでに、義勇は景寿郎に懐いている。

 

__だが、まずは。

 

あまり口達者な方では無い義勇は、さしあたって最も己が景寿郎に聞きたかった事を話すことにした。

 

「もしも人を食わぬ鬼がいるとしたら、先生ならばどうする?」

 

あの冬山で出逢った、ある兄妹の話を。




次は胡蝶姉妹導入回。

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