ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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夏休みへ向けて、彼は奔走する。

 

 

 

 暴力事件から数日経ったある日の放課後。

 柚椰は櫛田を介してある生徒たちをカフェに呼び出した。

 それは以前、櫛田とともに企てた計画における重要なファクター。

 クイーンを蹴落とすために必要な通過点だ。

 

「黛くーん! 連れて来たよーっ」

 

 カフェに入って来た櫛田は店内の一角に座っている柚椰を見つけると嬉しそうに手を振った。

 彼女の横には目的の女生徒たち三人も同伴している。

 

「ありがとう櫛田。そしてこんにちは、佐藤、篠原、松下。まぁ座って」

 

「「「し、失礼しまーす」」」

 

 柚椰に促され、呼び出された三人はおずおずと柚椰の向かいに腰掛ける。

 そして櫛田は柚椰の隣に座った。

 全員が座ると、三人を代表して松下が柚椰に話しかけた。

 

「それで、どうしたの? 櫛田さんを挟んでわざわざ呼び出すなんて。私、黛君と連絡先交換してたよね? 他の二人も」

 

 彼女の言葉に佐藤と篠原もうんうん、と頷く。

 

「いや、俺も出来るなら三人に直接連絡を取ってこの場を設けたいと思っていたんだ。でも事情が事情だから、櫛田を外して集まるのもどうかと思ってね」

 

「事情って?」

 

「櫛田、話していいかい?」

 

「うん、今日はそのために集まってもらったんだもん」

 

 柚椰と櫛田は何やら深刻そうな、真面目そうな雰囲気で話している。

 その様子に三人も何を話すのだと気を引き締め始めた。

 

「須藤の暴力事件が無事に解決して、この前晴れてDクラスにポイントが振り込まれただろう?」

 

「うん、久しぶりのポイントだって皆大はしゃぎだったよね~」

 

「あたしも嬉しかったな~2万は大きいよやっぱ」

 

「中間テストの頑張りも無駄にならなかったし、審議に勝ててよかったねって話してたよね」

 

 柚椰の問いに、佐藤たち三人は各々その時のことを振り返っていた。

 三人は皆一様に喜びを露わにしている。

 

「そう、うちのクラスにとっては入学以来のポイント支給だった。皆の懐が少しでも潤ったわけだけど、あれから何か変化はあったかな?」

 

「変化って、なに?」

 

「別に何も、ねぇ?」

 

「うんうん、特に何もないよ?」

 

「そうか、変化はないか……ポイントが増えたりはしなかったかい?」

 

「ポイントが増える?」

 

「そんなことなかったよ? そうだよね?」

 

「うん、至って普通。ポイントが入ったっていっても相変わらず節約生活かな」

 

 三人の返答を聞いた柚椰は思い悩むように嘆息した。

 何が何だか分からない3人は頭に疑問符を浮かべている。

 

「実は、前から俺は櫛田からある話を聞いていたんだ。Dクラスの女子たちが、ある生徒へポイントを貸しているという話をね」

 

「えっ」

 

「あっ!」

 

「そういえば……」

 

 三人はそこでようやく柚椰が言いたいことに気づいたようだ。

 

「君たち三人、もといDクラスの女子は軽井沢にポイントを集られたんだろう? 確か、ポイントが0になった5月頭に」

 

「う、うん。確かにそうだけど」

 

「軽井沢さんが2000ポイントでいいから貸してって」

 

「すぐ返すからってことで私も貸した」

 

「櫛田も軽井沢にポイントを貸したらしくてね。すぐに俺に相談してくれたんだ」

 

 柚椰がそう言うと、三人の視線が櫛田に集中した。

 

「お金の貸し借りってさ、やっぱりちゃんと約束事を決めないとトラブルになると思うんだ。中学の時に、友達が同じようなことでトラブルになったこともあったから。だから、黛君に何かいいアイデアがないか聞いてみたんだ」

 

 櫛田は目を伏せ、深刻そうにつぶやく。

 クラスを想う健気な少女と言わんばかりの迫真の演技だ。

 案の定、三人は信じたのか、櫛田を気遣う素振りを見せ始める。

 

「そんな、言ってくれたら私たちも協力したのに」

 

「そうだよ、櫛田さんが一人で悩むことじゃないよ」

 

「うんうん」

 

「話を聞いた俺は、ひとまず様子を見るように櫛田にアドバイスした。ポイントが振り込まれない5月、6月は軽井沢も返済のしようがないだろう? だからポイントが振り込まれたときに、彼女が返すかどうか待ってから動いた方がいいってね」

 

「あっ、だからさっき変化はないかって聞いたの?」

 

 先ほどの柚椰の質問の意図がわかったのか、松下がそう尋ねる。

 

「そうだよ。ポイントが振り込まれれば、彼女にも返済の目処は立つ。彼女がポイントを借りた相手に返済して回るのなら、それで話は終わりだ。別に今更どうこう言うつもりもなかったんだ。けれど」

 

「軽井沢さんは一向に返す気配がない」

 

 松下の発言に佐藤は俯き、篠原は苦い顔をした。

 

「いくらクラスの中心人物とはいえ、借りたものを返さないでいたらどうなるかは明白だ。今でこそ不満が爆発してはいないけど、いずれ大きなトラブルを招きかねない。櫛田と相談した結果、俺は行動を起こすことにしたんだ」

 

 そう言うと、柚椰は端末を取り出した。

 

「君たちに一人当たり20000ポイントあげるよ。返済義務なしでね」

 

「「「えぇっ!?」」」

 

 柚椰の提案に三人は大層驚いた。

 それも当然。いきなり2万もの大金をポンと渡すと言うのだから。

 返済義務なし。それはつまりあげるということだ。

 そんな提案をされて驚かないわけがない。

 

「ど、どうして黛君が?」

 

「そうだよ、軽井沢さんの借金とは関係ないじゃん!」

 

「黛君が自腹を切るなんてそんなことしなくていいよ!」

 

 当然ながら三人は遠慮した。

 それ以外に困惑と疑問も入り混じっている。

 柚椰は三人のその感情を汲み取った上で、彼女達を懐柔するために次なる手を打つ。

 

「俺も櫛田と同じだよ。クラスに余計なトラブルを招きたくないんだ。君たちと軽井沢の間に火種があるのなら、俺はそれを摘み取りたい。その為ならポイントくらい惜しまないよ」

 

 微笑みながら柚椰は優しく語り聞かせる。

 自分のクラスの立ち位置、そして相手の心理を理解している彼だけの手法だ。

 人は言葉によって心を動かされる。

 しかし、単に聞こえのいい言葉だけを並べても心は動かない。

 人はそこまで馬鹿ではない。

 偽り臭さが僅かでも感じられてしまえば、一気に信用性を失うのだ。

 それを理解しているが故に、黛柚椰は芯まで自分を偽ることを可能としている。

 胡散臭さなど微塵も感じさせない、紛れもない本心あるように語り聞かせることができる。

 

「黛君……」

 

「そんなにクラスのために……」

 

「でも、黛君だってポイントには苦しいでしょう? そんなことしなくたって……」

 

「俺も別口で地道に稼いでいたからね。多少懐に余裕はあるから心配いらないよ。さぁ、ポイントを振り込むから番号を教えてほしい」

 

 柚椰が促すと、三人はおそるおそる端末を取り出して番号を表示させた。

 それを見て、柚椰は一人一人番号を打ち込み、彼女達たちに宣言通り一人につき2万ポイントを振り込んだ。

 

「全員ちゃんと振り込まれたかな?」

 

「う、うん」

 

「確かに20000ポイント増えてる」

 

「でもどうやって黛君はポイントを増やしたの?」

 

 至極当然の疑問を松下が投げる。

 

「使わなくなった要らないものを売ったり、ちょっとした勝負に勝ったり、かな」

 

「ふーん、そっか」

 

 詳しく話すつもりがないと分かったのか、松下はそれ以上聞くことはしなかった。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろ行くよ。ここの支払いはしておくから、あとは男子禁制で女子会を楽しんでね」

 

 用が済んだため、柚椰はさっさと席を立つと、レジで全員分の支払いを済ませてカフェから出て行ってしまった。

 残されたのは櫛田を含めた女子四人。

 

「なんか、黛君って不思議な人だよね」

 

「うん、優しいっていうかお人好し?」

 

「ねぇ櫛田さん、本当に彼氏とかじゃないの?」

 

「あ、それ私も気になってた!」

 

「相談しにくいことでも相談できる相手ってことでしょ? どうなのどうなの?」

 

 柚椰がいなくなったことで、三人の関心は彼と櫛田の関係へと向いた。

 

「え、えぇっ!? ち、違うよ、黛君とはそういう関係じゃなくて……」

 

「えっ、彼氏とかじゃないの? 意外~」

 

「ねっ、てっきりもうとっくに付き合ってるのかと」

 

「じゃあ私が立候補してもいい感じ?」

 

 ニンマリと笑いながら松下が手を挙げた。

 

「う、うぅー……好きにすればいいじゃん……」

 

 松下の立候補に櫛田はぶぅたれてそっぽを向いた。

 その態度に佐藤と篠原はテンションが上がる。

 

「櫛田さんカワイイ~!」

 

「モヤモヤするけど彼女じゃないから強く言えないやつね! 甘酸っぱ~い!」

 

「じゃあ私、黛君にアタックしちゃお~」

 

「も、もう~! 皆して揶揄わないでよ~!!」

 

 三人からの総攻撃に、櫛田は悲鳴をあげた。

 それはまるでずっと仲の良かった友人同士のような、お互いがお互いを気の許せる相手であるかのようなやりとり。

 三人は柚椰と、そして櫛田に心を許したのだ。

 二人とならば、良い関係を築けると思ったのだろう。

 そこから先、彼女たちは日が沈むまでカフェで談笑に興じることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、敷地内のとある場所。

 学生を癒す施設として設けられてたとある店で、Cクラスが会合を行なっていた。

 そこはおよそ学生が利用するにしてはあまりに大人びた施設。

 一般的に成人男性や成人女性が夜に足を運ぶような店。

 ナイトクラブだった。

 ミラーボールで鮮やかに照らされた店の一角にはシャンパンタワーのようなものが高く積み上げられており、

 クラスの男女入り交じり各々好き勝手に飲み食いをしている。

 そしてその空間の支配者、Cクラスのリーダーである龍園翔はソファーに堂々と腰掛け、隣にいる女生徒から飲み物を注いでもらっている。

 注がれた飲み物を一気に呷ると、龍園は改めて店内を見回した。

 

「臭ぇな……」

 

 思わず出た呟きに、隣の女生徒が反応する。

 

「え、私臭いですか? え、えっ!?」

 

「お前じゃねぇよ」

 

 不安そうに自分の制服を嗅ぎだした女生徒に龍園は投げやりに言葉を返す。

 龍園の脳裏にあるのは、先日の暴行事件だ。

 計画を立てたのは彼であり、実行させたのも彼だ。

 小宮、近藤、石崎の3人を使って須藤を罠に嵌め、Dクラスにペナルティを下させる。

 それが龍園の計画だったが、結果は大失敗。

 審議の日当日にこちらの偽証が成立し、訴えを取り下げるに至った。

 幸い偽証によってこちらにペナルティが課せられることはなかったが、事実上の黒星であることは確かだった。

 

「近藤。テメェ確か、審議のときに現場を押さえた動画が出てきたっつったな」

 

 龍園は事件の実行役の一人である近藤を呼び寄せると、改めて当時の状況を尋ねた。

 近藤はビクビクしながら龍園のところまでいくと、その時のことを偽りなく語り始める。

 

「は、はい、途中まではこちらが優勢でした。坂上先生主導の下、こちらが有利になる和解案を提示したんです。ですがDクラスの担任はその案を突っぱねて、その直後に……」

 

「生徒会長が事件の動画を生徒から貰った、と」

 

「そ、そうです……あ、あの、龍園さん。俺……」

 

「テメェ……いや、小宮、石崎。テメェら揃いも揃って人の気配に気づかなかったのか? Dクラスの生徒だけでなく、他にも見てた奴がいたってことだろうが」

 

 龍園に睨まれたことで、離れたテーブルで飲み食いをしていた小宮と石崎もまた、ビクビクしながら答える。

 

「お、俺、人の気配は感じなかったんです。本当です!」

 

「まさか動画まで撮られてるなんて、気づかなくて……」

 

「チッ、使えねぇ無能共が……」

 

 それ以上彼らに聞くことはないと言わんばかりに龍園は吐き捨てた。

 

「アルベルト」

 

Yes,My lord.(了解。)

 

 龍園は側に控えていた巨漢の男を呼ぶ。

 サングラスをかけた黒人の男は、龍園の意図を汲み取り、近藤の胸倉を掴み上げた。

 

「ひっ!? や、やめ──」

 

Bad boy.(役立たずめ。)

 

 近藤の懇願も虚しく、彼はアルベルトと呼ばれた男に容赦なく殴りつけられる。

 顔を、腹を、拳や膝蹴りを以って容赦なく、加減なしに。

 それが制裁ということなのだろう。

 

「小宮、石崎、テメェらもこっちに来い。逃げようだなんて馬鹿なこと考えんなよ?」

 

「は、はい……」

 

「くっ……」

 

 龍園に逃げ道を封じられたことで、二人もまた、素直に龍園のところへ行く。

 そして近藤同様、アルベルトからの暴力を受け入れた。

 彼らの制裁にはさして興味がないのか、龍園は再びグラスを片手に考え込んだ。

 

「(臭ぇ……どうにも鼻につく臭いだ……)」

 

 事件の収束からずっと、龍園の鼻は何かを嗅ぎ取っていた。

 それはおそらく、この事件が一枚岩ではないという本能的な勘。

 野生の勘とでも言うのだろうか。

 何かがおかしい。違和感がある。

 そんな不快感がずっとこびりついていることへの苛立ち。

 

「……」

 

 眉間にしわを寄せ、考えに耽っている龍園を、離れたテーブル席で眺めている一人の女生徒がいた。

 彼女の名は伊吹澪。Cクラスに属し、龍園の配下となった少女である。

 しかしながら、彼女は龍園の下についたことを良しとしていない。

 クラスの大半が龍園に忠実に従うようになった中、彼女は尚も抵抗を続けている一人である。

 しかし龍園本人は、彼女のことを相手にしていない。

 そのことが一層腹立たしくもあり、悔しいと彼女は思っていた。

 今回の件でCクラスが敗北したことに、伊吹は内心ざまぁみろと思っていた。

 偉そうに踏ん反り返っている龍園が敗北を知った時の顔を彼女は鮮明に覚えている。

 ここ最近で一番嬉しかったのは間違いなくその瞬間だっただろうと、彼女は胸を張って言える。

 そんな彼女から見て、今の龍園は負けを認めたくなくて苛立っているようにしか見えなかった。

 彼女が龍園を観察していたちょうどその時──

 

 

 

「お邪魔するよ。あぁ、やっぱりここにいたね、龍園クン」

 

 

 あまりに無神経な声とテンションで、一人の男が店内に入ってきた。

 

 

 

 

 男が入ってきたことで、店内は一瞬で静寂に包まれた。

 この場にはCクラスの面々が全員揃っている。

 つまり今入ってきたこの男はCクラスではない。

 異物が入ってきたとばかりに、一同は黙り込んだ。

 加えて、男が口にした言葉も問題だった。

 Cクラスは皆、呼び方こそ違えど龍園に一定の敬意を誓っている。

 それほどまでに龍園翔という存在は恐ろしいものとして刻まれているのだ。

 しかしそんな龍園に、今入ってきた男はなんの恐れもなく、むしろ対等かのように呼びかけたのだ。

 この場で乱闘が起きてもおかしくないほどの爆弾に、皆固唾を呑まざるを得ない。

 

「テメェは……黛か。何しに来た」

 

 声をかけられた張本人である龍園は、入ってきた男に目を向けると眉を顰めた。

 彼の口ぶりから顔見知りであると知り、僅かだが緊張が緩む。

 仏頂面で応対する龍園に、柚椰はカラカラと笑いながら手を振った。

 

「やぁ。Cクラスがここで遊んでるって情報を小耳に挟んでね。ちょっと遊びにきてみたんだ」

 

 柚椰は両手にレジ袋を持ちながら、龍園のいるテーブル席まで歩いていく。

 龍園は柚椰の発言がおかしいのか鼻で笑う。

 

「フン、Dクラスのテメェがノコノコ一人でか? 随分と命知らずだな」

 

「まぁまぁ、そんなにカッカしないで。そうだ、アイスを買ってきたんだ。食べるかい?」

 

 空いている椅子に腰掛けると、柚椰は袋の中からゾロゾロとアイスを出し始めた。

 どれもこれもコンビニで売っているようなラインナップで、適当に買ってきたことが明らかだった。

 

「他の皆も食べていいよ。全員分買ってきたんだ。あ、でも全部が全部同じものじゃないから早い者勝ちで頼むよ」

 

 場違いな雰囲気を感じ取っているはずなのに、柚椰は至ってマイペースにアイスを広げている。

 

「チッ、まぁいい。手土産を捨てるほど、俺は腐ってねぇからな」

 

 龍園は舌打ちすると、テーブルに広げられたアイスの中から棒アイスを一つ摘み上げた。

 リーダーである龍園が手を出したことで、隣の席の女生徒もアイスを取る。

 つられるように一人、また一人と龍園のテーブルから好きなアイスを適当に取って戻った。

 先ほどまでボコボコに殴られていた3人も、口を冷やすためか少し嬉しそうにアイスを持って行った。

 全員にアイスが行き渡ると、龍園はアイスを開けて口へと突っ込む。

 

「で? 結局テメェは何しに来た。アイス配りに来たわけじゃねぇだろ」

 

「おや、アイスを咥えて凄むのは少し間抜けで可愛いね」

 

 舐め腐っている柚椰の態度に周りで見ていた生徒たちはヒヤヒヤしている。

 しかし龍園はあまり気にしていないのか、柚椰の言葉を無視するようにアイスを齧る。

 

「放っておけ馬鹿が。いい加減本題に入れ」

 

「まぁまぁ、俺も暑い中来たんだ。少し寛がせてほしいな。良かったら、俺にも飲み物をくれないかな?」

 

 柚椰はヘラヘラとしながら、龍園の隣に座る女生徒にそう言った。

 女生徒は一瞬龍園を見たが、彼が顎で促したことで柚椰の分の飲み物を注ぐ。

 そして注ぎ終わったグラスを柚椰の前にスッと差し出した。

 

「ん、ありがとう」

 

 女生徒に礼を言うと柚椰はグラスを持ち、一気に呷った。

 

「ふぅ……さて、じゃあいい加減本題に入ろうか」

 

 飲み終えたグラスをテーブルに置くと、柚椰は優雅に足を組んで龍園を見る。

 

「今回の事件、事実上Dクラスの完全勝利だったわけだけど、気分はどうだい?」

 

 またしても龍園の神経を逆撫でするような発言に周りは肝を冷やす。

 龍園がずっと不機嫌であることはCクラスの生徒なら嫌という程理解している。

 そこを躊躇いもなく踏み抜く柚椰が恐ろしくて仕方がないのだ。

 

「そこの無能共が目撃者に気づかなかった間抜けだったことが運の尽きだったな。底辺を脱落させて、学校の反応を見るつもりが台無しだ」

 

 龍園の言葉に実行犯である3人はビクリと震える。

 

「こちらとしては、たまたま生徒会長が情報収集をしていて、そこにたまたま確たる証拠を持った人間が現れてくれたおかげで助かったけどね。たまたま俺が用意していた提訴書類も功を奏したみたいだから良かったよ」

 

「──! ……あぁ、なるほど。そういうことか」

 

 柚椰の言葉で龍園はずっと脳裏にこびりついていた違和感の正体に気づいた。

 彼は手で顔を覆いクツクツと笑うと、鋭い眼光で睨んだ。

 

 

「テメェが全部()()()()()()()()()()ってことか、黛」

 

「「「「──!?」」」」

 

 

 龍園が口にした言葉に、Cクラスの面々は度肝を抜かれた。

 自分たちのクラスを、もとい龍園を出し抜いたのが目の前の男だというのだ。

 彼らから見れば、柚椰はただヘラヘラしているだけの男にしか見えない。

 にも関わらず、自分たちのリーダーはその男を今回の黒幕だと言ったようなものなのだから。

 

 

「ふふっ、大正解。花丸回答だ」

 

 龍園に言い当てられたことで、柚椰はカラカラと笑いながら拍手を送る。

 

「テメェ、どこから仕組んでやがった? いや……最初から、か?」

 

「そうだね、じゃあ順を追って説明しようか」

 

 柚椰はテーブルに置かれているボトルを手に取り、自分のグラスに二杯目を注ぐ。

 

「まず初めに、君がそこで顔を腫らして座っている3人に指示をして須藤を罠に嵌めた。その様子を撮った動画を俺が受け取ったのが7月の初日、事件が明るみになる前だね」

 

「ほう、じゃあテメェは最初から全貌を知ってたってことか」

 

「正確には初めて君に会う前だよ、龍園クン」

 

「チッ、あの時から既にテメェは算段を立ててたってわけかよ」

 

 どこまでも食えない男に龍園は怒りを通り越して失笑した。

 

「実際に事件が明るみになって、Dクラスは証拠集めに奔走した。こちらは須藤の無実の証明ではなく、そちらの嘘を証明するために動いた。これに関しては俺の指示だね。須藤にも最初からその方針でいくことは伝えてあった」

 

「なるほどな。そこにいる馬鹿共が自慢げに語ってた、テメェが須藤を見捨てたってのもブラフだったってわけか」

 

 龍園にギロリと睨まれたことで、山脇を始めとする以前柚椰たちと揉めた生徒たちは身震いした。

 

「そちらの主張を変えさせないためにも、俺が調査に関わってないように見せる必要があったからね。君が警戒していたであろう俺は須藤を見捨て、他のクラスメイトは必死になって証拠を集める。俺以外が動き回ったところで、君にとっては大した脅威じゃなかっただろう?」

 

「あぁ、確かにな。テメェが関わってないなら、いくら猿共が足掻こうが無駄だと踏んでいた」

 

「審議の日までの時間は、証拠が出てきても目撃者が出てきても、正直言って俺にとってはどうでもよかったんだ。同じクラスに目撃者が現れても、それだけで審議に勝てるわけがないからね」

 

「ハッ、じゃあテメェは同じクラスの奴らが駆けずり回ってるのを内心鼻で笑ってたってことか。随分とまぁ、性格が悪いじゃねぇか」

 

 龍園は柚椰の性格の悪さを鼻で笑う。

 

「まさか。俺はクラスメイトを嗤ったことは一度としてないよ。そもそも俺の今回の目的はクラスの結束を固めることだ。中間テストを期に須藤を真面目な生徒として振舞わせて、彼への認識を変えさせた。そして今回、その彼が事件に巻き込まれたとあれば、クラスは当然協力する姿勢を取るであろうことは予想できていた。クラス一丸となって、仲間を脅かす敵を倒すために奮闘する。実に素晴らしい物語だと思わないかい?」

 

「ケッ、要は予定調和ってことじゃねぇか。それもテメェの手の上で踊ってる滑稽なマリオネットだ」

 

「言い得て妙だね。でも俺は彼らのことを尊敬しているし、愛している。あぁ、勿論俺は龍園クン、()()()()()()()()()()よ」

 

 ニコリと笑いながら愛を語る柚椰に周りの生徒はざわついた。

 今まで龍園に対して愛してるなどと言った者は誰一人とていない。

 ましてや同じ男に言われたことなど皆無だ。

 愛を伝えられた本人である龍園は不快感を隠そうともせず、顔を顰める。

 

「愛してる、ね……テメェがゲイってことはねぇだろうが、どっちにしても気持ち悪ぃな」

 

「手厳しいね。でも、俺は君を心から愛している。そしてここにいるCクラスの皆も愛している。ともすれば、AクラスもBクラスも、ひいては人間全員を俺は分け隔てなく愛しているんだ」

 

「狂ってんのかテメェ?」

 

「そうかもしれないね。でも、生憎俺はこういう人間なんだ。割り切ってほしい。君のように手段を選ばない悪人であっても俺は大好きなんだ」

 

「人類愛。テメェ、マジでそんな思考なのか。イカれてんな。だとしたら解せねぇな。テメェは愛してるだのと言いながらその実、人間を玩具と見てるようにしか見えねぇが?」

 

 龍園は射殺すような目つきで柚椰を一心に見つめる。

 

「テメェは人間を愛してるだの言いながら、人間を蹴落とすことも、なんなら殺すことも平気でしそうな奴に見える。どうにも俺にはテメェが()()()()()がな」

 

「ふむ、もしかして君は結構鋭い男なのかな?」

 

 ある種罵倒のような言葉を投げかけられても尚、柚椰はヘラヘラと笑っていた。

 

「確かに、俺は君から見たら歪に映るのかもしれないね。でも、俺は自身を普通ではないとは思っても歪と思ったことはないよ。()()()()()()()()()()。愛しているからこそ、彼らを成長、開花させてみたいんだ」

 

「あぁ?」

 

「物語の中でよくあるだろう? 絶体絶命の危機の中で何か特殊な力に目覚める。或いはそれまでの自分とは一線を画する成長を遂げる。それは物語の中だけの事象じゃない。日常にも存在するんだ。例えば火事場の馬鹿力や、逆境からの天啓などがそれに該当する。そういったものは側から見たら素晴らしい喜劇、ファンタジーに映るものだろう? 平凡な日常を過ごしていた平凡な人間が、ある日降って湧いた悲劇によって成長する。それは人間の進化、才能の開花とも言えるんじゃないかな?」

 

「愛してるが故に苦難に突き落とす。ってことか」

 

「そう。愛する我が子を成長させるために崖から落とすライオンと一緒さ。見込んでいるから殴る。突き落とす。悲劇に見舞わせる。そこで開花できれば僥倖。相手も俺も幸せな結末が待っている」

 

「そこで開花できず、そのまま潰れたら?」

 

「そのときは仕方ないな。うん、路傍の石ころでしかなかったということだからね」

 

 あっけらかんと言い切る柚椰の姿に、周りで聞いていた者は絶句した。

 要は好き勝手に場を引っ掻き回し、人を苦難に叩き落としておきながら、万が一そこで潰れてしまっても何の責任も感じないということなのだから。

 開花できた者からすれば、柚椰は自分を成長させてくれた救世主に映るだろう。

 しかしそれ以外の、開花することすら出来ない者からすれば……

 

 

 目の前の男は不幸を振りまく悪魔にしか見えないのではないだろうか。

 

 

 

 

「テメェの主義主張はよく分かった。とんでもなくイカれた野郎だってこともな」

 

「おや、もしかして嫌われてしまったかな?」

 

「ただのイカレ野郎だったら相手にしてねぇ。だが、テメェはそれを搔き消すほどに頭がキレる。テメェみたいなのがDクラスにいるってことに、俺は益々興味が出てきた」

 

 龍園は柚椰の狂気と、それを覆い隠すほどの優秀さに関心があるらしい。

 飢えた獣のようなギラギラした目で目の前の男を舐め回すように見ている。

 

「じゃあ興味を持ってくれた機会に、君にプレゼントをしてあげよう」

 

「プレゼントだぁ?」

 

 眉を顰める龍園に、柚椰はニコリと笑う。

 

「次の期末試験の過去問、Cクラスに売ってあげるよ」

 

 その言葉にCクラスの生徒たちはざわついた。

 中間テストの時、龍園は過去問の秘密に気づき、それを入手し配った。

 その秘策を再び、今度の期末テストで使おうというのは既に一同の頭にあった。

 目の前の男はそれをクラスに齎そうとしているのだ。

 

「何が目的だ? AクラスやBクラスならともかく、ついこの前までやりあってた俺たちに過去問を売るなんざ正気の沙汰じゃねぇな」

 

「定期テストくらいではクラス間の差は埋まらないということは君も分かっているだろう? これは君の信頼を得るための投資さ。今後、君とは色々と取引をしていきたいと考えているからね」

 

「ハッ、CクラスとDクラス。いずれぶつかるのは目に見えてるだろうが。その相手と取引していきたいとは、自分のクラスを裏切ることになるぞ」

 

「過去問自体は俺が勝手に手に入れたものだよ? それをどうしようが俺の自由だ。クラスメイトにどうこう言われる筋合いはないさ」

 

 龍園はますます柚椰に対して興味が出たのか、俯きクツクツと笑った。

 

「クククッ、俺のことを悪人だと言ったが、お前も相当な悪人だな」

 

「善か悪かで言えば俺は確かに悪だろうね。それは自覚しているよ。それで、どうする? 買うなら安くしておくよ」

 

「いくらだ?」

 

「ちょっ、本当に買うんですか龍園さん!?」

 

 龍園が取引に応じようとしたのを見て、石崎が立ち上がった。

 いきなり割って入られたことに機嫌が悪くなったのか、龍園は石崎を睨む。

 

「なんだ石崎、テメェ何か文句でもあんのか?」

 

「い、いえ! そうじゃなくて、こんな奴にポイントを払うなんて! 第一、過去問だってまた自分たちで用意すればいいだけじゃないですか!」

 

「その過去問を今目の前の男が寄越すって言ってんだ。買わねぇ道理はねぇだろうが」

 

「でも、俺はコイツを信用できません! ポイントだけ貰って逃げようとするかもしれないじゃないですか!」

 

「なんだ。テメェ、俺がポイントだけ取られて逃げられる間抜けだって言いてぇのか?」

 

 石崎の発言が龍園の機嫌を一層悪くさせる。

 そして彼が不愉快そうになればなるほど、石崎は顔を青ざめさせていく。

 

「い、いえ、そんなつもりは!」

 

「じゃあ黙ってろ。コイツに出し抜かれた間抜けはテメェのことだろうが。無能は口出しせずにすっこんでろ」

 

 有無を言わせぬ態度で、龍園は石崎を黙らせた。

 話が終わったのを見計らって、柚椰が料金を提示する。

 

「期末試験の過去問5教科揃えて2万ポイント。オプション付きだよ」

 

「オプションだぁ? 一体何だそりゃ」

 

「それは買ってからのお楽しみだ。でも、君にとってプラスになることは確かだよ」

 

 龍園は顎に手を当て、暫し考え込む。

 そして結論が出たのか、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「いいだろう。その取引に応じる」

 

「どうも」

 

 柚椰は自分の番号を龍園に教える。

 それを見た龍園は端末に番号を打ち込み、約束の分のポイントを振り込んだ。

 ポイントの入金を確認すると、柚椰はニコリと笑う。

 

「確かに。では連絡先を交換しようか。過去問を送るよ」

 

「あぁ」

 

 2人は連絡先を交換する。

 そして柚椰は龍園のアドレスに、過去問のデータを添付したメールを送った。

 メールを確認し、過去問のデータを保存し終えると、龍園は端末を仕舞った。

 

「こちらも確認した。取引成立だ」

 

「今後ともご贔屓に」

 

「それで、オプションってのは何なんだ」

 

 龍園は先ほど柚椰が口にした取引のオマケについて触れた。

 彼がそう尋ねると、柚椰はこれまた楽しそうにカラカラと笑い、グラスを呷った。

 

 

「君が俺をDクラスに属する警戒対象として見ていることは俺も知っている。けれどDクラスには()()()()、無視できない存在がいることを教えてあげよう」

 

「なに?」

 

 初耳な情報に龍園は関心を持つ。

 自分の話に耳を傾けているのを確認し、柚椰は続きを語る。

 

「入学試験結果は5教科全て50点。4月末の小テストの結果50点。超難問を正解し、中学レベルの問題を間違えた異常者」

 

「ほう……」

 

「うちの担任がAクラスに上がるために必要だと言ったファクターの一人。点数を調整し、その存在をひた隠しにして周囲に溶け込もうとする事なかれ主義。今はまだ二の足を踏んでいるけど、()()()()()()()ことは確かだよ──」

 

 

 

 

 

 

「──言わばそれは、眠れる獅子(バケモノ)とでも言うのだろうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
1日お休みをいただきました。すいません。

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