全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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やっぱり、どこかおかしいわ

「すごい……」

「……」

 

 異空間の景色は掠れて揺らぎ、元の寂れたオフィスへと変わる。

 目まぐるしい非日常がようやく終わった。と思ったら、空から小さな石が降ってきた。

 丸い球体に、針みたいな……なんだろ。

 

「これは……?」

「これがグリーフシード、魔女の卵よ」

「卵……」

 

 つまりは魔女の大元だ。名前からして孵化するのかな。

 

「運が良ければ、時々魔女が持ち歩いてることがあるの」

「ええ……運が良ければって……」

「大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ役に立つ貴重なものだ」

 

 物知りらしい白猫が太鼓判を押してくれた。うーん、役に立つ……魔女の卵かあ。

 

「そうなの?」

「ええ、何に役立つかっていうと……」

 

 マミさんが自分のソウルジェムを小さく掲げて見せた。

 

「私のソウルジェム、夕べよりちょっと色が濁ってるでしょう?」

「おー、そうですね」

 

 どこか黒い色が混ざっているようにも見える。

 光の象徴のように輝く黄色の中に沈む黒は、どこか妖しく、不吉だ。

 

「でも、グリーフシードを使えば……ほら」

「あ、キレイになった」

「ね? これで消耗した私の魔力も元通り。前に話した魔女退治の見返りっていうのが、これ」

 

 ソウルジェムをグリーフシードで浄化、魔力を回復させる。

 魔力が無くなったらどうなるんだろう。魔法が使えない? MPが切れたら死ぬタイプのゲームもあるけど……。

 

「このグリーフシードを巡る争いは、どの場所でも絶えないのよ」

 

 ひゅ、と、マミさんの投げたグリーフシードが空を切った。

 もしや魔法少女に必要な儀式か何かだろうか? とそちらへ顔を向けて、理解する。

 

 

「……」

 

 建物の陰に、グリーフシードを受け取ったほむらが姿を現していたのだ。

 彼女の魔法少女姿は少なからず、私たちに緊張を与えた。

 

「あと一度くらいは使えるはずよ。あなたにあげるわ、暁美ほむらさん?」

「……」

「それとも、人と分け合うのは不服かしら」

 

 ほむらは不機嫌そうに眉を吊り、まどかは私の腕にすがった。

 マミさんは明らかにほむらを敵視している。

 

 私はほむらの心境を想った。

 少しだけ、切なくなった。

 

「あの。ちょっと待ってください」

 

 考えるよりも先に体が動いてしまった。

 やってしまった、と思った。

 

「どうしたの? 危ないわよ、美樹さん」

 

 ほむらとマミさんの間に割って入った私への、真剣な注意だった。

 

 その本気が冷たく、私は嫌だった。

 だって、二人の間にいることがいけないということは、危ない何かが行われる……ってことかもしれないから。

 

 わかってる。だからこそ嫌だった。

 

「だって、そんなのおかしいですよ。確かにほむらはマミさんの友達のその、キュゥべえを虐めたかもしれないけど」

「事実だよ」

「……だけどそれは、私達の身の安全を考えてたからこそなんじゃ、ないですか」

 

 ほむらは何も語らない。感情の読めない目で私を見ている。

 

「楽観しすぎよ……もしそうなら、魔女が現れる前にキュゥべえを攻撃なんてしないもの」

 

 そもそもこの子を傷つけるなんてやりすぎだけどね、と付け加えた。

 鋭い目のマミさんは怖かった。その魔法少女の姿も威圧感があった。けれど、私は引き下がるわけにはいかない。それだけの確信があるんだよ。

 

「攻撃しなきゃいけない理由があったんでしょ? ほむら」

「……」

「うん……そうだよ。だって私達を魔法少女にしたくないなら、わざわざキュゥべえでなくても、私達自身をどうにかすれば良いんだもん。でしょ?」

「!」

 

 ほむらの瞼がわずかに動いた。

 反応があるということは!

 

「ねえほむら、」

「話すことは何も無いわ」

 

 その瞬間、ほむらの姿は消えた。

 

「え!?」

「!」

「あ、あれ?」

 

 忽然と、ほむらの姿は消えてしまっていた。

 まるで、そこにいたのが嘘であったかのように。

 

 

 

「……あれ、私は……?」

 

 目を覚ましたOLさんが額に手を当て、熱を探る。

 

「や、やだ、私、なんで、そんな、どうして、あんなこと……!?」

「大丈夫、もう大丈夫です」

 

 マミさんは混乱する彼女を介抱し、優しく撫でていた。

 ……一般人への対応が手慣れている。まるで、長らくずっと……いや。マミさんは事実、そうなのだろう。

 

 こうして、今日の魔女退治見学はハッピーエンドで落ち着いたのであった。

 誰も傷つかなくて、本当に良かったと思う。

 

 けど……心残りはある。

 

 孤立したほむらだ。

 部外者の私がこんなことをいうものではないけど、それでもどこか切なくなる。

 

 どうしてだろう。

 

「ちょっと、悪い夢を見てただけですよ……」

「ぅぁあっ……私っ……!」

「……ふふっ、さやかちゃん、帰ろっか」

「そう、だね」

 

 一件落着、なんだろうか。

 私の胸の奥につかえた違和感は、結局最後まで取れる事はなかった。

 

 ……あ。

 

 竹刀、結界の中に消えちゃったよ……。

 

 部活、もうだめだなぁ……いや、最初からあんまり乗り気じゃなかったけどさ……。

 

 

 

 

 

 † 8月7日

 

 

「はい」

「ありがとうございます!」

 

 煤子さんの待つベンチを訪れる度に、彼女は近くの自販機で冷たいジュースを買ってくれた。

 夏の灼けた道を歩いてきた私にとっては、今や安っぽいスポーツドリンクも、それまで流した汗を全て補ってくれる命の水だった。

 

 今頃に邪推してみれば、それは煤子さんが私を呼ぶための理由のひとつだったのかもしれない。

 けれどあの時の私は、今の私がそう言えるけど、決してジュースのためだけに、毎日あそこへ通っていたわけじゃないんだ。

 

「今日も暑いわね」

「そーですね……」

 

 ぱたぱたとシャツで仰ぐ煤子さんの姿が、何故かとても大人っぽく見えた。

 いつか絶対に真似しよう。真似できるようなかっこいい女の子になろうと思った。

 

 

 

「てやっ」

「ふふ、甘いわよ」

 

 ちゃんばらごっこ。

 当時は男の子に混じってよくやっていた遊びではあったけれど、煤子さんと出会うことで、それは遥かに質の高い、“技術”へと昇華した。

 

 煤子さんが用意してくれた軽くて柔らかめの素材でできた木刀を振るい、打ち込む。

 

「ほら、足がもたついてる。1・1・2よ、さやか」

「うーあー! 脚の動かし方よくわかんないよー」

 

 ばっばっと激しく動いてズバッと決めるのが強いと思っていた私の苦悩だった。

 根本から型を変えるのは、大きな戸惑いと苦労を強いられる。当時は小学生だし、それも仕方ない。

 

「じゃあさやか、次はさやかが私の攻撃を受けてみなさい」

「ええ?」

「私は1・1・2の動きで攻めていくわ。復習ね?」

「へへん、煤子さんの教えてくれた動きなんて怖くないよーだ!」

「あら、そうかしら? じゃあ今から打つわよ?」

「いつでも来いだ!」

「良いでしょう」

 

 タイルを強く擦る音が聞こえ、私は身構える。

 

「やッ!」

 

 私は身構えていたというのに、剣も正面に構えていたのに。

 煤子さんのその動きは、目で追いきれるものではなかった。

 唯一わかったのは、靴が地面を擦る、耳に残る独特のリズムだけ。

 

「痛あっ!?」

 

 今日習ったばかりの動きをお手本通りに取り入れた攻撃は、私の脳天へ綺麗に決まったのだった。

 

 

 

 安いカップアイスを食べながら、木陰のベンチで一息。

 煤子さんの隣はとっても落ち着く。

 

「習ったことや経験したことは、よく実践しないとダメよ」

「ふわぁい」

「上辺だけで理解してはいけないわ。無知は罪。共感できないものでも、よく考えないと、自分のためにならないの」

 

 こうしてほぼ毎日、煤子さんは私に対して言葉を贈ってくれる。

 半分わかっていなくてもそれを聞くのが、私の日課だった。

 

 ちゃんばらごっこをして、走って、勉強して、お話して。

 当時はそれら全てが私を大きく育ててくれるだなんて思っていなかった。

 

 ただただ、お母さんのように優しく、お父さんのように厳しく、真剣に私と向き合ってくれている煤子さんと一緒にいるのが楽しかったんだ。

 

 自転車を押して、煤子さんの背中で束ねた長い黒髪の揺れを見るのが。

 時々俯く煤子さんの麦藁帽の中を覗き見るのが。

 

 その年の、ううん、人生の、私の最高の思い出だったんだ。

 

 

 

 † それは8月7日の出来事だった。

 


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