全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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どうなってしまうのかしら

 

「さやかッ!」

 

 焦りから出たほむらの叫びを聞く前に、私は異常を察知していた。

 斬りつけて真っ二つにしたはずの顔面。その切れ目から、新たな“顔”が見えていたのだ。

 

『ぎゃぉおおぉんっ』

 

 脱皮するようにして、新たな魔女の顔が襲い掛かる。

 均一に並んだ鋭い牙。噛まれれば挽き肉だ。

 

「――」

 

 サーベルの峰を牙に押し付け、勢いを逸らす。

 峰は白い牙の表面だけを削って、魔女の突撃を真後ろにやり過ごした。

 

『……?』

 

 目を瞑って襲い掛かってきた相手からしてみれば、いつの間にか自分が通り過ぎたようにしか思うまい。

 

「どうした、私はこっちよ」

『……!』

 

 わかったことが3つある。

 

 私の武器は丈夫だということ。

 私の体は強力だということ。

 そして……。

 

「格下が相手の打ち合いじゃ、一日中やってても負ける気がしないわ」

『がぁああああぁあ!』

 

 白いマントで体を包む。

 サーベルは、裾から剣先だけが伸びている。

 

『ぉおおおおおおぉおっ!』

 

 相手は概ね蛇のような身体を持った魔女だ。

 動きは速いが、単純で直線的。エネルギーに任せた暴力的な攻撃が癖らしい。

 いや、癖というよりも性質だろうか? 知能は高くなさそうだし、このパターンを変えることはないのだろう。

 

「さすがにそんな攻撃、不注意でもしなけりゃ当たらないって」

 

 マントを翻し、斜め前方に跳ぶ。

 蛇の頭部は床を抉った。

 

 ……ここまでわかりやすいと、ただの人間だった私でも、瞬発力に任せて避けられるかもしれない。さすがに無いか?

 

「ちょっとちょっと、初陣なんだ。せめて“魔法少女で来て良かった~”って思わせてちょうだいよ?」

『~!!』

 

 あ。馬鹿にしていることはわかるんだ。

 

 

 

 

 

(美樹さやかが契約した、それはわかる……けど)

 

 暁美ほむらは、魔法少女になったばかりのさやかと、お菓子の魔女との戦いを見ていた。

 単調な質量攻撃を繰り返す魔女の動きを遠くから目で追う事は簡単だった。

 だが、それを軽々とかわしてゆく魔法少女の姿だけは追いきれない。

 

(なんて速さなの……!)

 

 地に足を付けたまま、フットワークでもするかのように魔女の攻撃を回避する。

 一見簡単かもしれないが、彼女は常に地上で避けている。

 魔女の体は蛇であり、多角度からの噛み付きは当然、時として尻尾を振るい、なぎ払うこともある。

 だがさやかはそれらを全て、“地上”で回避し続けていた。

 

(……なるほど、いくら尻尾をなぎ払おうとも、重心付近の動きは緩慢……さやかは常に、魔女の重心に陣取って回避し続けているのね)

 

 その動きに派手さはない。

 が、機敏に躱し続ける“巧さ”は、かつて見た美樹さやかの動きとは一線を画している。

 

『ぎゃおんっ!』

 

 いつの間にか、魔女の体表には無数の傷が刻まれていた。

 我を忘れて怒り、無理にのたうち回り、飛び掛る度に、魔女の傷口はどんどん開いてゆく。

 標的に執着する魔女といえど、無限の修復力をもつわけではない。全身に受けた傷には、着実に動きを鈍らせていたのだ。

 

 マントの裾の奥で、サーベルの切っ先が光る。

 

「うん。体の動き、悪くない……これからどんなに脱皮されようとも、叩き潰す自信はあるね」

 

 マントの中からゆらりと、青白いサーベルが突き出される。

 

『……』

 

 もはや魔女の目には、喰う事への執着など無かった。

 自分が“喰う側”ではないと、思い知らされてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 サーベルを両手に一本ずつ握り、重さのままにゆらりと構える。

 魔女にはもう、抵抗する気配が見られない。

 既に戦いを諦めているらしい。

 

 執拗に噛みつこうとするところも、それができないことを悟って拗ねるように戦いを放棄するところも、どこか子供っぽい。

 しかし子供っぽいからといって、私の剣を掲げる手が躊躇することはない。

 

「覚悟」

 

 頭の上で二本の剣をまとめ持つ。

 サーベルは光と共に熔けて混ざり合い、長く幅の広い、大きな両刃の剣へ進化を遂げる。

 

 魔法の両手剣。

 刀身から噴出す淡い光のオーラ。

 体感でわかる、二倍の力とは一線を画したパワー。

 

 直立の体に直立の剣。

 振り下ろせばその時点でこの戦いは終わると、私の本能は気の早い福音を鳴らしている。

 

 だからこそ、私は自信たっぷりに技名叫ぶのだ。

 

「“フェルマータ”!」

 

 大きな半円の弧を描き、両手剣は軌道上の全てを切り裂いた。

 

 

 

 振り下ろした剣から放出される清浄な蒼い力。

 エネルギーの奔流は辺りの空気を巻き込み、しばらくの間、私の髪をなびかせる追い風となった。

 

 しばらくして大技が終わった時、目の前に残るのは、巨大な傷跡だった。

 結界の奥、向こうの壁にまで続く大きな地割れは深く、底は暗かった。

 

 魔女の姿は跡形もない。大きなダメージによって消滅してしまったのだろう。

 結界も、私の剣の跡を起点として崩壊を始めたようである。

 

 両手剣を肩に担ぎ、ふん、と息を鳴らす。

 きらきらと眩い明滅と共に消えてゆく結界を眺めて、私は自分の心の靄が消え去ったことを認識した。

 

 ……きっと、これこそが私の渇望していたものなんだ。

 

 守る力。

 それが本当に、絶対的に力であることは皮肉にも思う。

 

 けれど守るためには時として、力が必要なのだ。

 勧善懲悪とかそういう話ではない。もっとシンプル、大きな負のエネルギーを退ける為に、力が必要なのだ。

 

 景色はもう、病院の外へと変化していた。

 お菓子の毒々しい世界から一変しての、淡白な白と灰色の世界だ。

 

「……さやか」

 

 私の後ろで、ほむらが小さく呟いたらしい。

 

「言われた通り、私の好きにさせてもらったよ」

 

 私は振り向きもせずに答える。

 ゆっくりと一歩ずつ近づいてきていたほむらの足音が止まった。

 

「別にほむらがどうこう言ったから、ってわけじゃない。私自身が望んで契約したの」

 

 両手剣が消滅し、おぼろげな魔力の光の粒となって私の身体へと還る。……ああ、ちょっと疲れたかも。

 

「……そうね」

「そうよ」

 

 向き直り、ほむらの顔を見た。

 

 彼女はやっぱり、諦めたような顔をしている。

 私は正反対に、彼女に対して怒りを抱くでもなく、微笑みかける。

 

「これでもまだ、私に隠し事しちゃうわけ?」

「……なおさら言いにくくなったわ」

「へえ」

 

 そういうものなのか。

 

「……覚えておいてほしい事がある」

「ん?」

 

 二人が駆ける慌ただしい足音が、かすかに聞こえてきた。まどかとマミさんだろうか。

 

「……私は決して敵ではないわ、さやか」

 

 マミさんの姿が視界の向こうで角を曲がった瞬間、ほむらの姿はその場から消えていた。

 私の姿を見て驚いたまどかとマミさんが止まり、再び、今度は更に急いだ調子でこちらへ走って来る。

 

 いなくなったほむらの姿を茜空に見て、私はこぼす。

 

「敵じゃないなんて、最初からわかってるてーの」

 

 

 

 駆け寄ってきた二人は、私の姿を見るや否や、怒った。

 表情だけのものだ。しかしそれですらもすぐに引っ込めて、哀しげな顔になる。

 

「……もっと早く来ていれば」

「ご、ごめんなさい……さやかちゃん……」

 

 二人はほむらが来ていたことを知らない。

 間に合わず、私が契約して魔女を倒したと勘違いしているらしかった。

 

 私にとっては都合の良い解釈だが、本心は打ち明けておこう。

 

「どうせ、契約するつもりだったんだよ。どうしても叶えたい願いがあったんだ」

「願いって……」

「……鹿目さん」

「あ、ごめんね。さやかちゃん……」

 

 人の願い事を簡単に聞くもんじゃない、というマミさんの視線はまどかに刺さった。

 私は喋っても構わないのだが、まあ、まどかのためならそれもいいかなと思う。

 

 私は全て納得した上で契約した。

 ほむらの事もあるけれど、そんな衝動的に契約に漕ぎつけたわけではない。

 

 私自身の考えがあっての結論だったのだ。

 

 

 

 とはいえ、釘を刺されたり、注意事項を伝えられたり、まどかにやきもきされたり、色々なことをされた夕方であった。

 

「グリーフシードの使い方の確認をしようか?」

「覚えてるからいいよ」

 

 キュゥべえも追い払って、私は一人、自室のベッドで仰向けになる。

 

「……」

 

 ソウルジェムを噛み、天井を見上げる。

 

 何を考えるでもなかった。

 わたしはすとん、と、当然のように眠りに落ちた。

 

 ベッドに入るまでに何かを考えていたわけでもなければ、ソウルジェムを口に入れてどうこうしていたわけでもない。

 ただ考える事もなかったので寝た。それだけだった。

 

 それが当然であるかのように。

 

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