全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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そんな、どうしてもう

 

「さあ、受け取るといい、それが君の運命だ」

 

 私の内から大切なものが輝きを放ち、形を成して現れた。

 それは私の願い。私自身。私の魂。

 

 変身の方法が頭の中へ入ってくる。

 力の出し方。抑え方。感覚として直接入り込んできた知識に一瞬びっくりしたが、それらの有用性を認めた私はすんなりと受け入れることができた。

 

 私は魔法少女となった。

 そして、今の私は普通の中学生だった私よりも、より多くの事ができるはずだ。

 

 青い宝石がそれを教えてくれる。

 

 結晶化した私の信念。

 これからはもう、この影を見間違える事も、疑うこともないだろう。

 

 ソウルジェム。

 私は私であることを忘れることを忘れない。

 

「手の中にあるこれが運命なわけじゃない。運命はこれから作ってくものだ」

 

 パシ、と右手で受け取る。

 ふわりと浮くような衝撃を受けた体を両脚で支え、持ちこたえる。

 

「――よし」

 

 ああ、身体が軽い。

 

「おめでとう、美樹さやか。これで君も魔法少女……」

「待ってなさいよほむら!」

 

 キュゥべえが何か言っていたが、それどころじゃない。

 私には怒るべき相手がいる。倒すべき魔女がいる。まずはそれからだ!

 

「おおっ、やっぱり足速ッ! そりゃ大会記録も出るわ!」

 

 変身はいつでもできる。

 けど、変身せずとも体が軽やかだ。マミさんも一度だけ見せていたし、効果のひとつなのだろう。

 人間状態でも、ある程度は問題なさそうだ。

 

 けど今は、自分の力を試してみたい。

 

 私の願いがどれほど使えるのか。

 魔法少女の私がどこまで戦えるのか。

 

 まどかを後から来るように言っておいて正解だった。

 彼女が一緒にいたら、きっと私の決断に流されてしまうだろうから。

 

 私は私の意志で魔法少女となったのに、まどかをそれを巻き込むわけにはいかない。

 

「変ッ、身!」

 

 宣言しなくても変身はするだろうけれど、それでも叫んだ。

 記念すべき第一回目の変身なのだ。盛り上がっていこう。

 

 青い輝きの球体に包まれる。

 全身に、私の意志が鎧となって纏わりつく。

 

 体が軽い! こんな気持ち初めて!

 

「それに、これッ」

 

 何もない空間から一本の刀身が伸びる。

 右手で勢いよく抜き放ち、光の球を一閃。

 

 私は卵の殻を破る様に、繭を裂くように、変身空間から脱出した。

 

 右手に握るは、真・ミキブレード。

 ハンドガードがついているから、日本刀ではなくサーベルだろう。

 

 ……使いやすそうだ。

 

「へっへ、こういう武器になってくれたかぁ、私の願いっ」

 

 ついつい顔がにやついてしまう。

 だって自分の可能性が広がったんだもの。

 

 魔女を倒してソウルジェムを保つ。

 日常的に、息をするように人を守ることができるのだ。

 

 胸が高鳴って、何が悪い!?

 

「おっ?」

 

 クッキーの滑り台から使い魔が降りてきた。

 一ツ目の小動物ナース。四足歩行目玉親父。まぁ、へんてこな小さい化け物ってことだ。

 

「何事も最初は基本から、ってことね」

 

 その数を見ればそれがザコ敵であろうことはなんとなくわかる。

 一匹。二匹。

 十匹。二十匹。

 

 まだまだ現れる。さっきまでは静かな結界だったのに、急速に慌しくなり始めた。

 

 

 ……! そうか魔女か。

 魔女が生まれそうなんだ。だから使い魔も一気に増え始めた。

 

 ひょっとすると、ほむらが奥で暴れているのかもしれない。それが使い魔たちを刺激した可能性もある。

 

 今、私がやらなくてはならないことは一つ。

 

「私がほむらより先に、魔女を倒してやるんだから」

 

 最初だからまずは使い魔から、なんて温いことは言わない。

 私の願いは“強さ”だ。

 

 使い魔で試し切りをしなければ不安になる程度の力など願ってはいない。

 傲慢? 慢心? 力に酔っている? 関係ないね。

 

「道を開けろ!」

 

 

 地面に叩きつける右足の震脚。

 轟音に揺れる一帯。飛び散る衝撃波。

 

 床を基点に生まれた青白い魔力の爆発は、集まり始めていた使い魔の集団をまとめて消し飛ばした。

 

 

 

 

 

Charlotte

お菓子の魔女シャルロッテ

 

 

 人形は着席した。

 足長椅子に着席した彼女は、悠然と部屋を見下ろしている。

 

 使い魔を倒し、結界内を荒らされ。

 生まれたばかりとはいえ、目の前に居座る侵入者への怒りは強かった。

 

 

「間に合った」

 

 侵入者である暁美ほむらは、指で顎に滴る汗を弾いた。

 

「あなたには、何としても消えてもらわなくてはならない理由がある」

 

 次の瞬間、汗を弾いた指にはハンドガンが握られていた。

 そのままスムーズな動きで、照星を魔女へと向ける。

 

 何も言わない。ただ銃をわずかに揺らし、引き金を引き続ける。それだけ。

 普通ならば、爆音と共に弾丸が相手を襲うのだろう。しかし結果は違っていた。

 

「さっさと本性を見せてもらうわ」

 

 暁美ほむらによって撃ち出された銃弾たちは、空中で綺麗に配列されていた。

 綺麗な円形に並ぶ弾丸、およそ十三発。ほむらはその空洞から、時を止められた魔女を睨んでいる。

 

「巴マミが来ないうちにね」

 

 そして時は動き出す。

 

 オートマチックの十三発は寸分のズレもなく、同時に発射された。少なくともほむら以外の存在にはそう見えるだろう。

 小さく密集するようにして撃ち出された弾丸は、斜線上に座っていた魔女の身体を容赦なく刳り抜いた。

 

『……!』

 

 弾は貫通した。が、衝撃は魔女の体を浮かせた。

 O字に穿たれた、小さな魔女の体を。

 

『……!!!』

 

 だがこの魔女はそれだけで終わることはない。

 突然の敗北などはありえない。

 

 彼女には執着がある。

 彼女の執念が根負けするまでは、彼女が消滅することなど、万に一つもない。

 不意打ちでは絶対に“納得しない”。彼女はそんな性質をもった魔女だった。

 

 つまり。

 

 

『がぁああああぁあ』

「出たわね」

 

 全力の魔女を倒さなければならないのである。

 骸から脱皮するように生まれた、巨大な蛇のような魔女を。

 

「けど、あなたがどんなに速かろうとも、どんなに硬かろうとも意味はない」

 

 魔女は体をうねらせながら、悪魔のような大きな口を開いてほむらに襲い掛かる。

 そして口は閉じた。

 

『……!』

「どうせあなたは負ける」

 

 口を閉じた魔女の頭の上で、アサルトライフルを構えたほむらが躊躇無く引き金を引いた。

 

『がぉおおおおおぉおお!』

 

 穴だらけの頭を、怒りに任せて振るう。

 蛇の体。しかし先端の顔は、明らかな“不機嫌”な表情を見せている。

 

「この口径でも効果は薄いわね」

 

 暴れのた打ち回る魔女を尻目に、ほむらはゆっくりと床を歩いていた。

 しばらくはその場で暴れていた魔女だったが、ほむらが全く違う場所に居ることに気付くと、さらに不機嫌そうに表情を歪めた。

 

 ほむらの位置は、魔女がいる場所と全くの別。

 結界の端と端で、片や見当はずれに暴れ、片や冷静に観察していたのである。

 

「いっそのこと、ナイフで切り分けた方が弾を無駄にしなくて良いかしら」

『……!』

「あら、馬鹿にされていることはわかるのね」

『がぁぁあぁぁああ!』

 

 魔女は胴を伸ばして、空間の端にいるほむらへ一気に襲いかかる。

 牙を剥き、体をバネに飛び掛る魔女のエネルギーは計り知れない。

 

「愚直ね」

 

 ほむらの狙いはそれだった。

 爆弾を口の中へと投げ込み、炸裂させる。

 だが爆発が最も効果を出すためには、口だけではいけない。

 魔女の全身をくまなく同時に爆破しなくては、一撃必殺の決着とはならない。

 

 とぐろを巻く相手では、上手く爆弾を投げ込めない。

 だからあえて遠くまで一旦距離を置いて、相手に攻めさせた。

 

 体を一直線に伸ばす、その瞬間のために。

 

 

 

 巨大な衝撃だった。

 爆発ではない。激突だった。

 

 ほむらは左手の盾を使用することができなかったのだ。

 

「なぜ……」

 

 右手に爆弾、左手に盾。柄にもなく、彼女はそのまま動きを止めてしまっていた。

 

「何故、だって……!?」

『……!』

 

 巨大な牙に対して、華奢すぎる一本のサーベルが競り合っている。

 ギリギリと音を立て、どちらも折れることも砕けることもなく均衡して、その場で動きを止めている。

 

「決まってんでしょほむら、そんなの当然……!」

 

 刃が青く煌めく。

 

『!』

 

 鋭い牙に亀裂が走る。

 

「あんたじゃないッ……私の出る幕だからだ!」

 

 力の均衡を破って振り下ろされた輝く一撃は、魔女の顔面を真っ二つに叩き割った。

 

 


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