全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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お手並み拝見といきましょうか

 

 私達は人通りの少ない、廃屋の連なる路地裏へとやってきた。

 解体されないまま放棄された家が乱立する、その一角。

 

 私とほむらは、風化寸前の室外機の隣に貼られた魔女の結界に向き合っていた。

 

「ドンピシャだね。さっすがほむら」

「今までのも、場所は全部わかっていたから」

「なるほど……未来に生きてんなぁーほむら」

「バカなこと言ってないで、行きましょう」

 

 ほむらはさっさと結界の中へ飛び込んでしまった。

 全く、つれないやつだよ。

 

 ……今回、快気祝い前に魔女の結界へと突入したのには訳がある。

 

 まず、私が新たに習得した魔法を確認するため。

 これは、対ワルプルギス作戦の中に組み込めるかどうかをほむらが判断するための確認作業だ。

 私も銀の篭手、セルバンテスを使ったバリアーがどういう性質なのか、完全には把握していないし、私自身の勉強も兼ねている。

 

 あと……。

 ……私のために使い込まれて品薄状態のグリーフシードを、集めるためでもあるのです。ええ。

 

 

 

 結界の中は、マーブル模様で埋め尽くされていた。

 色は構造物によって様々で、床は黒や赤の暗いマーブル。

 障害物となる半球状のものや柱などは、青や紫、オレンジといった、もうちょっと薄い色が多いか。

 色分けされているとはいえ、その景色は色調からして最悪で、遠くを見ようとしても遠近感は得られず、吐き気がこみ上げてくるばかり。魔女の結界の中でも特にドギツイやつ部類のやつだ。

 

「でやぁ!」

『ぷぎゅ』

 

 そして厄介なのが、この小さな人型の使い魔たちだ。

 目も眩むマーブルの影から現れては、極彩色の身体でタックルを試みてくる。

 規則もへったくれもない使い魔の襲撃に、道中の会話もできず、私はちょっぴり苛立っていた。サーベルを振るう手にも力が入る。

 

「邪魔よ」

 

 と、そんな私の心を代弁するかのように、腰だめのアサルトライフルがフルオートで唸り声をあげる。

 惜しみなく吐き出される金属の弾は構造物ごと使い魔を蜂の巣にし、後ろに隠された隠し通路すらこじ開けてしまった。

 

「……ひぃー、すごいや」

「私の盾の中には大量の武器が格納されているわ。もちろん、対ワルプルギスの夜の物もね」

「ちなみにどこから」

「それは聞かない約束ね」

「……そうしときますかね」

 

 出し惜しみせずに使い棄てる、同じデザインの純正品チックな武器達……。

 まとまった量をどこから仕入れたのか……いや、聞くまい、言うまい……ロゴや番号を調べたら一瞬で出てきそうな気もするけどさ。

 

「そろそろ魔女のいる大広間よ」

「おお、ついに」

「その前にもうちょっとだけ使い魔が現れるから、それを相手に……」

「新しい魔法を試すわけね?」

 

 私はまだ新魔法セルバンテスを発動させていない。

 右手のサーベル一本だけで、苦もなく結界内を進めているためだ。

 

 ほむらの言う通り、今のうちに披露しておかなくてはぶっつけで魔女ということになってしまうだろう。

 それはちょっと、私自身も不安なテストになってしまう。

 

 

『ぴき』

『ぴきー』

 

 噂をすれば、汚いマーブル模様の小人が湧いて出た。

 背丈は中肉中背ちょっぴり猫背。能面だけど色は過激な二体だ。

 

「じゃ、見ててよほむら」

「銃は構えておくわね」

「平気平気。もっと楽にしてていいのに」

 

 左肩をぐるぐる回し、前へ出る。

 

「……セルバンテス!」

 

 左手が輝き、銀の篭手に包まれる。

 一回り大きくなった腕は、まるでロボットのようだ。

 

「……それがさやかの固有魔法ね」

「うん、私の願いが生み出したのがこれ……」

『ぴー!』

 

 話の流れなど理解できない使い魔が、私へと走り寄ってくる。

 ほんと無粋な連中だ。けど、話が早く進んでありがたいかもしれないね。

 

「さやか!」

「へーきだって、ば!」

 

 左手を前へ突き出す。

 使い魔は次の瞬間にも、その汚らしい体での突撃に成功するであろう。

 

『ぢッ!?』

 

 しかし身を丸めた使い魔の身体は、私の寸前で大きく弾かれた。

 電線がショートしたような大きい音と共に“見えざる壁”は僅かな青で発光し、火花も散らしてみせた。

 

『ぴ……!?』

『ぢぢぢ……!』

「……これは」

 

 使い魔は何が起こったのかと硬直していたが、再び考えなしに走り始める。

 今度は二体同時だった。

 

 

 ――バチン、バチン

 

 

 結果は同じだ。バリアーにも負担らしい負担はかかっていない。

 使い魔の体は突進と同時に大きく弾かれ、むしろバリアの反動によって、使い魔へわずかなダメージも入っているようだった。

 

「これだけなら、普通の防御という感じはするけど……」

「これ、魔力の消費が少ないし、すごく丈夫っぽいんだ」

「……なるほどね」

 

 思案を始めたほむら。

 私も、ちょっと考え事をしてみよう。これは私のためのテストでもあるのだ。

 

 ……バリアは攻撃を受けると同時に、跳ねるように振動する。杏子の攻撃を受けた時も、それは観察できた。

 この振動が反動として、相手をふっとばしているんだ。

 

 杏子のブンタツによる刺突では、終始バリアーはガクガクと震えていたけれど、本来はこの振動によって相手方が弾かれるべきなのだろう。

 そもそも杏子の攻撃力が高かったとも言える。

 

「このままだと、単なるバリアに過ぎないけど……んー……」

 

 突き出した左手。

 やることもなく休んでいる、サーベルを握った右手。

 二つの腕を見比べて、ハッとした。

 

「……もしかして」

 

 おそるおそる、自分のシールドの裏面にサーベルの刃を近づける。

 そんな都合の良い事があるのだろうか。

 相手方には強いバリアー。自分にとってはなんともない、ただの空間。

 

 左手で守り、右手で攻撃の手は休まらないなど、そんな……。

 

「……まさか」

「……まさかね」

 

 サーベルの先端が、バリアに触れた。

 

 

 ――バチン

 

 

「……」

「……あっれー」

 

 弾かれた。

 ……ぬーん、おかしいな。

 

 普通ここは期待通りに、サーベルが私のバリアをすり抜けて攻防一体の無敵っぷりをアピールするところじゃなかったのか。

 

「これは……普通の防御壁として活用するのが良いみたいね」

「ぐぅぬぬぬ……いや、他にももっと、役立つはず!」

「耐久試験でもしてみる?」

「ちょ、ちょっとさすがに後ろからそれ構えるのはやめて」

 

 バリアは一向に消える気配がない。

 これなら何時間でも展開していられそうだ。

 

「……左腕で殴ってみたらどうなるかな」

「やってみれば? 籠手なら頑丈だと思うけど」

「そうする……っせい!」

 

 左腕を一旦引き、拳として使い魔の顔を突く。

 

『ぷぎっ!?』

「お!?」

 

 そこで新発見。

 どうやらこの左腕で殴る瞬間にも、殴った場所に小さなバリアが生まれるらしい。

 

 普通のパンチとは比べ物にならないほどの勢いで使い魔は吹き飛び、結界の障害物に激突した。

 

「うっお……こっちだけで攻防一体になるんだね」

「へえ」

 

 バリアの反動が力になるためか、私の拳や体への負担はない。

 使い魔相手なら、この使い方のが効率は良さそうだ。

 

「せっ」

 

 姿勢を低く、左拳のアッパーを仕掛ける。

 使い魔の体は高く浮き上がり、無防備な姿を晒した。

 

「大! 天! 空!」

『ぷぎぎぎぎ』

 

 浮き上がった使い魔の背後へと飛び、右手のサーベルを縦横無尽に走らせる。

 アニメやゲームでよくあるような、八つ裂きだ。

 

「はぁっ!」

 

 着地する頃には、既に使い魔は跡形もなくなっていた。

 

「……何遊んでるの」

「えへへ、やってみたかったんだー、これ」

「……気持ちはわからないでもないけど」

 

 ほむらにも共感できるところがあるらしい。

 なるほど、昔に何かをやらかしたようだ。いつか詳しく聞いてやりたいな。

 

 ふーむ……篭手で下から殴れば、簡単に相手を浮かせることができる。これはなかなか良い発見かな。

 バリアの反動がエネルギーになるため、これも当然私の腕力を必要とはしない。

 狙った方向へと敵を弾くことができるのは、なかなか便利な能力だなと思った。

 

「数日でここまで変わるなんて……杏子との戦いで、随分と成長したみたいね」

「へへ、まあね」

 

 分厚い鉄の扉を開き、下水道のような通路を進む。

 弱いオレンジ色の防爆灯が等間隔に、しかし寂しげに道を示している。

 

 魔女の部屋までもう少しだ。

 

「今回戦う魔女は、以前に戦った虫の魔女と同じような相手よ」

「あー……つまり、私の苦手分野かぁ」

「今ではどうかしら?」

「ん。自信はあるよ」

 

 以前は大量の使い魔を相手に攻めきれなかったけど、今なら心強いバリアがある。

 たとえ物量で圧して来ようとも、私の守りを壊すことはできないだろう。

 さやかちゃんぶっ飛びパンチもあるしね。

 

「何それ」

左手(これ)で殴る」

「好きに戦うといいわ、見させてもらおうから」

 

 なんだよー、もうちょっと乗ってくれてもいいのに。

 

「じゃあ、入るよ?」

「その前に、さやか」

「ん?」

「ヒントは要る?」

「謎解き要素有り! こりゃ楽しみになってきたね!」

 

 垣間見えた親切心を振り切り、錆びた扉を開け放った。

 

 


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