全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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私の最期の友達

 白く細いほむらの手を握る。

 彼女は緊張に、僅かに手を汗ばませている。

 

 隠しておきたいものだったそれを、彼女が見せたいというのだ。

 なら、こちらも真摯に見なくてはならないだろう。

 

「……──」

 

 ほむらの魔力が研ぎ澄まされる。

 瞬間、シャッターが降りるような音がした。

 

「わお」

 

 その瞬間に世界はいくつかの色を失い、輪郭はぼやけ、何より特徴的なことに、静止した。

 見せてあげる。とだけ言われて握った手が教えてくれた。

 私は、聞いていたものの実感の沸かなかったほむらの魔法の全てを見たのである。

 

「時間停止」

「停止が長時間になるほど、使用する魔力は多くなるわ。小刻みの停止でないと、普段の使用では使い物にならない」

 

 ほむらが地面の小石を蹴飛ばした。

 小石は蹴られ、宙に浮いている。

 

「私が触れたものは動かせる。停止解除後に、私が加えた運動エネルギーが反映されるわ」

 

 再びシャッターの音が聞こえ、世界に鮮やかな色が戻る。

 蹴っ飛ばして宙に浮いた小石は、当然のように弧を描いて砂利の上へと転がっていった。

 

「わ、石が突然……」

「なるほどね。便利な能力だわ」

 

 時間を停止し、その間は自分だけが行動可能。

 都合が良いというか、便利というか。それでも倒せないワルプルギスの夜が恐ろしいというか。

 

「私は時間を停止させて、盾の中に格納した銃器で攻撃することができる。けど、それじゃあワルプルギスの夜は倒せない。今までのやり方では、だけど」

「なるほどね。他の魔法少女が今みたいに、触れていれば」

「そう。停止した時間の中を自由に動くことができる」

 

 移動も攻撃も可能だ。

 となれば、ほとんど近接攻撃しか持たない私でも、難なく立ち向かうことができるようになる。

 ワルプルギスの夜に最接近するというリスクそのものを大幅に軽減してくれる、心強い能力だね。

 

「マミさんのティロ・フィナーレも、私のフェルマータも簡単に当てられるね」

「ワルプルギスの夜を一回分倒すくらいなら、きっと可能よ。ただ……」

「その後?」

「……ええ」

 

 まどかにもわかっているのだろう。

 停止時間中にはどんな攻撃でも当てられるが、逆を言えばどんな攻撃も一瞬で当たってしまう。同時攻撃になるというのは……今回戦うワルプルギスの夜の復活する性質からしてみると、あまり良い手ではない。

 

「……ワルプルギスの結界に貯蔵されている魔女の力を全て消すためには」

「ワルプルギスの夜を何度も倒さなきゃいけない。そういうことでしょう? ……それでは暁美さんの魔力が保たないわ」

 

 うん。厳しい正攻法だ。

 ショップ利用なしで四天王を十周だか二十周するようなものだろう。ただの魔女だって、何百も倒すことはできない。 私たちの魔力には限りがある。

 

「巴さんの言う通り、ワルプルギスの夜に直接攻撃するのは厳しい。だから……」

「ワルプルギスの夜本体ではなく、エネルギー源である結界内の魔女を全て倒してしまえば良い」

「……正解」

「ええっ、そんなこと……できるの?」

 

 私は頷いた。多分間違っていないはず。

 

「何度も強い一体の魔女を相手にするのはしんどい。でも、一度に複数の魔女を一気に倒すのは、そう難しくはないんだよね」

 

 魔女の数がいくら多かろうとも、ワルプルギスの夜ほどの耐久力や強さはないだろう。

 そして、それが一同に会している。結界内の魔女を打尽にできれば、ワルプルギスの夜の心臓を潰すことに直結するだろう。

 例えば、結界の内部で核爆弾をドカーンとやったりね。

 それはワルプルギスの夜本体を何度も叩くよりも、遥かに現実的な戦い方だ。

 

「ほむらのその資料を見た感じでは、ワルプルギスの夜の背中には結界があるんだよね」

「ええ。ワルプルギスの夜は結界に篭る必要はない。過去、必要性を失ったこともあって入ることもない。けど、自身の結界を持っていないわけではない」

「多くの魔女を溜め込む結界だからこそ、肌身離さず持っているわけね……」

「ワルプルギスの夜を一度倒して、無防備になった結界へ、すぐさま突入する! ほむらの時間停止を使ってね」

 

 そうすればワルプルギスの夜が復活する前に、中へと入れるはずだ。

 後はマミさんなり、私なりが大暴れすればいい。

 フェルマータもティロ・フィナーレも、一度に多くの魔女を倒してしまうだろう。

 ほむらの持つ武器だって、そこでなら大いに役立つはずだ。

 

 

 

『じゃあ、いっきまーす』

『はーい』

 

 河原の向こう側で、まどかが大きく手を振っている。その姿が遠くに見える。

 みんなの声が届かないために、テレパシーを利用するような場所に、私はやってきた。

 

 なぜかって? さやかちゃんの真の力を見せるためですよ。

 

 距離は目算で百数十メートル。

 そこにはまどかと、マミさんと、ほむらが待っている。 今から彼女達の元まで向かわなくてはならない。

 

 マッハでね。

 

「変、身っ」

 

 ソウルジェムを展開し、ブルーの衣装を見に纏う。

 感覚的に出せるようになった左の篭手も装着し、右手には二本のサーベルを掴む。

 

「で、とりあえずアンデルセンを作りまして~」

 

 右手に大剣アンデルセンを作り出す。巨大な剣はそれなりの重さを感じさせないが、しかし確かな重量感がある。

 これを持って走れといわれたら、魔法少女の体でも辛いだろう。

 

「……けど」

 

 今の私には、それ以上の事だってできるのだ。

 

『よ~……い』

 

 始まりを告げるまどかのテレパシーが、ここまで届く。

 

『どん!』

 

 開始だ。

 

「“セルバンテス”!」

 

 軽く跳躍、からの連続で足元にバリアを出し、連続で踏みつける。移動先は真横。

 ダンダンダンダン、ざっ。

 

「っしゃ成功ッ!」

「わひゃあ!」

「!?」

「え!?」

 

 到着の勢いは百パーセントを地面に預け、殺させてもらった。

 大きく抉れた河渕の砂利が、ダッシュの速さによるエネルギーの大きさを表している。

 

「……動きが全く、見えなかったわ」

「さやかちゃんが、一瞬でこっちまで跳んできたように見えたけど……」

「うん、これが私の新しい移動方法だよ」

「……バリアね」

「いかにもっ」

 

 左腕の篭手、セルバンテスで出現させたバリアーは、弾く能力を持っている。

 そのバリアを丁度良く足元へ出し続けることによって、強い推進力を生み出す足場を作り出し、空中でも異常な速さで駆けることが可能になったのだ。

 

 方向転換も自由自在。きっと空へ跳ぶこともできるだろう。

 一瞬のうちに、ワルプルギスの背後へ回り込むことだって、できるかもしれない。慣れるにはもう少し実践を積んでおきたいところだけどね。

 

「それがあれば、ワルプルギスの夜との接近戦もいけそうね」

「……うん」

「? ……何か、考え事?」

「ああ、うん。まぁね。いや、私でも大丈夫なんだろうけど……でもね」

 

 それでも私に決定力はない。

 私のアンデルセンによる一撃は、確かに強い。燃費を気にしなければフェルマータを撃つことはできるだろう。

 けど、火力そのものを見れば、マミさんのティロ・フィナーレに勝る火力を出すことはできないのだ。 そちらの課題はまだまだ残っている。

 

「私が攻撃するよりも……多分、攻撃だけなら。杏子に任せたほうが、絶対に良い気がするんだよなぁ」

 

 杏子のブンタツによる剣戟は、私のシールドを破ってみせた。

 魔力の限り破れるはずのないシールドが壊れたのだ。何にも負けない力は伊達じゃあない。

 

 そりゃあ、私の守る力に誇りはある。それでも、あの時の勝負は間違いなく、杏子の勝ちだと認めざるを得ない。

 ブンタツの切れ味は本物だ。

 

「杏子の使うブンタツっていう両剣があれば、ワルプルギスの夜は倒せるはず」

「……彼女、協力的ではないわよ」

「ええ、強さにしか興味の無い子よ。会うのも少し……怖いわ」

「それに杏子は言ってたわ。共闘はしたくないとね」

「えー」

 

 そりゃあ困る。そんなダイレクトに断られてもなぁ。

 

「んー」

 

 杏子を説得するのは難しいか?

 彼女について知っていることは少ない。未知数かな。

 共闘するメリットを言えば教えてくれるだろうか。

 

 ……そういえば、私を邪魔な黒子扱いしてたな。

 はなから友好的じゃないのはわかってたけど、あそこまで露骨だと、さすがに望み薄だろうか。

 

「んー……でもな。杏子がいれば、絶対に勝てると思うんだけどな」

「すごい自信だね、さやかちゃん……なんとなく、気持ちはわかるけど」

「確信に近いよ。あいつが協力してくれれば、絶対に負けるわけないもん」

 

 全てを守る私と、何にも負けない杏子。

 

 あいつは私だ。私はあいつだ。

 

 戦おうとする強い執念さえなければ、あいつは私と同じような考えを持っているはずなのに。

 

 ……杏子の戦いを邪魔しないことでしか、あいつと関わることはできないのだろうか。

 

 

 

 

 

 全てを守れるほど強くなりたい。

 何にも負けないほど強くなりたい。

 

 一生に一度の願いを、死ぬまで戦いに身を投じる理由を、掛け替えのない祈りを、ただ強さに投じた二人の魔法少女。

 

 美樹さやか。

 佐倉杏子。

 

 戦うための願い……普通なら、そんな願いは選ばない。

 彼女達は同じ師を持っている。

 

 私は時間遡行者だ。彼女達の、通常の運命を知る者だ。

 だからこそ違いがわかる。違った理由もわかる。

 

 煤子。この人物こそが全ての原因に違いない。

 彼女の指導がさやかを変え、杏子を変えた。二人に戦う力を望ませた。

 

 ……煤子。

 私はきっと、憶測でしかないけれど、あなたを知っている。

 

 けど、それでも問わずにはいられない。あなたは何者なのか? と。

 どうしてこうも二人は違ってしまったのか、と。

 

 

 

 

 

 私は全てを見通していたわけではない。

 

 わかるでしょう。私は予知能力者ではないの。

 

 私に出来たことは、教えること。ただそれだけだった。

 

 

 私はさやかと、杏子を信じた。

 

 そして二人に託した。

 

 これで上手くいくかどうかなんて、途中からどうでも良くなるくらい、二人を信頼したの。

 

 

 それが偶然、こうなった。

 

 いえ、何千分の一の確率を持ち出すなら、必然とも言えるのかしら。

 

 

 ねえ暁美ほむら。あなただって、そうだったじゃない。

 

 忘れたわけじゃないでしょう? 

 

 ひと時の私みたいに、忘れたわけではないのでしょう。

 

 だったらわかるはずよ。

 

 

 出会いは人を、大きく変えるのよ。

 

 出会って、友達になって、自分が大きく変わる。

 

 それは決して、偶然なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 † 8月30日

 

 

「……」

 

 焦燥も、絶望もない。

 そんな、負の感情とはかけ離れた日々を過ごしてきた。

 

 だがその生活にも、限界はやってくる。

 油を注さずに回り続ける歯車など存在しないのだ。

 

「……」

 

 手を広げ、手を握る。

 既に感覚は鈍い。力も入らなくなっている。ソウルジェムの劣化もいよいよだ。

 この手はじきに動かなくなるだろう。それは煤子をして初めての経験となる。

 

 それでも彼女に恐怖はない。

 来る死病に冒されようと、その身が意に沿わぬ絶望を振り撒こうとも、全てを受け入れる気持ちでいた。

 

 ただ安らかな心が、ベンチの上の自分の中にあった。

 

「ありがと」

 

 曇り空に呟いた。

 そして足音が昇ってくる。

 

「煤子さぁーん!」

 

 大声だけが先に到着する。

 

「ふふ。本当に、ありがとね」

 

 その時は、目前に迫っていた。

 

 

 

「……夏が終わるわね」

「……」

 

 曇天が続いている。

 九月と共に、雨が降るかもしれない。

 雨が降れば火照ったアスファルトは冷やされ、夏の思い出のいくつかを洗い流してしまうだろう。

 二日も外に出られなければ、肌は鋭い日差しを忘れることもある。

 

 それでも。

 

「さやか、もう、お別れよ」

「……っ」

 

 それでもどうか、忘れないでいてほしい。

 

 蒼天の下を駆けた暑い日のことを。

 

 自分なりによく選んだ、何気ない顔をした言霊達を。

 

 何より。この自分自身を。

 刹那の時を過ごした友達を。

 

「煤子さん……なんで? やっぱり、もうダメなのっ?」

「ええ、もう時間切れみたい」

「やだよ、どうして? まだ元気だよぉ……煤子さん、大丈夫だよぉ……」

 

 涙で顔を汚した彼女を見ても、煤子は後ろ髪を引かれなかった。

 名残惜しさなど何もない。

 

 自分を想ってくれる人がいる。

 そんな彼女の中に、自分のかけらが息づいている。ならばこれでいいのだと、心の底から思えたのだ。

 

 絶望なんて程遠い場所に、自分はいるのだろう。

 たとえば、此処が。この坂道こそが、そうかもしれない。

 

「さやか、これでお別れだけど……私から教えられることは全て、教えたつもりだから」

「……あうっ……うぐぅ……」

「泣かないの。すっごい強くなるんでしょ。なら涙の数より、何倍も強くならなきゃだめじゃない」

 

 今生の別れとなる。自分はこれから、死ぬのだ。

 そんな些細なことよりも今は、さやかの涙に憂う気持ちだけが強かった。

 

「……ほんと。いつだって世話が焼けるんだものね、さやか」

 

 

 

 夏は終わる。

 

 

 

 † それは8月30日の出来事だった

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