恭介を励ます言葉は、もうないんだよね。
これは別に、嫌な意味で言ってるわけではない。
単純に、彼に言うべき言葉はもう全て出し尽くしてしまったのだ。
あまり同じ事を言い過ぎるのもくどいし、恭介のプライドを傷つけてしまうかもしれない。
今のあいつは脆い。普段は横暴なほど率直に物を言う私としても、触れ難いタイミングなのだ。
しかし顔を出して安心させるくらいは必要だ。
語りかけることができなくても、そばにいてやるくらいのことはしておきたい。
それが幼馴染として、親友としてのつとめだ。
「よう」
「ゲッ!」
ぼーっと歩いていると、修道服の裾という現実離れした要素が目に入ったので、びっくりして正面を向いたらもっとびっくりした。
「不意打ちはナシとは言ったけど、エンカウントしちまったらレディ・ファイトってやつでしょ?」
進行方向で仁王立ちしていたのは、見たくも会いたくもないバトルシスター、杏子であった。
「ちょ、ちょっとちょっと、出来の悪い格ゲーじゃあないんだからさ、もうちょっと個人の都合も考えて……」
「なんだよ、今じゃあ都合悪いのか?」
あ、都合聞いてくれるんだ。ぬるいな。
私はこれから上条恭介という幼馴染の病院へお見舞いに行く旨を話した。
時に感動的に。時に感傷的に。
シスターの情に訴えかけるように。
「くだらねー都合だ! 断る!」
駄目だ全然温くなかった。普通に断られた。
「そんなにダチの見舞いをしたきゃあ、アタシがその市立病院送りにしてやるよ。案外そっちの方が近道かもしんないよ?」
「ふざけんな!」
今、私は人気のない路地裏にやってきている。
そう、杏子に無理やり連れて来られたのだ。
無理やりといっても、片腕を引っ張ってとかそういう原始的な無理やりではない。
杏子が「ここで決闘だ! いくぜ!」とか白昼堂々と人ごみのなかで変身しようとしたので、私がそれを止めるために仕方なく来る他なかったのだ。
なるほど、不意打ちはなくても準備を整えさせてはくれないということだ。
『おーい、ほむらー……マミさーん……』
二人に助けを請うも、運悪くテレパシーの圏外らしい。
今の私は絶体絶命だった。
「おいおい、何ぼさっとしてるのさ。観念して闘いな!」
「あー……もう……」
既に変身してしまった戦闘狂シスター杏子。そうなっては私も自己防衛のために変身しなくてはならない。
で、魔法少女になってしまえばそれは既に準備完了の合図だ。
嫌だなぁ……。
「で? そのお友達の病状はどんなもんなのよ」
「はぁ? ……片腕と脚が動かなくなるくらいの重症だけど……」
「ひゃはっ! じゃあ同じフロアに搬送されるように、頑張ってみるかぁ!」
「!」
とんでもない不謹慎かつ舐めたセリフを吐きながら、杏子は地面を蹴って襲い掛かってきた。
恭介を軽く見られ、バカにされて。それでもまだ感情が揺らがないほど、私はクールではない。
「ッしぃ!」
「おっ!?」
お手本のような二段突きを放つ。
しかし杏子は身を横に翻して、易々と躱してみせる。
「やっと乗り気になったか!? いいねぇその感じ! もっと本気を出しなよ!」
頭に被った紅のヴェールが髪留めの小さな炎に燃やされ、灰になって消えてゆく。
……なんだ、あの炎は。
私は一歩退き、剣を二刀流に構えた。
二つを重ねるようにして両手で包み込めば、大剣アンデルセンに変化するが……。
ただ、今この状況でそれは躊躇われた。
「お? あのでっかいのは出さないの?」
「これでいいの」
アンデルセンを振り下ろして発動する“フェルマータ”は、いわばマミさんが使う一撃必殺の技、“ティロフィナーレ”と同じような攻撃だ。
一撃は大きいが、発動は重く、機敏とは言いがたい。素早く動き回れるであろう杏子に通用するかといえば疑問だ。
それに、この場所は路地裏。
大して狭いわけではないにせよ、建造物にブチ当たる可能性は高い。
となれば威力も弱まるし、隙も出来るだろう。
二刀流から手数でこちらの勝負に持ち込むことが先決だ。
「ま、そっちがそう来るってんなら構わないけど……ね!」
槍を多節棍に切り替え、切っ先が私へと襲い掛かる。
でも……いける!
二刀流は得意ではない。
剣道をやっていた事とは関係はない。単に私が一刀流に向いていたのだ。
しかし今の状況下──多節棍の節や槍先が周囲から迫る攻撃──においては、圧倒的に二刀流での立ち振る舞いが有利だった。
邪魔な棒を弾く、いなす、槍は二本で受け止め流す、それらの防御の間に足をとめることはないのは心強い。
先日は猛攻とも感じられた杏子の多節槍も、今はかなり楽にさばけている。
「くっ……!?」
「狭い環境で、思いっきり武器を回せないっていうのが響いたかもね!」
左手のサーベルを杏子の腹に突きたてるが、咄嗟に防御として差し出された持ち手の節に防がれてしまった。
とはいえ、収穫はあった。
「……にゃろう」
槍の柄はぱらりと砕けて、そこから連鎖するように槍全体が崩れ消え去った。
どうやら、槍の部位によって強度も違うらしい。
そして、その強度の差を突けば……一撃で槍を破壊することも可能だ。
良いことを知れた。
「へん、どうしたの杏子。昨日みたいな手ごわさを見せてみなよ」
「ぁあ!?」
恭介をバカにされたこともある。
この場で容赦なく襲い掛かり後頭部へ一撃を加えることも可能だったが、あえて私は挑発する。
負けられない。けどそれ以上に、あっさりとは勝ってやれない。
嫉妬から私の道着を埃まみれにした剣道部の先輩たちのように、私がじっくり稽古をつけてやらなくてはなるまい。
私が剣道部を退部せざるを得なくなった理由、サディスティックさやかちゃん稽古のハードさを思い知らせてやる!
「……ウゼェ」
杏子の怒りに呼応するように、髪留めの火力が一段と強くなった。
「超……ウゼェ!」
新たな槍を出現させた杏子が突進してくる。
その素早さは、先ほどまでのものとは一味も二味も違うように感じた。
気迫は凄まじいが、私は慌てずに二本のサーベルを構える。
……なんとなくだけど、わかったぞ。
杏子の髪留めの炎、あれは無意味な飾りじゃない。
彼女は今やシスターのヴェールを全て燃やし尽くしてしまい、ただの魔法少女の姿となっている。
ヴェールは普通の物質で、だからこそ髪留めの炎で容易く燃えた。あれには宗教的な意味しかないのだろう。それはこだわりか、理由があるのかは知らないが。
では髪留めが発する炎は? あれも飾りか? といえば違う。
あの炎はコスチュームの一部とするには浮いているし、一定の大きさで燃えているわけでもない。
そしてあの炎が燃え盛るとき、それはおそらく……。
「はぁッ!」
「おっと!?」
私の二刀流のリーチに踏み込む直前に横へ飛び、壁を蹴って上から襲い掛かってきた。
とはいえ私の剣は二本。サイドから垂らされる槍の一撃でも、容易く受け止めることはできる。
反応もできるし受けも取れるのだが……。
「ぐっ!?」
「ハハン! 片手で相手とは良い度胸じゃんか、オイ!」
空中からの槍の奇襲攻撃。
相手の体勢も無茶で、接地してる私ならば受けきれるはずなのに、一撃が重い。体が大きくよろめく。
「昨日の勢いだぁ!? おう、見せてやるとも! ただし、昨日のアタシよりも遥かに強くなってやるけどな!」
空中の槍、片手の防御。
私の体は、浮いた。
「嘘ぉん……!?」
相手が怒りに身を任せて放った一撃。
火事場のなんたらでは説明できない法外な威力に、私の体は向かい側の壁に勢い良く叩きつけられた。
「……ったたた……」
「休ませも小細工もさせないよ!」
「ちっ!」
ダウンした私が起き上がるのを待たずに、杏子の槍は追撃をしかけてくる。
半分砕けた壁に背を預けていた私は咄嗟に地を蹴り、人生で一度もやったことのない壁バックステップで回避する。
杏子の槍はそのまま壁をぶち壊し、刃全てをその中に埋め込んだ。
槍が動かない今こそ、私は空中ではあるが、チャンスだ。
「隙有り!」
「ねーよ! そんなもん!」
杏子の真上から二刀流で襲い掛かる。
だが杏子は、壁に埋まった槍をあっけなく引き抜き、そのまま防御へと転じた。
「くっ……なんだその対応力……!」
奇襲のつもりが、まんまと不利な体勢での戦いにもつれこんでしまったのだ。
「ハハハ! 串刺しになるまで浮かせてやるよ!」
「うわっ……こ、のぉっ!」
私は上から、杏子は下から突きや斬りを繰り出す。
地面に降りて懐に潜りたいところだが、杏子の素早い槍はそれを許さない。
長いリーチの的確な攻撃から身を守るために、空中で動けない私は“槍を支えに”戦っているようなものだった。
できれば地面から攻撃したい。
けれどその前に、杏子の攻撃は防がなければならない。防ぐためにはそれなりの防御を取らなくてはならない……。
人間として生きていれば普通は有り得ない現象だが、今の私は剣と槍のぶつかり合いだけで空中に留まっていた。