私に差し伸べられた、少女の手。
彼女はとても優しく、力強くて……その姿は私に勇気をくれた。
こんな私でも大丈夫だと。
かっこ良くなれるからと、励ましてくれた。
掛け替えのない、友達の手……。
私を引き上げてくれたその手を忘れたことなんて、一度もない。
だから私は、彼女を助け出したい。
何度同じ時間を繰り返しても良い。
何年でも、何十年でも、何百年だって戦い続ける。
何を犠牲にしても構わない。
彼女を救い、また、共に歩いてゆける未来が見つかるなら。
全てはまどかのために。
私の最高の友達のために。
「そのために、ワルプルギスの夜を倒す。それが私の目的」
ほむらは静かな口調で語り終え、冷めきったカップを置いた。
歳に似合わない超然とした雰囲気。そのわりに病弱そうな細身の体。……今まで噛み合っていなかったほとんどのピースが、答え通りにピタリと嵌る。
そして……なるほどね。魔法少女が魔女になる。魔女の強さは魔法少女の強さ。
今までの話を聞けば、ほむらの行動は正しかったのだとわかる。
「まどかに契約をさせない、か。これは絶対だね」
「……ええ、絶対に」
ほむらの話を聞き終えた。
内容は長かったけれど、まとめると簡単だ。
ほむらはまどかを救うために、未来からやってきた。
彼女は何度も過去へ戻り、何度もワルプルギスの夜と戦ってきた。そして同じ数だけ負けてきた。
その中でほむらは、ソウルジェムの重大な秘密に気付いたんだ。
ソウルジェムの穢れが限界を超えたとき、私達魔法少女は、魔女になるという秘密を。
「……ショックよね」
いや、そもそも秘密だったのかもわからない。
キュゥべえに聞けば教えてくれたかな? 感情のない宇宙人だって話だけど、だとすると行動理念はあくまでも約款みたいなもので……。
「そうよね、そう……みんな受け入れられなかったもの。あの巴さんでさえ……」
……なんて考えも、今は無粋か。
私の目の前には、不安に小さく震える女の子がいる。
精神年齢はずっと上で、けれど……とても健気で、友達想いで、一途な女の子が。
……理屈をこねくり回している時じゃない。それは私にもわかる。
「よく、頑張ったね」
「え?」
よくよく見れば。
ほむらの体の細さも、顔つきも、実際のところは、彼女の性格に合っていない。
彼女は一ヶ月前までは、弱気で病弱な少女だった。
けれど、累計で何年にも及ぶ戦いを繰り返すうちに、その精神は身体を置き去りにしてしまったのだ。
鋭い目、固く結ばれた口元。
緊張を緩めない表情は、ミステリアスやクールの演出だけではない。
それはまどかを救うために刻まれ続けた、戦士の傷なのだ。
「まどかのために……大変だったよね」
「……」
「一人は辛かったよね」
「……やめて」
私がそっと彼女の頭を撫でていると、それは震えた声によって拒まれた。
潤みかけた鋭い目が、弱々しく私を睨んでいる。
「私はまだ、戦いをやめたくないの」
「……うん」
「ここで甘えたくない……甘えたら私、ダメになる」
「そっか」
年相応に縋りたいだろう。努力した分だけ使われたいだろう。
けどほむらは、その精神が実を結ばないことに気付いている。自分の性質をわかった上で、甘えないのだ。凄まじい自律心である。
なら、私にできるのは寄り添うこと。
「私も一緒に戦うよ、ほむら」
「本当?」
「もちろん。最初からそのつもりだったしね」
自分のソウルジェムを掌の中で転がし、遊ぶ。
一点の曇りもない群青は、深い海を思わせるように、静かに揺らめいていた。
これが私の魂そのもの。ポイっと捨てて魔法少女やーめたなんて事は、許されないわけだ。
「なるほどねぇ。ソウルジェムが限界まで濁ったら魔女になる……予想はしてたけど、やっぱその通りかぁ」
「ショックじゃないの」
「ううん。最初は“死ぬのかな”くらいに思ってたけど、あんま変わらないしね。実を言うと薄々勘付いてたし」
「……そう」
ソウルジェム。魂。その穢れなのだから、最大まで溜まって無事で済むはずはない。
ヒーローの対極に位置するヴィランが、その起源をヒーローと同じにするという設定はよくある話だ。そんな連想をする人は、案外多いんじゃないかと思う。
けど、ぽっくり死ぬのも、魔女になるのも、私から見ればあんまり変わらない、些細な違いだ。
魔女が一体増えたところで大勢に影響はしないだろう。それよりは使い魔を放置する方が深刻なんじゃないかと思う。
ひょっとするとこの法則、杏子も気付いてるかもしれないな。
マミさんは……どうだろう。知ってるのかな? いや、説明はしてなかったし、知らないか。下手に言わない方が良いかもしれない。
「とにかく! ワルプルギスの夜を倒す! まどかを魔女にしない! ……この二つをクリアしちゃえば良いってことね?」
「言うのは簡単だけど……」
「大丈夫! 今までほむらが出会ってきた私はどうだか知らないけど、このさやかちゃんには、必殺の武器があるのだ!」
そう。ほむらから聞かされた、同じ時間を繰り返す話。
かいつまむ程度の内容でしかないけれど、その中での私はいずれも、この私とは違うらしいのだ。
過去での私は迷走したり、魔女になったり、情けない死に方したりと、色々やらかしたらしい。 聞いてて悲しくなってきたのは内緒だ。
だけど、今ここにいる私自身や杏子は、それまでほむらが見てきたものとは大きく違うという。
願い事も違うし、戦闘能力も大幅に“改善された”(原文ママ)とのことだ。
SFじみた話だけど、もしもこの世界の時間の流れが束になり、平行世界になっているとするなら……今回のほむらはきっと、随分な遠い並行世界へと来てしまったのかもしれない。
もしそうでないとすれば……。
私の中にある仮説。
いや、きっとほむらも考えているであろう仮説。
……四年前に私と杏子の前に現れた、煤子さん。
彼女こそ、この時間の流れの大きな鍵を握っていたに違いない。