全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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魔女はどこ?

 時が止まっている。

 爆散したワルプルギスを目の前に、私たち三人は手を繋いで空中の鉄骨に立っていた。

 暴風と爆風の狭間で静止する世界の凄味といったら、この地球上では滅多に味わえるものではないだろう。

 

「もうこんなに消耗してる……」

 

 私のソウルジェムにグリーフシードが宛がわれ、魔力が復活してゆく。

 今はボス戦突入前のセーブポイントみたいなものだ。まずは、これまで失った魔力を取り戻さないといけない。

 

「グリーフシード、備蓄してたのもそう長くは持ちませんね」

「ええ、正直予想以上ね。私も結構、黒ずんでたわ」

「……でも、このくらいで本体を倒せたのは、良い戦果よ」

 

 ほむらの口元が珍しく微笑んでいた。

 釣られて私たちも、思わずニヤリと笑ってしまう。

 

 作戦通りに事が運んだ。

 現実的に達成できるか未知数だった難関が、順調にクリアされたのだ。

 

 ワルプルギスの夜の完全撃破までは、まだまだ遠い。

 それでも確実に勝利に近づけていることを、私たちは確信している。

 

 

 

 

 

 

 

「随分と荒れてきたな」

「ワルプルギスの夜が近い証拠だね」

 

 一方、佐倉杏子は風見野にいた。

 彼女は荒れた空模様を見上げながら、じっと敵が来るのを佇んで待っている。

 

「予定時刻までは、そろそろってところか」

「もうちょっとかかるんじゃないかな」

 

 傍らにはキュゥべえがいる。だからというわけではないが、杏子は不機嫌だった。

 

「……さっきから嫌な感覚だけは、ビリビリと伝わる。だけど近づいてンならでっかくなるでしょ。けど、ならねーんだ」

「君たちのそういう第六感に近い感覚は、僕にはよくわからないな」

「だろうね。アンタの脳みそなんて小さそうだもんな」

「……」

 

 不穏な気配はする。近くにいる。しかし、どうにも煮え切らない。

 

「……すぐ近くにいる。けど来ねえ、この感覚はなんだ……?」

 

 杏子は鋭かった。そう、確かにワルプルギスはもう、すぐ近くにいる。

 すぐそこに巨大な建物がなければ、彼女はきっと濃い曇天の中にワルプルギスの夜を見つけるだろう。

 

 けど今の杏子には見つけられない。

 ここが迎撃ポイントだと、キュゥべえに聞かされているからだ。

 

「まだまだ時間がかかるかもしれないね」

 

 インキュベーターは嘘は言わない。

 真実を語るとも限らないのだが。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 避難所では鹿目一家が既に避難を完了しており、どうにか小さな区画で腰を落ち着けることには成功していた。

 

「今日おとまり?」

「そう、お泊りだぞー」

「おとまり! おとまり!」

 

 もちろんそこにはまどかの姿もある。彼女は家族からは少し離れた場所で、傍らの白猫に耳を傾けている。

 

「既に彼女たちは戦いを始めたようだよ」

『……そうなんだ』

「見届けなくてもいいのかい?」

『うん』

 

 戦いの様子はまどかからは見れない。話は全てキュゥべえからの伝聞のみ。

 あらかじめその言葉の全てを鵜呑みにしないようにとは口を酸っぱく言われていたので、何を言われようとも信念を曲げないことだけが、まどかにできる戦いであった。

 

『私が行っても、契約はできないし……さやかちゃんが大丈夫って言ったから。だから私、信じてる』

「さやか達に勝ち目があると思っているのかい?」

『みんな強いもん、大丈夫』

 

 自分は契約してはいけない魔法少女である。それはほむらの話を聞いて、はっきりと理解できた。

 キュゥべえ曰く因果の量は確かに高いものではあるが、ほむらが言うほどのものかどうかはわからないという。しかしだからといって試しに契約をしてみるわけにもいかないのだが。

 

『……さやかちゃんはいつだって……最後には、勝って戻ってくるから。そうやって何度も、私を助けてくれたから』

 

 

 ──ごめんね、さやかちゃん。本当は私、こういう時にこそ力になるべきなのにね

 

 ──けど、これが正しい選択だってさやかちゃんが言うなら。私も自分の選択を、見失わないよ

 

 

 自分にできることは、普通の少女として過ごすこと。

 できれば魔法少女として戦っている彼女たちの近くで、事情を知る理解者の一人として支える存在になりたい。

 あるとすれば、ささやかなそれこそがまどかの願いだった。

 

 

 

 

 

「わーお……近くで見ると凄いな……」

 

 爆破されたワルプルギスの跡を潜ると、薄く虹色に発光する幾何学模様が現れた。

 普段見る魔女の結界への入口をそのまま大きくしたようなものである。こんなに大きな門なんて、今まで見たことがない。

 

「……ワルプルギスの夜がそのまま背負ってる結界」

「この中に、無数の魔女がいるわけね」

 

 リボンで編みこまれた細い通路は、辺りの瓦礫を支えにまっすぐ結界へ伸びている。

 このまま歩き続ければ、ワルプルギスの夜の本体とも言える魔女たちと戦えるわけだ。

 

「これから、内部の魔女を全力で殲滅する」

 

 ほむらの声はわずかに震えている。

 彼女は私の人差し指を握り、目は結界の1km向こうの目標を睨み、その決意を固めていた。

 

 ここから先は、ほむらも知らない魔女の異空間。

 誰も前情報を持っておらず、ただただ危険であるという魔女だらけの世界だ。

 

「緊張しないで。魔女の巣へ飛び込むのは、いつものことでしょ?」

 

 マミさんがほむらの肩を叩き、先輩らしく前を歩く。

 

「ここからは負け続けた戦いではない。勝てる勝負が始まるのよ」

「……ありがとう」

 

 巴さん。その小声は、私だけが聞き取った。

 ほむらは毅然とした態度を立て直し、私とマミさんの手を取って、結界の目の前に立つ。

 

「行きましょう。成果を見せる時よ」

「ええ」

 

 三人一斉に、ワルプルギスの内部へと踏み込んだ。

 さあ、本番だ。

 

 

 

 

「時間停止……継続」

 

 手を繋いだ私達は、高い場所に出た。

 高い場所というのは、つまり地面が結構下の方にある場所ということだ。

 

「あれは……草原! 敵影は……無し!」

「着地の準備をして! 周りにリボンでひっかけられそうなものがない!」

「二人とも、絶対に手を離さないで!」

 

 草原。一面の大草原。

 サバンナとは違う。砂地の一切ない、樹木もない、一面が全て緑で覆われた草原だ。

 

 周囲には魔女の結界ではありがちだった意味不明な構造物も、草原に一本や二本はあるべき背の低い木も存在していない。

 私たちが仲良く手をつなぎ降下する20mほどの高さから見通すことができる景色は、その一面すべてが大草原で構成されていた。

 

「建物はない、魔女もいない……!?」

 

 ここは確かに、ワルプルギスの夜の結界のはずだ。広いのはわかる。

 けどキュゥべえの話では確かに、大量の魔女がいるって……。

 

「っ」

「ふっ」

 

 考え事をしている間に、私達は草原に着地した。思っていた以上の衝撃はない。

 

「草の丈は膝下……移動の阻害には成り得ない。それだけならありがたいことではあるけど」

 

 しばらく辺りを見回した。

 手をつなぎ、時を止めたまま周囲を見やる。探しているのは、当然、結界内にいるという魔女の姿だ。

 

 しかしいくら周りを注視してみても、広がるのは草原と澄み切った青空のみ。

 突入する前は恐ろしい魔王の城であったり、廃墟立ち並ぶ荒野のような結界を想像していただけに、やけに不気味だ。

 

 観察するうちに、お互いに握る手のひらも汗ばんできた。

 

「……いない」

「わよね?」

「今は、多分……そうっすね」

「どこかに隠れている……?」

「それはないわ。隠れる場所なんてどこにも……」

 

 打開策は無し、か。

 

「時間停止を解除しよう。相手方の動きがないと、対処のしようがないし」

 

 このまま手をつなぎ、ほむらの魔力を消耗させ続けるのは得策ではない。

 時間停止したまま突入したのだ。お出迎えがないのはそのためかもしれない。

 

「わかったわ、解除する……けど、準備はいいのね」

「大丈夫よ、いつでも……戦う準備は、できてるわ」

 

 私も無言で頷いた。

 

「……いくわよ…………解除」

 

 風のなかった世界に、静かな風が吹き抜けた。

 

 

 

 

milet

燭台の魔女・ミレイ

 

 

Magda

憤怒の魔女・マグダ

 

 

Jessica

ガス燈の魔女・ジェシカ

 

 

Marin

藁山の魔女・マーリン

 

 

lucy

篝台の魔女・ルーシー

 

 

karen

鉄檻の魔女・カレン

 

 

Micaela

鏝の魔女・ミカエラ

 

 

Monica

灰掻きの魔女・モニカ

 

 

Silke

悲鳴の魔女・ジルケ

 

 

nicola

鞴の魔女・ニコラ

 

 

Teresa

菜種油の魔女・テレサ

 

 

ARENA

蝋燭の魔女・アリーナ

 

 

Cindy

鉄牛の魔女・シンディ

 

 

tinna

坩堝の魔女・ティナ

 

 

 

 

 

「!?」

 

 そいつらは、何もなかった空間に突然現れた。

 草原に風が吹くことが当然であるかのように、目の前に“いた”のである。

 

『ウォォオオオォオォオオォオオオォッ!』

「──」

 

 そして、魔女は私たちがここにいることが当然であるかのように、それぞれがそれぞれの凶器と成り得るもので襲いかかっている。

 

「ッ……!」

「“セルバンテス”!」

 

 真っ先に振り下ろされた溶岩の拳をバリアで受け止め、ほむらの前に躍り出る。

 ほむらの手を強く握りしめ、叫ぶ。

 

「マミさんを!」

「はっ!」

「お願い! 早く!」

 

 灼熱の拳。灼熱の銛。灼熱の鞭。全ての燃え盛る凶器は、マミさんのほんの手前でようやく停止した。

 ジリジリと焼きつくような熱気もそこに留まり、マミさんの肌を焼くこともない。

 

 ほむらの時間停止が効いたのだ。

 

「……びっくりしたわ」

「ひぃ~……」

 

 マミさんが生み出した一条のリボンは、辛うじてほむらの腕に巻きついていた。

 ほむらの停止があと少しでも遅ければ、マミさんは今頃……いや、やめておこう。

 間に合って良かった。

 

「……ごめんなさい、背筋が凍ってしまって」

「うん、さすがにね……予想してなかったわけじゃないけど」

 

 見上げ、見回せば、青空だった景色を覆い隠す十数体の魔女。

 それぞれ使い魔を伴ってはいないものの、身体のどこかしらに滾らせている炎が、単純な魔女としての危険度を示していた。

 

「こいつら、一瞬だったよね」

「……ええ、音もなく取り囲むように現れた」

「気配もなかったし、前兆も……厄介ね」

「ふむふむ……この魔女たち、みんな炎にまつわる攻撃をしてるみたいだね……統一性がある」

 

 この魔女の群れを倒すのは難しくはないだろう。一度時間が止まってしまえば、こちらのものだ。

 けどこいつらを倒したとして、それで終わりだろうか? 

 

 ……あり得ない。絶対にまだ何かあるはずだ。

 

 

 

 

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