炎々と生きる   作:たぬきち祭り

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在りし日の、思い出。

箸休め回です。

感想欄にてのご指摘ありがとうございます。一部表現を変更しました。


追憶 序

それはとても暑い日だった。

 

茹だるような炎天下の中、その子は生まれた。

 

名は景寿郎。

 

後ろは俺の名前から、前の景の字は瑠火が考えた。

後から理由を聞いてみたところ、照れ臭そうにこう答えた。

 

_景には日の光という意味があります。こんな生業をしている私たちですから、御守り代わりの一字です。

 

ああそれは良いな……とても良い。

 

 

とても暑い、夏の記憶。

 

僅かなしこりと多大な喜びを噛み締めた、灼熱の記憶。

 

 

 

煉獄槇寿郎の後悔の記憶。

 

 

予定よりも早く子供が産まれるということで、その日の煉獄家は慌ただしかった。

急いで近くの産婆を呼び、出産の立会い経験のある者を家中(かちゅう)から選出し、親戚には急いで文をだした。

俺含めた男衆は一言「使い物にならない」と言われ部屋から締め出されていた。

 

数時間…あるいは数十時間だろうか。俺が廊下でひたすら唸っているとやがて妻の嬉しそうな悲鳴が聞こえた。

 

逸る気持ちを抑え待つこと数分、襖が開き産婆達女衆に入室の許可をもらった。

 

震える膝を叩きつけ、恐る恐る部屋と入っていく。

 

「……産まれたのか?」

 

そこにはやや疲れた様子の、やや子を抱く瑠火がいた。

 

__貴方…見てください。随分大人しい子だわ……もっと声を上げて泣くものだとばかり、でも…ああ、景寿郎…。

 

瑠火は不思議そうに、しかし自身の腹より生まれ出た存在を愛おしそうに見つめていた。

 

「あ、ああ。どうしたんだろうな、どこか具合でも悪いのだろうか」

 

一瞬惚けてしまったが、言葉の意味を理解し、直ぐに隣の部屋に控えた産婆を呼びつけようと腰をあげる。

 

_いえ、この子はきっと聡明なのですよ。……ねえ、景寿郎?。

 

一方の妻はまったく焦ることはなくただじっと我が子を見つめていた。自ら産んだ瑠火が言うのならば、大丈夫なのだろうか。

 

「そう…なのか。ああそうだろうな、その通りだ。俺にも抱かせてくれ」

 

ふらふらと中空に手を彷徨わせている景寿郎を瑠火は揶揄いながらゆっくりと俺に差し出しきた。

 

_優しく、ですよ。炎柱 煉獄槇寿郎 様?

 

「も、勿論だともっ!俺は繊細だぞっ、凄くな‼︎」

 

自分でもよくわからない反論をして慎重に我が子を抱く。

 

_………あう。

 

不意に景寿郎と視線が合う、穢れのない無垢な眼。

僅かに生える黒髪が瑠火の血が濃く表れていることの証左だった。

 

そしてその確かな体温の暖かさは紛れもなくこの子が此処に存在している証だった。

 

「おお……おお」

 

言葉にならない呻きのような声しか出ない。

 

_ふふ……ちゃんと首を支えて。…そう、よくできました。

 

「俺は童ではないのだぞ…瑠火」

 

あやすような口調に俺は思わず顔を顰めた。

 

_あら、貴方は赤子を抱いた経験があるのですか?

 

じろりと此方を見据える妻の瞳に思わずたじろぐ。参った……こうなると瑠火は長いのだ。

 

「いやっ…その、経験はないが。これでもそれなりに周囲の者に聞いて回ってだな」

 

_つまり知識だけと。

 

「うむ…まあ、そうなるかな」

 

_見たこともなく他者の言葉として仕入れた知識しかないのなら、どれだけ年を重ねていようが童です。

だいたい貴方はいつもそう、何とかなるさ、と声高に叫ぶのは結構ですが物事には道理があり……

 

「こ、子供の前だぞ。そういう話は後にするべきだっ!ほら景寿郎も退屈そうだぞ!」

 

 

瞬間、空気が凍った。

 

 

_子供をダシに使うのですか。

 

 

怒髪天を衝くように瑠火の声は温度をなくしていった。先程までの消耗ぶりが嘘のようだ。

 

「そうではないぞっ、こ、言葉のあやだ!」

 

俺の声は虚しく裏返った。

 

不味い、完全に対応を間違えたっ!このままいくとしばらく食卓に好物のさつまいもの味噌汁は並びそうにない‼︎

冷や汗が伝う……もう、文月だというのに心なしか部屋の温度が少し下がった気すらしてきた。なんとか弁明せねば……!

 

「いやっ……そうではない!なんというか、その、そう。…………勘弁してくれっ!せめて週に三度、いや二度ほどでもいいからっ‼︎」

 

__なんの話ですか?

 

妻は怒っている!

 

「味噌汁の話だ!」

 

_………はい?

 

槇寿郎(おれ)よ……それしか出てこんのか、不甲斐ないっ!

 

我ながら語彙の少なさに死にたくなった。

 

_………ふふっ。ああ可笑しい。

 

そんな様子を見た瑠火は小さく吹き出していた。

 

_ふう………まったく、なんですかそれは。もう少し堂々としていなさい、この子も見ていますよ…父親としての貴方を。

 

俺がおろおろと狼狽しているのを見てどうやら溜飲を下げたらしい。言葉は強いが語気は柔らかくなっている。

……どうやら最悪の事態は避けられたらしい。

しかし、父親か。

 

「……そうだな。もう、お前だけではないのだな」

 

新しき、家族。煉獄槇寿郎と煉獄瑠火の子。

じっと懐の我が子を見やる……ああ、これが命の尊さか。

普段の鬼殺(なりわい)とは遠く離れたモノ、摘み取るのではない、誕生を喜びその暖かさにただ感謝をする。

 

_槇寿郎さん。

 

感慨にふけっていると改まった様子の妻が話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

俺が聞くと瑠火は見惚れるような笑顔でこういった。

 

_これからも、末永く、よろしくお願いしますね。

 

その時……俺は初めて人目を憚らずに泣いた。

何事かと家中のものが集まってくるがそんなことは御構い無しにただただ号泣した。

 

_貴方がこの子の代わりに泣くのですか?

 

やれやれと困ったように、けれども愛おしそうに瑠火は俺の腕に収まる我が子ごと抱きしめてきた。

 

_ああ…私は今、この上なく幸せですよ。

 

いつのまにか妻の眼にも涙が溢れていた…結局俺達夫婦はいい加減に泣き止めと周りの者に言われるまで泣き続けていた。

 

 

 

 

_大丈夫だ…俺はこれからもやっていける。

 

 

 

 

明日も知れぬ我が身だが……守る者が増えた。

ならば俺に負けはない。煉獄槇寿郎の心に隙はなく、轟々と燃え盛る我が猛りはこれからも鬼を狩り続けていくことだろう。

 

そう、きっと気のせいなのだ。

 

_随分大人しい子だわ…。

 

その時得体の知れない不安に襲われたのはただの気の迷い。

あの周りを観察するかのような、奇妙な無機質さを景寿郎(あの子)から感じたのは俺の気が動転していただけだ。

我が子を気味悪がるなど言語道断、猛省しなければ…!

 

 

 

大丈夫だ、きっと。俺はうまくやって来た。

 

今までも

 

そして

 

これからもだ。

 

 

あの昔日の灼熱の記憶、業火の記憶。

 

これは俺の、後悔の記憶。

 

 

 

それから景寿郎が異端児だと分かるのにそう時間はかからなかった。

 

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