全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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甘えさせないで

 

 

 私に差し伸べられた、少女の手。

 

 彼女はとても優しく、力強くて……その姿は私に勇気をくれた。

 

 こんな私でも大丈夫だと。

 

 かっこ良くなれるからと、励ましてくれた。

 

 掛け替えのない、友達の手……。

 

 私を引き上げてくれたその手を忘れたことなんて、一度もない。

 

 

 だから私は、彼女を助け出したい。

 

 何度同じ時間を繰り返しても良い。

 

 何年でも、何十年でも、何百年だって戦い続ける。

 

 何を犠牲にしても構わない。

 

 彼女を救い、また、共に歩いてゆける未来が見つかるなら。

 

 

 全てはまどかのために。

 

 私の最高の友達のために。

 

 

 

「そのために、ワルプルギスの夜を倒す。それが私の目的」

 

 ほむらは静かな口調で語り終え、冷めきったカップを置いた。

 歳に似合わない超然とした雰囲気。そのわりに病弱そうな細身の体。……今まで噛み合っていなかったほとんどのピースが、答え通りにピタリと嵌る。

 

 そして……なるほどね。魔法少女が魔女になる。魔女の強さは魔法少女の強さ。

 今までの話を聞けば、ほむらの行動は正しかったのだとわかる。

 

「まどかに契約をさせない、か。これは絶対だね」

「……ええ、絶対に」

 

 ほむらの話を聞き終えた。

 内容は長かったけれど、まとめると簡単だ。

 

 ほむらはまどかを救うために、未来からやってきた。

 彼女は何度も過去へ戻り、何度もワルプルギスの夜と戦ってきた。そして同じ数だけ負けてきた。

 

 その中でほむらは、ソウルジェムの重大な秘密に気付いたんだ。

 ソウルジェムの穢れが限界を超えたとき、私達魔法少女は、魔女になるという秘密を。

 

「……ショックよね」

 

 いや、そもそも秘密だったのかもわからない。

 キュゥべえに聞けば教えてくれたかな? 感情のない宇宙人だって話だけど、だとすると行動理念はあくまでも約款みたいなもので……。

 

「そうよね、そう……みんな受け入れられなかったもの。あの巴さんでさえ……」

 

 ……なんて考えも、今は無粋か。

 私の目の前には、不安に小さく震える女の子がいる。

 

 精神年齢はずっと上で、けれど……とても健気で、友達想いで、一途な女の子が。

 ……理屈をこねくり回している時じゃない。それは私にもわかる。

 

「よく、頑張ったね」

「え?」

 

 よくよく見れば。

 ほむらの体の細さも、顔つきも、実際のところは、彼女の性格に合っていない。

 

 彼女は一ヶ月前までは、弱気で病弱な少女だった。

 けれど、累計で何年にも及ぶ戦いを繰り返すうちに、その精神は身体を置き去りにしてしまったのだ。

 

 鋭い目、固く結ばれた口元。

 緊張を緩めない表情は、ミステリアスやクールの演出だけではない。

 それはまどかを救うために刻まれ続けた、戦士の傷なのだ。

 

「まどかのために……大変だったよね」

「……」

「一人は辛かったよね」

「……やめて」

 

 私がそっと彼女の頭を撫でていると、それは震えた声によって拒まれた。

 潤みかけた鋭い目が、弱々しく私を睨んでいる。

 

「私はまだ、戦いをやめたくないの」

「……うん」

「ここで甘えたくない……甘えたら私、ダメになる」

「そっか」

 

 年相応に縋りたいだろう。努力した分だけ使われたいだろう。

 けどほむらは、その精神が実を結ばないことに気付いている。自分の性質をわかった上で、甘えないのだ。凄まじい自律心である。

 

 なら、私にできるのは寄り添うこと。

 

「私も一緒に戦うよ、ほむら」

「本当?」

「もちろん。最初からそのつもりだったしね」

 

 自分のソウルジェムを掌の中で転がし、遊ぶ。

 一点の曇りもない群青は、深い海を思わせるように、静かに揺らめいていた。

 

 これが私の魂そのもの。ポイっと捨てて魔法少女やーめたなんて事は、許されないわけだ。

 

「なるほどねぇ。ソウルジェムが限界まで濁ったら魔女になる……予想はしてたけど、やっぱその通りかぁ」

「ショックじゃないの」

「ううん。最初は“死ぬのかな”くらいに思ってたけど、あんま変わらないしね。実を言うと薄々勘付いてたし」

「……そう」

 

 ソウルジェム。魂。その穢れなのだから、最大まで溜まって無事で済むはずはない。

 ヒーローの対極に位置するヴィランが、その起源をヒーローと同じにするという設定はよくある話だ。そんな連想をする人は、案外多いんじゃないかと思う。

 

 けど、ぽっくり死ぬのも、魔女になるのも、私から見ればあんまり変わらない、些細な違いだ。

 魔女が一体増えたところで大勢に影響はしないだろう。それよりは使い魔を放置する方が深刻なんじゃないかと思う。

 

 ひょっとするとこの法則、杏子も気付いてるかもしれないな。

 マミさんは……どうだろう。知ってるのかな? いや、説明はしてなかったし、知らないか。下手に言わない方が良いかもしれない。

 

「とにかく! ワルプルギスの夜を倒す! まどかを魔女にしない! ……この二つをクリアしちゃえば良いってことね?」

「言うのは簡単だけど……」

「大丈夫! 今までほむらが出会ってきた私はどうだか知らないけど、このさやかちゃんには、必殺の武器があるのだ!」

 

 そう。ほむらから聞かされた、同じ時間を繰り返す話。

 かいつまむ程度の内容でしかないけれど、その中での私はいずれも、この私とは違うらしいのだ。

 過去での私は迷走したり、魔女になったり、情けない死に方したりと、色々やらかしたらしい。 聞いてて悲しくなってきたのは内緒だ。

 

 だけど、今ここにいる私自身や杏子は、それまでほむらが見てきたものとは大きく違うという。

 願い事も違うし、戦闘能力も大幅に“改善された”(原文ママ)とのことだ。

 

 SFじみた話だけど、もしもこの世界の時間の流れが束になり、平行世界になっているとするなら……今回のほむらはきっと、随分な遠い並行世界へと来てしまったのかもしれない。

 

 もしそうでないとすれば……。

 

 私の中にある仮説。

 いや、きっとほむらも考えているであろう仮説。

 

 ……四年前に私と杏子の前に現れた、煤子さん。

 

 彼女こそ、この時間の流れの大きな鍵を握っていたに違いない。

 

 

 


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