全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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私の場合は、言うまでもないものだったけど

 

「それでユウカちゃんたら、またやっちゃってー」

「あらあら、ふふっ」

「上からバケツでなんてねー、もうあの時は大爆笑っすっよ~」

 

 昼休みの屋上は私達のプライベートエリアとなったようだ。

 魔法少女の秘密を共有する人たちが一斉に集い、お昼の弁当を食べながら日常会話を交わす。

 

 放課後に特訓する旨をマミさんにも伝えなくてはいけないけれど、なかなか切り出すタイミングが掴めない。

 私は別に、海苔弁の合間合間に魔女を挟んで食べちゃうこともできるけれど、マミさんの場合もそうとは限らない。

 数少ないとわかりきっている他人の日常の一コマを切り取るには、少し躊躇があった。

 

「あっ、ほむらちゃん」

 

 悩む間に扉は開いた。ほむらが入ってきたのだ。

 

「こんにちは、巴さん」

「こんにちは。暁美さんもこっちきて一緒に食べましょ?」

「ええ、ところで」

 

 おや? 

 

「放課後にさやかが、魔法の練習をしたいという話があるのだけど」

 

 おっふ。

 ほむらは弁当の包みも開けずに、着席前にその話題を出した。

 ……まぁ、確かに普通は開口一番にでも言うべきことなんだけどね。先に言われちゃったね。

 

「あら、そうだったの?」

「え、ええ……私の魔法、マミさんやほむらに見て欲しいかなーって……」

「まだ話していなかったのね」

「あら、そういうことなら遠慮なく言って? いくらでも手伝うわよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「大切な後輩からの頼みだもの、ふふ」

「あはは……」

 

 いやーありがたい。優しいなぁマミさん。

 

「魔法の練習か。確かにさやかには必要になってくるかもしれないね」

 

 白猫がまどかの膝から降りて、私の肩へと飛び移った。

 身軽なものだ。重さもほとんど感じない。

 

「昨日のマミの成長ぶりには驚いたけれど、さやかの場合はまだ充分に伸び代があると僕は予想しているよ」

「やっぱりそうなの?」

「私はいっぱいいっぱいみたいな言い方ね、キュゥべえ」

「気を悪くしないでくれないか、マミ。事実、君の魔法はもう極めるところまで極めたと言えるじゃないか」

「ふふっ、冗談よ。褒め言葉として受け取っているわ」

 

 技術の頭打ち。しかしそう言われて、マミさんは全然嫌そうじゃない。

 

「さやかちゃんは、まだまだ魔法少女として強くなれるの? キュゥべえ」

「そうだね。可能性は大いに……いいや、成長への道筋は確実に存在すると言ってもいいだろう」

「そこまで断言しちゃうんだ」

「もちろん根拠はあるよ」

 

 へえ。キュゥべえは今のところ間違ったことは言わないから、かなり望みアリって感じかな。

 

「君達魔法少女はそれぞれ、固有の魔法を持っているものだ。マミならリボンがそうだね」

「願い事に関係するものってことかな。あれ? でもマミさんは銃じゃないの? 私はサーベルが出たけど」

「ああ、それに関しては“固有武器”とでも呼んでおこうか。魔法少女が出す武器は、あくまでも後天的なものだと考えていい。さやかのサーベルも、イメージや先入観で生まれたものかもしれないけど、どうだろうね? ほむらの場合は……」

「……」

 

 ほむらめっちゃ睨んでる。ものすごいキュゥべえ睨んでる。

 

「……まあいいや。とにかく君達はそれぞれが、最低限魔女と戦うための武器をもっているんだ。それが固有武器。固有魔法とは、また少し違うものだね」

「マミさんの鉄砲は違うの?」

「あれはリボンから作り出しているものだから、多分違うわね。基本的には私の魔法はリボンなのよ」

「ほぇえー……」

 

 ほーん……私のサーベルはどっちだ? 

 固有魔法か、固有武器か……。

 

「固有魔法の特徴は、簡単に使用可能な点にある。マミも最初は魔法の扱いが苦手だったけど、リボンだけは上手く操れたしね」

「ええ、そうね。銃なんて全然だったけど、リボンだけは……何もかも懐かしいわ……」

 

 懐かしみむ遠い目というよりは、過ぎ去った日々を静かに見送るような、そんな目である。

 マミさんの魔法少女としての過去の活躍については、あまり聞くべきではないのだろう……。

 

「慣れてきた魔法少女や才能のある魔法少女は、固有魔法の他にも独自の固有武器を作り出すようになる。固有武器を更に複雑化させた形態がそうだ。これはマミの大砲や、さやかが作り出す大剣などがあたるかな」

「アンデルセンかぁ」

「マミさんのティロ・フィナーレもなんだね」

「あれもまとめて固有武器の一種になるだろうね。威力は違えど、理屈は同じだ。それと、さやかのサーベルとアンデルセンを見たところ、あれらは固有武器に該当するものに見えるね」

 

 ほほう? 私のサーベルは固有武器だったか。

 マミさんは魔女との戦いでかなりのマスケット、固有武器を使っているということになるけど……私はマミさんでいうところのリボンにあたるものが無いなぁ。

 

「固有武器を生み出すのは簡単だよ。そう難しいことではないんだ……現にマミは、固有武器を主体に戦っているからね」

「ふふ、何でも作れちゃうわよ」

「魔法って感じがして、ステキですね」

「ありがとう」

「……杏子の、あの両剣も強化武器なんだね」

「……ああ、ブンタツね……」

 

 マミさんは苦い顔をしている。まどかもちょっと怯え気味だ。

 

「杏子の? あれって?」

 

 ああ、ほむらは知らないんだ? 

 

「……杏子とやりあった時に、色々とお見舞いされたのさ……」

 

 コンクリの地面すら漕いでしまうように切り裂く双頭の槍。

 私がサーベル二本から生み出すアンデルセンよりも、遥かに強い武器のように感じた。

 

「生み出される武器の威力や魔力の消費、強さから使いやすさはまちまちだね。これは比較のしようがないから優劣を感じる必要はないよ」

「剣二本VS槍二本で悩まなくて良いってことね」

「うん、固有武器やそれから成る強化された武器については、ひとまず置いておく形でいいと思うよ」

「ひとまず置いておくって……そしたら私、マントしか無いんスけど……」

 

 固有武器はわかった。じゃあ、固有魔法は? 

 

「重要なのは形のある魔法ではなく、もうひとつの形の無い魔法だ」

「……? 形の無い魔法?」

「魔法少女としてのさやかが強くなるには、そこを伸ばすしかないと思っているよ」

「形の無い、魔法……ねえ」

 

 それは一体……? 

 

 大いなる謎は予鈴のチャイムと共に闇へ解け、放課後へと続いてゆくのであった……。

 

 

 

 待ち遠しい放課後ほど長く果てしない時間はないけれど、自分の魔法について考えているだけでも時間は矢のように過ぎていった。

 あっという間に放課後になったので、私はいつもより二割増しの付き合いの悪さで教室を出て、待ち合わせの場所へと急いだ。

 

 とにかく、今の私は強くなりたかった。

 キュゥべえの話を聞いて、マミさんからアドバイスをもらって、奥ゆかしく見守ってくれるほむらからさりげない助言なんぞもいただいたりして、とにかく自分を高めたかったのだ。

 

「放課後のチャイムと同時に飛び出すものだから、何事かと思ったよ」

 

 風力発電の大きな羽の影がちょっとだけ恐ろしい、待ち合わせの土手へとやってきた。

 首根っこを掴んで連れてきたのはキュゥべえだ。

「ごめんね。魔女退治とは関係ないんだけど、今日はたっぷり勉強したい気分なんだ」

「勉強熱心なのはいいけど、お手柔らかに頼むよ。それだけが心配なんだ」

「へへ、ごめんごめん」

 

 なぁに、手荒な真似はしませんよ。

 

 

 

 白い毛並みを撫でながら少し待っていると、小走りの音が近づいてきた。

 まどかだろうか、と思って振り向いてみると、意外にもその人物はほむらだった。

 

「はぁ、走って帰るなんて、よほど続きが気になっていたのね」

「へへ、いやぁ、自分の可能性が広がる話ってのは、聞いてて楽しいもんね」

「……確かに、そうかもしれないけど」

 

 ほむらはキュゥべえを挟まないように私の隣に座った。

 

「ほむらの固有魔法って、何なの?」

「……さあ、何かしらね」

「む、そのくらい教えてくれても良いんじゃない」

「……」

 

 ちょっとだけ困ったような顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。

 

「左手につけている盾、あれが固有魔法にあたるのかしらね」

「ああ、あれが……なるほど」

「珍しい形の魔法だね、興味は尽きないよ」

「……なるほど、キュゥべえがいると喋りたくないんだね」

「察してくれてありがとう」

「それは酷いな、僕はみんなに教えているというのに」

「あはは、確かにそうかも」

 

 険悪なんだかそうじゃないんだか。

 

 マミさんがやってくるまで、しばらくはそんな不思議な空気が続いたのでした。

 

 

 

 人目を気にしない高架下で、三人が集まった。

 マミさん、ほむら、そして私だ。まどかは私用もあってか、来れないとのこと。

 

 まどかも魔法少女関係者とはいえ、常に私達と行動を共にする必要はないのだ。

 一緒にいる分だけ魔女や使い魔の流れ弾を受けるリスクが増す。

 

 もちろんお荷物の一言で切り捨てていいはずはない。一緒に居ることは、魔法少女に憧れるまどかにとっても、私達魔法少女にとっても意味がある。

 けれど、それを解っていてもなお、まどか本人には一般人としての負い目があるらしい。

 

 こういうことで焦らなければ良いんだけど……あの子の性格上、チクチクと自分を責めてそうだ。

 

「集まったね、それじゃあ話の続きをしようか」

「!」

 

 おっと、いけない。

 今はキュゥべえ先生の講義に集中しなくては。

 

「えっと、“固有武器”とは違った魔法があって、私はそれを鍛錬できるって話だよね?」

「鍛錬というとひどく地道な印象だけど、そうだね。けれどまずは、さやかの固有魔法の特性を見つけないといけないよ」

「特性?」

「魔法少女には必ず、魔法の傾向というものがあるんだ。明確な形は無くて、これは君達魔法少女それぞれが持っている、魔法の性質だ」

「初耳ね」

「魔法少女個人のものだからね、言ってどうなるものではないんだ。言って伝わるかも怪しいし、僕から教えられることもそう多くはない」

「特性魔法って、例えばどんなの?」

「私にもあるのかしら」

「マミを例にあげるとしよう。マミの魔法特性、その性質は“収束”と言えるだろう」

「……収束?」

 

 随分と漠然とした単語が出てきたなぁ。

 

「マミの魔法は全体的に、エネルギーをひとつの形に形成することを得意としている」

「……それはリボンが銃を作ることにも関わるのかしら」

「大いに関わってくるね。魔法による新たな物体の創造、銃としてのエネルギーの圧縮、回転の圧縮……今のマミは、収束という性質を体現した魔法少女であると言えるだろう」

 

 と、おそらく褒められているであろうマミさん御当人は、照れればいいんだか話の小難しさに首を傾げればいいんだか、悩んでいる様子。

 

「様々な魔法少女を見てきた僕の経験上、魔法には色々パターンがあるんだ。収束、解放、修復、破壊、魅了、改竄……それぞれ得意とするものは違ってくるし、戦い方も当然変わる」

「……」

「物騒な響きだけど、破壊っていう魔法特性は魔女との戦いが楽になりそうだね」

「うん、かなり影響してくるだろうね」

「私の特性って何なのかな? これっていわゆる、ゲームでよくある属性とか、タイプとか、そういうヤツだよね。キュゥべえにはわかるでしょ?」

「わからないよ?」

「えっ」

 

 うっそでしょ。

 

「魔法特性、これは魔法少女の魔力の性質、その傾向だ。実はこの魔法特性というものは、君達が魔法少女となる契約を交わしたときの願い事が反映されたものなんだ」

 

 あーそういう……。

 

「魔法特性は、僕が選択し、振り分けるようにして君達に与えているものではなく……あくまで君達の選択によって得られた、奇跡の片鱗なんだ」

 

 願い事が自分の魔法に反映される。ふむ。

 

「え、っと、じゃあ私の“収束”っていう特性魔法も」

「マミの願い事が影響した結果、身についたものだね」

「じゃあ私の魔法特性は? 私の願い事、強くなることなんだけど」

 

 私の魔力の性質と言われても、パッと頭の中には浮かんでこない。

 力が強い? 剣を出せる……? うーん、違う、魔力の性質とか、そういうことを考えるとそんなことではなさそうだ。

 

「それはまだ僕にもわからない……さやかの魔法特性については、まだまだ見出せてない部分が多い」

「観察不足といったところかしら」

「……か、観察かぁ……まぁでも、確かに」

 

 まだまだ私は経験の浅いヒヨっ子だ。

 力の出し方、自分の得意なこと。何もかも知らない魔法少女ド素人なのだ。

 己を知れば百戦危うからず。強くなるためにはまず、自分の力を見極めなければなるまい……。

 

「……なるほどね、まだビジョンがハッキリとはしてないけど、私にも得意な魔法があるってことか」

 

 ちょっと希望が湧いてきたかも。

 

 

 

 川のせせらぎだけが聞こえる。

 

 橋の下は暗く、肌寒い。

 閉じた目には何も映らない。

 ただ脳裏には、魔法少女となった自分の姿を思い描く。

 

 “全てを守れるほど強くなりたい”。

 

 全てを守る、私の姿……。

 

 

 

「つまりはイメージ修行よ」

「砂利の上で胡坐かいて実践しちゃってるけど……さやか、効果は出るのかしら」

「キュゥべえの話を聞くに、必ず効果があるはずよ」

「……巴さん、根拠無しに言ってるでしょう」

「こういうのは思い込みを含めて、本人のイメージが大切なのよ!」

「……あなた、実際はどうなの、やらせておいて良いの」

「本人がやる気十分に望んだんだ、僕に止める権利はないよ」

「……不安だわ」

 

 

 

 

 この手の届く範囲の限り、全てのものを守りたい。

 

 暴力も理不尽も、なんでも跳ね返せる力こそ、私は欲しかった。

 

 私の身の回り、私の目の届く限りでもいい。

 

 自分にできる限りの全力をもって、正義の味方というものになりたい。

 

 

 摩天楼の上でマントをはためかせる、マーベルなヒーロー。

 

 屈強な鎧に身を包んだ、陰から見守る謎のナイト。

 

 小さな村のために命をかける、サムライたち。

 

 私が憧れた全てのヒーロー達に、私はなりたい。

 

 

 漠然としすぎているかもしれない。

 だとしても、それこそ私が望んだ強い者の姿なのだ。

 

 

 

 

「さやか」

「はっ!?」

 

 キュゥべえの声に目を開く。

 目の前に、夕陽に照らされた川の水面が、きらきらとルビーのように輝いていた。

 

「あれ? 私……」

「瞑想してるんじゃなかったの?」

「やけに長いなって思っていたら、寝てるなんてね」

 

 目を閉じて考えている間に眠ってしまったらしい。

 いやぁ、うららかな日和だから仕方ない。

 

「真面目にやりなさい」

「ごめんなさい」

「それで、どうだった? 自分の魔法のイメージは掴めたかしら」

「……すいません、あんまし有意義なものは思い浮かばなかったかもしれないっす」

「あら……」

「やっぱり、形の無いものを考えるのって難しいなぁ……」

「焦らずに魔女との戦いの中で探していくのが良いと思うよ」

 

 まどかに言われた言葉と似たようなことを、キュゥべえにも言われてしまうとは。

 

 ……やはりどうも、焦って突っ走りすぎたのかもしれない。

 

 ……それをわかっていて尚、焦燥には駆られてしまう。

 自分の形を捉えきれていないだなんて、そりゃあ焦るよ。

 

 

 

 結局この日は、暗くなるまで魔女散策をして、その後に解散となった。

 魔法について何も掴めなかったし、魔女は見つからなかったし、放課後はダレ気味だった。

 

 キュゥべえから魔法少女についての興味深い話を聞けたのはいいけど、私の都合でマミさんやほむらを振り回しすぎた。

 明日学校に行ったら、また改めて頭を下げておこう。

 

 そしてこれからは魔女退治に同伴しながら、自分の魔法少女としての形を掴むよう、努めなくてはいけない。

 キュゥべえの言うとおり、焦らず戦いの中から見出すのが吉であろう。

 

 ガトンボヤゴの魔女の時みたいに、足手まといになるパターンがあってはいけない。

 

「早く成長しないと……」

 

 毛布の中でまどろむ。

 力不足の歯がゆい思いに懐かしく枕を掴みながら、意識が沈んでゆく。

 

 強くならなきゃ……。

 

 

 ……杏子……。

 

 

 

 


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