「……私は、近寄ってきた使い魔を斬る!」
できることを宣言し、私はその言葉通りに心を切り替えた。
今は自分にできることをやろう。
ほむらの言う通り、この魔女と私との相性が悪いのは間違いない。
魔女が生み出す無数のガトンボを相手にするのは、サーベルでは無理だ。かといってそれをくぐり抜けて堅牢な魔女にダメージを通すのもかなりしんどい。
「私が……」
「私が魔女の相手をするわ」
代わりを務めるのはマミさん。だ、そうだがほむらの顔は難色を示している。
「……あなたの技では準備時間が長すぎる、私ならすぐに使い魔ごと魔女を倒せるわ」
なんですと。
「ええ、あなたの魔法は底知れないものを感じる……使い魔ごと、すぐに魔女を倒せるかもね」
「なら」
「けど、ここは私に任せて」
休みなくマスケットを打ち続けるマミさんが微笑んでみせた。
「試してみたい技があるの。成功するかわからないから、今まで使わなかったけど……お願い」
新しい技の試運転。ほむらは少し悩んでいるようだったが。
「わかったわ」
「ありがとう」
快諾した。
うん、色々試すのは良いことだと思う。
……その間、私はサポートに徹しなきゃね。
戦闘中、マミさんが手を休めた。
大砲でもなんでもない、普通のマスケット銃を一挺だけ魔女に構えている。
彼女の手が休まったことで何が起こるのかといえば、使い魔の撃ち漏らしだ。
無尽蔵に襲い掛かる使い魔は、ほむら一人だけでなんとかなるものではない。
「さやか! 時間稼ぎを!」
「おっけー! 任せて!」
一本のサーベルを両手で握り、間合いに入った使い魔を斬ってゆく。
幸いにして脚はよく動く。腕は疲弊しているが、これなら広い範囲にも隙なく対応できる。
「時間はかけさせないわ……少し集中するだけ」
「はい!」
マスケット銃で何をするのか、それは私にも興味がある。
そのために、私はマミさんを守らなくては。
――……私の魔法には力が備わっている、必要なのはそれに技術を乗せること
――私にはちゃんと力がある、技術もある……佐倉さんだけじゃない、美樹さんだけじゃない
――力を込めて撃つだけが、私の魔法の終着点ではないはず
――……私と佐倉さんの今の距離感が、私の限界ではないわ
私は激しく立ち回る最中、マミさんの眼が鋭くなったのを見た。
そこにいつもの柔らかな余裕はない。
凶暴な獣に照準を合わせる狩人のような、一発に集中する眼だった。
――……自分が放つ弾をイメージする
――私の生み出す魔力の、最も乱暴な形……弾けて回るエネルギーの魔力
――私の銃をイメージする
――弾を包んで押さえ込み、フリントの衝突で開放する、システムの具現
――けど忘れてはいけない。私が生み出す銃も弾も全てが私の魔法
――……暁美さんの使うような実物ではない
――これはただのマスケット銃ではないし、鉛の弾丸でもない
――私の魔力から生まれた同じもの……それなら!
――撃った後に役目をなくす銃自体を、魔力の弾の回転に乗せる事も――可能!
「“ティロ・スピラーレ”!」
「――」
間合いに入った使い魔をひとまずは片付けた時、丁度マミさんが発砲する瞬間を見ることができた。
光る銃口、あふれ出す光弾。
「解けて!」
「!」
光の弾が放たれると共に、それを包んでいたマスケット銃自体が元のリボンに還元される。
いや、それだけじゃない。リボンに還元されたマスケット銃は、その端を光の弾丸に繋げており、弾の射出と同時にくるくると螺旋状にほどけていく。
弾に引っ張られるリボンの銃はまるで、解けてゆく毛糸のようだ。
銃をリボンに解ききった弾丸は、真っ直ぐ魔女へと飛び込んでゆき――
「――広がれ!」
『!?』
魔女に当たる直前で、周囲に無数のリボンを放射した。
使い魔を貫きながら、奴らの動きを止めながら伸びるリボン。
それはまるで、蛾を捕らえる蜘蛛の巣のようだった。
『ビィッ……!』
「あら、ちょっと痛かったかしら?」
リボンの炸裂弾。咄嗟に浮かんだ言葉はそれだった。
モニターの魔女の結界で見た、“リボンの花火”とは違う。
光の弾から展開された無数のリボンは、弾に収束した魔力と回転力を開放し、銃を構成していたリボンを分割して撃ち出したものだ。
「うん。やっぱり、普通に操るリボンよりも威力が段違いね……!」
放射状に伸びるリボンに貫かれた使い魔は消滅し、魔女の堅い外殻にさえヒビを入れていた。
そして魔女に触れるリボンは巻きつき、そのまま巨体を拘束する枷となっている。
「なにこれ……!」
「なんてことだ……すごいよマミ! まだまだ強くなれるなんて!」
「ふふ、上手くいったわ」
その新技は大味な大砲で魔女を消し去るわけでもなく、一発で魔女の弱点をスナイプするものでもなかったが、目に見えてボリュームを失った群れる使い魔の塊に、紛れもない“必殺技”であるのは間違いない。
なんていうか……使い勝手の良さが凄いのだ。
「でもまだよ。この技のいいところは、コツさえ掴めば何発でも撃てるってことなんだから」
スカートを広げ、中からマスケット銃が四挺落ちた。
「……まさか」
「ふふ、まさかよ」
銃口は無慈悲にも、拘束され動けない魔女に向けられる。
……南無。
「まだ慣れていないけど……こうして一発一発に、ただ集中さえすれば、」
マスケット銃の弾丸が新たに撃ち出され、動きの鈍った魔女へと突き進む。
が、翅の裏側から生み出された使い魔は弾丸を防ぐためにその身を投げ出した。
「発動を失敗することもなさそうね」
使い魔の壁に命中する寸前で、弾丸は再び炸裂する。
弾から伸びる無数のリボンが魔女へ放射され、帯は使い魔を貫き、引き裂いてゆく。
使い魔の献身的な防御をもってしても防ぎきれなかったリボンは魔女の外殻に突き刺さり、更なるダメージを与えた。
と、そこまで私が観察していると、目を休める暇もなく、三発目の弾が魔女へ向かっている。
バン、と輝き弾け、幾条もの帯を突き出す弾丸。
放射状に展開したリボンは結界の壁や床に突き刺さり、ひとつの堅い檻としても機能していた。
それが一発一発と打ち込まれるごとに、相手にとっての窮屈さを増してゆく。
「ちょっと慣れてきたかも」
四発目のティロ・スピラーレが炸裂する頃には、使い魔が盾を買って出る飛行スペースはなく、リボンの放射線は全て魔女に突き刺さった。
「まさか……あなたがこんな技を使えるなんて……」
「ふふっ。最近は美樹さんや佐倉さんにのまれちゃった所があったけど、どう? 私のことも戦力として見直してくれた?」
「……いいえ、やっぱりさすがよ、巴さんは……」
「こ、これでも普通の一発と同じ魔力っていうのが信じられないっすねぇ……」
本当にいつも使ってるマスケット銃一発でこれなのか……。
燃費が良すぎるというか……。
「弾の回転エネルギーを利用したリボンの展開。マミが得意とするリボンの操作ではなく、勢いを乗せた爆発と表現した方が正しいね」
「リボンの爆発……」
「まどかのイメージで言うなら、クラッカーに近いかもしれないね」
「……なんか、おしゃれだね?」
「いやいや、危ない技だと思うよ……威力は火薬なんてメじゃないだろうね」
そりゃそうだ。
少なくとも私のキックより何倍も強いのだから。
『ビィ……ビィィ……』
黄色い蜘蛛の巣に囚われた魔女は、全身を貫かれて相当に弱っている。
翅にもリボンが貫通し、飛ぶことも使い魔を出すこともままならない様子だ。
「それじゃ、終わりにしましょうか?」
「ええ」
「やっちゃってください!」
余裕ありげにニコリと笑って、マミさんは大きな大砲を出現させた。
相手が動かないためか、それとも機嫌がいいためか、いつになく優雅で、美麗なポージングだった。
そして最後の一発が轟く。
「“ティロ・フィナーレ”!」
魔女の結末については語るまでもない。
「はい、おわり」
ティーカップ片手に、マミさんはこちらに微笑んだ。
背中で崩れてゆく結界の演出が、相変わらず格好良くて惚れ惚れする。
「うぐぁー、経験不足だなあ……」
それと比べて私といったら、もう。
今回はダメダメだ……魔女との戦いではほとんどほむらとマミさんだけのものだった。
反省点が多いな……それに、課題も沢山見つかった。
考えなしのフェル・マータなんかはもう馬鹿の極みだ。なんであそこで撃った?いや、そもそも最近あのビームに依存しすぎてたか……。
「さやかちゃん」
「うーん……あ、まどか。なに……?」
「上達と進歩を焦っちゃだめだよ?」
「……うん、うん、そうだよなあ、うん」
「いつも言ってるじゃない。ね?」
「はは、参った参った」
「てぃひひ」
いつかまどかに言ったことのある言葉を、そのままに返されてしまうとは。
ああもう、本当……魔法少女になってから舞い上がりすぎているのかもしれない。
こりゃあまた、竹刀で素振りをする毎日に戻ってみる必要もありそうだなぁ。
「お疲れ様」
「ええ、暁美さんもお疲れ様……はい、グリーフシードよ」
「私の取り分はいいわ、まだしばらくは……」
「堅いこと言わないで、ほら、受け取って?」
マミさんから差し出されたグリーフシードに、ほむらは近所の人から食べ物をお裾分けされる主婦みたいになっている。
「……私はもともと、取り分を少なくして協力している立場だから……」
「もう、今更そんなことは関係ないわよ、私は暁美さんを信用してるもの」
ほむらの手にグリーフシードが、半ば強引に握らされた。
厚意を手渡されたほむらはマミさんとキュゥべえを忙しく見比べながらあたふたしている。
……そんな表情も、なんか、良いなと思った。
魔女を倒し終えたその後は、マミさんの家でちょっとしたおやつタイムだ。
色々な形の手作りクッキーと、やっぱりいつ飲んでも美味しい紅茶が振舞われた。
「んー!」
まどかの顔を見ればその質の高さもわかっていただけよう。
「ふふ、美味しい?」
「カリッとサクサクで美味しいです~……」
「ありがとう。私、クッキーだけは沢山作ってるから、得意なのよ」
「ほへぇー」
と、関心しつつ色の違う三枚を同時食い。
プチシリーズも真っ青なさやかちゃんの食欲を前にしては、クッキーなんぞ晩飯前よ。
「ほい、キュゥべえにも」
「わーい」
「……ちょっとさやか」
「ダメよ美樹さん」
「え?」
「キュゥべえは沢山食べるから、一日に三枚までって決まってるの。太っちゃうでしょ?」
キュゥべえの食事、マミさんが管理してるんだ……。
「ひどいよマミ。僕はいくら食べても太りはしないのに」
「だーめ」
「巴さんの言う通りにしなさい、往生際が悪いわよ」
「君はここぞとばかりに辛辣だね」
しかしキュゥべえが太る、かぁ。
気になるな。
「どれどれ」
「きゅ」
キュゥべえの体をひょい、と持ち上げてみる。
膝の上に乗せ、耳から伸びているよくわからない腕のようなものを触る。
「あまり引っ張らないでくれよ」
「うん、耳も気になるけどね、私はどっちかと言えばこっちの方が」
「痛っ」
キュゥべえの背中に描かれた赤い模様に爪を立ててみる。
「あれ? 開かない。ここ前に開いてたよね?」
「あ、開かないって!」
「ちょっと美樹さん! いじめないの!」
「あはは……」
「いっつもグリーフシード食べてるから、中はどうなってるのかなーって! ちょっと見せてよ!」
「千切れる千切れる! 割れる!」
「え、割れるとどうなるの!?」
「誰か彼女を止めて!?」
「その必要はないわ」
「あのさやかちゃんは私じゃ止められないです……」
もうちょっとで開くかなと思ったところで、マミさんに後頭部をチョップされて断念となった。
ほむらはずっと紅茶を飲みながら騒動を見ていたが、どことなく楽しそうな様子だった。