全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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万全、のはず

『イェエエェエエァアァアア!』

 

 

Gemi・Pollux

ルチャの魔女・ジェミーポルクス

 

 

 それは真紅と群青のマーブル模様に覆われた巨人だ。

 ウルトラマンばりの巨体から、鈍重ながらも抜群の破壊力を疑う余地のない蹴りが繰り出される。

 

「とっ、とと……」

 

 巨大な結界の中に無数に聳えるポールには、既にマミさんのリボンが仕込まれている。

 ポール同士は、昔の写真によく見られた電線のようにリボンが連結されており、私達はリボンを足場に移動することが可能だった。

 

 大振りの魔女の攻撃も、足場を確保した私達には到底、当たるはずもない。

 魔女の巨躯を旋回しながら、着々と弱点であろう頭部へと上り詰めてゆく。

 

「さやか、裏へ回って」

「ほいさー」

 

 ほむらのアサルトライフルが軽快に轟く。でかい的だ。全弾命中は間違いないだろう。

 

「“セルバンテス”……!」

 

 しかしアサルトライフルとはいえども、巨大な魔女には大したダメージは期待できない。

 巨人には雑多な弓矢とか、銃弾は効かないもんなんです。

 

 じゃあ何なら効くのか。それはお約束だ。

 無骨な石を頭部へ目掛け、全力投球すればいい。

 

「はっ、せいっ、よっと」

 

 左手を下へかざしながら、脚は忙しなく動く。

 自分で生み出すバリアーを足場に、私の体は高速で空を切り裂いてゆく。

 

 一瞬のうちに魔女の死角へと回りこみ、最後に頭頂部へ跳ね上がる。

 ほむらとマミさんの攻撃に気を取られた魔女の、隙だらけの後頭部。巨人の弱点は今、目の前に晒されていた。

 

「“アンデルセン”!」

 

 大剣生成。そしてバリアによる発射。

 

『ィァアァアアッ!?』

 

 大剣が魔女の後頭部に突き刺さる。

 魔女と人間の弱点が同じとは限らない。

 けど人間が「こりゃだめだ」となるくらいのダメージなら、大抵の魔女なら陥落するものだ。

 

「打ち込まれたらさすがに……キツいでしょッ!」

 

 左の篭手で拳を握り、魔女に刺した大剣の柄を、更に全力で殴りつける。

 篭手が生み出す反発のバリアーは大剣を強く押しのけ、刃は魔女の体内へ向かって深くまで突き刺さった。

 

『ォオ……!』

 

 大剣の刀身全てが埋まりきると、さすがの巨人も膝から崩れ落ちて、静かになった。

 辺りのポールを巻き込みながら床へ沈んでいく姿は、ウルトラマンというよりは、爆発する前の怪獣のようでもあった。

 

「早い回り込み、便利ね」

「ええ……足場を必要としないっていうのは、結界での戦いでは汎用性が高いわね」

 

 大きな魔女を相手にしても、バリアは自由な足場となって機能する。

 相手の位置の高さは問題にはならなそうだ。

 ワルプルギスの夜という強力な魔女を相手にして、自由自在に飛び回ることはできないにせよ、不可能ではないと解っただけ良い戦果だ。

 

 さあ、次にいってみよー。

 

 

 

 

『クァアァアアァアアッ!』

 

 

 

Clouard

鳥の魔女・クルワール

 

 

 今日は魔女との連戦だ。

 三人もいれば負けることはないし、効率よく倒してグリーフシードを回収できるってこともある。

 けどそれ以上に、決戦へ向けての連携を整えるという方が大きかった。

 

『クァアァアッ!』

「空を飛ぶ魔女ね……厄介だわ」

 

 巨人の次は翼の生えた、正真正銘空にいる魔女だ。

 赤黒い空の下で白磁の巨翼をはためかせる、トーテムポールのような姿である。

 

「あの魔女は上から石柱を落として攻撃してくるわ。衝撃に気をつけて」

「ええ!」

「……みんなが撃ってる時に巻き込まれたくないから、私は待機してるね」

 

 私も飛んでいくことはできる。けど、その間はみんなの射線を邪魔することになる。今回の私はしばらく待機だ。

 

「おっ」

 

 空跳ぶ石のトーテムポールから、その中ほどにある岩が“はらり”と外れ、落ちてくる。

 なるほど、あの魔女は自分の体の一部を落としてくるらしい。

 

「……? 思っていたより緩慢な動きなのね」

「油断しないで。落としてきたら絶対に回避と防御を優先して」

 

 魔女から離れた石柱は、ずいぶんゆっくりと落ちてくるように見える。

 おかしい。そう思うと同時に、ほむらが言う危険を理解した。

 

「マミさん! こっちに退避して!」

「ええ! あれは不味いわね!」

 

 私達三人は、黒い砂漠を駆けだした。

 不安定な地面に足をとられそうになるが、それでも一歩一歩に力を込めて、持てる精一杯で踏み抜く。

 

 そして、遠目からは小さく見えた巨大な岩が、ようやく今になって砂丘へ激突した。

 石柱の破片が砂を捲りあげ、粉塵と共に礫を弾き飛ばす。

 

「あっぶなっ!」

 

 二人を後ろへ隠すように礫に立ちはだかり、バリアを展開する。

 バリアは無数の石や土煙を全て弾き返し、視界を覆うはずだったであろう靄すらもかき消した。

 

「あんなに大きいなら最初に言ってよ!」

「“今日は大きな魔女と戦う”って言ったじゃない」

「最初だけかと思ってた!」

 

 魔女は再び上空を旋回し、鳥のような鳴き声を結界の中に響かせ始めた。

 赤黒い空の中で、灰色の体はよく目立つ。

 

「あの魔女に全員が攻撃を当てられないようじゃ、ワルプルギスの夜とはまともに戦えないわ」

「……また私が飛んでいく? バリアを足場にして。でも……」

「貴女だけが出来ても、不十分なのよ」

 

 まあ、そういうことだよね。

 

「……なるほどね、私かあ」

 

 どこか覚悟を決めたような息を吐いて、マミさんが納得する。

 

「ワルプルギスの夜は、自分の周りに何体もの使い魔を生み出せる……という話しはしたわね。使い魔のほとんどは宙に浮きながら攻撃してくるわ。当然、あの魔女の高さからもね」

 

 以前にこの魔女と戦ったことがあるほむらは、当然ながら強気だ。

 私はなんだかんだで先ほどの攻撃には驚いたけど、一回でも攻撃を見れば相手の傾向も掴める。

 空へと跳んでいける以上、あの鳥魔女に負ける気はしない。

 

 マミさんは射撃能力を持っているとはいえ、遥か上空にいる相手だ。

 あれに対処できるかどうかは、本番で重要になってくる。

 

「もう、先輩を見くびらないで欲しいわね」

「行くのね。一人で?」

「二人とも、そこで見てなさい」

「頑張ってください!」

「ええ。たまには先輩らしいところ、出してかないとね」

 

 マミさんは大人っぽくウインクし、前に出た。

 相変わらず、頼もしい後ろ姿だ。

 

「やあっ」

 

 マスケット銃を両手に、マミさんは空高く跳躍した。

 ……とはいえ、目算で10m前後。

 魔女まではその何倍も距離がある。一度の跳躍では届きようもない。

 

 が、マミさんの場合には、手の届く距離に近付く必要は無い。

 

「近くなった分、確実にね」

 

 二挺のマスケット銃が同時に放たれ、そのまま真っ直ぐ光線を射出した。

 

「……あれは」

「リボンだ、なるほど」

 

 マスケットの銃口から放たれたのは、一条ずつのリボン。

 それが石柱の魔女に突き刺さり、固定される。

 貫き砕かないまでも、魔女の内部にまで達するリボンは決して抜けることはない。

 

 ほーう、マミさんは、リボンをそのまま射出することもできるのか。

 

「これさえ繋がっちゃえば、後は簡単ね」

『クェェエエェエエ!』

 

 リボンを植えつけられた魔女も黙ってはいない。

 突き刺さった身体の石柱を自身から切り離し、そのままマミさんの方へと落としてきた。

 

「残念、そのための二挺なの」

 

 確かに一本のリボンは石柱に刺さっている。それを自分から切り離すのは当然だ。

 けどマミさんはリボンを二発撃った。その一本一本は、トーテムポールの魔女の別々の部分に刺さっている。身体をひとつ切り離しても、完全に振り切ることはできない。

 

「上を取らせてもらうわね」

『!』

 

 素早くリボンを引き戻し、身体を魔女に最接近させたマミさんは、そのままの勢いで魔女の更に上空へと躍り出る。

 魔女の落石攻撃は、下の相手にしか効果を成さない。これで決まりだ。

 

「“ティロ・スピラーレ”!」

 

 魔女の胴体へマスケットの弾が打ち込まれる。

 そして中心部へ到達したリボンの弾は……炸裂する。

 

『クァッ……クァアアアア!?』

「残念だったわね。……おやすみなさい」

 

 拡散するリボンによって内部から撃ち砕かれた魔女は、そう長く悲鳴を上げることなく、声無きつぶてとなって砂漠の上に降り注いだ。

 赤黒い夜空から落ちる白い石の破片は、いつか曇天に見た、ちょっと見えづらい流星群のようだった。

 

「ふう、ただいま」

「おかえりっす、マミさん」

「問題はなかったみたいね」

「ええ。前だと下から根気よく撃つだけだったかもしれないけど……今ならリボンも撃てるからね。空中の移動ができるようになったわ」

 

 炸裂する弾と、リボンによる移動。

 マミさんの魔法には色々なバリエーションが加わっているが、それは全て、マミさんが魔法少女として培ってきた経験があるからこそ体現できた技術なのだろう。

 ワルプルギスの夜との対決までには、更なる技を使えるようになっているかもしれない。いや、多分なっているんだろう。

 

 ……私もうかうかしてられないな。

 

 

 

 みんなと魔女退治しながら連携を高めてきたこの数日間、私は密かに杏子の影を探していた。

 

 魔女あるところに杏子あり、という自作の言葉を頼りにアンテナを伸ばしていたものの、不思議と杏子は居ない。

 件の路地裏を、ひしゃげたガードレールの坂道を、暇そうに歩いて見せても、杏子は現れない。

 

 私は杏子に会いたかった。なぜかって、やっぱり杏子がいないと、ダメな気がするからだ。

 ダメというのは、私とマミさんとほむらで戦って、勝てないのではないかという不安だ。

 

 連携は着々と高次元なものへと仕上がっているし、どんな魔女がやってきても負けない自信はある。

 しかし相手が相手である。不安は消え去らない。

 これで自信満々で挑めたら、それはすぐに死ぬ人だ。

 

「……」

 

 夏の日によく訪れたこの坂道のベンチで、誰が来るでもないのに、私は待っている。

 隣には空の缶コーヒーだけが楚々と座り、前の道は誰も通らない。

 

 小高いこの場所から見下ろされる見滝原の景色は、当然見滝原の全てが眺望できるわけではないが、それなりに私の活動範囲を視界に収めることができた。

 

 ……目の前にあるこの町が壊滅するなんて、到底思えない。

 だってあんな大きい町なのに、それが全壊するなど。

 

 けどほむらの話は本当だし、キュゥべえの話も本当だ。

 ワルプルギスの夜は必ずやってくる。

 

「……絶対にさせない」

 

 私はこの町を守りたい。

 だってこの景色は、私が強くなりたいと願いながら眺めた、思い出の景色なのだから。

 

 私は手が届く全てをものを守りたい。今の私は、この町全てに手が届く。

 

 

 

 そして、ワルプルギスの夜の前日がやってきた。

 


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