二人が来たのね
「はぁ」
ここ最近の魔女との戦いは、順調とは言えない。
そりゃ、結界の中での動きや戦いには体と頭が慣れてきたとは思う。
マミさんやほむらとの連携も上手くいってる、とも思う。
だけどそれはあくまで三人でのチームプレイが順調に動き出した、っていうことでしかなくて。
ただそれだけで、私が強くなったわけではなかった。
自分の魔法だなんて、そんなよくわからないものをイメージしながら戦うってのは結構な苦痛で、思うように動けず立ち止まったり、攻撃の手が狂ったりすることは度々あった。
特訓が実践でのリズムを狂わせている。あんまり良い傾向とはいえない。
「……メール」
:私、力になれないかもしれないけど、悩み事があったら、いつでも言ってね?
まどかから送信されたメール画面を閉じ、再び毛布の上にごろりと転がる。
メールの文面を何分か眺め続けて悩んでいたが、今は急いで返事を出す気にもなれなかった。
まどかが頼りないわけじゃないけど、人に訊いても答えを見いだせそうもない悩みだし。
「はぁ~……」
かれこれ三日になる。
こんな風に、柄にも無くうじうじと悩み続けているのであった。
そして、悩んだ私は、再びあの坂の上にやってきた。
見滝原を一望できる、ちょっと高めの静かな場所。煤子さんと一緒に過ごした、あの場所だ。
……縋ってるな、とは自分でも思う。
情けないよね。あの人だって、今の私を見たらきっとそう言うだろうな。
でも、良いじゃないか。こんな時くらい。
ベンチを独占している缶コーヒーの隣に座り、鬱憤を混ぜた息を一口吐き出す。
「……ふう」
涼しい風が吹いている。春の心地よい風だ。
何ヶ月かすれば、再び茹だるような暑さの季節がやってくるだろう。
そうすれば、このベンチの上から望める景色だって、あの時と同じように変わるはずだ。
そこに、煤子さんは居ないけれど。
「なっさけねぇ面してんなぁ、オイ」
隣に置かれたスチール缶が、ブーツの厚底に潰され、メダルのように薄くなってしまった。
ベンチに仁王立ちした少女は、傲岸な表情で私を見下ろしている。
「……杏子」
「よう」
そこには杏子がいた。不思議と、嫌悪感は無かった。
「今まで何人も魔法少女を見てきて、知り合いにもなってきたけどさ」
「ん」
「大概、あんたみたいな顔をし始めた奴は、二週間かそこらで音信不通になっちまうね」
「……まじっすか」
そいつはまずいことを聞いてしまった。
両手で頬を洗うように擦り、パチンと叩く。
「……っし、これでどうかな」
「知らないよ、そんなこと」
「はは、そりゃそうだね」
呆れたようなシスターの表情を、それよりはちょっと嘲るように真似てみた。
「顔だけ直しても仕方ないしねぇー……」
ベンチから立ち上がり、ガードレールの傍で街を眺望する。
……良い町並み。最近は大きな建物の開発も少なくなったって話だけど、まだまだ栄えた街だ。
「ねえ杏子……私に会いに来たってことは、戦おうってこと?」
「当たり前でしょ。わざわざ探したんだから」
この広い見滝原で、このちっぽけな、人気の無い場所を探すとは……本当に、杏子の戦いにかける執念っていうのは凄まじいな。
……いいや、凄いなぁとか、感心しているばかりではいけない。
今の私は、彼女のように貪欲に強さを求めるべきなのだ。
強い相手を求める。困難や、敵や、障害や……そういった壁と成りえるものを自分から探し、ぶつかってゆく。
もっともっと、杏子のようになるべきなのかもしれない。
……そう、今まではちょっと避けていた考えだけれど。
私は心の奥の方じゃ、杏子に会いたかったのかもしれない。
杏子に会って、杏子と戦いたかった。
ある意味、彼女の戦闘狂のような性格を認めることになるけれど……いいや、もう構わない。
戦闘狂でもなんでもいい。私はなんでもいいから、強くなりたい。
「……杏子」
「あン?」
「闘おう」
「……へっ、やる気、あるみたいじゃん?」
「うん」
拳を握る。
前回は、どんどん速く強くなっていく杏子に、その武器に圧されてしまった。
その状況を打破できたのは、地形の優位。……もっと広い場所だったら、善戦もできなかっただろう。
今回は今までよりもっと広い、開放的な場所だ。
苦戦を強いられると思う。だけど……闘いたい。
杏子と戦えば、私の中に秘められた力がわかるかもしれないから。
「手加減はしねーからな!」
「望むところ!」
青と赤の輝きが、互いの服を包んでゆく。
魔法少女時特有の身の軽さで、頭の中で燻っていた悩みが凍てついてゆく。
不明瞭な悩みも、見えてこない展望も、ひとまず氷の中に閉じ込める。
全ての感情が切り替わるように、右手に握ったサーベルが真横に閃く。
逆側から振られた杏子の槍と衝突し、魔法の火花が派手に咲いた。
「へえ――最初から油断はしない、良~ィ反応だ……いや、というよりは同じで先手を打ちに来たか」
「変身したら戦闘開始だしね」
お互いに飛び退き、距離を置く。
私は坂の上に、杏子はガードレールの上に着地した。
黒いヴェールの中の悪魔の笑みが、唇をぺろりと湿らせる。
「……賭けをしない? さやか」
「シスターがそんなことしていいわけ?」
「神は寛容だ、問題ないさ」
こいつ、どこの神様信仰してるんだか……。
「……賭けって?」
「簡単さ。互いに問いを出して、一回ダウンするごとにそれに答える」
「ああ……“質問ごっこ”ね」
サーベルを両手で握り直す。
つまり、やられればやられるほど、赤裸々な告白をしていかなきゃいけないわけだ。
別に杏子の赤裸々な秘密なんて、知りたくも無いけれど……。
けれど、本気でぶつかってやる。
「――」
七巻きの示。
0、0、省略の1の右足がコンクリートを擦り、最上段の刃が杏子の額に閃く。
「っと!」
「っ」
とはいえ流石は戦闘狂だ。
私の予兆が無いとまで言われた剣を避けてみせるとは。
「へへっ、いいね……そういう“ダウンだけじゃ済まさねえ”って一撃」
黒いヴェールを裾を払って直し、今度は杏子の方がこちらへと急接近。
構えは、槍の中心を持つような、一見すると長さを活かせない矛盾した形。
まさかこっちのサーベルのリーチで相手を? そんなはずはない。
「だがなァッ!」
「ぐっ」
小細工でも決めてくるかと思いきや予想外、そのまま短い槍を振り払い、力任せな攻撃を仕掛けてきた。
しっかりと握られた槍の大振りは私のサーベルを押しのけ、体勢をも崩す。
「まだまだそんなもんじゃ、アタシの闘志は燃えないぜ!?」
懐にまで入られ、槍のラッシュが続く。
杏子のヴェールは未だ、ほんの端っこすら燃えていない。
後ろ1。四跳ねの二閃。
後ろ1、1。六甲の閂。
攻めの杏子に対して、どういうわけか、私の体は思うように動かず、圧されるがままだった。
いや……強く……なってる……!?
槍がバラバラになって、変幻自在に襲い掛かってくるわけでもない。
苦戦を強いられた双頭剣で猛攻をかけてくるわけでもない。
ただ一本の槍の攻撃と言うだけ、地形の何某すら関係なく私は圧倒されていた。
悔しいことに何もできない。
逆に追い詰められる壁でもあれば策でも閃くのだろうけど、あるのは広いアスファルトの地面のみ。
新たなサーベルも出せなければ、ハンドガードで殴るなんて器用な真似をする暇もなかった。
「――スカッと行くよ」
「――」
手元の槍が、それこそ魔法のように手の中で滑り、一気にリーチを長くする。
槍本来の凶暴な攻撃範囲を取り戻したその間合いには、無様にも至近戦に感覚が麻痺した私の胴が、バックステップに全てをゆだね、晒されていた――。
槍が私の体内を含め、扇状の軌跡を描き、振られた。
「――ぁ」
槍が体内を通過し、血の尾を引いて去っていった。
肺から空気が漏れる。
胃と小腸を同時に全摘出する程の手術でなければ、こうも大きな切り口は刻まれないだろう。
私の臍の丁度数センチ上に、真横に深い傷が走っていた。
「おう、クリティカルだ、決まったな」
視界に赤色が消え失せる。
緑と青の二重にぶれる輪郭線が、迫り来る杏子の姿を映していた。
「あ、……ちくしょ」
「ほれダウンだ、寝とけ」
よろめく私の膝を、ブーツの裏面が狙っている――
……ここで倒れる訳にはいかない――
ダウンだけは――
「っ……」
「おっ? まだサーベルを振り回す余裕があったか」
剣をどう動かしたか。私自身にも……わからない。
ひとまず、杏子らしい影は距離を置いてくれた。
そして一時的に血の気を失った頭が、意識を取り戻してゆく。
危ない、危うく落ちるところだった。
おそるおそる、鈍い感覚の残る自分の腹を見る。
布を纏わない自分の胴には、半分近く切れ込みが入っていた。
血は流れていないし、痛みもない。
腹の上に金属の紐を当てたような感覚があるのみだ。
槍が振り抜かれた際に飛沫いたものが、出血の全てだったのだろう。それでも短時間、私の脳の活動を狭めたのだから恐ろしい。
「目に生気が戻ったな……まあ、胴体は相変わらずの瀕死ってとこだけど」
「……」
サーベルは構えるが、身体へのダメージは大きい。
果たしてこのまま激しく動いていいのか、否か……。
……魔法には、癒しの能力もあったはずだ。
それを使えばなんとか、この傷も治せるか……?
「ほら、さっさとダウンした方がいいんじゃない!?」
「!」
休憩なんてさせるわけもない。
杏子は弱った私に対して容赦なく飛び掛った。
槍対剣の結果というものは、古来より決まりきっている。
一対一では五分だろうという意見も散見されるが、それでも達人級が相手であれば、槍使いは勝るのだ。
「っがァ!?」
槍先が肩の骨をわずかに砕き、突き刺さる。
体は宙に浮き、茂み中に放り出された。
「……くっ……」
肩から僅かに出血している。
腹は……もう出血は無い。けど完璧に治ったわけでも無いから不安はある。
それよりも問題なのは、私の体が一度ダウンしてしまったということだ。
「さーて、お楽しみの質問タイムだ」
「……」
倒れてしまった以上は仕方ない。答えてやら無いわけにもいかないだろう。
隠すことも大してないけれど……ちょっと不安だ。
「質問だ。“お前は何を願った”」
……いきなり、人間の核心を突いてくるなぁ。
容赦が無いというか……いいや、そのくらい裏表が無いほうが、私には良い。
答えてやろう。私は胸を張って答えられるものを望んだのだから。
「私は、……“全てを守れるほど強くなりたい”……そう願った」
「……ほお」
肩に手を当て、よろめきながら立ち上がる。
わずかに滲ませた癒しの魔力は、肩の傷口に染み渡り、ダメージを修復してゆく。
「あんたにも、同じことを聞いてやる、杏子」
「ほお……そりゃ楽しみだ」
肩の傷は完全な不覚だ。けれどそれも治った。腹も問題は無い。
リベンジといこう。