「おっはよ~」
朝の待ち合わせ場所にまどかがやってきた。
仁美と私を合わせた三人は、クラスでも特に仲の良いメンバーだ。
「おはようございます」
「えへへ、おはよー」
で、私はというとまどかの次にやってきた。
「はぁっ、はぁっ! ごめーん!」
「さやかちゃん、おそーい」
駆け足でようやく二人に追いついたところである。まさか、まどかとタッチの差で負けるだなんて……くっ……。
昨日、毛布の中で悶々とし過ぎていたのが駄目だったわ。起こしてくれたお母さんには感謝しなくちゃいけない。
……って、およ? なんだかまどかの感じ、いつもと違うじゃないの。
「おー? なんか可愛いリボンつけてるねぇ、まどかぁ」
「そ、そうかな? 派手過ぎない?」
「とても素敵ですわ」
鮮やかな赤色のリボン。
うん、まどかには良く似合っている。
「女の子はもっと派手だって良いくらいだよ、まどか!」
「え、えー……そうかなぁ……」
まどかのツインテールをぱしぱしはたきながら、私達は学校へ歩き始めた。
天気もいい。とても良い雰囲気だ。
「それでね、ラブレターでなく直に告白できるようでなきゃダメだって」
「うんうん、さすがは詢子さん! カッコいいなあ、美人だし」
「そんな風にキッパリ割り切れたらいいんだけど……はぁ」
「仁美は優しいねえー」
彼女はお嬢様然とした雰囲気が男子の気を誘っている。仁美は昔から、結構おモテになる子なのだ。その手のことで悩まされることは多かった。
けど仁美がそんなに思い悩む必要なんてないと思う。
私のように、狭く汚い靴箱に託された手紙なんかはその場で破き捨てるくらいでなくちゃね。
まぁ、封をしてない果たし状みたいな手紙なら、開いてやらなくもないけど。
「いいなぁ、わたしも一通ぐらいもらってみたいなぁ……ラブレター」
「ほーう? まどかも仁美みたいなモテモテな美少女に変身したいと? そこでまずはリボンからイメチェンですかな?」
「ちがうよぉ、これはママが」
「さては、詢子さんからモテる秘訣を教わったな? けしからぁあん! そんな破廉恥な子は~、こうだぁっ!」
頭を掻いたり、脇を責めたり、胸を揉んでみたり。
それにしても、なんて成長しない胸だ! けしからない!
「や……ちょっと! やめて……やめっ」
「慎ましいやつめ! でも男子にモテようなんて許さんぞー! まどかは私の嫁になるのだー! うりうり~」
「ごほんっ」
おっとと、仁美からのストップか。
命拾いしたねまどか!
「もう、さやかちゃんたら……」
「ふふっ」
さ。学校はもう、すぐそこだ。
早く入ってしまおう。
「今日はみなさんに大事なお話があります。心して聞くように」
「ん?」
半分眠りかけた耳に、聞き慣れないもったいぶった言葉が飛び込んだ。
先生の顔はやけに真面目だ。一体何があったというのだろう。
「目玉焼きとは、固焼きですか!? それとも半熟ですか!? はい、中沢君!」
「えっ!?」
個人的には半熟の方が吸収が良くて助かるかなぁ、ってぼんやり思う。
ああ、でも固焼きのが器は汚れないし、結局口の中に入る量で言えば固焼きのが良いのかも……。
「ど、どっちでもいいんじゃないかと」
「その通り! どっちでもよろしい!」
そっかぁ……そうだねって感じだ……。
「たかが卵の焼き加減なんかで、女の魅力が決まると思ったら大間違いです! 女子のみなさんは、くれぐれも半熟じゃなきゃ食べられないとか抜かす男とは交際しないように!」
なるほど、そういえば先生、付き合ってたっけ……。
機嫌が悪いのはつまりはそういうことか。……最近は上手くいってなかったのかな。先生の顔色には出てなかったと思うんだけど。
それにしても、一ヶ月と二日か……早かったね……。
「ダメだったか」
「ダメだったんだね……」
それでも折れないところは、素直に凄いと思うんだけどね、先生。
「そして、男子の皆さんは絶対に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!」
次は良い男の人に恵まれますように……と、ひっそり願ってみる。
「はい、あとそれから、今日はみなさんに転校生を紹介します」
えええ、そっちが後回しかぁい!
「じゃ、暁美さん、いらっしゃい」
ガラス戸が開いたそこからは、ガラス越しで見るよりも艶やかな黒髪を湛えた美少女が入ってきた。
「うおっ……」
とんでもない美人がそこにいた、ってやつだ。
きりっとした表情。まっすぐな姿勢。長い黒髪は育ちが良さそうというよりも、ミステリアスさを強く感じた。
――目、悪かったのかな。顔立ちがそんなだ。今はコンタクトをつけてる?
――髪も二股に分かれている。結んだ痕? 癖? 前は二つおさげだったのかな。
――身体は細い。抱きしめたら折れてしまいそう。
「はい。それじゃあ自己紹介、いってみよう」
転校生の彼女は緊張のかけらも見せず、ただ凛と流すように口を開いた。
「暁美ほむらです、よろしくお願いします」
そして、その目はじっと私を睨んでいた。
「えっ……ぇえ…?」
「?」
いや、違うなこれは。
「……」
彼女は、暁美ほむらは、まどかを睨んでいた。