「ティロ・フィナーレ!」
大砲が魔女を貫く。
黒い煙を血の様に噴き出して、魔女は散り散りになって消滅した。
「す、すごい」
「どっしぇー……ほんと魔法少女って、見てて飽きないなぁー…」
「もう、見世物じゃないのよ?」
そう言いつつ、マミさんはどこか得意げだ。
程なくして魔女の結界も解けて、マミさんが街灯の上から降りてくる。
なるほど、変身してなくても単純な体の丈夫さも飛躍的に上がっているらしい。
「あれ? グリーフシード、落とさなかったんですかね」
「そういえば……」
薄明かりの中、地面にそれらしき物の姿はない。
黒く小さな宝石を捜していると、唐突に白い影が現れた。
「今のは、」
「うわっ、びっくりしたっ」
「……今のは魔女から分裂した使い魔でしかないからね、グリーフシードは持ってないよ」
キュゥべえだった。いきなりは怖いよー。
「魔女じゃなかったんだ……」
うん。かくいう私もさっきのは魔女だと思っていた。
魔女か使い魔か。どっちも同じようなもんじゃないのかな。
その違いは魔法少女にしかわからないのだろう。
「何か、ここんとこずっとハズレだよね」
「使い魔だって放っておけないのよ。成長すれば、分裂元と同じ魔女になるから」
「そうですね」
心の片隅で、人を食べさせれば……と考えてしまったけれど、すぐにやめた。
「さぁ、行きましょうか」
魔法少女の活動とは、地道なものである。
「二人とも何か願いごとは見つかった?」
帰り道の質問に、ついぐっと、胸を圧された気がした。
単純な、来るであろう質問なのに。困った時はパスだ。
「んー……まどかは?」
「う~ん……」
我が親友もまだ、願い事を決めかねているらしい。当然だろう。
重い決断だ。なかなか決められるものではない。
「まあ、そういうものよね。いざ考えろって言われたら」
「マミさんはどんな願いごとをしたんですか?」
「……」
それは不気味な、きまずい沈黙だった。
空気を重さを悟った私とまどかは、唐突におろおろし始める。
けど何故だろう、この理不尽。歩道を歩いてたら癇癪玉を踏んだ気分ってきっとこれだ。
「いや、あの、どうしても聞きたいってわけじゃなくてっ」
「ああ、ごめんなさい。私の場合は……考えている余裕さえなかったってだけ」
遠い目が見る先を幻視する。
「後悔しているわけじゃないのよ? 今の生き方も、あそこで死んじゃうよりは、よほど良かったと思ってるし……」
彼女の願い事。私達が決めかね、彼女が叶えようとする違い。
背中を押す“何か”の違いがあったのだろう。決定的な何かが。
「でもね。ちゃんと選択の余地のある子には、きちんと考えた上で決めてほしいの。私にできなかったことだからこそ、ね」
「……ねえ、マミさん」
「え?」
そんな魔法少女の先輩に聞かなくてはならないことがあった。
「魔法少女に一番必要なものって、何だと思いますか?」
「一番必要なもの、かあ」
曇り空を見上げて、うーんと可愛らしく考える。
その様は大人っぽいようで、子供っぽいようで、私の中では“おう、いいな”って思えるものだった。
「夢を壊すような答えになっちゃうのかな……根気?」
「こ、根気……」
魔法少女というよりも、熱血スポーツのようなテーマだ。
「うーん、やっぱり、長い戦いになるわ……一生を通して、魔女とは戦っていくんだもの……」
「そうですよね……大変そう」
「けど悪いことばかりでもないの。良い事だってあるわ」
「良い事?」
「うん」
可愛らしい笑顔をこちらに向ける。
「人を助けるって、やっぱりやりがいがあるもの……人を助けたい、助ける、その意志が大切だとも、言えるわね」
「ほへあ」
「気の抜けた返事ねえ、美樹さん」
「あはは……」
人を助ける。
うん、私には合ってそうだ。
「……」
自室のベッドに寝転び、竹刀を見やる。
ささくれ一つない、新品のままの二本目の竹刀だ。
「これで何ができる?」
つい蛍光灯に掲げ、影を仰ぐ。
丸くぼんやりとした、およそ凶器には見えないシルエット。
振ってみればその実、突かない限りはほとんど人を傷つけることもない無害な武器だ。
これを振り続けて、そこからどうしようか。
私はそれを考え続けていた。
「家に強盗が押し入ってて、両親が襲われてる、なんて」
数年前に気付いていた事も口から漏れる。
そう。守ろうとするものは限られている。
守れるのはいつだって、自分が運よく居合わせた時だけ。
一ヶ月前の痴漢も、二ヶ月前のスリも、三ヶ月前のひったくりも。
悪事を止めて人を守れるのは、私がそこに当事者として居た時だけなのだ。
私には守りたいものがある。
それは両親であったり、親友であったり、友達であったり……私が知り合った全ての人だ。
私は、私が出会った全てのものを愛おしく思う。だってそれら全てが、今の私を形作り、成長させているんだもの。
でもそれら全てを守ることなんてできやしない。
だってそうしたいと願う私は、ここに一人きりしかいないんだもの。
「魔法の剣を握れば、それが変わるっていうの?」
答えは見出せない。
魔法少女? なんだそれは? と未だに思う自分もいる。
だけど、確固たる力を掴む機会はそこに、確かにある。
竹刀の影は揺れっぱなしだ。
「貴女は無関係な一般人を危険に巻き込んでいる」
「あら……誰かがいると思ったら、暁美さんだったのね」
夜の公園で、二人の魔法少女が邂逅していた。
「……」
一人は暁美ほむら。つい最近、見滝原へとやってきた謎多き魔法少女である。
「相変わらず……いえ、やめておきましょうか?」
「……」
巴マミはほむらに対し、敵意を隠そうとしない。
もちろん、まだ決定的に手を出すまでにはいかないが。
「彼女たちは一般人。だけどキュゥべえに選ばれたの、もう無関係じゃないわ」
「貴女は二人を魔法少女に誘導している」
「それが面白くないわけ?」
「ええ、迷惑よ……特に鹿目まどか」
「ふぅん……美樹さんは?」
「……何?」
聞き返そうとして、すぐに納得した。どうやら巴マミは、鹿目まどかにだけ気をかけた自分が気に入らないらしい。
「美樹さんは迷惑じゃないって?」
「……“特に”鹿目まどか、と言ったの。深い意味は無いわ」
「……そ、酷い人ね」
深い意味はない。しかし、自分がまどかにあらゆる物事の比重を置いているのは事実だった。
暁美ほむらは自身が冷酷な人間であろうとすることについて既に覚悟は済んでいる。
多少の軽蔑は甘んじて受け入れるつもりが。
それが、かつて別の時間軸において、自分の先輩であった相手であろうとも。
「でも、あなたも気づいてたのね。あの子の素質に」
「彼女だけは、契約させるわけにはいかない」
「自分より強い相手は邪魔者ってわけ? 弱い人なら契約してもいいの? ……臆病で卑怯ないじめられっ子の発想ね」
覚悟はあるし受け入れるだけの決意もした。しかし面と向かってこう言われ続けるのも気持ちのいいものではない。
何より、無駄な争いは望むところではなかった。
可能であれば巴マミと敵対したくはないのだ。
「……貴女とは戦いたくないのだけれど」
「だったら、二度と私の目の前に現れないようにして」
それでも巴マミは頑なだった。
「話し合いだけで事が済むのは……きっと、今夜で最後だろうから」
閉鎖的で、猜疑心が強い。
何より、ほむらから見て“この”巴マミは……他の魔法少女に対して“怯えている”ようにも見えた。