全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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それが貴女の限界ではない

「な──」

 

 勢いづいてどうしようもない体とは裏腹に、頭は至って冷静に働いた。

 

 まず私は今、炎に噛み付かれている。

 比喩ではない。真っ赤な炎の、龍らしきものを象るそれに、脚ごと胴を噛みつかれたのだ。

 

 炎ならば体が突き抜けるかと思いきや、炎には質量らしき実体があるようで、灼熱の牙が身体の中にわずかに食い込んでいるのがわかる。

 

『ボォオオオッ』

「や、このっ……!?」

 

 炎の龍なんて、そんなシャレにならないものがどこから沸いて出てきたのか。

 龍の尻尾を辿っていけば、答えは明白だった。

 

「喰らいつけ」

 

 炎の龍は、杏子の髪飾りから伸びていた。

 そして喰らい付いた龍は、軽々と私の体を高くまで持ち上げて……。

 

「っぐぁッ!」

 

 鋭い弧を描きながらコンクリの地面へと飛び込み、私を叩きつけて爆散した。

 

「……チッ、せっかく燃えてきた炎が消えちまったよ……だがこいつを使わせるとはね。アンタ、やっぱりすげーよ」

「……」

 

 焦げついた身体が動かない。

 身体は無事か? 怪我の状態は? 

 とにかく、動け。立ち上がって構えろ、私。

 

「さて、聞かせてもらおうか……“まだやるか”?」

 

 杏子がすぐそこまでやってきても、私は身体を起こせなかった。

 できるのは、ただ顔を奴に向けることくらい。

 

 ……杏子の髪留めの炎が消えている。

 先ほど現れた炎の龍は、髪留めの炎が膨れ上がり、変形したものだった。

 炎は意志を持つかのように動き、私をぶっ飛ばしてみせた。

 腕も脚も必要としない、魔法少女ならではの強力な技だ。

 

 その発動に必要なのは、髪留めの炎だろう。

 今まで使い渋っていたところをみると、一度発動させてしまえば炎が消えてしまうというリスクがあったようだ。

 となれば、今の杏子の戦闘能力はかなり下がっているはず……。

 

「“まだやるか”って聞いてるんだよ」

「ぐっ」

 

 腹を蹴られて地面を転がる。

 ああ……杏子以上に戦う能力を削がれたのは、私の方らしい。

 

「さやか、あんたの全力はだいたい解った……これ以上やっても、無駄だってこともね」

「……」

 

 何だと。

 

「これも、聞かれてないけど答えてやるよ。……アタシの願いは“何にも負けないほど強くなりたい”だった」

「……正反対か」

「ハッ、どうだかね。ただ、アタシの願いの方が上だったってのは確かなわけだ。魔法少女としての素質とやらもね」

「……私の願いが、下だと」

「ああ、そうとも。この戦いでわかったでしょ?」

 

 冷えて動かなかった身体に血液が巡り始める。

 

「アタシはな、本当に強い奴と戦いたいんだ。そのためのボルテージを、雑魚の冷やかしで下げたくはないわけ」

 

 雑魚だと。

 

「つまり、“ワルプルギスの夜”と戦うのはアタシ一人で十分 ──その間、雑魚のアンタらには鬱陶しいから引っ込んでてもらおうって話さ」

「……」

 

 口の中で奥歯が欠けた。もう限界だ。

 

「その“ワルプルギスの夜”ってのが何なのかは知らない」

「ぁあ?」

「それがどんなやつで、どれだけ強いのか、弱いのかも」

「なんだ、知らなかったのかよ」

「だけどそれにしたって、随分と私を見下してくれるじゃないの」

 

 右手一本で体を支え、上体を起こす。

 左腕からの流血はゆっくりと続いているが、頭に上る血流を弱めることは出来ていない。

 

「ああ、見下してるとも。勝負は決まったようなもんだ」

「……」

「強さを願ってもその程度じゃ、これから場数を踏んだところでたかが知れてるさ。早い話が、向いてねーんだよ」

「何……」

「あんたは弱い。まだマミや、ほむらの方が強い部類に入るだろうね」

 

 今……左拳が無いことが残念だ。

 もしも左拳があれば……右と、左とで揃っていたならば。

 

 地を這ったまま両の拳を下へ叩きつけることも、両手で頭を掻き毟ることもできただろう。膝を抱えて泣くこともできた。

 だけど今は左拳がない。残念だ。もう私の手は、右しかない。

 

「もし相手もその気なら、次はほむらと戦いたいもんだけど……?」

 

 片腕だけじゃあ、この爆発しそうな気持ちを、全力で発散できそうにない。

 

 足りない。何もかも。

 

「ふざけるなよ、杏子」

「…………なんだ……?」

 

 左腕が焼けるように熱い。

 血と魔力が交じり合い、傷口から煙が噴き溢れてくる。

 

「!? 炎が、また燃え始めやがった……!?」

「まだ決着はついてない」

 

 左手に火傷のような痛みが走り、そこに“手がある”という感覚が戻ってくる。

 けど私の手が戻っているわけではない。手首から先は存在していないはずだ。

 

 幻肢の感覚があるそこには、青い煙が立ち上るのみ。

 けれど、幻ではない。なんとなくだけど、私にはわかる。

 

「……何が起きてやがる。なんだ、どうしてまだ、アンクが燃えるんだ……!?」

「……まだ終わりじゃない。まだ、立ち塞がった私を、潜り抜けさせはしない」

 

 傷口の煙が手を形取り、拳を作る。

 

 “やれる”。予知に近い確信を握り締めた。

 

「全てを守るなら、まだまだ強くならなきゃいけない」

 

 ああ、そうだ。

 これこそが、私が持つ固有魔法! 

 

「こんなところで……力の限界を感じちゃ、いられないのよッ!」

「!?」

 

 銀色の左拳が杏子の右顎に食い込む。

 鈍く、それでいて弾けるような音と共に、彼女の身体はぶっ飛んでいった。

 

「……」

 

 杏子を殴り飛ばした左腕を眺める。

 魔法少女の格好は形容しがたいものが多いと思っていたけど、これは言葉に表しやすい方だろう。

 

 銀で出来た篭手。そのまま、それだ。

 

「……へへ」

 

 まるで騎士のようだ。

 

 騎士。人々を守る正義の騎士。

 

 うん、それこそまさに、私にピッタリって感じだ。

 何かが足りない。弱い。そう思ってはいたけれど。

 

 こうなってようやく、私の願いは完成されたってわけだ。

 

「……なるほどね、大した隠し玉だよ」

 

 支柱のポールを二本もへし折るほどにひしゃげたガードレールから、杏子がゆらりと起き上がる。

 彼女の髪留めは、今まで見たこともないほど大きく燃え上がっていた。

 私でもまだ把握しきれていない強さ、それがあの炎というわけだ。

 

「それが全力っていうんなら……!」

「待ってよ、杏子」

「ぁあ?」

 

 私は杏子を手で制し、そのままの手で挑発した。

 

「“まだやるか”?」

「……上ッ等!」

 

 ガードレールを蹴り飛ばし、紅い姿が飛び掛った。

 

 

 ここからが私の、本当の勝負。

 

 全てを守るための力。その全力を示す時だ。

 

 


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