全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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全てを自分で諦めていたなんて

 

「……」

 

 苦しさに呻き、薄目を開けた。

 見慣れない白い天井。 視界の隅で揺れるインテリア。

 

 ……病院でも、私の部屋でないことも確かだった。

 

「さやか」

「……?」

 

 声に顔を向ける。

 そこには、煤子さんがいた。

 彼女は椅子に座り、私を心配そうに見つめている。

 

「丸二日も寝ていたのよ?」

「……二日……?」

 

 なにを言ってるの? 二日って? 

 

「杏子は一日だったけど」

「!」

 

 杏子。

 そうだ、私は十四歳。今は五年前のあの日々じゃない。

 

「杏子!」

「杏子はもう居ないわ、さやか」

「……ほむら」

 

 彼女は煤子さんではない。ほむらだ。

 

「……」

 

 見回す。白い部屋だ。

 壁らしき場所には、沢山の額縁が飾られている。このセンス……。

 

「ほむらの部屋?」

「ええ、二人ともひどい怪我だったから、連れてきて寝かせたの」

 

 二人とも。私と杏子だ。 ……同士討ち? 

 

「ねえほむら、どっちが勝った? 私と杏子、最後まで立ってたのは……」

 

 そこまで言って、失敗したと気付く。ほむらが私のことをジロリと睨んでいたからだ。そんなこと気にしてどうする? とでも言いたげである。一理ある。

 

「凄まじい魔力の反応があったから、辺鄙な場所まで来てみたら……もう、柄にもなく血の気が引いたわよ」

「あ、あはは、ほむらが助けてくれたんだよね……ありがとう」

「大変だったのよ、ソウルジェムもギリギリで……あ」

「ん」

 

 左手を握り締める。

 その感覚を覚え、毛布の中のそれを取り出してみれば、銀の篭手ではない生身の腕があった。

 

「くっついてる……これも治してくれたの?」

「……ええ、治癒するのにいくつかグリーフシードを使ってね」

「はは、面目ない……世話になりっぱなしだね、私」

 

 杏子との白熱した戦いが、未だに頭の中に残っている。

 命を賭けた戦いの中で私の力は覚醒し、新たな魔法“セルバンテス”を手に入れることができた。

 

 半透明のバリアーを出す白銀の篭手。

 守りの願いのために生まれた、私だけが持つ固有魔法。

 

「……良い戦いだったよ」

「……」

 

 思わず震える左手を握り締めて振り返る。

 ほむらはそんな私を冷めた目で見ていた。 そんな顔するなよう。

 

「えっと、杏子もここで寝てたんだよね?」

「ええ、彼女も重症だったから……あなたほどではないけど」

「何か言ってた?」

「……さあ。目覚めた直後は、ちょっと子供っぽかったけど」

 

 子供っぽかった? なんのこっちゃ。

 

「礼も言わず、すたこらと出ていったわよ」

 

 ほむらが向かったのはキッチンだろうか。部屋の奥の方からお湯を注ぐ音が聞こえる。

 何か淹れてくれてるのかな。

 そう思っている直後、二つのマグカップを持ってほむらがやってきた。

 

「MILO、飲む?」

「あ、ありがとう、嬉しいな」

 

 意外なものを出してくるね。少し驚いたよ。

 湯気がほわほわと立つカップ。何年か嗅いでいなかった香りが鼻腔をくすぐる。 なんだか懐かしくて、落ち着くな。

 

「……ほぅ……和みますなぁ」

「……」

 

 心地よい沈黙。

 ふと、壁に浮かぶ額縁を見上げる。

 最新のインテリア・イメージフレームとやらだろう。 前にいいなと思って値段を調べたら、なかなか目を剥く金額だったのを覚えている。

 さすがにうちで買うつもりはないけど、こうして見てみると、欲しくなってくるな。

 お小遣いで足りるだろうか、なんて。

 

「……」

 

 いや……違う。

 よくよく見れば……額縁にあるあの絵は。まさか。

 

「気付いた?」

「浮かんでるあの絵って」

「ええ、その通り。あれは魔女のイメージ画像よ」

 

 それは歯車で出来た、スチームパンクじみた独楽のようにも見える。

 ほむららしいイメージフレームだなぁと薄ぼんやり思って眺めていたが、歯車の反対側にぶら下がる女性の姿を見て、暢気な気分吹き飛んだ。

 

「……これ、大きい?」

「良くわかるわね。全長百メートルはあるかしら」

「……百メートルだと」

 

 百メートルの魔女がいる、魔女の結界。

 そして見た感じではこの魔女……。

 

「浮いてる?」

「ええ。三百メートル以上は浮けるみたいね」

「……」

 

 口を覆いたくなる気持ち、わかってほしい。

 どんな規模の場所で戦えというのだろうか。

 それこそ見滝原で戦ったほうが開放的に……。

 

「……」

「……顔色、悪いわね」

「ほむら、この魔女もういない?」

「今はまだ、いないわね」

「……どこに」

「見滝原に」

「……」

 

 

 ──私は、本当に強い奴と戦いたいんだ

 

 ──“ワルプルギスの夜”と戦うのは私一人で十分

 

 

「ワルプルギスの夜」

「! 知ってたの」

「強い奴だ、一人で戦いたい、杏子がそう言ってたんだ」

「……やっぱり、そう」

 

 そうか。杏子はこれと戦いたかったのか……。

 でも、結局これは何なわけ? 

 

「教えてほむら。こいつ、何なのさ」

「……」

 

 自分のマグカップを飲み干したほむらは、口元のココアを拭って話を始める。

 

「見滝原に、この魔女がやってきて……街を壊滅させるわ」

「未来形? いつ来るの?」

「丁度一週間後よ」

「……」

 

 ベッドに寝転がり、天井を仰ぐ。

 真っ白な天井に、頭の中の日めくりカレンダーが七枚、横並びに配置される。

 

 一枚一枚の上に浮かび上がる様々な予定のイメージ映像を消去。

 かわりに最後の一枚に、魔女の肖像を配置。

 

 ……よし。あと一週間か。

 

「どうしようか考えているのね」

「うん」

「……ねえ、さやか」

「ん」

 

 ほむらの目を見る。怜悧で、しかし何かに燃えるような目。

 

「一緒に考えましょう」

「うん、そうだね。それがいい」

 

 ほむらは隠し事が多い。

 けど、私はきっと彼女のこんな部分を垣間見ているからこそ、信頼しているのだと思う。

 

 

 

「……これが、ワルプルギスの夜対策の全てよ」

「……」

 

 数多の図を用いて聞かされたのは、綿密な戦略だった。

 予想出現位置、初撃、その後の動き、追撃。

 弾道計算から爆風……何がどうなれば、中学生にこんな知識が刷りこまれるのだろうかと思えるものばかり。

 いや、それどころか……ていうか、そもそも。

 

「この、ロケットランチャーってのは……」

「もう用意してあるわ」

「鉄塔の爆破……」

「根元付近のカラスの巣に設置済みよ」

「トマホーク……」

「川への設置は完了したわ」

 

 こわい。

 

「こ、このレンズ効果爆弾群ってのは……?」

「……それについてはちょっと、時間がなかったわ。今からでも、間に合いそうにはないかもしれない」

「そうなんだ、良かった」

「良くはないわよ」

 

 いやぁ、そんな物騒すぎるものはさすがに勘弁して欲しいわ。

 

「あのさ。杏子もそうだけど、ほむらもどうしてこの魔女のことを知ってるの?」

「……結構、有名だもの。魔法少女の間では伝説として語られているわ」

「伝説の魔女ねぇ……ワルプルギスの夜、かぁ」

 

 魔女が集まるヴァルプルギスということは、どこかであったお祭りのことだったかな。

 魔女迫害の時代。異端審問のため、女達を誘導尋問したり拷問じみた手法で魔女を自白させたり。女としては見ててうんざりするような凄惨な記録は多く残っている。

 

 魔女が集まる妖しい集会……か。

 魔法少女としては、聞いただけでも恐ろしいネーミングだ。

 

「杏子はキュゥべえから聞いたと言っていたわね」

「それでどうしてやってくる時期までわかるの?」

「……そうね」

 

 ほむらは私の目を見た。

 ……何かを、探っている? 確かめている? 

 

「そろそろ話してもいいのかしら、この事」

「……」

 

 この事。重い口調から発せられたそれは、きっと“あれ”だ。

 今日まで私や、マミさんに対して続けていた隠し事。

 

「ねえさやか。全てを話したいと思うんだけど……気をしっかり持って、聞いてくれる?」

「うん、聞くよ。話してくれてありがとう」

「……ううん。いいえ、違うわ。聞いてくれてありがとう、さやか」

 

 

 

 † 8月20日

 

 

「ねえ、さやか」

「ん? なあに?」

 

 青空の下で、乾いた木が打ち合わされている。

 飲み込みが早いさやかの動きは、一端の剣術として十分に見ることのできるものとなっていた。

 

 正面に対する煤子の動きも、さやかに追いつかれまいと速くなる。

 時折麦藁帽子を抑える仕草には、さやかの確かな成長が見て取れるのだった。

 

「さやかは何故、毎日ここへ来るの?」

「へ? なんで?」

「友達と遊ぶことだって……家族と一緒に過ごすことだって、出来るでしょうに」

「えー、なにそれ」

「夏休みでしょう。自分の好きなこと、何でもできるのよ」

「ここに来る理由なんて、そんなの決まってるよぉ」

 

 頬の汗を吹き飛ばし、さやかは笑った。

 

「煤子さんと一緒にいるのが、楽しいからだよっ!」

 

 煤子の軽い木刀が、アスファルトの坂を転がっていった。

 

「……なんで?」

 

 さやかは不思議そうに見上げている。

 

「楽しいって、私と一緒にいるのに?」

「? なんで?」

 

 何故。

 再び、そう言いたげな顔で聞き返される。

 

「……」

 

 今までは子供だからと何気なく接してきたが、それが逆に、生来より途切れることのなかった緊張をほぐした。

 自分が気兼ねせず、相手もそれを感じ取り、お互いが自然体になれている。

 

 気遣いも気苦しさもない、打ち解けているという心境。

 さやかからしてみれば、自分との関係は既にそこまで進んでいるのだ。疑問なんて持ち得ない。つまり。

 

 ──もう、友達なのだ

 

「……ああ、そういうことなのね」

 

 涙が頬を滑り、静かに途切れて落ちた。

 

「煤子さん……?」

「……ごめんなさい、ちょっと、ね」

 

 煤子の涙は止まらなかった。

 

「大丈夫……?」

「ええ、ごめんなさい……ほんと、私っていつでもそうなの。鈍臭くてね……」

 

 薄ピンクのハンカチで両目を覆う。

 小さなさやかは、麦藁帽子の下から心配そうに覗き込んでいた。

 泣く姿を隠すように、煤子は背中を向ける。

 

「……あなたと、仲良くできる……できたのなら」

「煤子さん……」

「もっと早く、気付けていたら良かったのにね?」

「……」

 

 その後、煤子は涙の訳を語ることはなかった。

 

 

 

 † それは8月20日の出来事だった

 

 

 

 


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