今日は日曜日だ。
「……」
懐かしい夢を見た。
最近は良く見る、煤子さんとの日々の夢だ。
どうしてだろう、思い出してしまうんだよな。
最近、どうしてかな……。
「お?」
ふと、頭の中で二つのかけ離れたピースが結びついた。
煤子さんと、どうしてかふと思い浮かんできたほむら。その二つがである。
そうだ。そうだよ。煤子さんとほむら、よく似てる……気がするんだよ。
雰囲気は煤子さんの方が断然柔らかくて、髪も結んでいたけど……両者はよく似ている。
「……」
煤子さんとは一ヶ月くらい、ほぼ毎日会って、一緒に遊んでもらったり、色々なことを教えてもらっていた。
小さい頃の一ヶ月は長い。その中の出来事全てを覚えているわけではないけれど。
……でもほむらの顔、煤子さんとそっくりだよなぁー……?
暁美 煤子? ……うーむ。
「お姉ちゃんなのかな?」
だとしたら?
「……」
煤子さんは病気に罹っていたと聞いた。
彼女と別れ、煤子さんが消息を絶ってからは一度も会っていない。
自分なりに、似た人がいないものかと探したこともあった。けど、二度と会うことはなかった。
「……煤子さん、か」
もしも。もしも煤子さんがほむらのお姉ちゃんなのだとしたら。
煤子さんは……ほむらのお姉ちゃんは……。
「だあっ」
毛布を跳ね上げ、パジャマを脱ぐ。
私服に着替えて、……ああそうだ、携帯を開いてなかった。
着信なし。うん、なるほど。
今日の予定は特に無し、ってことだね?
「……煤子さん」
そう。
思えば、煤子さんとほむらは瓜二つだ。昔のあれだ、思い出補正みたいなのが効いてるだけかもしれないけど、絶対に似てるはずなんだ。
接点なんて少しもないかもしれない。
推測なんておこがましい。私のただの想像に過ぎない。だけど。
「……けど、あの人に少しでも近づきたい」
また会いたい。
会えなくても、彼女の片鱗に触れていたい。
燻っていた心に火が点いた。
「行ってくるっ」
私は走り出した。
あの場所へ行くには、坂を上らなくてはいけない。
その前にちょっとだけ走る必要もある。
小さな子供の基礎体力を作るには丁度良い距離だし、車も通りにくい絶好のコースだ。
それに今更気が付いた。
……あれから。
煤子さんと別れてからは、この道を走っていない。
あの日々では嫌になるほど走った道なのに。
理由はわかる。走るとあの人を思い出し、切なくなってしまうのだ。
だから私はコースを変えた。逃げるように。
背の高い林。
三十分に一台だけしか自転車が通らないような曲がり角にある、五人掛け幅のベンチ。
「……」
いるはずがないのに、そこへたどり着いた私は落胆した。
誰もいないベンチの上には、誰かが置いていった缶コーヒーがある。
真ん中には凹み。振ってみれば、案の定、中身は無かった。
「そりゃ、そっか」
缶をゴミカゴに放り投げて、ベンチの上で横になる。
「……」
日を透かした広い葉。
薄く延びた雲。
まるで、あの頃に戻ってきたみたいだ。
「……よし!」
ノスタルジックになる前に決心した。
「ここに来ても手がかりなんて無い。ほむらを探してみよう」
私の中にある唯一の手がかりはここだけ。
あとはほむらのことなど、一つも知らない。
けれど、休日にじっとしていられるほど私は我慢強くない。
99%無駄なことだとしても、1%の無駄じゃないかもしれない事のために行動するのも、時には必要なのだ。
「何故なら今日は、暇だからっ!」
私は一人笑いながら坂を駆け下りた。
ほむらを思い出す。
自己紹介らしい自己紹介はなかった。
わかるのはその姿と、優秀さと、胡散臭さ。
転校生なんて二日も経てば何かしらわかるはずなのに、好きな食べ物も趣味もわからない。
魔法少女だっていうことくらいしか……。
「あ?」
人気のない道の途中に立ち止まる。
そうだ。ほむらは魔法少女じゃないか。
何も律儀にありきたりな方法を使う必要なんてない。
蛇の道は蛇に聞くべきでしょう。
「……えー、ごほん」
まずは咳払い。
「……きゅーうべー……」
ぼそりと声に出して呼んでみた。
しかし、現れない。……まぁ、こんなんで来るはずもないか。
「……願い事決まったよー……」
「本当かい?」
「うっひゃあ!?」
さすがに腹の底からびっくりしましたよ。
「す、すす、すごいねキュゥべえ、ていうかどっから沸いたの?」
「呼ばれたから来たのに、僕は虫か何かかい?」
「ごめんごめん」
キュゥべえのふわふわな体を持ち上げ、肩の上に乗せる。
猫くらいの重さはあるかな、と思ったけれど、意外と軽い。ハムスターでも乗せているような気分だった。
「悪いねキュゥべえ、ちょっと聞きたいことがあってさ。願い事が決まったわけじゃあないんだ」
「なんだ、残念だな」
残念そうな声だけど、顔は相変わらずの無表情だ……。
「ねえキュゥべえ、ほむらがどこにいるか知らない?」
「ほむらを呼ぶために僕を呼び寄せたのかい?」
「いやーほんとごめん、通信士だと思ってさ! ね?」
「テレパシーの中継役も同じようなものだけどね……残念だけどさやか、それはできないよ」
「え、なんでー」
キュゥべえを両手に持ち、とぼけた顔を正面に見据える。ほんと表情の読めん奴だ。
「僕が通信士というのは良い喩えだね、さやか。向こうが僕のテレパシーを受け取ろうとしなければ、何の反応も掴めないんだ」
「着信拒否?」
「電源を切っていると表現するのが近いかもね」
「音信不通かぁ……」
行く宛てがないので走るわけにもいかない。早くも青春の1ページごっこが終わりですよ。
仕方がないので、無用の呼び出しを食らったキュゥべえと並んで、日曜の閑静な道を歩くことにした。
「ほむらと会って、どうするつもりだったんだい?」
「んー? どうするって、話すだけだよ」
「あんまりお勧めはしないよ……」
「なんでさ?」
「彼女はイレギュラーだからさ。僕は暁美ほむらと何の契約も交わしていないのに、彼女は紛れもなく魔法少女なんだ」
ん? と、私の上に思考の低気圧が生まれる。
「キュゥべえ、ほむらと契約してないの?」
「うん。何故彼女のような魔法少女がいるのか、まったくわけがわからないんだよ」
「……へー……」
「だからほむらには注意したほうが良いよ、さやか」
しばらくは雲を見上げながら歩いた。
上の空で考えるために。
「あら?」
「やあ、マミ」
「こんにちは、マミさん」
手がかりひとつ掴めなかった私は、寂れたケーキ屋の手前でほむら捜索を諦めた。
月曜日がやってこないわけじゃないのだ。いないなら学校で会えばいいだけのこと。
当たり前の日々のサイクルを、甘いものと一緒に摂取しようと考えたわけ。
陳列されたケーキを横目に見た私はそういえばマミさんの部屋のキッチンにバニラエッセンスの瓶があったようなことを思い出し、そうだマミさんちに行こうということで、彼女の家にやってきた。
そりゃあもちろん、ケーキを見てマミさんの部屋で飲んだ紅茶の味を思い出したということもあるんだけど……。
「うふふ。日曜日はさすがにいいかなとも思ったんだけど、どうしたの?」
さすがにいいかな、とは魔女退治のことだ。
普通の休日にまで気を張ることはないというマミさんの配慮から、今日は魔女退治見学は無しになったのである。
「ん、美味しいケーキね」
「あは、ですね! へへへ」
もんすごく美味い紅茶を啜りながら、美味しいケーキ。
日曜日にピッタリの、理想的な昼下がりだった。
「細い道にある小さなお店のケーキで、周りのお店に押されて値段が二年くらい前から吊り上がり続けてるんですけど、味は最高ですよ」
「へぇー……見滝原のお菓子屋さんには詳しいつもりだったけど、初耳だわ」
予想通り、マミさんはデザートが好きらしい。
持ってきてよかったー。
「はい、今日は悪かったねえ、キュゥべえ」
「やった」
というわけで今日の苦労人、キュゥべえ君にも一口おすそわけ。
マミさんは私達を微笑ましそうに見つめていた。
「暁美さんの居場所?」
フォークを唇に当てて、マミさんの首は傾いた。
「はい、同じ魔法少女として知らないかなって」
まぁ、あまり期待はしていなかった。だってマミさんとほむら、そんなに接点なさそうだし。付き合いの長さでいえば私と変わらないだろうから。
「魔法少女同士といっても、わからないわね……魔女の反応をたどっていけば会えるかもしれないけど」
「あ、やっぱり魔法少女同士でもわからないもんなんですね」
「そうねえ……テレパシーの範囲にも限界はあるし、そもそも魔法少女と付き合ったこともそう多くはないから。ジェムの反応を追えばあるいは……だけど」
“検証しようと思ったこともないわ”と、マミさんは三つめのショートケーキのイチゴを片付けながら言う。
「でも美樹さん、どうして暁美さんに? お節介かもしれないけれど、人の少ない場所で彼女と接触するのは危険よ」
「うんうん。マミからも言ってよ、どうも興味があるみたいで、危なっかしいんだ」
たしなめるような目を向けてきたので、ついつい背けそうになってしまう。
どうしても癖で、しっかり見返してしまうんだけど。
「……んー、マミさん、本当にほむらの事が危なく見えるんですか?」
「見えるわよっ」
「きゅぶ」
「うわ」
目の前に白猫が突きつけられる。さすがにたじろいだ。
「そりゃあキュゥべえがぼろぼろだったのはほむらがやったかもしんないですけど……」
キュゥべえを受け取り、ほっぺをむにむにする。
うにょうにょと皺を作る顔は、表情を持ったようで面白い。
「美樹さん、随分とあの子を擁護するけど……あれには意味があるっていうの?」
ありそうじゃないですか。なんて口にしたいんだけど、なかなか言える言葉ではなかった。勘だし。
仕方ないのでガラステーブルの裏面に、皺を寄せたキュゥべえの顔を押し付けてみる。
「ぎゅぶぶ」
「チャウチャウ」
「やめなさいっ」
グラニュー糖のスティックでピシャリと叩かれた。
なんとなく、ほむらがキュゥべえをいじめた理由を掴んだ……かもしれない。んなわけないか。
「魔法少女は、みんなの日常を守る存在なの」
胸の中のキュゥべえを優しく撫で、マミさんは語る。
「大きな力はつい、振るってしまいたくなるかもしれないけど……それはいつだって、正しい方向で使わなくてはダメよ。たとえ十回助けられたって、一回の不信を抱けば……守られる側の人は、怯えてしまうもの」
寂しそうな顔だ。
「信用を築くことだって、魔法少女として大切な能力だし……」
逆を言えば、人はそれしか頼れないのよ。
マミさんはそう言った。
命と力に直結する損得勘定。
私は魔法少女の世界での厳しさを知った。
確かにマミさんの言う通りだ。
何かある感じがする。きっとそこまで悪い人じゃない。
……そんな曖昧な理由じゃ、背中を見せることなんて、できないんだ。
じゃあほむらは、一体?
それはきっと、明日、明らかになるんだろう。直接聞いてやればいいんだからね。