全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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あの子の過去も変わっている?

 魔法少女の力は強い。

 脚と拳の衝突だけでも、お互いの身体は数メートル近く吹き飛んだ。

 

 力が強くとも体は軽いせいだ。上手く魔法少女の力を発揮するには、足場が必要になる。

 最初の魔女と闘った時からわかってはいたことだけど、これからの課題になるだろう。

 

「──てンめぇ~……」

「ふーッ……」

 

 まぁ、それも、ここから生き残れたらの話だが。

 

 いつの間にやら結界は消滅し、外はすっかり闇に落ちていた。

 工場の外。辺りは人気もそう多くはないだろうが、少ないとも言いがたい。

 ぱっと見た限りではまだ寂れきっている工場でもなかったので、人は居るのだろう。

 

 このまま戦い続けるには、あまりにも目立つ場所だった。

 

「……さやか、あたしは腹が減った……今は見逃してやろう」

「へ、そりゃどうも、都合が良い話で」

「“これ”に誓ってやる! 次からは不意打ちもしねえ、安心して飯を食わせてやるし、眠らせてやる」

 

 言って、杏子は首に下げたアクセサリーを私に向けて突き出した。

 十字架に似てるような、似てないような。それに誓うことがどれほどの重みを持つのか、私は知らない。

 しかし現状、闘い続けたいとは微塵も思っていなかった私には願ってもない提案だ。

 

「……良」

「ただし二つ! 聞かせてもらおーか」

 

 “良いわよ”って言おうとしたのに遮られた。

 向こうの決定は強制だったようです。

 

「オマエ、煤子さんを知ってるな!」

「……」

 

 剣は新たに出さない。

 ただマントだけは身体を覆わせて、いつでも中で反撃の準備を整えられるように隠した。

 

「……あんたが聞きたい事のまず一つがそれ……だけどそれは、いくつもの意味を含んでいる……“何故煤子さんを知っている”とかね」

「あの足捌き、煤子さん以外にやられたことはない。やられてすぐに思い出した……オマエ、教わったな?」

 

 ギラギラした目だ。どうしてこいつが。

 

「こっちのセリフ……何故煤子さんがあんたなんかを?」

「私“なんか”を? くくく、バカ言うなよなぁ、あたしだからこそ……」

「おーい、うるさいぞ……誰かいるのか……」

「!」

 

 男性の声が響いてきた。

 付近の住民か、それとも工場の人か。どちらかが私たちの騒ぎを聞きつけてきたのだ。

 

「チッ……ひとまずはお預けだ。あんた、新米だろ? 魔法はそんなもんじゃないはずだ。次やる時はもっと力をつけてきなよ。そっちの方が都合が良い」

「は? 自分勝手な……大体、あんなのただの殺し合い……」

「殺し合いくらいでなきゃ“燃えない”のさ」

 

 ふわりと跳躍し、杏子の身体が工場の壁へ張り付く。

 人の話を聞かない奴だな……! 

 

「じゃあな! 煤子さんの弟子ってんなら問題ねえ、次会う時を楽しみにしてやる……で、もう一つは今度、聞かせてもらうが……」

 

 杏子の目が泳ぐ。

 

「……あのロンゲ、ほむら……あいつ、煤子さんの妹か?」

 

 呟くそうに言い残すと、お騒がせシスターは壁を蹴りながら去っていった。

 金属ダクトがひしゃげて壊れ、破片が音を立ててコンクリに落ちる。

 

 最後までうるさい、騒がしい奴だった。

 

 ……煤子さんを知っている……あいつは、一体……。

 

 思うところはある。疑問も尽きない。

 けど考える前に、私もさっさと工場から逃げ出した。

 

 やってくるのが雷オヤジだったら怖いからね。

 

 

 

 制服姿のマミさんの後ろ姿を見つけると、私は大きく手を振りながら彼女達に近づいた。

 マミさんの肩を借りたほむらと、心配そうに同じく身体を支えていたまどか。一応、無事といえば無事そうではある。

 しかしほむらが負ったダメージは思いの他大きいらしく、魔力での治療も渋っているのか、片足を引きずり気味に歩いていた。

 

 ほむらの反応は淡白だったけれど、まどかとマミさんの二人は工場に残った私を心配してくれたようで、再会の頭に事の顛末について根掘り葉掘り聞かれたものだ。

 

 私は杏子との激しいバトル模様についてはかなり省き、とりあえず、彼女自身がもう不意打ちはしないという宣言を出した旨を伝えた。

 

 煤子さんについては……長くなるので、あえて省いた。

 これから、ちょこちょこと話していく他ないんだろうけど……。

 

 

 

「……佐倉さんとはね」

 

 色々あった今日の魔女退治。

 ほむらを支えながら歩く静かな帰路の途中、夜道に落ちて溶けそうな声でマミさんが切り出した。

 

「私は、以前に……魔法少女の仲間として、佐倉さんと協力してたことがあったのよ」

「あいつと……」

 

 一体どんな経緯になればマミさんと杏子が手を組むのか、私には全く想像できない。

 

「……人に話すのは、初めてになるわね」

 

 それから、マミさんは静かに語り始めた。

 

 

 

 

 佐倉さんと出会ったのは、一年前……。

 私も魔法少女として、やっと力を付け始めた頃だったわ。

 

 その時にはもう、滅多なことでは魔女に苦戦しなくなった。

 ……今思えばその気の緩みもあったのかもしれないわ。

 

 見滝原の外れ……というか隣町には、大きな教会がったの。

 とても大きくて、廃れてしまったのが不思議なくらいの、立派な教会。

 

 私はその日、魔女退治のためのパトロールをしていて、偶然教会の近くを通ったのだけど……。

 

 この教会はどうして寂れたんだろうなーって、軽い気持ちで眺めていたら、丁度その教会から使い魔の魔力を感じたわ。

 

 もちろん私は教会へ向かって行った。

 ……廃教会ってことは知っていたから、躊躇無くステンドグラスの窓を蹴破ってね。

 

 けど中にいたのは、使い魔ではなく魔女。そして罠だらけの結界。

 隙だらけの格好で突入した私は、うねるような魔女の身体に捕まって、何もできないまま身動きが取れなくなったの。

 

 今の私からしてみたら、笑っちゃうようなミスだったわ。いえ、笑えないわね。

 とにかくあの頃の私は、手に入れた力に過剰な自信を持って、舞い上がっていたのよ。

 

 魔女に捕まった私は、徐々に身体が締め付けられて、頭に血もめぐらなくなって……もうだめかと諦めた……そんな時だった。

 

 佐倉さんが正面の扉を開け放って、現れたのよ。

 

 髪留めに赤い炎を灯した彼女は……私に一切の傷をつけることもなく、二十秒もかからず魔女の身体を八つ裂きにして、倒してしまった。

 

 私は本当に嬉しかった。自分と同じ魔法少女がいて、私を助けてくれた。

 今までずっと一人で戦ってきた私は、そのときになって初めて……孤独を癒してくれる相手を見つけたの。

 

 私は一人じゃない。誰かが私を助けてくれる。

 一緒に戦ってくれる、って。

 そう考えただけで私は救われた。魔女から助けてもらうよりも、それ以上に救われたと思ってる。

 

 私が協力関係を求めると、佐倉さんは「おう、いいよ」って、それだけ言って笑っていた。

 それ以来、私と佐倉さん、力を合わせて魔女を倒す……関係が始まると、思っていたんだけど……。

 

 

 確かに佐倉さんは協力してくれたわ。

 魔女との戦いでは我先にと飛び込んでいくし、私に拘束魔法の有効的な使い方をアドバイスしてくれたりね。

 

 一瞬でリボンの網を展開して、離れた場所にもマスケット銃を生み出す。

 この領域に至るまで、いろいろな特訓をしたり、魔女との実戦を重ねてきたわ。

 

 佐倉さんのおかげで、自分の魔法に磨きがかかった。地に足がついた、ちゃんとした自信がついたの。

 ものすごく頼りになる子だなって、ずっと思ってたわ。

 

 けれど私は気付いてしまった。

 佐倉さんは、私と一緒に戦いたいわけじゃない。強い相手と戦いたいだけなんだって。

 

 それに気付いたのは、私がリボンの魔法をほぼ自由自在に操れるようになった頃……。

 ある日の魔女退治の帰りに、道の先を歩く佐倉さんがぽつりと呟いたのよ。

 

 “なあマミ、ちょっと全力を出して、私と戦ってみないか”って。

 

 それまでもそういう組み手が好きな子だったから、私はほんの少し気を引き締めるくらいでそれに臨んだの。

 佐倉さんと戦うのかあ、緊張するなあ、って。

 

 ……けれど。

 いえ、宣言通りだった。

 

 佐倉さんは一切の手加減をせず、本当の本当、魔女と戦うように……いいえ、魔女と戦う以上の本気で、私を“倒しに”きたの。

 

 夕時の河川敷は他に人も物もなかった。けれど私は恐ろしかった。

 

 久しぶりの恐怖だった。いつもなら一般人を死なせたくない、周りを巻き込みたくないって戦っていた私が、自分自身の身を案じて、逃げ回るなんてね。

 

 リボンも銃も、何も効かなかった。今まで培ってきたはずの技術は全て佐倉さんの槍に切り裂かれて、消え去ってしまう。

 体中にいくつもの深い傷を負ったし、戦っている最中に吐いたり、泣いたり……情けなかった。

 

 そんな私の姿を見て、佐倉さんの興は冷めてしまったのね。

 今まで私と一緒にやってきたことなんて全て忘れたように、私からは一切の興味をなくして、見滝原を出て行ってしまったのよ。

 

 それが、私と佐倉さんとの関係……。

 

 

 

 

「……」

 

 感想。ヤベー奴じゃん。

 

「マミさんにそんなことが……」

「……」

 

 まどかはビクビクしてるし、ほむらも眉間に皺を作ってる。気持ちはよくわかる。なんて厄介な奴なんだ。

 

「私、思えば佐倉さんのことを何も知らなかった。彼女が普段どうしているのか、何を考えているのか……聞くタイミングを作れなかったといえばそれまでだけど……ごめんなさい。私は佐倉さんとは知り合いだけど……今でさえ、何も知らないんだ」

 

 儚げな顔をこちらに向けて、マミさんは寂しそうに笑った。

 

「杏子が異常なだけよ……それを理解できるのは、同じ異常者だけ」

「……そう、なのかもしれないわね」

 

 憮然と歩くほむらが零した言葉は、きっとマミさんへのフォローなのだろう。

 マミさんはほんの少しだけ、元気付けられたようだった。

 

「……じゃ、私こっちだから、またね」

「うん。気をつけてね、さやかちゃん」

「へへ、また明日ね。マミさんも、ほむらも」

「そうね、明日学校でね」

「ええ……」

 

 それぞれが別々の場所に靴先を向けた。

 ほむらだけはまどかと一緒で、彼女を家まで送り届けるらしい。

 

 ……うん。今かな。

 

『……あのさ』

「!」

 

 私はほむらにテレパシーを送った。

 彼女は驚いたように振り向いている。

 

『ちょっと、やっぱ今日のことで聞きたいことがあるから……ほむらだけ、後でここに来てくれないかな。まどかを送ってからでいいから』

『……ええ、わかったわ』

 

 黒髪を闇の中にはためかせながら、ほむらはまどかと去っていった。

 彼女はまどかを送り届けて、その後戻ってくる。

 

 そう……ほむらとはきっと、よく話しておかないとダメなんだ。

 

 


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