蜘蛛の対魔忍の受難   作:小狗丸

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四十二話

 東京キングダムにあるビルの一室。そこに十数人の人影が一つのテーブルを囲んで椅子に座っていた。

 

 十数人の人影の中には人族もいれば魔族もおり、全員が一般人ではまずない威圧感や貫禄を感じさせている。彼らはこの東京キングダムで活動している、全体から見て中規模の裏組織や武装勢力の代表者達であった。

 

「……また、『アイツ』がやってくれたらしい」

 

 まず部屋にいる魔族の男がそう言うと、同じ部屋にいる者達が全員、苦虫を噛み潰したような表情となる。魔族の男は「アイツ」と口にしただけで対象の名前を言ってはいないが、彼らはそれだけで魔族の男が誰のことを言ったのか理解できていた。

 

「蜘蛛の対魔忍か……」

 

 人間の男がそう口にすると最初に発言した魔族の男が頷いた。

 

 蜘蛛の対魔忍。

 

 蜘蛛の外見の使い魔を作り出して操る忍法を操る対魔忍で、二年程前に現れて主に情報収集や暗殺等の活動している。彼は徹底して自分の痕跡を隠しており、東京キングダムの裏組織や武装勢力はその正体を掴めないまま、これまでにも多大な損害を与えられていた。

 

 そして今回もまた、この部屋に集まっている者達は蜘蛛の対魔忍に煮え湯を飲まされたのであった。

 

「それで? 今回損害を受けたのは何処なの?」

 

「我々の所だ」

 

 一人の女性が質問をすると、それに並んで椅子に座っている人間一人、魔族二人という三人組の男達が答える。

 

「今回新たに開発したばかりの対魔忍も含めた人間の売買ルート、そして洗脳に使う新型の麻薬の開発工場……。これらが蜘蛛の対魔忍によって存在を明らかにされて壊滅した」

 

「またアイツか……!」

 

「あの疫病神め。……いや、毒虫か!」

 

 三人組の男達が損害を説明すると、他の者達が口々に一人の対魔忍への怨嗟の声を漏らす。

 

「なんとかならねぇのか!? たった一人の対魔忍にいつまでも好きにやらせてたら、俺達はそれぞれの『上』に切られちまうぞ!」

 

『『………!』』

 

 顔に大きな傷があるオークが苛立って怒声を上げると部屋に緊張が走る。オークの言っていることは正しく、多大な損害を受けながら何の対策も立てられない現状に彼らの組織の後ろにいる更に大きな組織も苛立ちを募らせており、このままでは後ろ楯になってくれていた上の組織に見限られるのも時間の問題であった。

 

「も、勿論じゃ。何せ今日は蜘蛛の対魔忍のついて話し合うために集まったのじゃからな」

 

「でも対策と言っても、あの蜘蛛の対魔忍についてどれだけ知っているの?」

 

『『………』』

 

 人間の老人が冷や汗を流しながら言うが、それに魔族の女性が聞き返すと部屋にいた全員、先程怒声を上げたオークですら沈黙した。

 

「………こっちで掴んでいる情報は『本名の苗字がサオトメであること』、『まだ二十にもなっていない男であること』、『蜘蛛の使い魔を使役する忍法を使うこと』。……この三つだけだ」

 

 沈黙が支配する部屋で最初に口を開いたのは顔に大きな傷があるオークだった。オークが小さな声で悔しそうにそれだけを言うと、他からも「自分達も同じだ」という声がいくつも聞こえてきた。

 

「一体どういうことなの……!? 今まで何人もの捕らえた対魔忍から聞き出しているのに、手に入った情報はたったこれだけ……! 対魔忍っていうのは身内で忍法の自慢合戦をする生き物じゃなかったの?」

 

 あまりに蜘蛛の対魔忍の情報が少なすぎて魔族の女性が両手で顔を隠して絶望的な声を出す。今の彼女の言葉は部屋にいる全員の気持ちを代弁したものであった。

 

 この部屋にいる者達が知る対魔忍とは、自分に目覚めた忍法を盲信していて、組織内での自分の立場を確かなものにするため必要以上に己の忍法をひけらかす人種であった。特に強力な忍法に目覚めた対魔忍ほどこの傾向が強く、任務や里の訓練でも忍法を使い、その効果や弱点を自らさらけ出していた。

 

 そのため対魔忍を一人でも捕らえることが出来れば、そこから他の対魔忍が使う忍法の情報を手に入れることができ、東京キングダムの裏組織や武装勢力の者達はそれらの情報でこれまで対魔忍の裏をかくことに成功してきたのだ。

 

 しかし今回、蜘蛛の対魔忍の情報は全く手に入らなかった。

 

 今まで何人も捕らえて従順になるように調教した対魔忍達に聞いても、分かったのはオークが言った三つの情報だけ。それ以外にも詳しく聞こうとしても「あんな地味な忍法、大したことはない」とか「俺の方が優秀な対魔忍だ」みたいな、何の役にも立たない言葉しか聞けなかったのだ。

 

 これは蜘蛛の対魔忍が今日まで最低限の情報しか知られないように細心の注意を払ってきた結果であった。……裏を返せば味方であるはずの他の対魔忍をこれっっっっっぽっちも信用していないということになるのだが。

 

「やはり蜘蛛の対魔忍は情報の漏洩が非常に危険であることを熟知しているようだな。……というか、蜘蛛の対魔忍は本当に対魔忍なのか?」

 

『『………』』

 

 人間の老人がそう呟くと、部屋にいる者達が真剣な表情となって熟考する。皆、人間の老人と同じ疑問を持っていたのだろう。

 

「そ、それはとにかく話を戻すぞ! 何でもいい! 皆、これまで蜘蛛の対魔忍が関わったと思われる仕事のデータを出してくれ! そこから蜘蛛の対魔忍を葬る策を考えるぞ!」

 

『『………!』』

 

 魔族の男がそう呼び掛けると部屋にいる者達が真剣な表情となって頷いた。

 

 彼らは所詮、利害関係だけで繋がっている関係に過ぎない。もし「仕事」でぶつかり合えば、お互い容赦なく殺し合うことになるだろう。

 

 しかし今だけは、蜘蛛の対魔忍という共通の敵を持つ今だけは、彼らは心から協力し合っていた。

 

 そして東京キングダムの裏組織、武装勢力の代表者達による話し合いは日付が変わるまで行われたのだった。


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