全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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あなたはそんなものに屈するべきではない

 

 † 8月14日

 

 

「やーいオカルトー!」

 

 そこは公園だった。

 夏休みともなれば、毎日必ず誰かしらが遊んでいる、どこにでもある普通の公園。

 

 小学生であれば誰でもそこへ足を運んでも不思議ではないし、それは珍しいことではない。

 

「神様なんていねーよ! バカじゃねーの!」

「サギだ! サギ!」

 

 だが歳相応の遊びを求めた彼女が訪れると、彼女を見知った同学年の男子数人は、彼女を排斥するよう囃し立てた。

 それは子供の頭が生み出す、ありきたりな文句。

 彼女が敬虔な信者でなければ、互いに思い出にも残らないような口喧嘩で終わるはずだった。

 

「……詐欺なんかじゃないもん」

 

 彼女は涙を二つ、三つと落とす。

 “神なんていない”。そんな言葉はありきたりで、月並みなクレームだ。

 しかし杏子は、それに対する上手い返し方を、まだ知らなかった。

 

 だから自分の信仰を否定し続ける彼らに対して何も言えず、ただ縮こまるばかりだった。

 

 彼女は今日、ただ一人でブランコを漕ぎに来ただけである。

 

「こんなのっ!」

「あっ」

 

 縋るように両手で握り続けていたアンクを、体格の良い男子小学生が乱暴に奪い取った。

 男子生徒はにやにやと笑いながら、手元の拙い造りのアンクを眺めている。

 

 男子生徒はひとしきりそれを眺めた後、といっても、それがハンドメイドの手作りであることも気付かぬうちに、両手で強く握り締めた。

 

「こんなもんっ!」

「あっ!? やめて! 返してよ!」

 

 力を込めた体勢に顔を青くするも、取り巻きの二人の男子小学生が行く手を阻む。

 

「へへ」

「無理ー、進入禁止ー」

「やめて……!」

「いぇへへ、バチなんて怖くねーぞ!」

 

 手にほんのちょっとだけ力を込めただけで、アンクは真っ二つにへし折れた。

 

「ああっ……」

「あれ? なんだこれ」

「中身、ただの木じゃん」

「木だ! 安物だ! 色塗ってあるだけじゃん!」

「サギだサギだー!」

「……う、うう……」

 

 けたけたと笑うクラスメイトの男子。

 見せびらかすように目の前に突きつけられる、二つに折れたアンク。

 杏子は成す術もなく、ただ顔を赤く染めて、涙を砂の上に落とすばかりだった。

 

 

 

「……」

 

 そこへ、夕陽の陰りに表情を潜めた一人の少女が歩み寄った。

 

「あ……」

 

 杏子の背後から、背の低い女子中学生が姿を現す。

 黒く長い髪を後ろで結った、大人びた風格の女子だった。

 

 杏子は彼女を知っていた。

 彼女は夕時になると教会を訪れ、何かを打ち明けるわけでもなく、ただ祈り続けている。

 

 彼女の名前を聞いたことがある。

 名前だけは教えてくれたのだ。

 “煤子”と。

 

「……寄越しなさい」

「あ、なにすん……」

 

 同じ背ほどもある男子小学生から、煤子は二つに折れたアンクを強引に奪い取った。

 それを手の中に握り締めて、目を逸らさずに言う。

 

「あなた達に、他人の祈りを踏みにじる権利があるとでも?」

「……!」

「そう思っているのだとしたら、随分と傲慢なことね」

 

 男子小学生にとって、中学生は雲の上の存在だ。

 けれど彼らは感じた。目の前にいる彼女は、ただの中学生ではない。

 自分の父親や祖父が本気で自分を叱る時のような、反発も反抗もできない凄みを湛えていたのだ。

 

「……! いこうぜ!」

「あ、ああ」

 

 男子たちは煤子に気圧されて、足早に公園を去っていった。

 煤子は走り去る彼らの背をじっと見つめている。

 

「あ……あの……ごめんなさい……」

 

 男子達が去っていっても、杏子は顔を上げようとしなかった。

 泣き通した顔を見られたくなかったというのもあるし、自分の信仰を守ることができなかったという負い目もあったために。

 

「……謝ることなんて、何もないわ。あなたは自分で正しいと思ったことを貫いているのでしょう」

「でも、私……何もできなくて……」

「それを自ら折る必要なんて、ないわ」

「……でも、私、弱いし……」

「いいえ、あなたは強いわ」

 

 白いハンカチを取り出し、杏子の頬を拭う。

 上質な綿の優しい肌触りが心地よかった。

 

「……あなたは強く、なれるわ。杏子」

「なれないよ……」

 

 それでも目は伏せたまま、眩しい煤子の顔を見上げることができない。

 

「強くなりたいのでしょう?」

「強く……なりたいよ……」

「……信じれば、必ず叶うわ」

 

 顔を伏せた杏子の目の前に左手をもっていく。

 掌を開くと、そこには先ほど折られたアンクがあった。

 

「……え?」

 

 アンクは形を取り戻していた。

 

 そればかりか、材質もまるで別の、赤い金属のような光沢を放つ、どこか高級感ある物へと変質していた。

 

「自分の意志を貫くためには、とにかく、強くなくてはならないわ」

「……」

 

 もう目が離せない。

 アンクから、煤子の瞳から逃げられなかった。

 

「どうか忘れないで。諦めないで。何が起こっても、何が否定しても……たった一人、最後の一人が自分だけになっても。信じていれば……願いはきっと、叶うのよ」

 

 

 

 † それは8月14日の出来事だった

 

 

 

 

 

「……」

 

 朝起きて、枕の横に置いたはずの携帯を枕の下から発見すると、メールが二通届いていた。

 

 

 一通目、マミさんから。受信は昨日の夜中。

 

 :明日は夕方から魔女退治に出かけようと思うんだけど、どうかな? よければお返事ください。

 

 

 二通目、ほむらから。受信はついさっきの十分前。

 

 :今日の夕方  巴マミと一緒に魔女退治  必ず来て 

 

 

「……」

 

 私はほむらから受信したメール画面を見ながら洗面台へ向かった。

 顔を洗った後もメール画面の絵文字を見つめ続け、朝食の席でお母さんに叱られるまで、ずっとそれだけを眺めていた。

 

 ……まあ、うん。二人が言ってるし、魔女退治、行くっきゃないよね。

 恭介への見舞いは夜にしようかなとも思っていたけど、そういう事情なら仕方ない。

 予定を変更して、昼間に病院へ行こう。

 

 もちろん魔女退治が嫌なわけがない。私の本望だ。

 もっと沢山、魔女との闘いを経験したいと思っている。

 

 昨日の杏子との闘いは、個人として言いたい文句や不満も色々あるけれど、それ以上に沢山の収穫があったことが悔しくてならない。

 収穫ってのは何かって、そりゃあもちろん、戦闘経験です。

 

 お菓子だらけの結界の中に迷い込んだときに戦った魔女も、モニターみたいな変な魔女も、それぞれ一般常識の通用しない空間での戦いだったので、そういう場面に慣れる意味では大切な闘いではあったけど。

 実際に面と向いて戦う場面になった場合、異世界だろうが実世界だろうが、基本となる肉体の動きが重要だ。

 魔法少女という力の上乗せがあってもそれは変わらない。

 杏子との戦いではそれを思い知った。

 

 キュゥべえが以前に言っていた、私の素質がマミさんの三分の一という話は本当なのだろうけど、それでも勝負の命運を分けるのは、別のものなんじゃないかなって思う。

 剣道だって、背の高い低い、筋肉量の多い少ないは、あまり関係ないのだし。

 

 ……いけない、なんでまた杏子と戦いたいとか考えちゃってるんだ、私。

 

 さっさと恭介の病院に向かおう。

 今度は同じ道を通らないように、遠回りをして。

 

 

 

「やあ、さやか」

「おいすー」

 

 だだっ広い病室には、いつも通り恭介がいた。

 表情に憂鬱さは消えていないが、多少は和らいだか、気が紛れたか。

 机の上の検診表と端が重なるようにして置かれている本がそうさせたのかもしれない。

 

「どした恭介ー、最近さやかちゃん分が足りなくて参ってるのかー」

「さやか分は昔に摂り過ぎてるからいらないよ」

「なにぃ? 毎日基準値まで摂りなさいよ」

「はは、昨日は暁美さん分を補給したから、いらないよ」

「え?」

 

 あけみさん、と言ったか。今。

 

「ほむらが来たの?」

「うん、一人でね。さやかなら別に不思議なことでもないんだけど、転校して間もないのに、随分と早く仲良くなれたね」

「ははは、ま、彼女もまたさやかちゃんの友達思いな所に惹かれたのでしょう」

 

 ほむらに恭介の話はしていない。

 入院している私の友達がいるとも話していない。

 ほむらが自発的に、クラスメイトの欠員の見舞いに行ったとは考え難い。 どういうことだ? 

 

「で、本当に美人だったでしょ」

「ああ、美人だね、歳相応ではないというか……あ、恥ずかしいから本人には言わないでくれよ?」

「むふふー」

「おい、そういうの友達なくすぞ」

「どうしよっかなー」

 

 冗談めかしつつ話す中で、恭介とほむらが何を話していたのかも、自然と浮き上がってきた。

 

「ごめんね。当人がいないところで、あんまり込み入ったことを話すものじゃなかったよ」

「ううん、やましいことないし、全然へーきよ」

 

 煤子さんについての話が上がるのも当然の事だろう。

 他ならぬ私が、恭介に「ほむらは煤子さんに似てる! めっちゃ似てる!」って言ったわけだし。

 

「あ、恭介にこれをプレゼント」

「え? ……おー、新しいCD?」

「管楽器中心のね。ノリノリなやつ! 恭介にもそこまで馴染みあるってジャンルではないと思うよ」

「……うん、そうだね、これはあまり。未開拓ってやつかな」

「定番っぽいやつを買ってきたから、それでしっかり耳を鍛えるがいい」

「ふふ、ありがとう」

「良いって良いって」

 

 そんなこんな、恭介と駄弁ったのであった。

 

 

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