問題はほむらにもある。
秘密があるのはわかった。それを教えてくれないのもわかった。
けどなんとなく、害意がないこともわかった。
最大の問題は、そんなほむらに疑いの眼差しでメンチを切って食ってかかるマミさんの方にも、まぁちょっとはあったりするわけで。
なんとかやんわり許せるくらいにまで、皆の仲を取り持ちたいところである。
せっかく魔法少女が集まっているんだから、魔女退治も協力しないと……とは、私の素人考えではないと思いたいものだ。
「あら?」
「どうも、マミさんこんにちはっす」
ガラス張りの向こう側にマミさんを確認すると、ほぼ同時に、マミさんもこちらに気付いた。
見覚えのない生徒が教室の近くに居ると、どうしても目立つんだよね。
「どうしたの? 話は……直接じゃなくても良いのに」
つまりはテレパシーだ。
「あはは。まだ挨拶してないですから、直接のが良いじゃないですか」
「ふふ、そうね。そういうの、忘れちゃいけないね」
やっぱり温厚で、感じの良い人だ。
包容力でいえば、この学校一かもしれない。胸とかそういうのも含めて。
「まぁ、ものは相談なんですけど」
「うん」
「同じ魔法少女同士、協力はするべきだと思うんです」
「そうね、もちろん最初から……」
「それはほむらも一緒に、っていうことなんですけど」
「それだと話は変わってくるわね」
温厚な顔つきのまま、話がまかり通るはずもなかった。
言うときは言う。マミさんの堅いブロックだ。
「というより美樹さん。貴女もあまり暁美さんに近づくべきではないわよ」
「? 何でですか?」
「あの人、まだ鹿目さんには魔法少女にならないようにって、強要しているんですもの」
「うーん……でも、願い事がない限りはむしろ良いんじゃないですか?」
「鹿目さんは自分を変えようと……」
「あはは、まどかは流されやすいですからねぇ……周りとか環境が変わると、自分もなんとかしなきゃって、焦っちゃうんですよ。そういう意味では、私もじっくり考えさせたほうがいいかなとは思ってて……」
顔を傾げて“そうなの?”という顔をしてみせる。
上級生とは思えない可愛らしさだ。あと一押し。
「まどかには、まぁ……ほむらが何を思っているのであれ、慎重にさせるのが一番かなって」
「……そうかしら」
「あ、そうだ。それに魔法少女が増えすぎると、グリーフシードの確保も大変なんじゃないですか?」
「…………言われてみれば」
よし、いける。なんとかいける気がする!
私今がんばってるよ!
「……そうね、鹿目さんに勧めるのは時期尚早かもね……わかったわ、その点ではね」
よし!
「けれど。暁美さんと組むには、彼女の行動は怪しすぎるものがある」
「んー……まぁ、秘匿が好きですよね……」
「鹿目さんのことを抜きに考えても、キュゥべえを襲ったのは不可解よ。いつ、私たちに何をするかもわからないような人を……」
そこを聞かれると私も困る。私だってわからないのだ。
なので、適当にでっちあげることにする。
「うーん……キュゥべえを襲ったのはまどかに契約させたくなかったからじゃないですか?」
「……そこまでするのかしら」
「ん、ん。それだけまどかが大切な人なんじゃないですかね」
「……」
まどかに対して少々過保護なところがある……その予感は間違いないかもしれない。
「転校の初日にも、まどかに対して明らかに敵意ってわけでもないような視線を向けていたし……」
――どうして!?さやからしくない!
――どうして貴女は、私が知ってる美樹さやかじゃないの!
――何が貴女をそうさせたの!?
――私のことは、“煤子(すすこ)”と呼んで、美樹さやか
「……まどかの事、昔から知ってたのかも」
どうして今、あの人のことを思い出したんだろう。
「昔から知っていた、かぁ……」
ほむらの行動を思い出しているのか、マミさんはしばらく宙の埃を目で追った。
そこに何かを見つけたように表情は思考を取り戻し、自信ありげな笑みを私に向ける。
「共闘、いいかもね」
「え!」
まさかの快諾。思わず驚きの声をあげても仕方ない。
「良いんですか、って聞くと“ダメ”って言われた時が怖いから、ありがとうございます! って言わせてもらいます!」
「ふふ、大丈夫。私もちゃんと考えがあってのことだから」
「考え……」
「少なくとも美樹さんと私は仲間同士だし、暁美さんが変な動きをするようならすぐに対処できるわ」
「確かに……」
最悪な想像、あらゆる不意打ちにも対処できるほど隙を見せなければだけど…。
ほむらがどんな魔法少女かもわからないし……。
まぁでも、マミさんにほむらをいつでもなんとかできる自信があるのなら良かった。
私は、ほむらは何もしないと信じている。
マミさんの自信に甘えちゃおう。
かくして、私とマミさんとほむらの三人で、見滝原魔法少女連合が結成されたのである。
あ、連合じゃ暴走族っぽいかな。見滝原魔法少女チーム……かな? 微妙だ。
表の世界はつつながく回り、裏の世界はべったり張り付いている。
表裏一体、どちらも同じだ。
どちらかがなければ、なんてことはありえない。
自分にとって、今まで馴染みがなくても、表裏があるこの世界こそ真実なのだ。
私は真実を受け入れて愛する。誰だってそうやって進んでいくものじゃない。
「だからまどか。魔女がいなければー、って安易に考えるのは良くないことなわけですよ」
「うーん、そうなのかなぁ……」
「あるものを無いと言うのは、ナンセンス! 受け止めがたいことでも、ちゃんと受けとめる胸がないとねー」
「そ、そんな酷い言い方ないよ、あんまりだよ!」
「あっはっは!」
私とまどかは屋上でお弁当を食べていた。
魔法少女の話をするためには仕方が無い。二人だけの秘密だ。
「きゅぷ、きゅぷっ」
「はいはい、キュゥべえにはプチトマトをあげような~」
「トマト……」
「遠慮するでなぁい」
「ちょそんな強引にぎゅぶぶ」
……失礼。
私とまどか、そしてキュゥべえ三人だけの秘密の場所だ。
と落ち着こうとしたところで、秘密の屋上の扉が開かれた。
「……」
ほむらだ。もう一人追加である。
「あ……ほむらちゃん」
「おっす、ほむら! こっち、ちょっと狭いけど来なよ!」
三人と一匹だけの特別な場所。
ほむらの目つきは未だに疑うような凄みがあるけど、これをやわやわと解していくのが私の役目だ。
マミさんとほむらの緩やかな和解。
それにはまず、自称中継役である私自身が、ほむらとの友好を築かなくてはならない!
「ねえ……私はここに居ても大丈夫なの」
「大丈夫なの、って?」
「巴マミのことよ」
視線はこちらのまま動かさないほむらの意識が、私とは別の方向に向いていることを悟った。
ここではない。彼女は隣の棟を横目で見る。
「……」
そこにはマミさんがいた。
柵に片手をやり、ソウルジェムを持つわけでもなく、ただこちらを見ているようだった。
その表情には自信も不安もない、無表情そのもの。
ただ冷静に、事態の行く末を見つめる人間の目だ。
「大丈夫……まあ、マミさんはまだちょっとはほむらの事を警戒してたりするんだけど……」
「駄目じゃない」
「ちゃんと話し合ったから大丈夫! いや、本当に! 見られるのはそりゃあ、ちょっと気分悪いかもしれないけど、初回サービスってことでどうかひとつ!」
「訳がわからないよ、さやか」
マミさんの疑いの目は仕方が無いものの、ひとまず私たちは、魔法少女の仲間として交流することになった。
交流とは?
そりゃもう、まずはランチからですよ。
「はい、あーん」
「……何よそれ」
「わー、すごい……けどさやかちゃん、なにこれ?」
「白身と黄身を反転させたゆで卵!今朝作ったんだ」
「……」
ほむらの目が冷めてる。何故だ。
「大きな黄身みたいだね……」
「あ! やり方は教えらんないんだなーこれが! 結構コツいるしねー」
しかし冷めた目で私を見ることも多いけれど、ほむらもここに居ることを悪くは思っていないようだ。
サバサバした物言いをするけど、なんとかコミュニケーションを取ってくれている辺り、ほむらは心底私を鬱陶しく思っているわけではないらしい。
それに……。
「……まどか、口元」
「え?」
「みっともないわね」
「あっ。ありがと……」
まどかの口元についた食べかすを、ほむらが母親のように優しく取り上げる。
そう、まどかだ。
ほむらはまどかに対してもドライな口調で当たっているが、私よりもどこか、いや絶対に柔らかいものがあるのだ。
昔にまどかと知り合いだった説。これはひょっとすればひょっとして、有力なものなのかもしれない。
……これから付き合っていく中で、ほむらの過去も気兼ねなく聞けるようになるかもしれない。
命を賭けて願いを叶えた、魔法少女の過去。
そこへ踏み込むのは慎重でなくてはいけない。
私の癖、軽率な発言には気をつけよう……。
「……」
そしてマミさん、そんな妬むような激しい視線を送るくらいなら、こっちきて一緒に食べたらどうですか。
食事はまどかが緊張気味だったけれど、後から雰囲気もほぐれてきた……気がした。
ほむらの口数は少なかったけれど、時折見せるまどかを気にする風な仕草は母性的だった。
ベンチ下のキュゥべえが近くに来るたびに足蹴にしようと座り方をわざとらしく変えていたけれど、あれはもうよほど嫌いなんだろうな。
まぁ、今日はマミさんには気付かれていないようで印象としては悪くはなかったはずだ。
けど、それを見守る私の心臓に悪いので、次からはやめてほしい……。
「ありがとうさやか。これで暁美ほむらも、大人しくなってくれればいいんだけど」
「いやいや、あれ以上大人しくなられても困るのよー」
まどかとも別れた私は、帰路でキュゥべえと一緒に帰っている。
帰ったら荷物を置いてから、すぐに魔女退治へ乗り出すつもりだ。
マミさんとほむらとも連絡は通してあるので、遅れるわけにはいかない。
まどかはマミさんと一緒に来るそうだ。まぁ確かに、マミさんの部屋に荷物を預けてからの方が、楽ではあるかな。
けれど私までマミさんと一緒に行動してしまったら、ほむらを派閥の外に置いているような構図になってしまう。
となると、ほむらばかりではない、内輪にいる私達でさえも、三対一の“壁”を作ってしまうかもしれない。
私もソロ帰宅することは、わりと重要だったりするわけです。
「はーあ。人間関係で悩むなんて、ほんと久しぶりだわ」
夕焼けになりかかった空を見上げる。
精神的にちょっと疲れる。けど、やることがあるのってどこか楽しい。
「ふふ、今日もがんばろっと」
鉄塔に重なりかかった太陽をちらりと見て、私は急ぎ足で自宅を目指した。
鉄塔の上で魔法少女が街を見下ろす。
オレンジの太陽を背に、翳りつつある見滝原。
その街には、かつて彼女と一緒にチームを組んでいた巴マミがいる。
二度とはここへ現れないつもりでいた彼女だったが、最近はどうしても気になることがあったのだ。
「昨晩はずっと探していたが、やっぱり魔女でも使い魔でもねぇ……」
リンゴの芯を吹き捨てる。くるくる回る芯は、鉄塔の真下で見えなくなった。
「てなると、有り得るのは魔法少女だけだろうな」
首元のアンクに口づけ、犬歯を見せ付けるように笑った。
そのままアンクを髪留めに髪を縛り、立ち上がる。
「さぁて。どんなつえー奴がいるのか……お手並み拝見といこうかね」
シスターのヴェールをはためかせ、魔法少女は鉄塔を飛び降りた。