「はぁ!」
「っと!」
サーベルをもう一本増やし、二刀流で攻め込む。
相手はしっかりと槍を握っているため、猛攻をかけても大した圧力にはならないだろう。
それでも手数だけでも勝ち、杏子優勢の流れを押し返さなくては。
……が。
「どうしたどうした、随分遅いじゃーねえの!?」
「きゃ」
鎖骨に槍が食い込み、上半身が強く圧迫される。
そのまま宙へと投げ出され、心地の良いような、悪いような浮遊感を一瞬味わったかと思えば、背骨から幹へと叩きつけられた。
……尻餅だけは着くまいと、思っていたのに。
「“いつ、煤子さんと出会った”」
「……四年前、夏休み」
「……ほお」
鎖骨が切れてる。けど喉を裂かれなかったのは幸いだ。
魔力で治すことができれば、まだ……。
「……!?」
無意識のうちに見た自分の体の中に違和感を覚えた。
私の腹にあるソウルジェムの、既に三分の一ほどが黒く濁っていたのだ。
ソウルジェムは魔法少女の要……濁り切ったらどうなるか、考えたことがある。
最も楽観的なものだと、“魔力が切れて変身が解ける・魔法が使えなくなる”。
次点で“魔力が切れて、そういう魔法少女は死ぬ”。
最も恐ろしい可能性は……“……”。
……関係ない、どうせ死ぬのと同じだ。
戦闘不能というより、再起不能になるわけだ……こりゃ、参ったね。
治癒や戦闘のために魔力を使ったのが少々響いているのかもしれない。
……杏子、強すぎる……うーん、どうしたもんかな。
体を起こし、右のサーベルを杖に、左のサーベルを杏子へと向ける。
杏子は体をゆらゆらと揺らしながら、ヴェールの中に薄笑いを浮かべて、そこに立っていた。
「聞かれて無いけど答えてやるよ。アタシもあんたと同じ時期に煤子さんと出会ったんだ」
「……夏か」
「私はあの夕焼けの日々を、今でも鮮やかに思い出せる」
「私だって……あの高い夏空の毎日を、忘れたことはない」
右のサーベルも杏子へと向ける。
「……へへ、だから、なんだろうね」
「?」
「こういう闘いが……強くなった自分の実践が、とてつもなく楽しいんだ」
自分の命がかかった勝負だけど、それでもどこか楽しい。
打開策はどこにあるのか。どうすれば杏子に肩膝つかせてやれるのか。
今の私には、強くならなければならないという、魔法少女としての使命以上の楽しみがある。
「はぁああああッ!」
「無駄だっての!」
二刀流を正面に構え、雄たけびと共に突進を仕掛ける。
愚直な特攻だと杏子はあざ笑うだろうか?だとしたら少々失望ものだ。
私は正気を失わない。いつだって頭だけは休ませていない。
杏子、あんたはどうなのさ。まだその余裕に頭を痺れさせてはいないか。
「――“アンデルセン”」
「!」
突き出す二刀流が混ざり合わさり、大剣を成す。
大剣となったアンデルセンは槍よりもわずかに長い。
少なくとも、サーベルよりは長いと高を括り、柄の端を握らなかった杏子には届くのだ。
「“ハープーン”!」
「うげぇッ」
要するにただの突きだけど、刃は見事に杏子の肋骨に食い込んだ。
だが普通の突きでは、魔法少女の丈夫な肉体を貫通することは叶わないらしい。
深く刺さる前に、杏子の身体は吹き飛んでしまった。
それでも転がっていった紅衣のシスターの飛距離には、幾分爽快な気分を味わえたものだ。
「“あんたは人を殺したことがある”?」
「……くは、残念だが……まだ無いんだね、コレが」
腹から漏れる血を左手で乱暴にこそぎ取り、自身の左瞼に血化粧を飾る。
赤に縁取られた鋭い目は、今さっきの言葉が信じられないほどの殺意に満ちているように見えた。
「どうも弱っちい奴相手だと、途中で興ざめしちまうんだよな……けど」
「あ?」
「アンタと本気でやりあえるなら、なんとか殺すところまでいけそうだ!」
「へえ……なら、来い!」
杏子の握る槍が二本に分かたれる。
左右の手に一本ずつ、柄のギリギリ端を握る、リーチを意識した構えだ。
その分だけこちらは得物を弾きやすいという利点もある。気負いせずに攻めていこう。
相手の槍と同じくらいの長さの大剣を持っているのだ。力任せに槍をぶっとばしてやる。
槍が大剣の先を小突く。
突いては火花、そして後退。回り込んでは突き。その繰り返しだ。
相手からしてみればヒットアンドアウェイの撹乱作戦だが、私からしてみれば一撃必殺のスズメバチが好機を狙いながらが周囲を旋回しているかのような威圧感を受ける。
「――」
無言で回り込みや突撃を仕掛ける杏子の無言には本物の殺気が籠もっている。
それでも負けてはいられない。
「ぜいやぁ!」
「っ!」
敵の動きを捕捉し、踏み込んでアンデルセンを突き上げる。
さすがに片手の槍ではアンデルセンをどうこうすることはできないようだ。
「……ッツツ」
私の刃は腕に掠ったらしい。杏子の回避もあと一歩のところで間に合わなかったか。
「へえ、動きが良くなったな。その目だよ」
「はっ、えらそーに……」
「その目をしている時が、さやか、アンタは一番強い」
「……」
アンデルセンの滑らかな刀身をちらりと覗く。
銀の鏡面に映し出された、おぼろげな私の表情は……。
「“ブン”――」
「しまっ――!?」
本当に一瞬の油断だったはずだ。正面に捉えていたはずの杏子が視界から消えている。
いや……大剣の後ろ、アンデルセンが生み出す死角に回り込まれている!
「――“タツ”!」
「ぐッ」
アンデルセンの気高い銀が割れ、赤い飛沫と一緒にあらぬ方向へと弾け飛んでいった。
「……!」
痛い。焼けるように熱い。……けど、腕を刎ねられてこれか。魔法少女だからか? 我慢できないほどではない。
「良いね、ようやくちょっと燃えてきたとこだ」
「……!」
二本の槍は融合し、強化武器としての姿を見せていた。
黒い双頭のオール剣。名前は、ブンタツというのか。それは初めて知った。
「来いよさやか、こいつを使ってダウンで済むかは知らねーけどな」
さて……どうしよう。
左手はどっかに飛んで行った。
アンデルセンの先30cmは斜めに綺麗に断ち切られ、刺せなくは無いが鈍い剣先になってしまった。
自慢のリーチが大幅に削られたのはかなり痛い。
……いや、左手首から先が無くなった事の方が重大か。
しくった。相手の姿が見えないからって、迂闊に手を離すんじゃなかったわ。失態だ。そこの遊びを狙われたんだ。
「いいよ、やってやる……こっちも左手の借りがあるんだ、逃げ帰るわけにはいかない」
「その意気だ」
ブンタツ。その動きは予測困難で、切断力については試すことすら尻込みするほど鋭い。
これで闘うのは二度目だけど、前もさっきも、容易く武器を吹っ飛ばされてしまった。
ほぼ無抵抗とはいえ、アンデルセンを斬られてしまっては打ち合いを始める気にはなれない。
「そらそらッ!」
「うっ」
手も右手だけ。片手で握るアンデルセンは、ちょっと重い。
振る暇はないし、振ったとして杏子へと届くだろうか……。
なら……。
虚無さえ掴めない、拳すら握れない左手を振りかぶる。
その意図に気付きようもない杏子は、ちょっとだけ驚いたような顔を見せていた。
「やっ!」
「ぐぅ!?」
振った左手首から血液が迸る。
赤い飛沫が杏子の顔を叩き、瞳は耐え切れずに閉じた。
古典的な目潰し。悪役のような攻撃だ。けどこれが私の持てる、今の武器。
「っ」
「く……!」
隙を見せた杏子の肩口へ向けて振られたアンデルセンの鈍い切っ先が、杏子のブンタツにより遮られる。
攻撃のタイミングを悟られないよう、声を出さずに振ったつもりだったけど……。
「あぶね……」
「くっ、防がれたか」
と、私は心底悔しそうな声を出しながらも。
「うぶッ」
左足は勢いよく杏子の腹を蹴り上げる。
「よし!」
きた! このまま畳み掛ける!
くの字に折れ曲がった杏子の姿に勝機を見た。
あの杏子が。あの、全く隙を見せなかった杏子が、明らかな不意を見せている。
これ以上の好機は訪れないだろう。
「ふんっ」
「ぐ」
今だ復活の兆しを見せない杏子の手を蹴り飛ばす。
ブンタツはその手から離れて、私のアンデルセンを引っ掛けて路傍へと転がっていった。
これでお互いに武器は無し。
拳と拳の戦いか、または私からの一方的なリンチがあるのみだ。
ブンタツを手放した杏子に負けるつもりはない!
「チクショウ! テメェやりやがったな!」
「不意打ちされて悔しい!? ざまーみろ!」
槍無し杏子、恐るるに足らず。
勇敢にも格闘戦を挑んできた杏子の胸辺りにさらなる蹴りをお見舞いする。
「ッ……!」
肺の空気を絞り出した声が漏れ、それと同時に私は更に懐へ潜り込む。
距離を置いてはいけない。ひたすらにインファイトを続けて、槍を使わせる前にボコボコにしてやるのだ。
「前もそうだったけど、徒手は苦手みたいね!」
一方的な拳のラッシュが、杏子の体に浴びせられている。
しかしさすがは魔法少女の肉体。普通なら全身打撲で真っ青になっていてもおかしくないほどは殴ったのに、それでも杏子に目立った外傷は無い。
「……!」
反撃しようと何度か腕を突き出したり、脚を振り回したり、杏子も頑張ってはいるが、どうも徒手格闘は苦手分野らしい。
その一発一発を私は難なく弾き飛ばし、着実に杏子の体へとダメージを与え続けていた。
杏子の体が弱り、動きが鈍った時こそが頃合だ。
脚を蹴っ飛ばしてダウンさせてやろう。
後は相手のダメージを見下して、自分の有利なように運び続けるだけ。
多少痛めつけるだけで斬りかえしてくるだろうと考えていただけに、良いボーナスタイムをもらえた。
「このッ、あんまし調子に乗るんじゃねえぞ……!」
「おっと」
生傷だらけの杏子も、ここまできてついにその黒いヴェールを髪留めの炎に燃やし始めた。
ようやく本気を出してくるつもりになったか。
けど無駄だよ。
今の最接近した状態からだったら、相手に槍を出現させる暇を与えることはない。
少しでもそんな素振りを見せれば、逆に私のつま先が杏子の腹に食い込むだけだ。
となれば簡単に、アバラの一本や二本は折れるだろう。
「“ロッソ・カルーパ”!」
「は、だから無――」
頭の中のイメージをなぞるため、足を杏子の腹部に叩き込む……その前に、私の視界を爆炎が覆い尽くした。