全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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いつもとは違うけど、手応えはある

 :フォーリンモール2F の非常階段から従業員階段へ移れる ‍♀️

 そこから、屋上へ来て ✋

 

 

「……よし」

 

 ほむらから、最終調整のお誘いメールが来た。

 今日は街の高低差の把握、ワルプルギスの夜と街の対比をよく確認しておく最終準備の日だ。

 実際に見る景色と、俯瞰地図だけで見る町並みとでは色々と違ってくるからね。

 

 ……しかし相変わらず、にぎやかなメールしてるな、ほむら。これも真顔で打ち込んでいるのだろうか……。

 

「……」

 

 部屋を出る際、片隅に置かれた袋に目が行った。

 その袋には道着などの装備一式が詰め込まれ、いつでも部活に復帰できる準備が整っている。

 

 けど、明日にはこの部屋は無いかもしれない。

 全てがめちゃくちゃに壊された中の瓦礫やゴミのひとつとして、あの道着袋も風雨に晒されるかもしれない。

 

「……」

 

 けど、全部をそのままにすることにした。

 この部屋が、家が壊されるかもしれないけど。

 それでも、私だけが自分の大切なものを持ち出すなんて、そんなことはできない。

 

 自分の大切なものを守るために、私は町を守ってみせる。

 

 

 

 歩きながらの考えは捗るもの。

 最近の私たち見滝原魔法少女団の活動範囲は、かなり広い。

 できる限り多くの魔女を倒すために、活動範囲を広げているのだ。

 

 魔女との戦いで戦術を磨くのは当然。実戦で消費されるであろう魔力を回復するために必要なグリーフシードも確保できる。

 その上ほむらの豊富な経験から、対ワルプルギスに近い魔女を優先的に選び、戦っている。

 空を飛んでいる魔女や、ひたすら巨大な魔女など。ワルプルギスの夜に近い環境や相手との戦いで、勘を磨き続けていた。

 

 そう。活動範囲は以前よりも広がっているのだ。

 

 なのに……何故杏子と出会わない?

 

 あいつも、まさかワルプルギスの夜を相手にグリーフシードをためない、なんてことはあるまいに。

 まずワルプルギスの夜と一対一で戦える環境を作るためにも、魔女を間引く意味で見滝原を拠点にグリーフシードを集めてもいいはずなのに。

 

 

 

 そうこう考えている間に、フォーリンモールの大きな影の下にやってきた。

 

 見滝原の中心に位置するフォーリンモールは、辺りのビルと比べても際立って高い建造物だ。

 屋上に行ったことはないけど、その二階下までなら遊びで入ったことがある。

 窓から見下ろす広大な街の景色はなんとも、子供心に感動したものだ。今でも子供だけどさ。

 

 関係者以外進入禁止の扉を開け、歩き慣れない寂しげな非常階段を上がる。

 その時に丁度、まどかからのメールが来た。

 

 

 :がんばって!

 

 

 卑屈さの見えない短い文章からは、まどかの悩みも見られない。

 彼女が願い事云々で悩んでいないということ、なのかも。

 だとしたらそれは、私達に全てを託しているということでもある。

 

 うん。頑張るよ、まどかの分もね。

 

 重い扉を開くと、眩しすぎる日差しが私を出迎えてくれた。

 

 

 

「待ちくたびれたわ、と言いたいところだけど」

「全然準備の途中だよね、それ」

「ええ」

 

 約束の数十分前に来た私が見た光景は、汗を流しながらキリキリと働くほむらの姿であった。

 学校の真新しい冬用ジャージを着て、なにやら大きな箱型機械に跨りながら、調整をしている最中のようだった。

 

「本当はもっと早く済ませるつもりだったけど……」

「ああ、ここの屋上にも、なんだっけ。ミサイルだっけ」

「ええ。原始的なやつだけど……中型で、威力もあるわ」

 

 手馴れた様子で箱をいじりながら、淡々と答える。

 よく見れば、箱には子供3、4人が跨がれそうな立派なミサイルが備わっていた。

 

 よくもまぁ屋上にこんなものを運べたものだ。

 当然のように準備できてしまう辺り、さすがほむらというわけか。

 

 けど同時に、そんな事に慣れてしまうほむらの姿に、茶化すことのできない大きな意志を感じた。

 

「……ねえ、まあ、話には聞いていたけどさ」

「ん?」

「ほむらは今までずっと、こういう事をしてきたの? 今までの過去でも」

「……最初のうちは、こんな感じね。今回は滅多に使わない場所にも設置してるから、設定が慣れなくて。面倒で手間取ってる訳だけど」

 

 工具かどうかもわからない謎の金属棒を床に置き、ほむらはいつもより遠い目で空を眺めた。

 

「私は魔法だけじゃ戦えないから。宿敵を倒すために、強くならなきゃって」

「そっか」

「……昔の話よ。今はこっちを済ませる方が重要だわ」

「だね、手伝うよ」

 

 ほむらのためにも、私ができることはやらなくちゃ。

 

「ありがとう。じゃあその辺りに落ちてるオイルの空き箱……」

「これ? 私も詳しくないけど……」

「その辺りに座ってて」

「あ、はい、うっす」

 

 しかし、あまりに専門的な分野は手伝うことも許されないのでした。

 餅は餅屋ってわけですな。

 

 

 

 マミさんは時間通りにやってきて、その頃には既にほむらも普段通りの制服姿に戻っていた。

 素早くジャージを脱ぎ捨てていた所を見るに、あまり人には見られたくない姿だったらしい。

 涼しそうな顔でミサイルポットの脚部に手を置き、マミさんにもミサイルの説明をしている。

 

「順序としては、部品工場地帯が前線になるわ。そこに仕掛けてあるミサイルから使っていく予定ね」

「そう……けど、ワルプルギスの夜が攻撃の手を激しくしないうちに、遠くのミサイルから当てていくべきなんじゃないかしら……?」

「一理ある、けど……ワルプルギスの攻撃で、発射装置自体が壊されたら終わりだから。そういう意味では、近い所から使っていくのが確実だと思っているの」

「それもそっか。これまで戦ってきた暁美さんが言うなら、そうすべきね」

 

 もちろん、飛んでいるミサイルが撃墜される恐れもある。

 でも至近距離から狙うのだって、同じくらいのリスクはあるはずだ。ほむらの経験を信じよう。

 

「ミサイルを小出しで当てて、ワルプルギスの夜を前に進めない。押し返しながら、魔法少女で叩いていく」

「そう。今までは火力としての運用だったけど、今回は兵器によるダメージを狙うよりも、ワルプルギスを押し戻す使い方に変えようと思うわ」

「それがいいわね」

 

 ワルプルギスは台風のように、上空を移動して避難所となる市民体育館を襲うのだという。

 明日の長期戦は必至。何回か、ミサイルを直撃させて押し戻す必要があるだろう。

 町の大半を守りながら戦うには、これしかない。

 

「ルートは避難所に向かって直線的、これは……人がいるって解ってるんだろうね」

「そうね。過去、ルートが逸れたことはなかったわ」

「そしてミサイルや私たちの攻撃によって、ワルプルギスの位置はある程度コントロールはできる」

 

 理想はワルプルギスをジグザグに翻弄することだ。

 斜め左右からミサイルなりを当てて、吹き飛ばす。そうすれば広い範囲に設置したミサイルをうまく活用できるので、単純な長期戦には向いている。

 

 でもそれはあくまでワルプルギスの夜を倒すため“だけ”の理想。

 広範囲に振り回せば、それだけ街の被害は広まってしまう。

 

 そう考えた場合、別の理想的な対処は、直線的にくるワルプルギスを可能な限り同じ直線で打ち返す方法だ。

 街を守るには、それしかないだろう。色々な兵器の設置も、楽だしね。 複雑な計算も必要としないし。

 

「もちろん、出現位置は統計に過ぎないから。異なるポイントから来た場合は、まず位置を“ずらす”ことから考えるわ」

「準備が整っているルートに押し込むってことね」

「戦っている間にずれた軌道も、逐次直す必要があるわね」

「ええ」

 

 相手を手玉に取るような言い方だけど、その通り。ほむらが言うには実現もできるらしい。

 工場地帯に仕込まれた兵器は、街中よりも数が多いし充実しているから、ワルプルギスの位置を修正しやすいのだそうだ。

 私たちの主な戦闘区域もそこになるだろう。

 

 街に深く入られるほど不利になる。

 気を張りっぱなしの勝負になりそうだ。

 

「この景色も、大きく変わっちゃうのね」

「……」

 

 マミさんの目は、見滝原のずっと向こうを見ているようだった。

 ずっと向こう。ワルプルギスの夜がやってくる彼方である。

 

 向こう側からこっち側が壊されてゆく。考えたくはないが、現実的にかなりの被害を被ることは避けられないだろう。

 

「二人は、ずっとこの街で育ってきたの?」

「ええ、そうよ」

「私も、物心ついた時からかな」

「そう……」

 

 辛気臭い目をしないでよ。

 

「別に、災難ってだけだよ」

「!」

「やってくる敵がわかってるなら、全部跳ね返しちゃえばいいだけの話だもんね!」

 

 そう。私達にならきっとできるよ。

 それが正義の味方ってやつの、理想のエンディングなんだ。

 

 

 

 

 

 

「……こんなところか」

 

 杏子は床にグリーフシードをばら撒いた。

 その数は両の手にも大いに余るほど。非力な魔法少女にとっては垂涎の光景だろう。

 

「随分、沢山のグリーフシードを集めたね」

「てめえか」

 

 白猫はすぐそばに潜んでいたらしい。

 煩わしそうにしている杏子には構わず、グリーフシードの側へとやってきた。

 

「それは全部、自分の縄張りだけで集めたんだろう? いつになくすごい成果じゃないか」

「ああ、ここ一帯は絶滅したんじゃない」

「使い魔もね」

「当然さ、誰にも邪魔されたくないんでね」

「周到な準備だね。僕も当日は杏子に近づかないようにすべきかな?」

「そうしときな。なます切りにされたくなかったらね」

 

 と言いつつも、杏子は頻繁にキュゥべえを潰している。

 積極的にではないのでキュゥべえも諦めているが、もう少し頻度が高ければ杏子の周りから消えるのも時間の問題になる程度には、きまぐれな殺意は厄介だった。

 

 キュゥべえはやれやれと言いたげに首を振り、今度はしっかりと杏子の目を見据えた。

 

「決戦はやはり、おそらく明日になるだろう。健闘を祈るよ」

「へえ、針路は間違いないんだな?」

「これも推定だから間違ってるかもしれないけどね。僕は予言者じゃないから」

「……」

 

 殺意が膨れる。

 キュゥべえは赤黒いオーラから流れるように、教会の出口へと向かっていった。

 

「とにかく頑張るといい。ここまで場を整えたんだ。“今の風見野はワルプルギスの夜と戦う場合、これ以上ない環境と言えるだろう”」

「……」

「じゃ、鬱陶しいだろうから。僕は立ち去るよ」

「そうしとけ」

 

 教会からキュゥべえが立ち去り、いなくなる。

 

「……」

 

 彼は一度だけ教会へ振り返り、尻尾を揺らした。

 

「そう。“もしも風見野で戦うのであれば”最高の環境で間違いないよ、杏子」

 

 


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