全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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第四章 矛盾の解答例
二人が来たのね


「はぁ」

 

 ここ最近の魔女との戦いは、順調とは言えない。

 

 そりゃ、結界の中での動きや戦いには体と頭が慣れてきたとは思う。

 マミさんやほむらとの連携も上手くいってる、とも思う。

 だけどそれはあくまで三人でのチームプレイが順調に動き出した、っていうことでしかなくて。

 ただそれだけで、私が強くなったわけではなかった。

 

 自分の魔法だなんて、そんなよくわからないものをイメージしながら戦うってのは結構な苦痛で、思うように動けず立ち止まったり、攻撃の手が狂ったりすることは度々あった。

 特訓が実践でのリズムを狂わせている。あんまり良い傾向とはいえない。

 

「……メール」

 

 

 :私、力になれないかもしれないけど、悩み事があったら、いつでも言ってね?

 

 

 まどかから送信されたメール画面を閉じ、再び毛布の上にごろりと転がる。

 メールの文面を何分か眺め続けて悩んでいたが、今は急いで返事を出す気にもなれなかった。

 まどかが頼りないわけじゃないけど、人に訊いても答えを見いだせそうもない悩みだし。

 

「はぁ~……」

 

 かれこれ三日になる。

 こんな風に、柄にも無くうじうじと悩み続けているのであった。

 

 

 

 そして、悩んだ私は、再びあの坂の上にやってきた。

 見滝原を一望できる、ちょっと高めの静かな場所。煤子さんと一緒に過ごした、あの場所だ。

 

 ……縋ってるな、とは自分でも思う。

 情けないよね。あの人だって、今の私を見たらきっとそう言うだろうな。

 でも、良いじゃないか。こんな時くらい。

 

 ベンチを独占している缶コーヒーの隣に座り、鬱憤を混ぜた息を一口吐き出す。

 

「……ふう」

 

 涼しい風が吹いている。春の心地よい風だ。

 何ヶ月かすれば、再び茹だるような暑さの季節がやってくるだろう。

 そうすれば、このベンチの上から望める景色だって、あの時と同じように変わるはずだ。

 そこに、煤子さんは居ないけれど。

 

 

 

「なっさけねぇ面してんなぁ、オイ」

 

 隣に置かれたスチール缶が、ブーツの厚底に潰され、メダルのように薄くなってしまった。

 ベンチに仁王立ちした少女は、傲岸な表情で私を見下ろしている。

 

「……杏子」

「よう」

 

 そこには杏子がいた。不思議と、嫌悪感は無かった。

 

「今まで何人も魔法少女を見てきて、知り合いにもなってきたけどさ」

「ん」

「大概、あんたみたいな顔をし始めた奴は、二週間かそこらで音信不通になっちまうね」

「……まじっすか」

 

 そいつはまずいことを聞いてしまった。

 両手で頬を洗うように擦り、パチンと叩く。

 

「……っし、これでどうかな」

「知らないよ、そんなこと」

「はは、そりゃそうだね」

 

 呆れたようなシスターの表情を、それよりはちょっと嘲るように真似てみた。

 

「顔だけ直しても仕方ないしねぇー……」

 

 ベンチから立ち上がり、ガードレールの傍で街を眺望する。

 ……良い町並み。最近は大きな建物の開発も少なくなったって話だけど、まだまだ栄えた街だ。

 

「ねえ杏子……私に会いに来たってことは、戦おうってこと?」

「当たり前でしょ。わざわざ探したんだから」

 

 この広い見滝原で、このちっぽけな、人気の無い場所を探すとは……本当に、杏子の戦いにかける執念っていうのは凄まじいな。

 ……いいや、凄いなぁとか、感心しているばかりではいけない。

 

 今の私は、彼女のように貪欲に強さを求めるべきなのだ。

 強い相手を求める。困難や、敵や、障害や……そういった壁と成りえるものを自分から探し、ぶつかってゆく。

 もっともっと、杏子のようになるべきなのかもしれない。

 

 ……そう、今まではちょっと避けていた考えだけれど。

 私は心の奥の方じゃ、杏子に会いたかったのかもしれない。

 

 杏子に会って、杏子と戦いたかった。

 ある意味、彼女の戦闘狂のような性格を認めることになるけれど……いいや、もう構わない。

 

 戦闘狂でもなんでもいい。私はなんでもいいから、強くなりたい。

 

「……杏子」

「あン?」

「闘おう」

「……へっ、やる気、あるみたいじゃん?」

「うん」

 

 拳を握る。

 

 前回は、どんどん速く強くなっていく杏子に、その武器に圧されてしまった。

 その状況を打破できたのは、地形の優位。……もっと広い場所だったら、善戦もできなかっただろう。

 

 今回は今までよりもっと広い、開放的な場所だ。

 苦戦を強いられると思う。だけど……闘いたい。

 

 杏子と戦えば、私の中に秘められた力がわかるかもしれないから。

 

「手加減はしねーからな!」

「望むところ!」

 

 青と赤の輝きが、互いの服を包んでゆく。

 

 

 

 魔法少女時特有の身の軽さで、頭の中で燻っていた悩みが凍てついてゆく。

 不明瞭な悩みも、見えてこない展望も、ひとまず氷の中に閉じ込める。

 

 全ての感情が切り替わるように、右手に握ったサーベルが真横に閃く。

 逆側から振られた杏子の槍と衝突し、魔法の火花が派手に咲いた。

 

「へえ――最初から油断はしない、良~ィ反応だ……いや、というよりは同じで先手を打ちに来たか」

「変身したら戦闘開始だしね」

 

 お互いに飛び退き、距離を置く。

 私は坂の上に、杏子はガードレールの上に着地した。

 

 黒いヴェールの中の悪魔の笑みが、唇をぺろりと湿らせる。

 

「……賭けをしない? さやか」

「シスターがそんなことしていいわけ?」

「神は寛容だ、問題ないさ」

 

 こいつ、どこの神様信仰してるんだか……。

 

「……賭けって?」

「簡単さ。互いに問いを出して、一回ダウンするごとにそれに答える」

「ああ……“質問ごっこ”ね」

 

 サーベルを両手で握り直す。

 つまり、やられればやられるほど、赤裸々な告白をしていかなきゃいけないわけだ。

 別に杏子の赤裸々な秘密なんて、知りたくも無いけれど……。

 

 けれど、本気でぶつかってやる。

 

「――」

 

 七巻きの示。

 0、0、省略の1の右足がコンクリートを擦り、最上段の刃が杏子の額に閃く。

 

「っと!」

「っ」

 

 とはいえ流石は戦闘狂だ。

 私の予兆が無いとまで言われた剣を避けてみせるとは。

 

「へへっ、いいね……そういう“ダウンだけじゃ済まさねえ”って一撃」

 

 黒いヴェールを裾を払って直し、今度は杏子の方がこちらへと急接近。

 構えは、槍の中心を持つような、一見すると長さを活かせない矛盾した形。

 まさかこっちのサーベルのリーチで相手を? そんなはずはない。

 

「だがなァッ!」

「ぐっ」

 

 小細工でも決めてくるかと思いきや予想外、そのまま短い槍を振り払い、力任せな攻撃を仕掛けてきた。

 しっかりと握られた槍の大振りは私のサーベルを押しのけ、体勢をも崩す。

 

「まだまだそんなもんじゃ、アタシの闘志は燃えないぜ!?」

 

 懐にまで入られ、槍のラッシュが続く。

 杏子のヴェールは未だ、ほんの端っこすら燃えていない。

 

 後ろ1。四跳ねの二閃。

 後ろ1、1。六甲の閂。

 攻めの杏子に対して、どういうわけか、私の体は思うように動かず、圧されるがままだった。

 

 いや……強く……なってる……!?

 

 槍がバラバラになって、変幻自在に襲い掛かってくるわけでもない。

 苦戦を強いられた双頭剣で猛攻をかけてくるわけでもない。

 

 ただ一本の槍の攻撃と言うだけ、地形の何某すら関係なく私は圧倒されていた。

 悔しいことに何もできない。

 

 逆に追い詰められる壁でもあれば策でも閃くのだろうけど、あるのは広いアスファルトの地面のみ。

 新たなサーベルも出せなければ、ハンドガードで殴るなんて器用な真似をする暇もなかった。

 

「――スカッと行くよ」

「――」

 

 手元の槍が、それこそ魔法のように手の中で滑り、一気にリーチを長くする。

 槍本来の凶暴な攻撃範囲を取り戻したその間合いには、無様にも至近戦に感覚が麻痺した私の胴が、バックステップに全てをゆだね、晒されていた――。

 槍が私の体内を含め、扇状の軌跡を描き、振られた。

 

「――ぁ」

 

 槍が体内を通過し、血の尾を引いて去っていった。

 

 肺から空気が漏れる。

 胃と小腸を同時に全摘出する程の手術でなければ、こうも大きな切り口は刻まれないだろう。

 

 私の臍の丁度数センチ上に、真横に深い傷が走っていた。

 

「おう、クリティカルだ、決まったな」

 

 視界に赤色が消え失せる。

 緑と青の二重にぶれる輪郭線が、迫り来る杏子の姿を映していた。

 

「あ、……ちくしょ」

「ほれダウンだ、寝とけ」

 

 よろめく私の膝を、ブーツの裏面が狙っている――

 

 ……ここで倒れる訳にはいかない――

 

 ダウンだけは――

 

「っ……」

「おっ? まだサーベルを振り回す余裕があったか」

 

 剣をどう動かしたか。私自身にも……わからない。

 ひとまず、杏子らしい影は距離を置いてくれた。

 

 そして一時的に血の気を失った頭が、意識を取り戻してゆく。

 

 

 

 危ない、危うく落ちるところだった。

 

 おそるおそる、鈍い感覚の残る自分の腹を見る。

 布を纏わない自分の胴には、半分近く切れ込みが入っていた。

 

 血は流れていないし、痛みもない。

 腹の上に金属の紐を当てたような感覚があるのみだ。

 

 槍が振り抜かれた際に飛沫いたものが、出血の全てだったのだろう。それでも短時間、私の脳の活動を狭めたのだから恐ろしい。

 

「目に生気が戻ったな……まあ、胴体は相変わらずの瀕死ってとこだけど」

「……」

 

 サーベルは構えるが、身体へのダメージは大きい。

 果たしてこのまま激しく動いていいのか、否か……。

 

 ……魔法には、癒しの能力もあったはずだ。

 それを使えばなんとか、この傷も治せるか……?

 

「ほら、さっさとダウンした方がいいんじゃない!?」

「!」

 

 休憩なんてさせるわけもない。

 杏子は弱った私に対して容赦なく飛び掛った。

 

 槍対剣の結果というものは、古来より決まりきっている。

 一対一では五分だろうという意見も散見されるが、それでも達人級が相手であれば、槍使いは勝るのだ。

 

「っがァ!?」

 

 槍先が肩の骨をわずかに砕き、突き刺さる。

 体は宙に浮き、茂み中に放り出された。

 

「……くっ……」

 

 肩から僅かに出血している。

 腹は……もう出血は無い。けど完璧に治ったわけでも無いから不安はある。

 

 それよりも問題なのは、私の体が一度ダウンしてしまったということだ。

 

「さーて、お楽しみの質問タイムだ」

「……」

 

 倒れてしまった以上は仕方ない。答えてやら無いわけにもいかないだろう。

 隠すことも大してないけれど……ちょっと不安だ。

 

「質問だ。“お前は何を願った”」

 

 ……いきなり、人間の核心を突いてくるなぁ。

 容赦が無いというか……いいや、そのくらい裏表が無いほうが、私には良い。

 答えてやろう。私は胸を張って答えられるものを望んだのだから。

 

「私は、……“全てを守れるほど強くなりたい”……そう願った」

「……ほお」

 

 肩に手を当て、よろめきながら立ち上がる。

 わずかに滲ませた癒しの魔力は、肩の傷口に染み渡り、ダメージを修復してゆく。

 

「あんたにも、同じことを聞いてやる、杏子」

「ほお……そりゃ楽しみだ」

 

 肩の傷は完全な不覚だ。けれどそれも治った。腹も問題は無い。

 リベンジといこう。

 

 


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