全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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煤子とさやか、その過去には何が……

 

 

「おはよう、巴さん」

「おはよう、暁美さん」

 

苗字で呼び合うことを“よそよそしい”と勝手に決め付けないでいただきたい!

これでも進展したんです! 私は頑張ったのです!

 

「マミさん、おはようございます」

「おはようございます!」

「うん、おはよう。二人とも」

 

通学路で偶然出会ったマミさんとの挨拶である。といっても、校門はすぐ目の前。すぐにお別れとなるだろう。

周りの目や耳もあるので、込み入った話はできない。

まぁ、メールで昨日について振り返ってもみたので、急いで話すこともないんだけど。

 

それでもこうして朝、みんなが同じ場所にいるということに安心感を得ることはできた。

杏子に闇討ちされてたらどうしよう、と昨日の寝る前に思わなかったこともない。一分経たずに熟睡したけどね。

 

「さやかちゃん、ほむらちゃん。改めて、昨日は本当にありがとう!マミさんもありがとうございました!」

「私としてはまどかを一切に巻き込みたくは無いけど……まどかを正しく納得させるためには、こうして魔女退治につき合わせるのも、ひとつの手なのかもしれないわ」

「あら、暁美さんはまだ反対なのね?」

「これだけは、譲れないから……」

 

柄にも無くみんなを最後尾から見つめて、約束の時間にやってこなかった仁美のことを想う。

今日の彼女はどうしたんだろうかと。

 

「んー」

 

教室にも仁美の姿はない。

先生が来るまであと二分。普段なら絶対に有り得ないことなのに、何があったのだか。

 

「あ、仁美ちゃん教室にもいない……」

「休みなのかな? メールくらいくれてもいいのに」

 

マメな性格の仁美だ。抜けてるような見た目に反して全く隙は無い。

携帯を忘れた、充電が切れているなんてことは有り得ない。

 

風邪を引いたか、季節を大いに外れたインフルエンザにでもかかったか……。

 

「……」

 

まさか魔女なんてことはあるまい。

 

「あ」

「え?」

 

前の席に座るほむらが、焦りを前面に出した顔で仁美の席を振り向いた。

 

「え!?」

 

なにその反応。

顔がなんか“あ、仁美……!”って言ってそうだったけど、今のは何なのよ、ちょっと。

 

『……しまった』

 

テレパシーで深刻そうな切り出し方をされ、私の身体が硬直する。

 

『え……どうしたの?』

『仁美がどうかしたの!?』

『いえ……志筑さんは大丈夫だと思うけど……なんでもないわ、気にしないで』

『ちょッ……いや無理でしょ今のその反応は! さすがに! 仁美に何か心当たりでもあるの!?』

 

とテレパシーでまくし立てたところで、ガラス戸が開き先生がやってきた。

 

「えー、志筑さんは体調不良により、午前中はお休みだそうです」

「ふはぁ、なんだー、良かった……」

 

先生から告げられたなんとも無いような報告を受けて、思わずため息が漏れる。

 

「はぁ……」

「良かった……」

 

それはほむらやまどかも同じようだった。

 

『……ちょっとほむら! 何なのさ! さっきの思わせぶりなリアクションは!』

『……杞憂だったからいいじゃない』

『わ、私も……昨日よりドキドキしたかも……』

『もー……』

 

でもまぁ、仁美が無事で何よりだ。

杏子のこともまだ気を許さないってのに、仁美が大変なことになっただなんて話が飛び込んできたらもう、その瞬間に胃に穴が開いちゃうよ。

 

 

 

お昼には四人でお弁当を食べた。

偏り気味なほむらの弁当の中にアスパラガスやブロッコリーを突っ込んでやったり。

マミさんの卵焼きを分けてもらったり。

ちょっと前のピリピリしすぎた空気が嘘のようだ。

 

「それでその時、ユウカちゃんたら“返してよー”って」

「あらあら、ふふ」

「仁美なんて“パース”ってノリノリだったんですよぉー」

「……ふふ」

 

魔法少女三人とその候補が一人。

けど女子中学生が集まって、普通の話をしないなんて、そんなことは有り得ない。

むしろ魔法少女関連の話が一切出てこないくらい、このお昼は和やかなものだった。

 

「きゅぷ……」

「お父さんの手料理をこんな奴になんて……そんな必要はないわ」

「ひ、一口だけだから分けてあげようよ……」

 

まぁ、極々一部では、軋轢もあるようだけど。

 

 

 

ささいな事など気にせず、のほほんと気持ちを落ち着けてから、放課後を迎えたわけです。

 

今まで遅刻欠席なんて一度もしなかった仁美が、私たちに連絡もなしに休んだ。

先生はなんでもないような風に言ってはいたけど、何かあるに違いない。何かあるなら、見舞いにいかねば。

そして恭介だ。病院での恭介は、もう信じられないくらいに落ち込んでいた。

私が行ってどうにかなるものではないだろうけど、まぁ……友達として、慰めてやりたい。

この私が顔を出せば、生きる希望が溢れるように沸いてくるに違いない。そう信じよう。

 

さあ、いざ二人のもとへ。

 

「美樹さん」

「お?」

「清掃係でしょ! 今日のゴミ捨て忘れないでね!」

「おおおッ」

 

そうだった、すっかり忘れていた、今日はゴミ出しの日だ。

うっかりすっぽかして帰るところだったぜ。

 

「あと保健係の人は話があるからって、保健室に集まるようにって、さっき言ってたよ」

「なんだって! うわー、忙しいなぁ」

「ふふ、帰ろうと思ってたのに、キツいよねー」

「……ま! 好きでやってるから全然いいんだけどねー!」

 

予定がごちゃごちゃ。こんな日もある。

 

 

 

 

 

 

「……上条 恭介か」

 

お菓子の魔女が出現した病院の中。

暁美ほむらは再び、ここへと足を運んでいた。

 

「魔女との戦い以降、ここに寄るなんてね」

 

清潔な広い廊下を歩く。

見慣れない制服姿にも、この階によく訪れる女子中学生の姿を思い出してか、看護師は何も聞かずに挨拶した。

毅然とした会釈で返し、目的の病室の前で立ち止まる。

 

「上条……」

 

それは“ここでは”まだ一度も顔を合わせていないクラスメイト。

そして、もはや奇跡も魔法も望めないであろう、悲劇のままの若き天才バイオリニスト。

 

さやかは何故、彼の腕を治さなかったのか?

彼女の願いが、治療から強さに変わった理由とは?

 

上条恭介。彼の存在に、さやかの希望と絶望が垣間見えるかもしれない。

ほむらは扉を軽くノックした。

 

「どうぞ」

 

開いて踏み入ると、やってきた人物が意外だったせいか、ベッドの上の上条恭介は閉口した。

ほむらは静かに戸を閉めると、ベッドから一つ分離れた椅子に腰を落として足を組んだ。

 

「君は、えっと」

「はじめまして、上条君」

「ああ、やっぱり会ったことはないよね。でも同じ学年かな」

「ええ、つい先週に転校してきた……」

「暁美ほむらさん?」

「え、ええ」

 

言い当てられたことには、僅かに動揺した。

 

「やっぱりそうか。さやかから話には聞いていたんだ、はじめまして」

「そう、やっぱり聞いてたのね」

「もちろん。美人で、煤子さんに似た人が転校してきたって……あ、ごめんね、煤子さんっていうのは忘れて」

「!」

 

図らずも早速聞き出せた重要な情報、食いつかないわけにはいかない。

が、今はまだきたばかりだ。タイミングが悪いだろうと踏んで、じっと堪える。

 

「具合は、」

 

月並みな言葉を弾みで出してから後悔した。

具合など解りきっているというのに。

 

「……」

「ごめんなさい、辛いはずなのに」

「ううん、良いんだ。入院生活ももう、慣れたからね」

 

わかりきった嘘だった。

ほむらは知っているのだ。彼がどれほど、自分の動かない左腕を呪ってきたのか。

 

そして入院中の寂しさもよくわかる。

魔法少女と出会う前の入院中のあの日々は、遥か昔のような記憶となって埋もれてしまっているが、孤独は辛い。

 

「さやかから、場所を聞いたのかい?」

「ええ……勝手に来てしまったのだけど」

「気にしてないよ、いつも暇だからね……来てくれてうれしいよ、ありがとう」

 

微笑む彼の顔を見て、少し胸が高鳴った気がした。

美男子。さやかも仁美も惚れるのは、なんとなくわかる。とはいえ、恋愛に横道逸れる予定は彼女にはない。自分から最低最悪の泥沼を作るのは勘弁だ。

後ろ髪を一本も引かれず、ついに切り出すことにした。

 

「……ところでさっき、“煤子さん”と言ってたけど……」

「ああ、煤子さんね。それは僕もよくわからないんだ」

「どういうこと?」

「僕は会ったことがないからね。さやかが昔出会ったっていう、先生のような上級生の話なんだけど……」

 

それから彼の口から出る言葉は、昨日さやかが話した事とほぼ同じだった。

 

 

 

「……なるほど。今のさやかは、煤子さんの影響があってのものなのね」

 

それは、今までの煤子と出会っていないさやかを見てきた彼女だからこそわかる真実。

 

「さやかは変わったよ……良い意味でね。まぁ、小学生のあの時期だし、変わるものだろうけどさ」

「……さやかは、昔はどんな子だったの?」

「うん、昔か……やんちゃだったなぁ、すごく」

 

と右頬を掻きながら思い出す素振りを見せていたが、その動きは止まった。

 

「はは、ごめん、今もやんちゃだね」

「ふふ」

「……昔は男子にも負けないガキ大将って感じだったけど、煤子さんと出会ってからはガラリと変わったっていうか」

「……」

「そうだね……賢い、っていうか」

「ふふ、賢い、ね」

「うん、さやかは賢いよ」

 

普通に返された言葉にほむらは相槌を打つ。が、心の中では驚いていた。

そう、この世界でのさやかは、賢いのだ。抜けていて、ちょっとバカな美樹さやかではない。

賢く、どこか抜け目無い美樹さやか。それが当たり前なのだと。

 

「僕は煤子さんという人に会ったことはない……何度か“会ってみたいな”と言ったんだけどね」

「そうなの?」

「うん。何せ、夏休みが終わってそれ以降、さやかから学ぶことが多くなったからね……興味も沸くじゃない」

 

彼は左腕の憂鬱など忘れたかのように語り始める。

 

「けれどさやかはもう会えない、と拒むばかりでね。本当らしいから仕方ないんだけどさ……ちょっと残念だった」

「……何故煤子さんとは、もう会えなくなったのかしら」

 

ほむらも、さやか自身の口から煤子の話は聞いていたが、別れの話についてはかなりぼかされていた。

ただ「居なくなった」としか聞いていなかったのだ。

 

「さあ……“居なくなった”、それしか聞いていないよ」

「……居なくなった」

「高学年になって、中学生になって……どんどん聞き難くなるよ。彼女、その話をすると暗い顔をするからね」

「……」

 

消えた煤子。さやかは、どうして居なくなったのかを知っている?

その別れとは、普通の別れではなかったのだろうか。

 

ほむらはその後、不自然さを繕うように上条恭介と何気ない会話などしながら、彼の気を損ねないように退室した。

彼は腕について落ち込んではいたものの、さやかの話には気を良くして応えてくれた。

ほむらはそこが不思議でならなかったが、特に気にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「幻覚……」

「ええ、気がついたら知らない所で倒れていて……」

 

もたついた放課後、すぐに仁美の家に向かった私は大目玉をくらった。

風邪でもインフルでもなく、夢遊病のような幻覚。

 

彼女は気がつけば、知らない路上で倒れていたのだという。

その時に手を軽く捻った以外は怪我もなく、体調も問題はないらしいのだが……。

 

……魔女に操られていたのかな?

 

まず真っ先に魔女の口づけが頭に浮かぶ。

奴らは人を操り、自殺なり結界に引き込むなりさせる。

仁美は昨日倒した魔女に操られていたのかもしれない。

 

「でも、何ともなくて良かったよー」

「御心配を……学校の方にそのまま“幻覚にかかった”なんて伝えてしまうと、ややこしくなりそうだったので」

「あっはっは、確かにねー」

 

今日の授業のノートを仁美に渡して、今日のポイントや明日までの課題を口頭で伝える。

まぁそんなことしなくても仁美は多分大丈夫だろうけど、中にはいじわるな課題を出す先生もいるので、一通りは話した。

 

「ありがとうございます、さやかさん」

「良いって良いって!」

「次のテストも頑張りましょうね」

「うん、……まぁ人と比べるわけじゃないけど、次からはほむら参戦だからね……テスト、どうなることやら……」

「ああ、ほむらさん……もう、クラスのレベルがどんどん高くなってしまいますわ」

「望むところだけどね!」

 

不毛な点取り合戦はさておき。

 

「じゃあとりあえず、そろそろ私は帰るよ」

「ええ、ありがとうございました」

「大丈夫だとは思うけど、まぁ気をつけて。ゆっくり寝てなよー?」

「ふふ、わかりました……また」

「うん、また!」

 

こうして私は仁美の家を出た。

 

「……はぁ」

 

そして恭介の事を考えてしまう。

 

仕方がない。どうしようもない事なんだけど。

 

仁美の影のある表情が辛かった。

 

 

 


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