炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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私生活で色々あり、投稿が遅れました……というわけでリハビリ回。文字数は少なめです。


まどろみ

「それは、なにかの冗談か?」

 

景寿郎の両の眼が義勇を見据える。

 

__馬鹿にする声音でも、疑問を抱いている口調でもない。

 

その静かな態度に義勇は『懐かしさ』を感じるとともに、身体に僅かに怖気が走った。

 

__懐かしい感覚だ。

 

ずっと昔、景寿郎から稽古を受けた時に義勇はこれと同様の視線を幾度となく浴びていた。

 

__結局貴方からは一本も取れなかった。

 

しじまの如き圧と、烈火の如き動きであっという間に地に寝かされたあの昔日の記憶を、義勇は懐かしんだ。

 

今は遠い、黄金の様な日々を。

 

だが義勇は、それらを振り払いつつゆっくりと景寿郎へ件の体験を語り始める。

拙い己の語りが、少しでも眼前の男へ伝わるようにと。

 

「……ある任務の最中、俺は人を食べず、人を守る鬼を見つけた。雪山での出来事だ。その日は骨まで凍える様な寒空で…俺は鎹烏を頼りに鬼の気配を探っていた」

 

「………それで?」

 

腕を組み、一言景寿郎は続きを促した。

 

「それで、ある兄妹を見つけた。鬼は妹の方で酷い飢餓状態に陥っていて、俺はいつもの様にその頸を落とそうとした」

 

__そして、いつものように。

 

「ろくに事情も知らない兄の方は酷く喚いた。どうか殺さないでくれと…俺が『全部』ちゃんとするから、と」

 

「剛気だな…戯言に過ぎんが」

 

「俺もそう思った。だから耳を貸さず鬼を斬ろうとしたら、兄が襲いかかってきた。それも後先を考えない捨身の行動だ」

 

義勇は今でもはっきりと思い出せる。あの捨て鉢の行動と、その裏に隠れた決死の覚悟の『激情』を。

 

「無論その牙が俺に届くことは無かったが、その隙を突かれて鬼は兄へ向かっていった」

 

油断していたわけでも、慢心があったわけでもない。

 

ただ、見誤っていた。

 

__もしも俺が炭治郎と同じ立場だったなら。俺は……あれほど動けていただろうか。

 

竈門炭治郎(あに)の想いを見誤っていた。

 

そして、もう一人。

 

竈門禰豆子(いもうと)の想いも見誤っていた。

 

「だが食う為ではなかった。鬼は兄を守る為に俺に立ち塞がった……明らかに正気を欠いていたというのに、だ」

 

そこに義勇は見出した。

 

言葉にできないほど曖昧で、不確かなモノを。

 

それは、希望でも救いでもない。

 

無理やりにでも形容するのならそれは。

 

「可能性だ、先生。俺はあの兄妹に可能性を見た」

 

きっとその言葉に他ならない。

 

清濁や正邪、善悪よりももっと曖昧なある種の『道』を義勇は幻視した。

 

「義勇」

 

そして、それに続く景寿郎の言葉を。

 

「私はそうは思わない」

 

やはり、どこかで分かっていた。

 

#

 

日は、とっぷりと暮れている。

 

旧邸は夜になると、無人の如き静けさに包まれるのが常だった。

屋敷の広さに比べて、そこで暮らす人の数があまりに少ない為だ。

 

ぽたり、と火を灯した燭台の蝋が溶ける音さえ聞こえてくる。

 

『その』部屋の前に佇んでいる鮮魅がぽつりと呟く。

 

「おや…漸く坊は御目通り叶いますかな」

 

老爺のどこか間延びした声が暗闇の廊下を通ると、影は蠢いた。

 

「ですが遅いですなぁ、若。坊はとっくに寝ついておりますよ」

 

「いい。顔が見たいだけだ」

 

影はやがて人の形を浮かび上がらせ、そして『ぬらり』と明かりの元に景寿郎が現れた。

 

「相変わらず、見事な隠形だ。ソレ、どうやるんで?」

 

鮮魅が囃し立てるも、景寿郎の表情が晴れることはなくいつも通りの鉄仮面だった。

 

「知らん……宇髄に聞け。私は彼の動きを観察して身に付けただけの我流だよ」

 

「それが出来れば、苦労はしませんや。全く……これだから柱ってやつは、儂等のような『純然』たる隠が喉から手が出るほど欲する技をいとも簡単に習得しやがる」

 

無一郎を起こさぬようにか、鮮魅は器用にも小声で憤る。

 

尤も、本気で腹が立った訳ではなくあくまで景寿郎への揶揄だった。

 

「入っても?」

 

「……お静かにお願いしますよ」

 

それを相手にすることはなく、景寿郎は鮮魅の返答を最後まで聞くことなく無一郎が眠る部屋へと足を踏み入れた。

部屋の隅に立った燭台が、無一郎の顔を僅かに照らしている。

景寿郎はくうくうと規則の良い寝息を立てる無一郎のそばに座った。

 

__あどけない寝顔だ……と、あまね様ならば思うのだろうか?

 

布団からはみ出した無一郎の左手を掴むと掌を見る。

 

__齢十三の子供のソレではないな。

 

綺麗な、とは言い難い。固く、ざらついた掌からは夥しいほどの研鑽の跡が窺える。

 

__我武者羅に、必死に己を鍛え上げたのだろう。

 

景寿郎はそっと無一郎の手を布団に戻した。

 

__『霞の呼吸』という前例が無い独自の技を生み出す背景には、怖れのようなモノがあったのだろうか?

 

あまねの言葉を受けてでは無く、何の気なしに景寿郎はそう思った。

 

考えていたのは、眼前の童のこと。

 

「……己の証を、欲していた」

 

思わず口に出たのは、自分のこと。

 

「私の生きる意味とはなんだ……耀哉を救うことか?」

 

その言葉に無一郎が反応することはなく、また景寿郎も期待していない。

 

何故なら『その』答えはとうの昔に出ていたからだ。

 

「……違う、断じて違う。私が彼を救うと決めたのは恩義があるからだ」

 

__かつての私を、耀哉は認めくれた。

 

そして。

 

『けれどもその誇りは妻に教わったんだ』

 

__尊き『こたえ』を聞かせてくれたからだ。

 

傅く理由にはなるが、決して生きる理由には値しない。

 

「ならば、私は何故(なにゆえ)にこうして無様にも生恥を晒しているのか」

 

その答えも、母の遺言という解は出ている。

 

「…………そんな筈は無い。認められない、そのような事があっていい筈が無い」

 

鬼殺隊(ここ)にいる理由は耀哉(おんじん)の為。

 

生きる理由は瑠火(はは)の為。

 

景寿郎は己の顔が歪んでいくのがはっきりと分かった。

 

もう『何度』も飽きるほどに出た答えが心中を支配し、視界が赤く染まっていく。

 

その度に納得し。

 

その度に否定した。

 

「この想いは『誰』のものだ?」

 

景寿郎にとって、母は絶対者だった。

 

景寿郎にとって、耀哉は仕えるべき主君だった。

 

景寿郎はすがる様な目で無一郎を見た。

 

__お前を鍛えようと、お前を強くしようと決めたのは私の意思か?

 

「カナエを()いたのは私の意思か?」

 

その声に力は無く、瞳はどろりと濁っている。

 

「そうに決まっている」

 

景寿郎は力を無くしたかの様に、ばたりと無一郎の横に寝転ぶと目蓋を閉じた。

 

思い返すのは終わってしまった過去の日々。

 

もしも煉獄景寿郎に青春というものがあったならそれはきっとあのような黄金の日々で。

 

「終わったのは、カナエ……君を私が殺した時だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうか姉を、姉さんの夢を終わらせてください』

 

 

 

 

 

 

胡蝶姉妹と出会ったのは、今より数年前。

 

景寿郎の耳に『鬼の頸を落せぬ隊士がいる』という噂が入ったのがはじまりだった。




予告

舞台は数年前、宇髄天元を新たに柱として迎えた頃より始まる。

続々と集う柱達、整っていく戦力とは裏腹に若き景寿郎の心は揺れ動く。

人といかれの狭間で惑う景寿郎はその果てに頂を掴み、悲恋と裏切りを知る。
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