気持ち悪いほど穏やかね
目覚めが快適すぎる。
「……」
ぱっちり覚醒。眠気も何もない、完璧な覚醒だった。
それは、とても前日なかなか寝付けなかった私からは想像もできないほどの快調具合で。
起き抜けの頭で自分を“魔法少女”だと再認識するには、十分すぎる異変だった。
「うわぁ、こんなところでも強くなってんのかな、私」
ベッドから起き上がって、跳ねた髪を指で解かす。
強くなるってことは、朝にも強くってことなのかな。
それとも魔法少女だからなのかな。
マミさんはどうなんだろう? 個人差はあるのかな? 詳しく聞いてみたいものだ。
「魔法少女なら誰にでもできることなのか、私にしかできないことなのか……わからないしね」
契約した時、私の頭の中にソウルジェムという物の扱い方全てがインプットされた。
それらは漠然と、自分の手足を動かすような感覚で扱う術であって、当然のように操ることができる。
それ故に、感覚が他の魔法少女とどう違うのかがわからなかった。
「私には、マミさんが使ってたような銃は出せないし……リボンも出せないからなぁー」
装備でいえばサーベル、そしてマントだけだ。
ファッションではちょいと味気ないような気もするけど、ほかにも色々な事できるみたいだし、ひとまず良しとしておきたいところ。
「手探りだけど、結構楽しいかも」
いつかは壁にぶちあたるんだろうけど、今は楽しんでいよう。精神的にも、きっとそれが良い。
「んでユウカが泣きそうな顔して“もうやめてよー”ってさぁー」
「あはは、相変わらずだね」
「ユウカさんって面白い方ですよねぇ」
通学路を三人で歩く。一見変わらない日常だった。
いつものように登校し、いつものように校門前まで駄弁る。
けれど、私だけはいつもと違う存在だった。
今この場に三頭の熊がそれぞれ私たちに襲いかかってきても、私だけは確実に生き残るだろう。
突然の洪水がこの坂の上から流れてきても、私だけが助かるだろう。
だけど私の願いは、私だけが助かるためのものじゃあない。
たとえこの瞬間に何かが飛んで来ようとも、私は二人ともを守ってみせる!
全てを守るための力を! 今こそ!
「てぃひひひ」
「うふふふっ」
まぁ、なんも来ないんですけどね!
「……」
と思っていた時期が私にもありました。
「あ……」
「あら、暁美さんですね」
前言撤回。坂の上にもうなんか来てました。
多分、場合によっちゃ落石や濁流や熊よりも怖いものが、通学路の先で待ち構えていた。
眉をの端を少し吊り上げて。
仁王立ちで。
……なんかいつもより怖くない? 気のせい?
『さやか、話があるわ』
気のせいじゃないんですね、はい。
その立ち振る舞いを見ただけでわかっておりましたとも、はい。
『……何の話よ。あんたの仏頂面に仁美が対処に困って慌ててるから、私たちがすれ違う前に終わらせてくれない?』
『難しいわね』
長い話ってことですか。
なんて言ってる間にも、私たちはほむらのすぐ近くまで歩いて来てしまった。
もはや無視して踵を返すことは不自然な距離だ。
「えっと……暁美さん……?」
「一緒に学校へ行きましょう。いいかしら」
「えっ」
なるほど、そう来ますか。
まぁ、クラスメイトだしね。とっても自然だ。
「おう、これからは毎日、一緒に通学だね!」
「!」
大胆に出たほむらだったけど、私のこの返し方は予想してなかったみたい。
結構顔に出るじゃないのよ~。
仁美は無愛想な転校生の積極的な一面に気を良くし、学校につくまでの間は何度もほむらに話しかけていた。
そのたびにすんでのところで話を華麗に逸らすほむらを横目に、まどかは淡々と、いつもより少し早めに歩いている。
ギクシャクはしていない。
けれど、まどかはまだ、ほむらに対して懐疑的な様子を見せている。
まあ、私もそうなんだけどね。
それでもほむらからは、悪っぽいオーラを感じないというか……。
同年代に使う言葉じゃないけど、庇護欲みたいなのを掻き立てられるというか。
時々見せるわざとらしくない隙なんかには、私も油断しちゃったり、なんかして。
まぁでも、これからほむらが話す内容を聞いて、全ての印象が変わっちゃうのかもしれないけど。
ほむらは病院での別れの際に、「敵ではない」と宣言した。
けれど、ますます言えないことが出てきてしまったとも言っていた。
私の頭でも、なかなかその答えは出ない。
今日、ほむらが打ち明けてくれるといいんだけど……。
あまり期待はしないでおきますか。
『素直にそのまま言うわ。美樹さやか、私に協力してほしい』
一時間目の授業の準備をしている忙しさに紛れ込ますように、ほむらのテレパシーは落ち着いたトーンで届いた。
ペンを親指の根元で四回転。
『何を? 聞くだけは聞くけど、見返りは必要よ? 私もなりたてとはいえ対等な魔法少女だしね』
『……これから数週間の間だけでもいい。魔女退治で協力関係を築いて欲しいの』
『ふんふん、そういう協力ね』
内心で身構えていたより、随分と普通な要求だった。
『手に入ったグリーフシードの分け前は、三分の二はあなたにあげる』
『多いね』
『それが見返りよ』
私の魔法少女としての強さを見込んでの頼みだろうか?
他に何か、裏でもあるのだろうか? 逆に怪しいからやめてほしいレートだ……。
契約にこぎつけるまでにマミさんから何度も釘は刺されていたから、魔法少女初心者を狙って、という詐欺紛いなことはないんだろうけど。
……けど答えは決まっている。迷うことでもない。
『……わかった、いいよ』
『成立ね』
『うん。まぁ、ほむらと話せる機会って欲しかったからね』
『……?』
わかっていない様子。けど、大事なことなんだよ。
『ほら、まどかも!』
『へ、へっ?』
『まどかもさ、ちょっとほむらとは距離を置いてるみたいだしさ』
『……』
『私は……彼女を一緒に連れて行くことには、反対だけれど』
互いに、自分のやりたいことを譲ることはない。
やらせないことを強要することもできない。
そうしていくうちに二人がどうにか打ち解けたらいいなと、私は思っている。
『でも、マミさんとも一緒になることもあるってのは忘れないでよ?』
『……彼女が、私を受け入れるとは考えにくいわ』
『そうなの』
『魔法少女の姿で会うのだって、難しいかもしれない……』
マミさんも随分……まぁ、キュゥべえにあんなことがあったんじゃ、仕方ないかもしれないけど。
これは、マミさんの方もちょっとなんとかしないと、話がややこしくなりそうだな。
昼休み辺りになんとか調整してみようか。
私が間に挟まってどうにかできるかな?
『わかった、マミさんに相談してみる』
『……何故そこまで? 私達は秘密裏の協定でも構わないのよ』
『堂々とできないことなんてしたくないもん。とにかくマミさんとも話してみる』
『……そう、わかったわ』
ほむらはマミさんが苦手な様子。
関係が悪化した? どうなんだろう。気になるな。
授業に区切りがついて、お昼休み。
「ねえ、さやかちゃん……」
「ん?」
まどかがテレパシーを介さず、わざわざ私の服の袖を摘んで話しかけてきた。
教室の目立たない位置にそれとなく移動する。
「どうしたの? まどか」
「……えっとね、その……」
視線はうろちょろ。ほむらを探しているのは、簡単にわかった。
「あの……ほむらちゃんと、仲良くね……?」
「ぷっ」
仲良くするのはやめてほしい、くらいの事を言われるかと思っていたけど、これはちょっと予想外。思わず少し噴き出してしまった。
「え、え、なんで?」
「い、いやぁ、だってちょっと、なんかそれ、私のお母さんか何かみたいじゃん」
「えー、そうかなぁ……なんだかその言い方はやだよ……」
「あっはっは……まぁ、大丈夫だからさ。安心してなって」
「喧嘩はしないでね?」
「わかってるってば。大丈夫だよ」
小さなまどかの頭をぽんと叩いて、私は教室を後にした。