全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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ここの魔女ならどうにでもなるでしょう

 

 私たち魔法少女は、ほぼ横一列になって結界へ飛び込んだ。

 

 結界の中は薄い青色に染まった空間で、いつも見慣れた雑多なものとは違い、ある程度整えられたものであることを窺わせる。

 というよりはそれは錯覚で、整っていると感じたのは単に結界の中に通路が無い、広い一つの空間でしかなかったためであった。

 

「わ、わ、」

「大丈夫よ。私に掴まっていなさい」

「……うんっ。ありがとう、ほむらちゃん……」

 

 結界の中は重力が弱いらしく、身体はゆっくりと降下していく。

 着地までにはまだもう少しかかるだろう。

 

「二人とも、あまり身を任せすぎるのも得策ではないみたいよ」

 

 が、マミさんは空間を縦横無尽に飛んでいた。

 プールの中より滑らかで、空中よりもより自在に。その姿はまるで空中を泳いでいるかのよう。

 

「この結界の空中は、足に魔力を込めれば簡単に移動ができるみたい」

 

 ふわふわとスカートの裾を踊らせると、マミさんは満足したように私たちと同じ高さまで戻ってきた。

 何度もパンツが見えてありがたかった。

 

 さて、私も少し練習してみるか。

 

「おっ……おおーっ、ほんとだ、動けますねこれ」

 

 私の身体も、空中の見えない壁を蹴るようにして宙を飛び回ることができるようだった。なんだろうか、この感覚……足裏の推進力……未知だ。言う慣ればアイアンマン? 人間の身体能力だと厳しそうだ。

 

「……」

「……? さやかちゃん?」

 

 その感覚がどうも癖になり、ついついアクロバティックな動きをしてしまいたくなる。

 だん、だん、だんと宙を蹴る連続三角飛びだ。

 

「ぶ、ぶつかるよ! 危ないよさやかちゃん!」

 

 宙返り。ターン。スピンなんでもできる。理想的な機動だ。まるでゲームみたい!

 けど覚えておかないと、戦闘中は大変かもしれない。もっともっと、この動きに慣れておかないと……。

 

「こーらっ」

「ぐぇー」

 

 しばらく遊んでいたら、マミさんのリボンで強制的にひっぱられるハメになりました。

 

 

 

「何もない……?」

「まどか、私の近くに」

「う、うん」

 

 結界の床に降り立つと、そこは何も無かった。

 使い魔の姿もなければ、魔女の姿も無い。

 

 ただ強い魔女反応だけが、ソウルジェムに存在するばかり。

 

「何もないということは有り得ないわ。魔女はどこかに姿を隠しているはずよ」

「巴マミの言う通り……目で見えるものだけが全てじゃない。音も匂いもソウルジェムの反応も、全てを利用して敵の居場所を探るのよ」

「なるほど……」

 

 全てを利用して居場所を探る……煤子さんも似たようなことを教えてくれてたな。

 

 

 ――“何故”と考えることは大切よ

 

 ――“何故”という問いかけが、全ての謎を解くのだから

 

 

 何故……魔女も使い魔もいないのか。

 

 普通は結界に入れば、それを察知した魔女が現れて殺しにくるはずだ。

 例外もいるかもしれない。けど、無反応なんてことはなかったはず。

 

 何故そうしない? どうして何もせずに、ここに隠れている?

 

 魔法少女がここに三人もいて、気付かないわけが……。

 

 いや。

 

「……そうか」

「?」

 

 そう、魔法少女が三人、一般人が一人。

 四人もの人間が結界に侵入して、気付かない魔女なんかいるはずない。

 

 さっきまで騒がしく浮かれていたのだ。空間は見たところ、この大部屋一つのみ。これで気づかないなんてことあるわけがない。

 

 魔女は隠れているんだ。魔女は……私達、三人の魔法少女に怯えている!

 

「魔女が周りの景色に溶け込んで、隠れているかも。みんな辺りを警戒して!」

「!」

 

 姿が見えない魔女だとしたら厄介なことこの上ないが、だとしたら攻撃を仕掛けない理由が無い。

 敵は“姿が見えて”しかも“周りに隠れている”魔女だ。

 

「居たわ、こっち!」

 

 ほむらの張り詰めた声に誘われて私は真後ろを、マミさんは真横へ振り向く。

 ほむらが指で示した先には、揺れ動き続ける風景の中にひとつだけ存在する、翼の生えた奇妙なモニターが見えた。

 

『……!』

 

 一同の視線に気付き、流れるような動きを止めてしまったのが奴の敗因となるだろう。

 

 

 

H.N.Elly(kirsten)

ハコの魔女キルステン

 

 

 

 魔女は翼を広げ、画面をこちらに向けてノイズを響かせた。

 モニターが奇妙な映像を見せると共に、結界内の様相も掌を返すように一変する。

 

「まどか、気をつけて。使い魔が来る」

「う、うん!」

 

 風景のメリーゴーランドが加速する。

 紛れるモニターの魔女の画面からは無数の何者かが飛び出し、それらは結界の上から緩やかに降りてきた。

 

「周りを遊覧しながら使い魔を撒き散らすなんてね……!」

「マミさん、魔女を狙いましょう!」

「そうね、使い魔ばかりでは埒もあかないわ。本体を」

 

 私は剣で、マミさんは銃だ。

 近づいてくる使い魔をどちらで倒し、魔女を倒すか。

 

「まどかは私が守る。二人は使い魔と魔女を」

「おっ」

 

 どうしたものか悩んでいたところに、戦力の計算に悩んでいたほむらから直々の提案。

 守らなくてはならないまどかと一緒にいてくれるのであれば、心強い。

 

「任せていいのね?」

「あなた達が使い魔を全て討ち損じて、そいつらがこっちへ押し寄せてきたとしても何ら問題ないわ」

 

 挑戦的な言葉を真顔で言うものだから、マミさんは“やってやるわよ”という勢いで、その重要な役割をほむらに任せた。

 つまり。

 

「いくわよ! 美樹さん!」

「はい!」

 

 私とマミさんでの、ペアによる戦いだ。

 

 まどかの表情に明らかな不安が無いことを確認する。じゃあそっちはほむらに任せよう。

 

 よし……じゃあいっちょ、やりますか。

 

 私とマミさんは地面を蹴り、更に一段上の空を蹴り、そしてどんどん結界を昇ってゆく。

 使い魔が近づくにつれて私たちは二手に別れ、結界の側面に潜む魔女を探し始めた。

 同時に、群がりやってくる使い魔を迎え撃つ。

 

『きひひひ』

「うわ! 可愛くない!」

 

 不気味な笑顔を向ける使い魔が目の前に三匹。

 横一列をなぞる様に、剣で一閃。

 

『きヒィ……』

 

 特に手応えもなく使い魔は消滅した。柔らかいな。

 

「はあっ!」

 

 マミさんの銃弾も狂い無く命中し、私たちから離れた位置にいる使い魔も撃墜されてゆく。防御力はほぼ無し。

 

 そんな分析をしている最中、下から轟音が聞こえてきた。

 

「うわっ!」

「!?」

 

 マスケット銃ではない、もっと粗野な爆音だ。

 音は同時に、私の視界の隅で浮いていた使い魔の胴体をガラスのように砕き千切っていた。

 

「今のって……そうか、ほむらの」

「わ、わぁ……それ、本物……?」

「少し耳を塞いでいた方がいいかもしれないわよ、まどか」

 

 結界の地上では、ほむらがスナイパーライフルをこちらに向けて、銃口から白煙を垂れていた。

 随分と物理的というか、現代的な武器に、私の顔はちょっとだけ引き攣った。

 魔法少女ってホント、なんでもありなのかい……。

 

 まあ、攻撃方法に対するツッコミはともかくとして……。

 

 下からは取りこぼしや見逃しをほむらが撃ってくれる。

 ということになれば、私たちは大まかに使い魔を蹴散らしながら魔女を探すのみだ。

 

「ふふ、ずっと逃げてもいられなくしましょうか?」

「マミさん、何か作戦が?」

「見てて?」

 

 マミさんの首もとのリボンがするりと抜ける。

 リボンは宙で上向きに振られると、ごく自然に、靡くようにして天へと伸びていった。

 

「おおー……」

 

 リボンはどこまでも伸びてゆく。

 それはしゅるしゅると夜空に上がる花火の光のようでもあった。

 

 そして次の瞬間、それは本当に花火となった。

 

 結界の高くにまで昇ったリボンの柱は、黄色い輝きを放って弾けた。

 枝分かれした無数の黄色の帯が咲き乱れ、結界内を縦横無尽に駆け巡る。

 

『きひ』

『きひひっ?』

 

 空間を埋めるほどのリボンに、ゆるやかな弧を描きながら飛んでいた使い魔の天使たちの動きは封じられていた。

 連中の機動力は格段に落ちたに違いない。

 

「ナイスですマミさん! これで相手は時間稼ぎもできないはず……!」

「本体を探しましょう!」

 

 空間の壁際を走り、螺旋階段のように駆け上る。

 結界の端にいる使い魔をすれ違い際に斬り捨て、じわじわと魔女を追い詰めるのだ。

 

 魔女を倒せば結界は消える。その時に使い魔が残っていたら、使い魔はどうなるか?

 

 ボスを倒して雑魚敵が消えるシステムだったらうれしいけれど、そんな都合の良いシステムである予感は、なんとなくしないのだ。

 油断はできない。だから私は使い魔も可能な限り倒すことにした。

 

「――」

『き』

 

 人形の微笑がこちらに振り向く頃には、既に私のサーベルのガードは、使い魔の首もとに触れている。

 ガードは滑り、剣の根元が人形の細い首に僅かに食い込む。

 

『ヒャ』

 

 私は使い魔の真横を駆け抜け、次なる標的のもとへ再び駆け出す。

 その勢いだけで、人形の首を“ぱらり”と削ぎ落とすには十分だった。

 

『……!』

「おっ、出たなモニター」

 

 結界の端で、ようやく本体の魔女を見つけ出した。

 なるほど。天使の使い魔は、奴の画面から飛び出しているらしかった。

 

 敵を構成するものは腕っぽい翼、モニターっぽい箱。

 そのくらいだった。他に何かついていることはない。

 

 が、その正面にあるモニターこそ、私には厄介に感じた。

 そこからは使い魔が飛び出し、こちらに襲い掛かってくるのだ。

 画面から飛び出るのは使い魔だけとは限らない。もっと恐ろしいものを出してくる可能性だってある。

 

 モニターを最大限に警戒して、まずは両腕を斬り落とすか。

 

「よし。そうしよう」

 

 私は魔女の画面を正面に見据えないよう空中を左右に飛び、魔女に接近する。

 幸い魔女は素早くないようで、その背後を取ることは使い魔を相手にするように容易かった。

 

「はぁ!」

『ぴぎっ!』

 

 袈裟を真っ二つにするような大振りで腕の一本を刎ねると、到底液晶漏れとは思えないほど真っ赤な液体が噴出し、魔女はノイズをあげて呻いた。

 

 もう一度機会をうかがうまでもない、そのままもう片方もイける!

 

 これは油断でも慢心でもなかった。

 私にはその自信があったし、いざとなればどんな反撃からも身を守ることはできた。

 

 だから私は、半回転してこちらに砂嵐を向ける魔女のもう一本の腕を標的に、もう一度強くサーベルの柄を握ろうとしたのだ。

 

『――……!』

 

 その時、魔女は反撃に出た。

 

 砂嵐から一本の刃が、とんでもない速さで私を狙い、まっすぐ飛んできたのである。

 

「ふっ……!」

 

 気前良く振るうはずだったサーベルのガードで、私に飛び込んでくる刃の軌道を逸らす。

 金色のハンドガードが紫色の魔力の火花を散らしながら、刃を受け流していく。その一撃は、重かった。しかし、それだけ。

 

「甘いっての!」

 

 攻撃を受け流した私のサーベルは、そのまま魔女のモニターの半分を切り裂いた。

 

『ぎ、ギギギ……』

 

 腕、モニター。致命傷を二つも与えた。

 が、それでも魔女はまだ、動きを見せる。

 

 ずぶりと嫌な音を立てて刃はモニター内部へと戻ってゆく。

 そして再び別の場所から、刃はこちらへ伸びてきた。

 

「くどいよ」

 

 同じくハンドガードで逸らし、返しの刃を残った腕にくれてやる。

 魔女の両翼だか両腕だかは二本共に切断された。

 もはやただの旧型テレビ。叩いて直らない分、それよりも脆いのかもしれない。

 

 が、再び飛び出した刃はモニターの中へと引っ込む。

 

 まだ何かを仕掛けるつもりか?

 と私は疑ったが、その前にやっと、違和感に気付いた。

 

「ん?」

 

 刃を突き出したモニターには、穴が開いている。

 内側から破壊したような穴が、二つも。

 

 いや、まて、この穴は。さっきの刃は。

 

 ……魔女の攻撃によるものじゃあ、ない!?

 

「あらよっとぉ」

「うっ!?」

 

 モニターが上下に分裂した。

 

 いや、語弊も良いところか。“上下に切り裂かれた”。

 

 真っ二つに切られたモニターの中からは、先ほど突き出されたものと同じ刃を携える人影が現れる。

 

「ニュー・チャレンジャーは向こう側から、ってなぁ!」

 

 私がその詳細な姿を認識する前に、単純なモニター越しの攻撃など目ではない連打が、こちらに襲い掛かる。

 

「はっ、ほらッ!」

「ぐっ……なにっ」

 

 最初の二発の攻撃を剣で逸らして、その相手が紅い装束のシスターであることに気が付いた。

 

「ほー、やるじゃん」

「……ッ!」

 

 次の目にも留まらぬ六発の攻撃を剣とハンドガードでなんとか受けきった時、そこでようやく、敵の使う武器が“槍”であることに気付いた。

 

 

 こいつは魔女じゃない。

 目の前にいるこの女は……魔法少女。人間だ!

 

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