全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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何故ここに? いえ、それよりも

 

 魔女が息絶えたせいか、魔力を使った空中機動が機能を失った。

 あるのは弱い重力のみ。それが、今の私を苦境に追い込んでいる。

 

「お? 結構防ぐじゃん」

「くっ……」

 

 槍と剣の空中戦は一方的だった。

 

 メタメタに斬り崩されたモニター魔女の落下と並び、私と紅いシスターの攻防戦が繰り広げられる。

 だが位置的な上を取るそいつの武器のリーチは長く、こちらは短い。

 単純な長さの優劣で、私は地上へと押し込まれつつあった。

 

 一瞬たりとも気を抜けない……!

 

 唸るように振るわれ続ける刃つきの槍は、私に宙を蹴らせる暇など与えない。

 周囲に張り巡らされたマミさんのリボンすら器用に断ち切り、周囲のものを利用させようともしない。

 このまま愚直に逃げようと単調な動きを見せれば、その瞬間に餌食になることは明白だった。

 

 かといって、近づいて斬りつけることが叶うかといえば、それも有り得ない。

 今の間合いは完全に“槍”の間合いだ。

 私の剣は近づくことはおろか、完全に捌ききることさえできていなかった。

 

 だから私は、あえて距離を取ることを選んだ。

 

「ふッ!」

「!」

 

 まっすぐこちらに押し込んできた槍の切っ先を利用する。

 相手の動きを読んで、こちらも同時にサーベルの先を突き出すのだ。私は相手のその動きを待っていた。

 

 反撃手段の一切無い相手への攻撃に、自身の心配をする必要は無い。だからこそ油断し、大振りの一撃を繰り出してしまう。

 それ自体、危険に直結する悪手などではないだけに、敵も“しまった”と思っただろう。

 

 私だって相手がこんなことをしてくるなんて想像できない。

 

 そう、鋭い刃と刃の先端を衝突させるように、カウンターを仕掛けてくるなど。

 魔法少女だからこそできる芸当だ。

 

「やりやがる。いいじゃねえかオイ」

 

 刃の先端を衝突させた私の身体は、大きく敵から距離を取る。

 剣と槍の最大リーチの分だけ、私は紅いシスターから逃げることに成功した。

 

 もはや槍も届かなくなった間合いを空けての自由落下は体感時間も早い。

 着地後は素早く後転し、私は剣を構え直した。

 

「見ない顔だね、アンタ」

 

 槍が深々と床に突き刺さり、その柄の上に紅いシスターが着地した。

 口元から覗く不吉な八重歯は白く輝いている。

 

「落下中でも、剣を投げてりゃ届いたじゃん?」

「戦闘中に武器を手放す馬鹿がどこにいるのさ」

「武器って考え方に凝り固まりすぎなんだ……よッ」

 

 シスターは槍の柄を思いっきり蹴り飛ばし、槍が高速で回転しながら私に襲い掛かってくる。

 上から襲い掛かる回転武器。上段での防御をしてもよかった。

 

 だが相手は“マトモ”じゃない。

 

「らぁッ!」

「!」

 

 剣での防御はしない。姿勢を低くして“下段から近づく”シスターに、私も同じようにして剣を投擲した。

 間合いの中央で交錯する槍と剣。

 二つは交わらず、お互いの持ち主の敵へと襲い掛かる。

 

「ほっ」

「ふん」

 

 そして二人同時に、投げられた武器を叩き落とす。

 掴み、利用することなどはしない。敵の武器は“武器”ではないと知っているからだ。それが魔法少女であるならばなおのこと。

 

「こいつ……」

「この野郎……」

 

 私の直感が囁いている。

 こいつは私に“似ている”と。

 

「……くはっ」

 

 シスターはしばらく私を睨んでいたが、その後ろに面白いものでも見つけたのか、笑った。

 

「……構えてから結局、一発も撃ててないじゃん。なあ、マミ」

 

 紅いシスターの視線の先には、マスケット銃を構えるマミさんがいた。

 顔は強張り、引き金にかけた指も……動いていない。いつからそうして構えていたのか、私にはわからない。

 

 このシスターが……マミさんとどのような関わりがあるのかということも。

 

「……どうしてここにいるの。答えて……佐倉さん」

「どうして? そうだなぁ……“強い奴がいるっぽいから来た”じゃダメか?」

「!」

「そこで引き金を引けないアンタは“強くない”……だから甘っちょろいんだ。さあ、外野は引っ込んでいな」

 

 マミさんは歯噛みし、佐倉と呼ばれたシスターから視線を外す。

 敵から目を離すことは、戦う意志を放棄するに等しい。

 であると同時に、その様子を見て何ら興味を示さないシスターの女にも、マミさんと戦う意志は無いらしかった。

 

 つまり、今も奴がぴりぴりと向けている闘志は、ただ一人私へのものだった。

 

「私の名は“杏子”だ。あんたは」

「“さやか”」

 

 名前だけには名前だけを。

 

「さやか、ね……面白い……」

 

 シスターはヴェールの裾を左手で払い、その手に一本の槍を握った。

 両手で振り回し、こちらに刃先を構える。

 

「来なよ。構えるまではフェアでいてやる」

「構えたら? 卑怯な手でも使うつもり?」

 

 私は警戒も何もせずに、黙って手の中に新たなサーベルを出現させた。

 同時にシスター魔法少女、杏子は飛び掛る。

 

「“一方的な戦いが始まる”ってことだよ! シロートがァ!」

「!」

 

 

 

 勢いに任せたチンピラとやりあったことが私にはある。

 体力や筋力に任せて大ぶりしてくる相手は派手だけど、御しやすい。

 がしかし、目の前でさながら弱い悪党の如く飛び掛ってくる魔法少女には、それと同じガラガラの“隙”が無い!

 

「らァ!」

「くっ」

 

 相手は槍のリーチの力をよくわかっている。そう、長物は確実に刃が先に届くのだ。

 相手がリーチを把握している以上、こちらは絶対に“受け”に回るしかない。

 壮絶な技巧に、かつて他流試合で手合わせした強い薙刀使いを思い出すけど、いや、こいつはそれ以上だ。

 

 嵐のような槍の軌道に、私の剣は相手の一連の攻撃だけで五回も弾かれた。

 それだけでも私の手は痺れたが、その次に来る攻撃こそ最も恐ろしいものだった。

 

「―――」

「!」

 

 ヴェールの奥の眼差しが途端に冷めたのを感じた。

 地に着いたシスターのブーツに嫌な予感を覚える。

 

 私は咄嗟に剣を自分の正眼へ戻し、“いつもの”構えへと切り替えた。

 

 それは私の自然体。守りに徹するわけではないが、あらゆる状況に応じる準備がある防御寄りの構え。

 中学の剣道でさえ一度も咄嗟に作ろうとはしなかったが、本能的に取ったそれは結果として正解だった。

 

 

 

 剣の流れは、言葉で考えるのではない。言葉にすれば遅くて負ける。

 培ってきた感覚か、数字で表すのだ。

 感覚は同じタイプの相手と戦うことでパターンとして無意識に覚えることができ、無意識に対処できる。

 しかし違うパターンは?

 私はそれを記号で覚えた。

 位置、高さ、方向、振り方、全てが記号になる。全てを記号とすることで、動きへ繋ぐ無意識な言葉の指令を最短のものへと変える。

 他に応用できないこの記号の概念は、私だけが持つ暗号だ。

 

「!」

 

 空中の時には五発だった槍の攻撃の嵐も、地面に脚をつけたときには一気に手数が倍に膨れ上がっていた。

 油断をすれば初撃だけでも胴体に風穴が二つは空くほどの加速だった。

 

 けれど早くなったのはこちらも同じ。私は正面から降り注ぐ攻撃の全てを、最適化された剣術で受けきっていた。

 敵の攻撃の変化と共に、私の動きも変化させている。もう同じ劣勢には追いやられない。

 

 この成果は私の願いのおかげでもあるかもしれない。けど、それだけではない。

 “あの時”があったからこそ今の防御が成り立っている。強くそう思うのだ。

 

 そして防御を成功させるたびに増してゆく過去への感謝が……煤子さんへの感謝が、柄を握る手へと込められてゆく。

 

「まだまだっ!」

「へえ……!」

 

 1・1・2。

 一対一の戦場に、一本の道を作る動きだと、煤子さんは言った。

 

 何故一本の道を作るのか。

 それはたとえ戦場が広い空間だったとしても、この動きを受けきるには横道逸れる暇などないからであろう。

 

 パターンに入れば、誰だって何もできずに詰んでゆく。

 はず。なんだけど。

 

「っ!?」

 

 しかし私は驚いた。

 中学の剣道では勢いに耐えかねて迷わず横へと逃げる人が続出したこの足運びの攻撃を、正面から防ごうとしている事に。

 彼女の足運びの妙に。

 

「こいつ、やっぱり……!」

 

 攻撃の最中でも私は飛びのいて、距離を取った。

 相手はそこで、あえて詰めようとしなかった。

 

 杏子は私と同じ表情をしていたのだ。

 

「テメェ……」

 

 忌々しげに私を睨んでいる。

 そう、顔には出していないだろうが、私もそんな心持ちだ。

 

 なぜ魔法少女が私を攻撃するのか?

 疑問に思う……けど、今はそれよりも。

 

 どうしてこいつは、煤子さんと同じような、私と同じような動きをしてみせるのか!?

 

 

 

「そこまでよ」

 

 どこまでも冷淡な声と、二丁拳銃の銃口が私達二人の動きを完璧に止めた。

 それはほむらの牽制だった。

 

「……!」

 

 拳銃を向けられた杏子は、恐怖とはまた違った感情を浮かべている。

 

 まるで、幽霊にでも出会ってしまったかのような驚愕を。

 


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