全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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煤子って、誰のこと?

 

 悩みを抱えたまま明日はやってきた。

 何の悩みかって? 年頃の女の子には色々あるのです。

 

 部活とか。

 

「あ、竹刀持ってきたんだ」

 

 教室の中で、一際目立つ竹刀を掲げてみせる。

 

「うん、予備の一本! これをなくしたらマズイ!」

 

 一昨日の魔女退治に持ち込んだ聖剣ミキブレードは、マミさんの魔法の力によって本物の聖剣へと生まれ変わり…。

 そしてなんだかんだで……その、結界内に取り残されて消えた。

 結界での忘れ物には気をつけようね……。

 

「剣道部、戻るつもりなんだよね?」

「うっ!? その目はなによ!?」

 

 疑わしいと言いたげな、あからさまな上目遣いだった。

 けどそれに見透かされているからこそ、私の心は揺らいでいることも明らかなのだ。

 

「……どうしよっかね、悩んでるんだよ、まだしばらくね」

「どうして? さやかちゃん、声だけでもかけるとか、顔を出すだけでもとか言ってたじゃない」

「んー……勢いでやめちゃったところもあるから、反省はしてるけどさぁ……でも、これからのこともあるから、おいそれとはね」

「あ……」

 

 そう。魔法少女になれば、きっと部活との両立は叶わないだろう。

 部活に入りたいとは思う……けど魔法少女になるかもしれないと揺らいでいる以上は、決断をするべきじゃあない。

 

 ならどうして、剣道用具を持ってきたのかって?

 ……気分です、ハイ。

 

 

 

 音も無く彼女は入ってきた。

 

「……」

 

 暁美ほむら。

 

「あ……」

「うし」

「あ、さやかちゃん……」

 

 長髪をひらりと翻す優雅な様を見て、私の足は勝手に動き出す。

 ほむらが自分の席に座ろうとする前に、私もそこへたどり着いた。

 

 着席の間際、邪魔者に気付いたのか、ほむらが私の目を見た。

 

「何」

「いやいやそんな、転校生に圧力かけてるとか、そういうんじゃないから! 楽にして聞いて!」

「……」

 

 どの道、自分の席の前だ。彼女は自分の席に座りたい。

 私は話が長くなるからと座るように促す。

 なんとなく、私の話を聞かなくてはいけないモードの出来上がりだ。

 

「……聞きたいことって、何」

「んー、ちょっと、ほむらについてなんだけど」

「部活には入ってないし、シャンプーは普通の石……」

「ああ、そういう自己紹介でするような事でもなくてさっ」

 

 “せっ”というものに多少追求したい気配が感じられたが、後回しだ。

 

「えっと、あのさ」

 

 出したかった言葉。聞きたかった答え。鼓動が早まる。

 

「ほむらって、お姉ちゃん……いる?」

「はっ?」

 

 珍しい顔で見返された。

 素で驚くほむらの表情だった。一瞬、“脈ありか?”とも思ってしまった。

 

「い、いるの?」

「いえ……そんなこと聞かれたのは初めてだったから」

 

 ああ。

 

「……えっと、煤子、っていう人、親戚とかでもいない?」

「ススコ……? いないけれど……」

「そか」

 

 そっか。いないんだ。

 

「いやぁ、もしかしたらなーくらい思ってたんだけど、勘違いかぁ、ごめんね!」

「そう……」

 

 いないのか。

 

 

 

 他にも、キュゥべえについてとか。聞きたいことは色々あった。

 魔法少女についても、もちろん、ほむら自身のことについてだって、興味は沢山ある。

 けど、それ以上は会話を続ける気になれなかった。

 

 全ての興味が、根こそぎに流されてしまったんだろう。

 私の心に深く根ざしていた、思い出の残りかすと一緒に。

 

「……」

 

 その日の授業では、ぼんやりと空を眺めていた。

 煤子さんのことを考えようとしたけど、理性がそれをやめた。

 

 あの人について考えても、私の頭の中にかかる霧が晴れることはない。

 私の思考回路を迷わせるだけ。

 

 だから、理性が肩を叩いてくれる。

 もう、そこへ行ってはならないよ、と。

 

 あの日々の思い出はやがて、今よりもずっと思い出せなくなって……いつか完全に掠れきってしまうのだろうか。

 大人になってしまった子供が、妖精の森に迷い込めなくなってしまうかのように。

 

「……恭介んとこ、いくかな」

 

 ちょっとぶりに、あいつの顔を見に行こう。

 買ったCDも聞かせてやらなくちゃ。

 

 

 

 今日はマミさんの魔女退治見学。

 ただその前に、恭介に会うことにした。少し遅れると、マミさんには伝えてある。

 

「上条君喜ぶね」

「うん、だといいんだけどね」

 

 音楽の感性なんて私には備わっていない。

 そりゃあちょっとは聞いて耳も慣れたが、恭介に敵う程であるわけもない。

 

 私なんかが選ぶ曲で満足してもらえるかどうか、ちょっと不安だ。

 入院して最初の方は思い出したくもないのかいじけていたけど、最近はあいつの気分もそこそこ持ち直している。

 まあ、きっと平気でしょう。

 

「せっかく私が行ってやるんだし! お世辞でも喜んでもらうけどねっ!」

「あはは」

 

 

 

 年頃の男の子だ。ノックを欠かしてはいけない。

 

「よっす」

「さやか」

 

 部屋に入ると、来るまでに呆けていたであろう恭介の表情が、少しだけ明るくなった。

 私は自分の荷物を、やたら沢山並んでいる椅子のひとつにどかっと乗せ、恭介のベッドの端に座る。

 

「来てくれたんだ、ありがとう」

「そろそろ私が恋しくなる頃かなー? って思ってね!」

「あはは、まあね」

「む、そういう大らかな受け止め方されると私が恥ずいだけじゃんか」

 

 それでも朗らかに笑う恭介に内心で安堵し、カバンから例のブツを取り出す。

 

「これは……」

「そろそろ新曲聴きたいかなって、ね?」

「ありがとうさやか。丁度聞きたいと思ってたんだよ、これ」

「嘘ばっかし!」

「ほんとだよ?」

 

 ああ、なんだかんだ。

 恭介と一緒にいるのは楽しい。

 

 

 

 CDウォークマンのイヤホンを分かち合い、互いに音楽を楽しむ。

 視聴したときよりも音質が悪いのは、愛嬌だ。

 

「……」

 

 横目に見ると、恭介の目は潤んでいた。

 無力感に苛まれている彼の、静かな悲しみが見て取れる。

 

 ……恭介の手も、願えば治せるんだろうな。

 

 けど、私がそれを治してどうなるというのだろうか。

 

 恭介が喜ぶ? ま、喜ぶだろう。

 

 でもそれでいいはずがない。

 恭介の人生を無闇に操るなんて、そんなことはしたくない。

 

 何よりも、私の願い事は、言っちゃあ悪いんだろうけど、恭介のためだけに使うようなものではない。

 使う時が来るとするならば、それは……。

 

 

 

「おまたせっ」

「ん」

 

 前にきつく恭介に言い聞かせてやった言葉がある。

 入院して、症状を聞いたばかりの恭介は荒れていたけど、そんなやり取りで沈静化したと言ってもいい。

 けれど最近はどうにも、内に溜めたやるせなさや悲しさが、再び溢れているようでもある。

 

「CDじゃ励ましにはなんないよね……」

「? 上条君、まだショックなのかな」

「ショックは和らいだかも。衝動的ではなくなった感じだよ。だけど、受け止めたからこそ辛いみたいなんだ」

「……そうだよね、冷静になればなるほど、そうだよね……」

 

 音楽に対する考え方を変えようとしても、やはり左手が動かないのは痛手だ。

 片手では演奏者にはなれない。それが彼の取り組んでいた音楽だったから。

 


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