待たせちゃってごめんなさい、早速行きましょう。という事で、私達の足はようやく魔女の結界を目指す運びとなった。
先頭をマミさんとほむら、後ろには私とまどかがついている。
ほむらがソウルジェムの光を見ながら先導し、他が追従する形だ。
マミさん以上に魔女の捜索が得意なのだからこれは当然の配置なんだけど、マミさんは前を歩いている割に手持ち無沙汰なほむらが危なっかしいのか、少し落ち着きがない様子である。
それでも魔女の気配に集中して歩くほむらに何度も話しかけるわけにもいかなくなったか、マミさんは私達に話を振るようになった。
「魔女の手下が使い魔なんだけど、使い魔は必ずしも完全に魔女の支配下にあるわけではないのよ」
「へえ、そうなんですか!」
「今まで見てきたのはみんな、かなり、えっと……その……チームワークが良かったように、見えたんですけど」
しかしその話が結構役に立ちそうだ。
「そう、チームワークは抜群にいいの……けど、それぞれがオートマチックに動く人形かといえば、そういうわけじゃないの」
「使い魔もそれぞれ、意思を持っているわ」
前を向いたままのほむらが引き継いだ。
「状況に応じて攻撃したり、防御したりもするから……完全に魔女の手足の一部、とは思わないほうが良い」
「ええ。逆にそれを利用して、使い魔と魔女で同士討ちなんてこともできるわよ」
「マジっすか」
やっぱり魔法少女の先輩達は良く知っている。
連携も完璧ではない、と。ふむふむ
「そうだね。だからこそ使い魔は、大元の魔女無しにでも行動するし、人を襲うんだ」
「えっと……使い魔も、魔女になるんだっけ。キュゥべえ」
「うん、なるよ。元と同じ魔女か、別のものになる場合もあるけどね」
「……」
まるで食物連鎖だ。
人を食って、使い魔は魔女になる。魔女が落とすグリーフシードを魔法少女が食う。
じゃあ魔法少女は何者が食うのだろうか?
まさか一巡してバクテリアじゃあるまい。
いやぁ、しかし。……考えるのはよそう。やめやめ。
「ここね」
魔法少女が平均してどのくらいの時間をかけて魔女を探すのかは知らないけど、それでも早く見つかった方だと思う。
ほむらはほんのちょっとだけ遠回りはしたけれど、かなりスムーズに目的地にたどり着いた。
寂れて半分以上のシャッターが下りた商店街の路地裏、その最奥部のゴミ溜め。
結界はそこに紛れるように埋もれていた。
「こんなところにもあるんだ……」
不法投棄された旧式の冷蔵庫のうちの一つに浮かんだ結界の文様から、まどかは一歩引いた。
「暁美さん、魔女を見つけるのが上手いわね」
「慣れてるから」
「どのくらい魔法少女として活動しているんだい?」
「早く行きましょう。周囲の人々を巻き込まないうちに」
キュゥべえの言葉を遮るようにして、ほむらは先に結界へと飛び込んでいった。
相変わらずの距離感。
「それもそうね。さ、早く片付けてしまいましょうか?」
「はい。……まどか、入るよ?」
「うん」
「ちゃんと掴まってないと落ちちゃうぞー」
「ほ、本当に怖いんだよ? さやかちゃん」
「へへ、ごめんごめん。ま、落ち着いて」
私は彼女の柔らかな手を握って、一緒に結界へと飛び込んでいった。
家電売り場のように煌々と明るい場所へ出た。
「念のため、下がってて」
「う、うん」
まどかを私のマントよりも後ろへ隠し、サーベルを握って周囲を見る。
あるもの。冷蔵庫、テレビ、扇風機、エアコン、プリンター、照明器具。
……魔女や使い魔らしき姿は見えない。
目の前にほむらがいるだけ。
「警戒しなくても、近くにはいないわ」
「自分で確認したかったからさ」
まどかにオーケーサインを出すと、彼女は可愛らしく胸を撫で下ろした。
「待たせてごめんなさい。行きましょ」
「ええ。私が先を歩くから、ついてきて」
「あら、私も一緒に並んでも良いかしら?」
「……良いけど、前衛は危険じゃないかしら」
「そうですよー、私が前出ますよ?」
「んー。いつもより奥まった戦い方になるけど……確かにそうね、今回は後ろにいるわ」
なんてことを話している間に。
『――ぶぅううぅううん』
「!」
どこかコミカルな、オモチャのような羽音が進行方向から聞こえてきた。
直後に姿も顕となり、私達の間に緊張が走る。
「あれは……使い魔だね」
羽根はトンボ、本体はやけにモッサモサした蛾のような異形の生物。
総評、気持ち悪い。
「気をつけて、後ろからも沢山来るわよ。私が処理するけど、みんな撃ち漏らしには備えて」
「了解です」
カトンボならぬガトンボは群れで登場し、狭い通路いっぱいに広がって突撃してくる。
このままではあと数秒のうちに私達に衝突して、鱗粉まみれにされてしまうだろう。それだけは避けなくてはならない。
片手に持ったサーベルと、更にもう一本を生み出して、二本を両手の中でまとめ上げる。
少々重いけど威力は抜群、大剣アンデルセンの完成だ。
「じゃあまずは結構控えめの……“フェルマータ”!」
通路に溢れる青い流れが、使い魔を洗いざらい葬っていく。
それを見て思う。
……やっぱり昨日の杏子との戦い、そのまま続けていれば私が勝ってたんじゃない!?
マミさんが来てくれたから、ちょっと向こう寄りな判定のドローな感じになってたけど……狭い通路を満たして流れるフェルマータを、避けられるはずがないのだ。
向こうもそれには気付いていたはずだ。
いや、でも、私が最後にフェルマータを撃とうとしたあの時……杏子も、何か……?
「美樹さん? 行くわよ?」
「さやかちゃん?」
「んあ?」
いつの間にか、剣を振り下ろした私の前を三人が歩いていた。
ほむらは残念なものを見るような眼で私を流し目で見て、さっさと先を歩いてしまう。
ちょっと考え事をしている間に、通路の使い魔の掃除が終わっていたようだ。
「ちょ、ちょっと待ってよー」
……また杏子との戦いを考えてしまった。
別の事を考えよう、別の事を。
私はこれから、見滝原を……時にはもうちょっと広い範囲を守っていかなきゃいけないんだから。
結界を進んでいくにつれ、広間が目立つようになってきた。
使い魔たちの動きも三次元的になり、対処が難しくなってくる。
ここまで空間いっぱいに使われると、相性が悪い。
フェルマータや適当な射撃では対処できない……かと思いきや、マミさんとほむらの二人は当然のように使い魔達を打ち落としてゆく。
私はといえば、素早く接近して斬るのみ。力を入れてやってるつもりだけど、さすがに飛び道具には敵わない。私が三匹倒す間に、二人は五匹を退治してしまう。
射線をうろちょろするのは迷惑がかかりそうなので激しくは動けないし、前衛ってのは想像以上に、なかなか怖い役柄だ。
「……それにしても凄いなぁ」
自分の周りに使い魔がいなくなったのを見計らって、ちらりとマミさんの戦況を伺う。
「レガーレッ!」
『ぶぅううん!?』
『ブゥウン! ぶぅぅうぅうん!』
黄色いリボンが使い魔の死角から伸び、一気に四匹のガトンボを拘束してしまった。
良心の呵責さえなければ、動けない的ほど当てやすいものもないだろう。
「“……”……えい!」
マスケットが光弾を撃ち放つ。
一発だけでも威力は高いので、使い魔くらいなら容易くまとめて始末するだろう。
……ん?
けれど、そこから先に起こった現象は、マミさんの戦い方を何度か見ている私には目新しいものだった。
弾を撃ったマスケット銃が、突如にリボンの姿へと戻り、するりとマミさんの手の中から抜け出たのである。
何でだろう、いつもは撃ったら撃ちっぱなしだったのに。
「ふう……さ、次に行きましょう?」
そうこうしている間に、この広間も制圧完了。
過保護にまどかの周りをガードするほむらが最後に周囲を確認し、私達は再び歩を進めた。
使い魔との戦いにも一区切りがついたところで、まどかはおずおずと話しかけた。
「ほむらちゃんって、鉄砲を使ってるけど……それって魔法で作ったものじゃないんでしょ?」
「そうよ」
「じゃあ、えっと……ほむらちゃんの魔法って、何なのかなって……あ、ごめんね、変な事聞いちゃったかな」
気になる気持ちはよくわかる。私だって気になるもの。
ただ、まだ誰にも……私にもマミさんにも教えていない辺り、とても重要な事に違いない。
私への隠し事の本質というべきか……。
使えるようになる魔法は自分の願い事に関係するものだから……。
ほむらがうやむやにして隠す自身の魔法も当然、願い事に関わっている。
「この先から魔女の反応があるわ、気をつけて」
キュゥべえはほむらを知らない。
私もほむらを知らない。
まどかもほむらを知らない。
恭介もほむらを知らない。
杏子もほむらを知らない。
マミさんもほむらを知らない。
誰もほむらのことを知らなかった。
けど、ほむらは私を知っていた。
恭介を知っていた。
まどかを知っていた。
キュゥべえを知っていた。
杏子を知っている風だった。
ほむらは……知っている。
けれど。ほむらは。
煤子さんだけは、知らなかった。
「美樹さん、大丈夫?」
「え? あ、はい」
魔女が近いらしい。……気を引き締めていかないと。