槇寿郎の病室を後にする。
廊下に控えていたあまねが不安そうにこちらを見てきた。
_大丈夫だから。
口には出さずとも笑って返すと、安心したのか特に先の会話について問い質してくることはない。
とりあえずは槇寿郎と話はついた。非常に残念なことだが本人の心が折れてしまっている以上わたし達にできることはあまり無い。
病院を出て屋敷へと戻る道中、考えることは変わらなかった。
「煉獄景寿郎か……」
どういった子だろうか…なんにせよ一度会ってみる必要があるだろう。
_俺は……もう無理です。妻に先立たれ…放逐した息子の天賦の才を見せ付けられた。
_元々杏寿郎達ほど熱心に指導したことはなかったのに数年振りに見た彼奴の型は研ぎ澄まされていた。
_下弦の壱を討伐後自分の身体の状態も構わず食って掛かったのです。その技の冴えは如何なる理屈だと。
_そうしたら、彼奴は他の炎の呼吸の隊士に教わったと言うんです。馬鹿げてる……いや、確かに我ら煉獄家以外にも炎の呼吸を使う隊士は無数に存在するが…
_最終選別に行かせた時だって生き残るには十分な実力はあったが、覚えている型は伍ノ型までだった。
_玖ノ型 奥義にいたっては俺は見せてすらいないのです!それを……あんな…【一度】拝見させていただきましただとっ…巫山戯ているっ‼︎呼吸とは…型とはそんな簡単に体得できるものでは無いのだっ!
_なら…俺はなんだというのです?必死に数十年間磨いた技が、僅か一度見ただけの息子に劣る男は。
_ならば、もうあの子が柱をやればいい。
少なくともあの槇寿郎の泣きたくなる様な笑い顔は、しばらく忘れられそうにない。
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「景寿郎っ!どうやってそこまで辿り着いたのだっ‼︎」
隊服の襟を掴み、凄んでみても息子に何一つ変化はなかった。ただぼうっと何処を見ているのか分からない目が此方を捉えている…ように感じる。
視界の端では夕餉を持ってきた家中の者がおろおろと視線を彷徨わせていた。
「……何が、でしょうか父上」
「惚けるなっ!あの技の冴えは明らかに異常だ……お前程度の歳の小僧が出せるものではないのだっ‼︎」
それは歪んだ嫉妬だった。
下弦の壱をなんとか斃した俺達は近くの藤の花の家紋の家へと運ばれ治療を受けていた。
口を開くのも億劫なほどの傷を受けた俺に対して景寿郎は僅か片腕の骨が折れた程度、それも最期に悪足掻きで放たれた血鬼術から俺を庇ってできた怪我だった。
認められるわけがない、何故お前が俺よりも優れているのだ。
戦っている最中も此方は誰かを庇う余裕などなく戦況の把握すらままならなかったというのに。
だのに此奴は一体なんだというのか、まるであの地獄の中を散歩でもするかの様な軽やかさで縦横無尽に戦っていた。
一挙手一投足が此方の命を刈り取るほどの鬼の圧を、微風の如く無視をして頸を落とすその姿に憧憬を覚えた。そしてその何倍もの激情が頭を支配した。
認められない。
認められるわけがない。
なあ、頼むから。
ソレを俺に見せつけるなっ‼︎
「父上……貴方は重傷です。安静にしている方が良いでしょう」
手をゆっくりと引き剥がされ、寝台へと促され有無を言わさず寝かせられる。
情けないことにもう此奴の手を振り解く力は残ってはいない。
「さあ横になってください。なんなら私が食べさせてあげましょう」
此方を気遣うような言葉だ。
健気で一途に慮っている言葉だ。
「……どうしました、父上。そんな怖いモノを見るような目で此方を向いて」
だがその
今の言葉もどこかの焼き回しだ、息子の頭の中にはこういう状況になった時の対処法が記憶されているのだけなのだろう。
思い返せば体調がすぐれない時はこうやって瑠火に看病されていた。これはきっとその時の再現だろう。
「……景寿郎、お前は」
なんと哀れな息子だろう。まだ出来損ないならば良かった、何の才能も無くただ日々を精一杯暮らす程度の凡愚ならばこの子はこうまで狂わなかっただろう。
だが天は寵愛を与えた。代償に感情を奪っていった。
一つの形として見るならばあの技の数々は至高の領域に位置するものだ。
だが何故あれだけのものが放てるのに…この子には【深み】がないのだろうか。
景寿郎には理念がない、人としてあらねばならない確たるものがない。
故に技は冴え渡っていても理が見当たらない。
刃はただ無機質に眼前の鬼をこれからも斬っていくことだろう。
だがそれはもはや鬼殺ではないのだ。
それは雑草を毟るのと変わらない。思いの丈を力に変えて我ら鬼殺隊は存在するのだ。
あのような在り方は鬼に殺された者達に対する侮辱だ。到底許されるべきではない。
「お前は何の為に鬼を斬るのだ…」
もう疲れた…この子と一緒にいると自分がくだらない人間に思えてくる。俺は無辜の人々を守り、鬼を殲滅せんとする組織の一人だ。
その筈なのだ。
此方を見据え、しばらくした後、首を傾げながら景寿郎は呟いた。
「さあ……私も、それを探しています」
その横顔はやはり妻の生き写しで。
同時に初めて見るような顔だった。