全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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身勝手な事だとわかっているわ

 街灯の明かりだけが夜に浮いている。

 ここは見滝原の中では小さめな公園で、暗くなればほとんど人も寄り付かない場所だ。

 私はひんやりと冷たいベンチに座り、ほむらが来るのを待っていた。

 

 腿を擦り、スカートの丈を伸ばす。

 夜になると、やっぱり寒い季節だ。魔法少女になってもそれは変わらないらしい。

 そう考えてみると、この時期でもほむらの黒ストは正しい選択のようにも思えた。

 

 ……とも思ったけど、やっぱりさすがに暑過ぎるなぁ、あれは。

 私はああいう、肌をぴったり覆うやつがどうも苦手で……。

 

「今日のことで話って、一体何?」

「お」

 

 後ろからの声に振り向けば、そこにはほむらがいた。

 その姿を認めると同時に、何かが私の顔に向かって投げ込まれる。

 

「うおわっ!? って熱っ!?」

 

 咄嗟に掴んだそれは、缶のあったか~いミルクティーだった。

 

「……おおー」

「何も飲んでないし食べてないでしょう。買ってきてあげたわ」

「……えへへ、ありがとう」

 

 意外なことをするもんだ。

 本質的にドライで、冷たいタチの方が勝ってる子だと思ってたけど、感情が読めないだけで、結構気も利くらしい。

 

 缶紅茶を腿に挟み、暖かさを堪能する。

 ふと何気なく、私はほむらを見た。

 

「──……」

「ん?」

 

 私の隣に座ろうとするほむらの姿を見上げ、思わず絶句してしまった。

 

 こんなシチュエーション、こんな優しさ、こんな……ほむらの姿が、あの日々とまるでそっくりだったから。

 

 優しげな目元。穏やかな……ああ。

 

「それで、今日の話って?」

「あ、う、うん。そうだったね」

 

 ベンチをずれて、ほむらの分のスペースを空ける。

 並んで座ると、本当に昔を思い出すようだ。

 けど今はそれを振り払って、話すべきことを喉の奥でまとめる。

 

「……前にさ。私、ほむらに変なことを訊いたことがあったよね」

「ああ……ススコっていう人の話かしら」

「よく覚えてるね」

「初めてのことだったから」

 

 そりゃあなかなか、誰かの妹ですか? とか訊かれることなんてないだろうけどさ。

 

「……本当にほむらは、煤子さんのことを知らないの?」

「知らないわ。……今日の事と関係があるのかしら。その、ススコという人は」

「うん、かなりね……ある、と思う」

 

 少なくとも私の拳に受けた痛みは、間違いなく煤子さんとのつながりがあるのだ。

 

「私は昔……もう五年近く前になるんだけど……煤子さんと出会ってからね」

「……」

「煤子さんは私に色々なことを教えてくれた、先生のようなお姉さんだったんだ」

 

 私は表面的なことだけを、ほむらに語った。

 事細かに、何を話したのか、何を学んだのかまでは言わない。

 

 だけど、会って何日もしない相手に語るようなことではなかった。

 それでも話したかったのは、ほむらがどこか、彼女と似ているせいなのか。

 

「煤子さんは私にお願いをしたんだ……あの時、煤子さんは私の事を知っていたけど、私は知らないのにね。まるで私のことを、自分の子供のように……自分の分身であるかのように、“こう生きて欲しい”って……」

 

 あの時、私は確かな意志を感じ取った。

 

「それは多分、病気を患っていた煤子さんが私に託した、煤子さんが受け継いで欲しかった生き方なんだと思う」

 

 色々なことを教えてくれた。

 生きる上での大切なことを、その大事な大事な輝く部分だけを丁寧に選んで、それらを綺麗に並べた宝石箱を、私にプレゼントしてくれた。

 

「……煤子さん、ね。……さやかの過去に、そんな人がいたとは思わなかったわ」

 

 ほむらは自分の分のピルクル(!)を飲みながら、どこか合点がいったのか、話の折に触れてはしきりに頷いていた。

 

「うん、でね? その煤子さんとほむらがさぁ、すごいそっくりなんだよ」

「……そんなに?」

「うん……多分……」

 

 じっとほむらの靴から顔までを見る。

 

 ……んー、こんな感じだったっけ。こんな感じだったような。

 もうちょっと煤子さんのが格好良くて、大人っぽかったような……。

 

 手元のピルクルとストローの存在が、私のイマジネーションに巨大な砂嵐を発生させている……。

 

「私はもちろん煤子さんではないし、妹もいなければ姉だっていないわよ」

「うん……ていうか、居たとしても東京だしねぇ」

「両親がここに来てたっていう話も聞いていないわね」

「他人の空似か……」

「……」

 

 神妙な沈黙が続く。

 

「……全く根拠もないし、仮定の話でもないけど……他人の空似では、ないかもしれないわ」

「え」

 

 心当たりが? と聞きそうになったが、心当たりはなさそうだ。

 では何故か。

 

「さやか、貴女はとても……信頼できる。まだ短い間だけど、それがわかったわ」

「な、何をー? 急に……」

 

 真剣な眼差しに思わずたじろぐ。

 

「煤子とは何者か……それに心当たりがあるといえば、ある……いえ、なくもないといったところだけど……」

「!」

「早まらないで。それを話すためには……私が持っているいくつかの秘密を話す必要があるの」

「秘密って……」

 

 それは普段からほむらが私に隠し続けていることと関係があるのだろう。

 頭の中で推理しようと考えをめぐらせていたところに……。

 

「秘密か、それは僕にとっても気になるね」

「!」

「キュゥべえ」

 

 公園の闇の中からキュゥべえが歩いてきた。

 不自然なほどに真っ白な身体は、野良ネコと見間違うこともない。

 

「……何をしに来たのかしら」

 

 うげー。今は来て欲しくなかったな。

 

「僕が魔法少女のもとを訪れちゃあ悪いのかい? いいじゃないか、今の今まで、君を気遣って離れていたんだから」

 

 ほむらの殺気が目に見えるようだ。

 が、キュゥべえはそんな怒りも知らん振りで、悠然とこちらのベンチの上に座った。

 

「いやぁ、それにしても久しぶりに聞いたね、その煤子という名前」

「!」

「え!?」

 

 キュウべえが知っている!? 

 

「前に杏子がよくその名前を出していたよ。まさか、さやかまで会っていたとは思わなかったけどね」

「……杏子は何故あんなに好戦的なのか、あなたは知っているんじゃないの」

「君たちくらいの女の子の感情っていうのは難しいからね、僕では想像の域を離れないよ」

「……」

 

 私達女子中学生のみんなの杏子のような性格だと思わないで欲しい、と言いたかったが、あえて言いません。

 

「僕としては煤子という人物について、あまり気にはならないんだけど……ほむらの秘密というのには、少し興味があるね」

「……」

 

 ほむらは今にも武器を手にとって襲い掛かりそうだ。

 いや、むしろ私がいなかったらやってるんだろう

 

「さやかにもまだ言えない事を、あなたに教えるわけがないでしょう」

 

 憮然と白猫を見下ろし、ほむらはベンチから立ち上がった。

 

「残念だ。ほむらのことはあまりよく知らないから、勉強しようと思ったんだけどな」

「私との関係を築きたいのであれば、まずは杏子が暴走しないように押さえつけておくことね」

「それができたらどれだけ風見野は平穏になるだろうね」

 

 なるほど、キュゥべえも杏子を止めようと努力したことはあるらしい……。

 ……風見野ね。近いなぁ。よし、近寄らんとこ。

 

「なんか、ごめんね。よくわからない話で呼び戻しちゃって」

「構わないわ。私こそ……話せないことが多くて、ごめんなさい」

「ううん、ぜーんぜん気にしてない! まぁ、今日は色々とあったけどさ、明日からも頑張ってこう!」

「ええ……」

 

 彼女は何か言いたげに視線を落とし、口を何音か開閉した。

 その、あの、ええと、だから。おそらくはそんなことを。

 

「……私があなたに秘密を打ち明けるには、もうちょっと時間が必要だと思ったの」

「時間?」

「ええ……時間を頂戴。なるべく早く、答えを出すから」

「話すべきか、べきではないか」

 

 彼女は無言で頭を垂れる。ヒントも出せないと。

 私が深く追及することでもないようだ。

 

「じゃあね、さやか」

「うん。じゃあ、また!」

「……ふふっ」

「!」

「なんでもない、また」

 

 彼女が最後に残したのは、いつかのように可憐な微笑みだった。

 

 

 

 

 † 8月13日

 

 

 雨が降らない日は続く。

 蒼天の下で、煤子さんの後姿を見つけると、私は走り出した。

 

「煤子さーん!」

「きゃっ」

 

 後ろから抱きつくと、煤子さんはふらりとよろめいた。

 

「危ないじゃないの」

「へへへ」

「こんなに汗かいて……放っておくと、赤くなるわよ」

「えー? そうなの?」

「後ろ向きなさい、拭いてあげるから」

「はーい」

 

 近くの水飲み場で濡らした白いタオルで、よく身体を拭いてもらったものだ。

 

「……」

 

 ひんやりしたタオルが気持ちよかった私は、そのときの煤子さんの、少し曇った表情に気付けなかった。

 いや、気付いてはいたけれど、もともとミステリアスな部分を多くもった煤子さんだ。大して気にも留めていなかったんだ。

 

 背中に当たるタオルが冷たい。

 

「ねえ、さやか」

「うーん?」

「一度だけその手が届くなら」

「え?」

「一度だけその手が届くなら、って思うことは、多いわよね」

「えー……っと……?」

 

 煤子さんの喋ることは時々、よくわからない。

 遠まわしで、抽象的な事が多いのだ。

 

「もっと力を出せたなら、とか。短距離走で、あとほんの0.1秒速ければ……とか」

「ああ、うん! あるよ! この前七秒切れるかなって思ったのに……」

「そう、その気持ちよ……もちろん、今のさやかなら大抵のことは練習でなんとかなると思う」

「うん! 最近ねえ、そんな気がするんだ」

 

 煤子さんに出会ってから、頑張る楽しみを覚えた。

 そう自覚したのは、随分早かったのだ。

 勉強もやるようになったし……。

 

「けど、やっぱりあと一歩届かせたいと思う気持ちもある……それも、いつだって、いくらでもあるわ。人間って、欲張りよね」

「うん? ……うん、そうだね」

 

 背中にひんやりした感触が伝わって。

 

「──全ての力をこの時のために注ぎたい」

「っつ!?」

 

 背中に砂のようなジャリっとする痛みが走った。

 

「忘れないで」

「いたたた……な、なんですか今の!」

「ふふ、ごめんなさい。強く擦っちゃったかしら」

 

 

 † それは8月13日の出来事だった

 

 


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