世界を渡る正義の味方と人類最後のマスターの旅(仮題) 作:くれしぇんど
――――――――――――――――――――そこは、廃墟だった。
かつての文明の輝きは今は見る影もなく、方々の家々から黒煙が立ち上る。
辺りには人肉の腐臭と、それを上回るほど濃い血の匂いが漂っていた。
そこは、嘗て世界で最も繁栄した都市であった。人々は理知的で、文芸は栄え、堅牢な城壁は一度も破られたことはなかった。
都市の中央には巨大な劇場があり、それを囲む町並みの美しさは正に帝国の繁栄そのものを表していた。
伝統を重んじ、知性と芸術を愛するこの帝国は、遠い昔ある独りの賢帝のもと、広大な領域を支配していた。
しかし、今や侵略者が街を我が物顔で闊歩し、略奪と破壊、殺戮と陵辱が繰り返されている。あちこちで女子供の悲鳴と絶叫が聞こえ、賊の下卑た嗤い声が繰り返される。
男たちはほとんどが殺され、死体は道端に捨てられる。女や子供はひたすらに陵辱された後、遠い異国の地に奴隷として売り飛ばされるのだろう。
もはやその都市には知性の輝きも伝統の美しさもなく、只野蛮と強欲が蔓延るのみ。かつての繁栄は見る影もない。
ある一人の男が、その街を眺めていた。彼は怒りに肩を震わせ、指先から血がにじむほど拳を握りしめている。
只、自分の故郷が崩壊していく有様を見ていることしかできない。もどかしさと己の無力さに慟哭する。
こんな屈辱はない。野蛮な屑共に全てが壊されていく様子は、彼にとって自分の妻や子息を殺されることよりもはるかに耐え難い苦しみであった。
蛮族どもは神の名のもとに、その薄汚い強欲さで以て我らが帝都に踏み入り、残虐の限りを尽くし、あまつさえ奴らの帝国を建て支配者を自称した。
嗚呼、こんな絶望はない。我らが偉大なる帝国が、このような結末を迎えるなど断じて―――――断じて認められない!!!
男は決意した。どんな手段を使ってもこの結末を回避し、かの塵どもの血と肉によってこの陵辱を贖うと。
だから、彼はその誘いを承諾した。彼はそれが悪魔からの誘いであると百も承知していた。神の血を受けた杯が万能の願望器であるなど、せめてもっとましな嘘を用意しろというものだ。
だが、神を冒涜したとしても、悪魔に魂を売り渡しても、この屈辱は晴らさねばならない。こんな結末は、否定されねばならない。
――――――聖杯を此処へ、
衛宮士郎はカルデアの廊下を歩いていた。その顔は心なしか少し不機嫌そうである。
いくら彼とは言え、ベットの中で微睡んでいた時に突然の緊急招集がかかって無理やり起こされたのだから、当然不機嫌にもなるだろう。因みに現在の時刻は午前3時である。
暫く歩いた後、ある部屋の前で立ち止まった。そこは彼ではないもう一人のマスターの部屋であり、彼女はカルデア一の寝坊助かつ遅刻常習犯である。
立花は間違いなくまだ夢の中だろう。そう確信した士郎はマイルームに音もなく入ると、大股でベッドの方に歩いていく。やはりというべきか、立香は毛布に包まり、すやすやと幸せそうな寝息を立てている。士郎にとっては飛び起きるような大きな音で召集はかかったはずなのだが…
「はぁ…」
ため息を一つついた後、士郎はガッと布団の角を掴み、ありったけの力を込めてそれを引きはがした。
布団が剥がされた勢いで、立香はベッドから転がり落ち、ゴツンと鈍い音を立てて床に転落した。
「いったぁ…だれぇ?」
立香がぼんやりしたと目を開けてみると、そこにはマイルームの冷蔵庫でよく冷えたミルクを持った士郎が仁王立ちしていた。
「緊急招集だぞ。これでも飲んで目を覚ませ」
そういって士郎が差し出したミルクを一気に飲み干すと大分意識がはっきりとしてきた。
立香が頬を膨らませ言う。
「もう…いくら私が朝が弱いからってそんな乱暴に起こさなくてもいいじゃん」
「それくらいしないと立香は起きないからな。当然の処置だ」
そういって士郎は毛布を畳む。一方の立香はまだ痛む頭をさすっていた。
「ほら、いい加減目が覚めてきただろ。ほら、ドクターのとこに急ぐぞ。またこの前みたいにマシュに怒られてもいいのか」
「いいし、怒ってるマシュも可愛いもん…」
「この馬鹿。いいからさっさと着替えろ」
立香は渋々といったように着替え始め、その間士郎は見ないように顔を背けながらベットを整える。
数分後には彼女は支度を終え、二人はドクターのもとに着いていた。呼び出しがかかって12分。ギリギリ遅刻は免れたようだ。
見ると、すでにマシュやドクター、ダヴィンチちゃんをはじめとする幾人かのサーヴァントがいた。しかし、皆、険しい顔をしている。
立香達が声をかけようか迷っていると、マシュがこちらに気づいた。
「先輩、衛宮先輩、おはようございます。どうやら突然新しい特異点が観測されたようです」
「ん、士郎君に立香君か。ちょうどいい。これを見てくれ」
そういってロマニは二人の前のモニターを何やら操作する。するとカルデアスが観測したヨーロッパ大陸の地図が表示された。
大陸を囲む大西洋はそのほとんどが
たが、よく見ればブリテン島も海岸の方から内陸にかけ、いくつか赤い斑点が見受けられる。
「これが今回突然観測された特異点だよ。時代は紀元後5世紀前半ごろ、場所は見ての通りヨーロッパで、かなり大規模な物になっている」
そう言うとロマニは地図の端を指さした。
「しかもこの特異点は今現在も東に向かって拡大を続けている。観測されたときは地中海周辺だけだった特異点は、今やイランを越え、インダス川に迫る勢いで広がっているんだ」
「わかりやすく言えば、かのアレキサンドロス大王の支配領域に迫るほどの広大な特異点となっているんだよね。いやぁ、もはやこれは特異点という言葉では言い表せない規模だね」
と引き継いだダヴィンチちゃんが言った。それを聞いた立香は驚きで目を見開く。
すでにカルデアは今迄第五特異点まで解決しており、後は第六第七を残すのみとなっているが、その中でもここまでの巨大なものは今までになかった。
しかも、一般的に特異点にはそれを引き起こしたある原因が存在していて、その存在が強く影響を与えている地域が特異点として変化する。
例えば第一特異点の場合なら、元凶はジル・ド・レェであり、特異点の範囲は百年戦争の舞台であるフランス王国国内に限られていた。
その法則で考えるとすれば、この巨大な特異点が示していることは、この広範な領域を支配下に置いているほどの人物がこの特異点の元凶であるということである。
聖杯探索においてその人物と衝突するのはおそらく避けられないだろう。となれば私たちはこの規模の大帝国を相手に戦わなきゃいけなくなるかもしれない―――――
そこまで考え、立香はごくりと唾を飲み込んだ。するとずっと黙っていた士郎がおもむろに画面のある一部を指さした。
「なぁ、此処はどうして赤く染まっていないんだ?」
彼が指さしたのは見える範囲でただ一つ白色で示された地域。ブリテン島だ。
「残念ながら現状では観測することができないんだ。そもそもこの特異点全体に一切の魔術的干渉を封じる強力な結界が張られている。これもかつてない規模の対魔術防壁だよ。
只、唯一結界が弱く、レイシシフトが可能である地域が今士郎君が指してくれたブリテン島だね」
「つまり、此処だけが唯一この特異点の侵攻を押しとどめてるってことなのか?」
「それはわからない。けどその可能性は高いと思う」
士郎はそうかとだけ言うと、また何かを考えるように黙り込んでしまった。
するとダヴィンチちゃんは二回手をたたいて全員の視線を集め言った。
「ということで今から二人にはこの島にレイシフトしてもらう。拡大する特異点も、この島でなにが起きてるのかも、結局は着いてからじゃなきゃわからない。謂わば行ってみてのお楽しみってことさ。
今回は先ほどロマニが言った防壁のせいで4人までしかレイシフトができない。リツカちゃんと衛宮君とマシュで三人として、あとの一人はどうしようか」
「あたしがいく。その辺の地理にはだれよりも詳しい自信があるし、敵はおそらくは
立ち上がって声を上げたのはブーティカだった。彼女はかつてケルトの女王として幾度もブリテンにてローマと戦った英雄であり、自身で言った通り間違いなくこの地域には一番詳しいだろう。
それに彼女が言うように時代は5世紀のヨーロッパには風前の灯火でありながらも西ローマ帝国が依然として存在しており、このような大帝国を築き得る国家といえばかのローマ帝国以外考えにくい。
最高責任者であるロマニはしばらく考えた後、頷いた。
「んん…そうだね、キミに任せるのが一番だろう。二人のことをよろしく頼むよ。防壁があるとはいえ、サークルが確立できればもう数人はサーヴァントたちを送れるはずだ。とりあえずはある程度の龍脈に接続できると拠点の確保を目標に動いて欲しい。じゃあ」
その言葉を皮切りに職員たちがレイシフトの準備に動き出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
四人と、いつも通りいつの間にかついてきてしまっていた一匹がレイシフトした場所では見渡す限り小高い緑の丘が広がっていた。一部の丘では岩が露出していて、葉の少ない木が点々と生えていた。
一見のどかな風景が広がっているように思えるが、丘のあちこちで黒煙が上がっており、血がこびりついた多数の防具や武具が転がっている。
わずか数時間前にかなり大規模な戦闘があったようだ。しかしいくら見渡しても人の気配はおろか、死体さえ一切見つからない。
「不思議ですね、これだけの戦闘の痕跡があるのに一切人がいません」
マシュが不思議そうにつぶやいた。他の三人も武器を手に取ったり、踏まれ乱れた旗を調べてみたりするもののまるで
「それにしてもひどい有様だな。ここらに落ちている武器だけでも500は下らない。それに、落ちている二種類の防具の片方。ブーティカの予想通りローマ兵の物だ」
ブーティカは固くこぶしを握り締め、歯を食いしばっている。この光景は彼女のかつての故郷での記憶を強く呼び覚ます。
ローマ兵に蹂躙され、陵辱された絶望の記憶だ。彼女は足元にあった兜を強く蹴り飛ばした。そして、過去を振り切るかのように軽く頭を振って言う。
「二手に分かれて周辺を見て回りましょう。こんな戦場を見てもなにも得ることなんてないし、まだこの近くに生きている人がいるかもしれないわ」
それを聞いてうなずいた一行は士郎とブーティカ、マシュと立香に分かれ、日が暮れる前まで生存者を探しながら情報を収集することになった。
士郎とブーティカは丘をこえ、鬱蒼としたくらい森の中を歩いていた。結局丘はひたすら持ち主が消えた武具や防具たちが転がっているだけで、一人として人を見つけることができなかった。
だが、その間にドクターたちが解析していくつかの情報と士郎が武器を解析した結果、この特異点は435年のブリテンで、攻め込んできているのはローマ帝国の兵だった。やはり拡大する特異点の原因はローマであり、それをとどめているのがブリテンの王国であった。だがこの時代のブリテンは混乱期に当たり、残された文献はほとんどない。一説にはこの時代にブリテンを統治したのがかの伝説に名高いアーサー王と円卓の騎士たちといわれているが、真偽のほどは明らかではない。いずれにせよ世界を飲み込まんばかりい膨張を続ける帝国を水際で押しとどめているこの国には強力な騎士たちがいるのだろう。
しばらく歩いて探してみると、枯葉の上に二人分のまだ新しい足跡を発見した。足跡はまっすぐ森の中央へ続いている。
二人が奥へ進むたび森はますます薄暗くなってゆく。ドクターのナヴィゲーションと土地勘のあるブーティカがいなければ、足跡を見失って間違いなく迷っていただろう。
「敵から身を隠す拠点を作るにはまさに最適な場所だな」
「あたしたちもアイツらを奇襲した時はよくこんな感じの森にキャンプ地を置いたものよ」
ふと士郎が足を止めて尋ねた。
「そういえばブーティカは一体何のために今回の旅をについてきてくれたんだ?やっぱり復讐…なのか?」
「ううん。復讐は私の生きている時代の話。やっぱりローマは憎いけど結局は負けてしまった私が出る幕なんかない。ただブリテンが、私の子供たちが困っていて、その相手がローマだったから居ても立っても居られなくなっちゃったってだけ。私はこの島が大好きだもの。この地から生まれた英霊として助けないわけにはいかないわ」
そういうとブーティカは屈託のない笑みを向けた。
「それを言うなら士郎も何かこの地に思い入れがあるんでしょ?」
予期していなかった質問を受け、士郎は一瞬固まる。
「なんか俺、変に顔に出ていたか?」
「いや、これは…そうだね…所謂母親としての勘ってやつかな。なんかここに来てからずっとそわそわしているというか、誰かに会うのを望んでいるんだけど合わせる顔がなくてどうしようか悩んでる…みたいな?」
「またえらくピンポイントだな…」
当たってるでしょ?っと聞いてくるブーティカに気のせいだと返す士郎の心臓は、心境が完全に見抜かれたことでバクバクと鼓動を速めていた。
彼はここ来た時からある強い気配を感じていた。立った一画分だけのこった令呪の痕がずっと疼いている。それがかつて契約していたセイバーの物だということもなんとなく確信が持てていた。
だからこそ、おそらくは何も覚えていないそのセイバーとの予期せぬ再会の可能性に大いに戸惑っていたのだ。まさかそれを完全に読まれることになるとは思いもしなかったが。
「まぁそういうことにしておいてあげる。幸い他は誰も気づいてなかったみたいだし、黙っててほしかったら今度新しい和食のレシピ教えてよね」
「ぐ…了解だ」
「あ、待って。あれって小屋の明かりだよね」
遠くの方にぼんやりと光が見える。士郎が千里眼で強化してみてみると、それは粗末な木の小屋で申し訳程度の窓と扉のほかに一切の装飾が付いていなかった。
よく窓から中を覗いてみると、だれかが部屋の中で横になっている。
「あの小屋の中に倒れている人がいる。俺が先に見てくるからブーティカは後から来てくれ」
「え!?あ、ちょっと!!」
そういうや否やブーティカの返答も聞かずに士郎は脚を強化し、一気に駆けだした。
ものの数秒で小屋の入り口に着いた士郎は、中にいる人を驚かさないようにそっと扉を開けた。
木がきしむ音がして開いた扉の先には、腕に包帯を巻き、甲冑を身にまとった少女が横になっていた。
「随分と早く戻ってきたのですね。ベディヴィエール卿――――――ッ!?」
顔を上げ、驚きに目を見開いた少女と視線が合う。彼女の瞳は透き通った美しい翡翠の色をしていた。それは、まさしく士郎が嘗て何度も目でおってしまい、長い年月の間ずっと焦がれ続けていたあの瞳だった。
薄暗い森の木々の葉の間から一筋の日の光が士郎を後ろから照らす。差し込んだ光の中、二人が向かい合うその光景は、奇しくもあの運命の夜のようで、士郎の目から頬へと一筋の涙が伝った。
伝説上のアーサー王物語の舞台となった時代は諸説ありますし、そもそもアーサー王が統治した王国は現実には存在しないとされていますが、この二次小説では5世紀前半に存在した古代ブリトン人の実在の王国だとして扱わせてもらいますのでよろしくお願いします。