「ねえキュゥべえ」
「何かな」
「ワルプルギスの夜って、魔女なの?」
「ワルプルギスの夜は魔女だよ。その強大な力で数多の文明を、または都市を葬り去って来た」
なるほど、嘘は言ってないみたいだね。
けど、嘘は言ってない。ただそれだけだ。キュゥべえはただの白猫モドキじゃないんだ。もっと長生きしてる宇宙人なら、もっと詳しいことを知ってて当然でしょ。私が聞きたいのはそっちの方だ。
「じゃあ、ワルプルギスの夜が倒されたことってある?」
「これからやって来る魔女だよ?」
「んーん、矛盾した質問じゃないでしょ。グリーフシードになったワルプルギスの夜が、また孵化して魔女に戻らないとも限らないわけだしさ。ねえ、倒されたことはあるの?」
「僕は全ての魔女の情報を完全に把握しているわけじゃないんだけど」
「おー答えになってないなぁ? YesかNoかで答えてくれるかな」
「さやか、頭が痛いよ、離してくれないかな」
「答えなさい」
「いたたた」
キュゥべえが目を閉じてパタパタと暴れている。非力だ。可愛らしくもある。けどそれは表面だけ。
しばらくそんな演技を続けて、キュゥべえは無感情に目を開いた。
「Yesだよ、さやか」
その答えに、マミさんとほむらも驚いている。
「ふーん。じゃあ、かつては倒されたことがあるわけか」
「さやか」
「何?」
「おそらく君が聞きたいであろうことを、先に言わせてもらうよ」
「はい、待ってました」
観念したらしい白猫を解放し、みんなが囲む土の上に放してやる。
白猫は後ろ足で顔を整え、やれやれとため息をついた。
「ワルプルギスの夜、というのは通り名だけど、まぁグリーフシードは同一のものだ。その名を借りて喋らせてもらうよ」
さて、ここからだ。
ここから攻略の手口が見つかるかどうか……。
「そもそもワルプルギスの夜というのは、最初はどこにでもいるような普遍的な魔女でしかなかった。どこにでもいるごく普通の魔法少女が絶望し魔女となった姿、それがワルプルギスの夜の始まりだ」
……元は人間。普通の魔女だった。ふんふん。
「しかし魔女としての性質は、少々風変わりなものではあったね。ワルプルギスの夜は、結界内に使い魔や魔女を呼び込む習性があったんだ。結界内に他の魔女の使い魔や魔女を招き入れては、各地をゆっくり移動して回る、そんな性質の魔女だった」
結界に……他の魔女を呼び込む?
「理由は定かではないが、魔女達も招かれるがままに彼女の結界の中から動こうとはしない。ああ、断りを入れておくが、ワルプルギスの夜は決して強い魔女ではなかったよ。他の魔女を強制的に従えるようなものではなかった筈だ。けど魔女達はワルプルギスの夜の結界へと引き込まれ、次々にその数を増やしていった」
他の魔女にとって居心地が良かったのか、それとも……。
いや、今は聞く時か。
「飽和した結界内の魔力は、長い年月をかけて結界の主であるワルプルギスの夜へと引き込まれてゆく。……その合間に、結界内に踏み入った魔法少女達は大勢いた。だけど当然とも言えるが、数十にまで増えた魔女達のたまり場に飛び込んだ魔法少女は、ことごとくが瞬殺されてしまってね。そうして絶望していった魔法少女達のソウルジェムもまた、ワルプルギスの夜の“来賓”となった」
……大量に魔女が集まった結界。恐ろしいな。
「もう既に、ワルプルギスの夜の伝説は世界に伝わっていたよ。強すぎる魔女、倒せない魔女……だからその頃の魔法少女達はこぞって、ワルプルギスの夜討伐のために力を競い、力を合わせた。そして、数十人単位の魔法少女集団が結成され、打倒ワルプルギスの夜のための本格的な第一戦が始まった」
んー……。
「数十の魔女対数十の魔法少女。さて、結果はどうなったと思う? さやか」
「魔女の圧勝」
「ご名答だ、魔女は魔法少女を完封した。何故だかわかるね?」
「倒れていった魔法少女達が、魔女に変わるから」
「そういうことだ。いくら相手を倒しても、同じだけ味方が魔女になったのでは、戦力差は拮抗し得ない」
最悪すぎる。遠くから見てるだけでも絶望しそうな光景なんだろうな。
「討伐隊すら無意味だった。それがワルプルギスの夜の力だったということでもあるし……もうひとつ、その頃には既に、ワルプルギスの夜それ自体も、強力すぎたのさ」
「どういうこと?」
「確かに、味方の魔法少女が戦いの最中に絶望し魔女になっていった。それも魔法少女の敗因としてあるだろう」
「けどその絶望の理由は、きっとワルプルギスの夜本体の比類なき強さにもあったんじゃないかと、僕は考えている」
戦ったことのあるほむらは、相手の強大さを知っているのだろう。
彼女の喉がゴクリと鳴った。
「結界の主たるワルプルギスの夜は、その身に受けるダメージを結界内にひしめく魔女達のエネルギーによって、すぐさま修復してしまうんだ。結界内に貯蔵された魔女がいる限り、強大な本体を真の意味で倒すことはできない」
「……ボスが残機持ちとかクソゲーじゃない?」
「似たようなニュアンスの悪態は、過去に何度も言われていたね」
ただでさえ強いワルプルギスの夜。そいつが何度も復活する。
……マジかぁ。
「結界内の膨大な魔女、強大なワルプルギスの夜。彼女が魔法少女を一人ずつ葬り、絶望させ、魔女の集団の勝利へと導いた。だけど、ワルプルギスの夜は倒されたことがある。それもまた事実だ」
「倒せるけど、一瞬だけ」
「そう。倒され、グリーフシードになるはずのその体は魔女達のエネルギーを吸収し、すぐさま孵化し直してしまう。いつからか強くなりすぎた彼女は結界内に隠れることをやめ、現実世界で暴れまわる真の災厄としてこの世に君臨した」
空気がお通夜だ。
「超強力な魔力、絶望吸収装置……それがワルプルギスの夜。彼女本体と、そのグリーフシードの正体だったわけだ」
白猫は尻尾を二回振り、話が終えたことを伝えた。
私はまだ、キュゥべえに何かを言いたかったんだけど、それを聞かずに、キュゥべえはそそくさと立ち去ってしまった。
その姿を止める者はいなかった。
マミさんも、ほむらも、まどかも、ただ重苦しい顔のままに絶句していた。
ダメージを受けても、即回復してしまう魔女。
強大かつ不死身。
ゲームで言うなら、体力ゲージを何個も持っている魔女。
倒しても倒しても、自前の倉庫に貯めた命を取り出して、復活し、なお襲い掛かる。
「……何百年もの間、蓄積され続けた魔女……恐ろしいわ……」
「まさか、何度も戦ってきたワルプルギスの夜がそんな相手だったなんて」
「どのくらいの魔女がいるんだろう……百、とか……?」
「魔女の数なんて、想像もつかないわね。もっとかもしれないし……」
つまり百体以上の魔女を倒さなければ、ワルプルギスの夜は倒せないということ。
しかも単なる魔女ではなく、強力に成長した「ワルプルギスの夜」という、巨大な魔女を相手にその分の傷を与えなければならない。
現実感のないスケールに皆は呆けているが、実際の相手を目の当たりにして戦ってきたほむらの顔は青ざめている。
「……魔女の集合体」
沢山の魔女と戦ってきたであろうほむらでも、改まった強者の認識には絶望を禁じえないようだった。
けど、ここで彼女が折れるようなことは、きっと無い。
「……作戦を考え直さなきゃ」
ほら、すぐ目に生気が戻った。
滾るような炎を宿す瞳。
普段は冷めた目しか見せないほむらだけど、心の基本はきっと、こうなんだ。
まどかを守るために何度も何度も戦ってきた彼女が、そんな不屈な努力家が、ただの冷徹な女の子のはずがない。
果てしない目標であっても、具体的な高さが見えれば、逆に闘志が湧き上がってくるものだ。
勉強でも、きっと仕事でもそう。……だと思う。
素直にカミングアウトしたキュゥべえにどんな意図があったのか知らないが、ほむらは意気消沈することなく、むしろより一層にやる気を増したらしい。
静けさに包まれた魔法少女の輪に声をかけ、前向きな一言を言ってみせたのだ。
「ワルプルギスの夜を百回以上倒す方法を考えるわ」
前向きすぎて、みんなの顔が引きつっていたけどね。
けど私はそういう爆弾発言、割と好きよ。
「でもさぁほむら。ワルプルギスの夜を今まで倒せなかったって言ってたよね」
「ダメージが一切通ってなかったと思っていたのよ。それは勘違いだったのね」
「……すぐに修復する、倒しても結界に満たされた絶望の力で、すぐに蘇る。なるほどね」
「今まではより強い火力を一点集中に、と考えていたのだけど……それでは無駄があるみたい。やり方を変える必要があるわね」
すぐに復活する。
一撃でワルプルギスの夜を粉砕できる威力があったとしても、結界内の魔女の力がグリーフシードになった魔女を蘇生させてしまうので、それでは一撃が無駄になってしまう。
それが全力を込めた攻撃であるなら、もっと悲惨だ。
満身創痍のところに、復活したてホヤホヤのワルプルギスの夜が現れるのだから。
力を振り絞ってワルプルギスの夜を倒すのは得策ではない。ワルプルギスの夜は、トータルで大ダメージを与えなくてはならないのだ。
それこそ、魔女百人切りの勢いが必要かも。
「長期戦になるのかな」
「……そうね、何度も何度も傷を負わせ、“疲労”させる必要があるわ」
疲労させる、か。
……そのためにはきっと、それを上回る疲労が私たちにのしかかってくるんだろう。
ぞっとしない話だ。