全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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貴女も聞こえたの?

 不思議な奴だなぁとは思っていたけど。

 

「うおぉ……」

 

 転校生、暁美ほむらの神秘性は、授業が始まってから本格的に発揮された。

 淀みなくボードを走る電子チョークに先生も思わず唸る。

 英語だろうと数学だろうと、彼女の快進撃に変わりはなかった。

 

 容姿端麗に頭脳明晰ね。

 不思議女子中学生に拍車がかかるのなんの……。

 

「すごいね……」

 

 私の抱いた感想はまどかも同じだったようである。

 

「なんかもう、ずるいね! 何教科得意なのよ!」

「何教科だろうね……」

 

 正直、ひしひしと伝ってくる全教科得意の予感に、はやる嫉妬を抑えられない。

 私だって、色々頑張ってるんだけどな。比べるもんじゃないってのはわかってはいるんだけど。ちょっと悔しさは感じちゃうよね。

 

 それでも、それでもあの体の細さだ……体育だけは、きっと……。

 私は次の時間に来たる体育に、ほんの僅かな祈りを抱いていたのだけれども。

 

 

 

「ふッ」

 

 大空の下、ほむらの細い体は美麗なフォームで宙を舞うのでござった……。

 

「け、県内記録じゃないの?これ……」

 

 いやぁ。神童なんて話には聞くけど、現物は初めて見たよ。

 というかほむらの体のどこに、高く飛ぶバネが仕込まれているのか。

 どう見たって虚弱な身体なのに。運動神経が良いの一言で済まない気がするんだけど……いいや、しかし体育だけは!

 

「……負けてられないね!」

「さ、さやかちゃん?」

「私も県内記録を出す!」

「えー」

 

 まどかの弱気パワーの煽りを貰う前に、さっさと一度飛んだバーを正面に据える。

 やるぞやるぞ。私はやるぞ。

 

「あら? どうしたの? 美樹さん」

「もう一度、飛ぶ!」

 

 先生は呆れ顔だけど、こっちは本気だ。

 

「もうやったんじゃ……」

「ほむらのほっそい体で飛べて、私に飛べないはずがない!」

 

 それは私の高らかな宣戦布告である。

 周囲で体育座りにかまける軟弱なクラスメイトたちは“また美樹さんだよ”とかなんとか言ってるが、気にしない。

 ほむらも少々眼球運動だけが挙動不審だが、本当に驚かせるのはここからだ。

 

「見てなさい! インターハイに出てやるくらいの記録を出してやるんだからぁああ!」

 

 風を切って駆ける。

 学年最速の助走で、一気にバーまで。

 

「……インターハイは高校よ、さやか」

 

 バーを蹴っ飛ばしたとき、何かむっとする一言が聞こえた気がした。

 

 

 

†††††††††††††††††††

 

 

 

「……今度こそと意気込んでいたのに。何かしら、今回の美樹さやかは」

「まどかが保健係をやっているはずだったのに、おかしいわね」

「今まで、こんな事は起こらなかったのだけど……」

 

「……いえ。些細なことに気を取られちゃいけないわ」

「キュゥべえとの接触を阻止しないと」

 

 

 

†††††††††††††††††††

 

 

 

 ファストフード店内にて。

 

「わけわからぁん……」

「わけわかんないよね……」

 

 私は机に突っ伏してぶーたれていた。

 うおお……世の中にあんな完璧な人間が実在してるとは思わなかった……いや、むしろ今でも信じたくない……。

 頭脳明晰だけでなく、まさか文武両道だったとは。なんとなく嫌な予感はしていたけどさ。

 

 放課後の私達の話題は、当然ながら暁美ほむらに関するものだった。

 きっと他の人達のグループだって似たようなものだろう。あと数週間はクラスの話題の人になるだろうね。

 

 ……けど、暁美ほむら。私は彼女がただ秀でているだけの人間でないことを知っている。

 最初の挨拶の後、保健室へ連れて行った時のことだ。

 

 あの時の短いやり取りは印象的だった。

 まどかや仁美とも、それについて話すくらいにはね。

 

「文武両道で才色兼備……かと思いきや、実はサイコな電波さん。だったりしてねー」

 

 

 “貴女は自分の人生が、貴いと思う?”

 

 

「本当にそんなこと聞かれたの?」

「ん。まぁ、良い質問だったけどね」

 

 どこか胸の奥にズン、とくる問答だった気がする。

 イマドキの中学生の友人と真面目くさった顔で話し合えるものじゃないけれど、それでも私にとって、自分の生き方の核心に触れるような、そんな。

 

「……しっかしどこまでキャラ立てすりゃあ気が済むんだ? あの転校生は……萌えか? そこが萌えなのかぁ?」

 

 モテるんだろうなぁほむら。

 けど文武両道容姿端麗て、それもはや、狙うとかあざといとかゆーレベルじゃないよな。人間の完成形だよ。

 

「さやかさん、本当に暁美さんとは初対面ですの?」

「あー……そりゃあ」

 

 そりゃあ……ないはず、なんだけどね。

 

「懐かしいような感じは、しなくもないなぁ」

「ふふ、なんですか、それ」

 

 グリーンソースフィレオをもりもり齧りながら思い起こしてみる。

 

 会ったっけ、暁美ほむら。

 ……いや、ないよな、そりゃあ。

 そんな名前の子、知り合ってたら覚えてるもの。

 

「えっと、あのね……? あんまり馬鹿にしないで、聞いて欲しいんだけど……」

「ん?」

「どうされました?」

 

 私が思い出すのに悩んでいる最中、おずおずと普段主張のないまどかが控えめな挙手をした。

 

「昨夜あの子とね……夢の中で、会った……ような……」

「ぶふっ」

「んふっ……」

 

 私と仁美は今日一番の笑いに苦しんだ。

 冗談でもなんでもなかったようで、まどかはそんな私らを見てちょっと恥ずかしそうに怒ってたけど。

 

 

 

 まどかに電波属性があったことを最大の収穫に店を出て、仁美と別れた。

 仁美は予定がいっぱいだ。正統派文武両道のお嬢様は大変なのである。

 

 ……ほむらも何かやってるのかな。

 細い体でも凄い記録が出せるほどの体捌きを見るに、古武術とか得意そうだったな。

 痴漢に襲われても、次の一瞬では手首捻られた痴漢が宙に舞ってホームに叩きつけられてるに違いない。

 

 なんてことを考えている間に、CDショップについた。

 

 クラシックはこっちだ。私はここいらのコーナーに用がある。

 まどかはまどかで、自分の興味のあるカテゴリのほうに足を向けた。お互い無理して趣味の細部を擦り合わせることもないだろう。

 私は、なんだかんだで聞きかじっているクラシックの試聴だ。

 

 恭介のために持っていってやりたいというのが一つ。

 もうひとつは、まあ、単純に私自身もクラシックの沼にはまりつつあるということだろうか。

 

「ふんふんふぅーん……」

 

 こうして心を落ち着ける音楽は、剣道部にいた頃も好んで聞いていた。

 不思議とクラシックの曲調は、剣の動きや呼吸にも活かされている気がしてならないのよね。

 私の場合、まあ、型はダメダメだったんだけど……。

 

『助けて……』

「……ん?」

 

 声が聞こえた。

 

『助けて……まどか……!』

「まどか?」

 

 何かの空耳か。

 けどヘッドフォンを外しても、まどかに助けを求める幼げな声は続いている。

 

 どこから聞こえる声? 距離は? 誰の?

 なんだか噛み合わない。これは一体どういうことだろう。

 

「……あ」

 

 辺りを見回して声を主を探していると、私と同じようにふらりと歩き回るまどかの姿が見えた。

 

「何だろ」

 

 誰がなにを、何故まどかに助けて、なのか。

 これは私の直感だけど、良くわからないことにまどかを巻き込ませたくはなかった。

 私は小走りで彼女に近づき、肩をポンと叩いてやる。

 

「聞こえた? まどか」

「さやかちゃん、うん……」

 

 どうやら本人にも聞こえていたみたいだ。

 周りにいるお客さんや店員さんは無反応だけど……?

 

 いや、考えるならそもそもヘッドフォンしていたのに声が聞こえた時点でおかしい。奇妙だ。

 

「どこ? どこにいるの?」

「どうしたー、出てこーい」

 

 声がするらしき方角は、不思議と伝わってくる。

 それを頼りに階段を登り、私達は次第に人気のない工事中のフロアへと導かれていった。

 

 何も入っていない空きの階層。寂れた空白階。

 

 突然、真上から激しい物音と共に、何かが振ってきた。

 

「きゃ!」

 

 埃かぶった何かが落下してきた。

 

「助けて……」

 

 白い小動物だ。

 

「あなたなの……!?」

「え、なにこれ、猫? じゃない……」

 

 猫だと思った。けど、猫ではない。

 薄汚れた床の上に落ちてきたのは、白猫らしき不思議生物だった。

 耳からは謎の肢体が伸び、そこに輪がついている。ファンシーな見た目だけど、ぬいぐるみではなさそう……。

 

 いや、というか、なんでこれ、喋れるわけ……!?

 

 だが私の驚きはそれだけに留まらなかった。

 

 じゃらりと天井から鎖が落ち、天蓋のパネルが壊され、破片が床に散らばる。

 そこには、もっと不思議な装いの人間が降ってきたのだ。

 

「そいつから離れて」

 

 暁美ほむら。完璧超人だけど不思議なところもある、謎の転校生。

 ほむらは見たこともない装いを身にまとい、私達を……なんというか、睨みつけていた。……ほむらだよね?

 

「だ、だって……この子、怪我してる」

 

 その殺気はまどかにも伝わったらしい。

 ほむら、らしき人物が一歩踏み出すと、まどかは謎の白い猫を抱きしめた。

 

「ダ、ダメだよ、ひどいことしないで!」

「やめなよ」

「貴女達には関係無い」

「何よそれ、関係あるわよ」

 

 私はまどかへの殺気を遮るように立ちはだかる。

 

 よくよく正面から見てみれば、このほむら。本当に奇妙な格好をしている。

 なんというか、ひらひらしているスカートとか、服とか、色合いは落ち着いてるけどデザインはとても派手。

 

 この時、なんともなしに私がイメージした単語が、魔法少女。それだった。

 日曜にやっていた小さな女の子向けのアニメを想起させる。そんな格好だ。

 

「あなた達には何の関係も無い。早くその白いのを置いて、帰りなさい」

「だってこの子、私を呼んでた……」

「気のせいよ、帰りなさい」

 

 魔法少女みたいな姿をしたほむらは執拗だ。

 意地でもこの白猫らしい奴を手に入れたいらしい。

 

 けど、そうはいかない。

 この白猫は、私達を呼んでいたのだから。

 

「聞き間違えなわけない、私も聞いたよ! この生き物、まどかを呼んでた!」

「え?」

 

 コスプレほむらが一瞬驚いてみせた直後、その意外な一面を遮るようにして景色が歪む。

 

「!?」

 

 うねる世界。塗り替わってゆく恐ろしげな景色。伸びる有刺鉄線。

 

「な、なにこれ……」

 

 まるで抽象画の絵画の中の世界みたい。

 

「……いこう! ここはマズい!」

 

 今の一瞬で何が起こったのかは、私にはわからない。

 それでも私はこの場にいけないと思った。

 

 まどかの手を引き、もと来た道へと走り出す。

 

 この景色から逃げるために。あるいは、ほむらから逃げるために。

 

 

 

 

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