全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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私達なら不可能だとは思わない

「魔力を無駄にはできないわ……そろそろ解除しなくちゃいけない」

「こんなに思いつめる状況になるはずじゃなかったけど……どうにかしなきゃね」

 

 ほむらの時間停止は有限だ。マミさんも周囲に湧いた魔女を見回し、焦りを募らせている。

 が、結論は出ている。

 

「倒そう」

 

 私はサーベルを出し、呼吸を整えた。

 敵は私達を取り囲み、あまりにも多い。けど、それを承知の上でここまで来たのだ。

 

「二人とも、できる?」

「あら、不安?」

「時間を止めたままの状態で負けるなんて思ってはいないけど……停止を解除した状態で、勝てるのかしら……って思ったのよ」

「……ほむらの時間停止も、有限だしね。魔力は無駄遣いできないよ。解除して戦う方が良さそうだ」

 

 ほむらの手を握ったまま、片手でアンデルセンを生成する。

 マミさんもマスケット銃を手に持って、一回転させて魔女へと向けた。

 

「何度も何度も時を止めていたら、いざという時の対処ができない……苦しいかもしれないけど、殲滅しましょう」

「任せなって、最強さやかちゃんだよ?」

「ふふっ、私だって負けないわよ。新技を、こういう状況で使ってみたかったくらいだもの」

「ええー? 私だって、負けませんよ?」

 

 伊達に力を願って魔法少女になってないもんね。

 少数対多数。望むところじゃないのよ。

 

「……合図とともに、手を離す。そうしたら、戦いが始まると思っていて」

「オッケー」

「了解」

 

 手に汗握る戦いが始まる。

 目の前に広がる巨大な銛は、世界が動き出すと同時に間もなく私を貫く予定だ。

 

 その予約に割り込み、私の剣は敵を斬らねばなるまい。

 無茶だらけの戦いが行われるわけだが、修羅場を潜らずにワルプルギスの夜を倒せるはずはない。ここを乗り越えなくちゃいけないんだ。

 

 

「……解除!」

 

 時が動いた。魔女の咆哮が耳を劈く。

 

「“長七の乱”」

 

 が、既に私は動き出している。二本のアンデルセンを、その重みのまま、ぶん回すように振り払っていた。

 

『ギッ……』

『ギャァ』

『ウロロロロロ……』

 

 魔女が突きだす銛と、その隣の魔女の柱と、何かの脚と、何かの腕と、何体かの胴を斬り落とす。

 

「“ティロ・レデントーレ”」

 

 私の反対側では、マミさんのリボン花火があちこちで大輪のリボンを咲かせていた。

 一瞬で空間を刺し尽くすリボンの刃から逃れる術は、残念ながら好戦的な魔女にはなかったようだ。

 

「後処理は任せて」

 

 そしてダメ押しとばかりに、辺りにダウンした魔女たちが炎上する。

 鼻腔を突くガソリンの臭気に、ほむらの攻撃なのだろう。

 立ち上がろうとする気力があった魔女達は、静かにその余命を燃やして消滅した。

 

「……やったかしら?」

 

 辺りは一面焼け野原。

 視界には何の姿もいないように感じられる。

 

 

『ォォオオォオォオオオオォォオオ!』

 

 

「! いや、まだ来る!」

「気を付けて!」

 

 周囲から気配が多数! 油断はしないぞ!

 

 

 

 

 

cristel

驢馬の魔女・クリステル

 

 

Anselma

珊瑚の魔女・アンゼルマ

 

 

Sophia

投網の魔女・ゾフィーア

 

 

THEODORA

冒険の魔女・テオドーラ

 

 

Yasmine

鉤の魔女・ヤスミーネ

 

 

Rosalie

胡椒の魔女・ロザーリエ

 

 

Pauline

濁流の魔女・パウリーネ

 

 

Muriel

蛋白石の魔女・ミュリエル

 

 

Liesbet

烏賊の魔女・リースベト

 

 

Cathrein

曲刀の魔女・カトライン

 

 

Ingrid

傘の魔女・イングリト

 

 

diana

伏目の魔女・ディアーナ

 

 

 

 

 またも同じ状況だ。

 今度は寒色中心で彩られた魔女が、私たちを取り囲むように現れた。

 

「色的に……水ッ! 水タイプというか、そんなんだ! 水や冷気に気をつけて!」

 

 警戒を促しつつ、私はその中でもっとも大きな魔女の腹に向けて左手のアンデルセンを放り投げた。

 ゆっくり二回転した大剣が岩のような腹に突き刺さり、そこへ飛び込んでゆく。

 

「“セルバンテス”! 思いっきり撃ち込んでやれ!」

『ゴォッ!?』

 

 釘に対する鉄槌。あらゆるものに反発するバリアーが大剣を押しやり、頑丈さでは無二であろう魔女を粉々に砕いてみせた。

 

『シェッ!』

『シャァッ!』

 

 一体だけに構う余裕はない。

 私が一体を片付ける間に、二体の魔女はすぐそこまで迫っていた。

 大きなイカリを腕に備えた魔女と、アンデルセンの二倍はある曲刀を握った魔女だ。

 

「接近タイプかっ」

 

 重量不明の、分厚いイカリが私の頭上に振り下ろされる。

 

「はぁっ!」

『!?』

 

 しかし私のセルバンテスが生み出すバリアーを崩すには至らない。

 何トンもの重量があったイカリの一撃は弾き返され、魔女の体勢を大きく崩した。

 あの程度は跳ね返せる。良いことを知れた。

 

「“六甲の閂”」

 

 露わになった腹を真横に切断し、二体目。

 もう一体の曲刀の方は……。

 

『ごぼッ』

 

 側面からの赤い爆風によって、轟沈した。

 ナイスアシスト、ほむら!

 

『数が多いと、目まぐるしいけど……!』

『なぜかそんなに辛くないっすね!』

 

 マミさんも私も、強がりではなく事実だった。

 私たちを取り囲もうにも、その数には限りがある。

 小さな人間を複数の魔女が一度に襲うには、かなり厳しいものがあるのだ。

 

 対して私たちの攻撃はコンパクトながらも高威力。魔女が手を下す前に、私たちが適当に放つ強烈な一撃は魔女を蹴散らしてしまう。

 ほむらの火器が、マミさんのリボンが、私の剣が。急所を貫き、動きを止め、脅威をそぎ落とす。

 無敵と言っても驕りではない連携がここに確立されていた。

 

『ブシュッ!』

 

 しかし無敵なんて都合のいい状態が、ゲームじゃあるまいし、長々と続くはずもない。

 

「! まずい――」

 

 予想はしていたけど、認識できなかった位置からの攻撃に今さら気づいてしまった。

 半透明なカエルのような魔女。膨らんだ頬。震える体。水だ!

 

「防御に回る! 私の後ろへ!」

「えっ――」

 

 ほむらを庇うように立ち、アンデルセンはひとまず地面に突き刺して、左手を正面へ構えて腰を落とす。

 そして、人を四人は巻き込めそうな太い水柱が、私たちに襲いかかってきた。

 

『ゴッ』

 

 洪水が噴き出し、私を襲う。

 一面に広がるバリアーは休む間もなく震え続け、激しい飛沫を散らしながら水流を割り、受け流してゆく。

 

『く……耐えられる勢いだけど、耐えている間はここから動けない!』

『外側に弾かれた水流が邪魔で、私たちも駄目ね』

『! 他の魔女が来る』

『動けないけど、お願いします!』

 

 水のカーテンに包まれる中、無茶な注文だろうと思う。

 けど二人ならやってくれても不思議じゃあない。

 

『仕方ないわね、全力で消し飛ばすわ……!』

『そうね、出し惜しみはできない』

 

 魔女の影が、水流越しに近づいてくる。

 水にまつわる魔女たちだ。水流などはものともせずに、こちらを攻撃することができるのだろう。

 

『“ティロ・フィナーレ”!』

『食らいなさい、特製花火よ』

 

 横薙ぎのビームと、炸裂する爆弾。

 通常では考えられないほどの頑丈さを誇る魔女の外殻が砕け、余剰エネルギーは更に奥の魔女さえも貫通する。

 

 周囲から敵が掃けた今が好機!

 

 

 ――左手にバリアを生み出すセルバンテスの展開を続け

 

 ――右手にアンデルセンを生み出し――バリアが消える一瞬の間に――

 

 

 大剣の溝に魔力が籠る。青白い輝きが迸る。

 

「叩き斬る!」

 

 フェルマータの青い輝きが、水の激流と同じ太さのエネルギーになって放射された。

 強い気を放つオーラは水を弾き、濁流など容易く押しのけて、魔女の口内へと到達した。

 

『ゴボッ!』

 

 カエルの魔女は内側から大きく膨らみ、爆発して消滅した。

 

「ッ……!」

 

 フェルマータを撃った直後の疲労感が、体の重さを倍増しにして襲いかかる。

 が、ここで休憩する暇はない。まだまだ魔女は、周囲に複数残っているのだ。

 

「く、やっぱりトドメの一撃用の技を途中でっていうのは……結構キツいわね……!」

「魔女殲滅用の爆弾……確実に一体以上を殲滅できる特別火力だけど……数には限りがある」

 

 マミさんもほむらも、懸命に戦っている。

 

 

 ――けど、息をつく暇はない!

 

 ――出し惜しみはできない!

 

 

 二人のためにも、私はもっと表に立たなくては。

 

「“四条の織”!」

 

 斬り上げからの腰溜め、そして横一閃。

 防ごうとした魔女の腕を弾きあげ、横切りは綺麗に決まった。よし、更に一体!

 

『口をあけてるやつは私の爆破に任せて!』

『了解! 空中に出る奴は私がリボンで撃ち落とすわ!』

 

 時限式爆弾が、ロバの大口へと投げ込まれる。

 マスケットの弾丸は、何とも形容しがたい物質的な魔女の外面を貫いてゆく。

 

 私にできるのは、今尚襲いくる接近戦を得意としそうな奴の除去だ。

 

「――」

 

 腹を斬られ脱力する目の前の漁師魔女は間もなく倒れるだろう。

 爆弾を投げ込まれた驢馬の魔女はこちらに触れる前に即死する。

 マスケット銃で撃たれているオパール色の魔女は虫の息だ。

 

 十一体が斃される。残るは一体。

 

『ウァァアアアァ……!』

 

 目から涙を流す、細く長身な人型の魔女。

 

「ぜやぁっ!」

 

 横に振り抜いたアンデルセンを、再び反対へと振り投げる。

 刀身の中ほどに重心を持ったアンデルセンは、いびつな回転軌道を描きながら魔女へ飛び込んでゆく。

 

『ガアッ!』

 

 驢馬の魔女が内側から爆発すると同時に、大剣は魔女の胴体を切断し、戦いは決着した。

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

「ふう……」

「はい、グリーフシード」

 

 ほむら手渡される真新しいグリーフシードを受け取って、ソウルジェムに押し当てる。

 ソウルジェムの穢れは瞬く間に払拭されたけど、グリーフシードの方はもう使い物にならないだろう。いつも以上の損耗だ。

 予想されていた消耗戦とはいえ、なかなか厳しいものがある。

 息をつく暇なんてありゃしない。

 

「はあ、はあ……何体倒したかしら……」

「三十体……?」

 

 マミさんもほむらもグロッキーだ。けど数はそんなもんじゃない。

 

「まだ二十六体……」

「うそ、そんなものだったかしら……」

 

 三人で二十六体。普段からしてみれば化け物じみたペースではある。

 けど、それはそれで、それなりの無茶をしているからだ。

 私たちは差し引きで言えば、マイナスになる戦いに身を投じているだろう。

 

 身体は治る、魔力も戻る……けど……精神的にきっついなぁ……。

 

 俯き、鎖骨に止まった汗を拭う。

 大きな涼しい影が、私の視界の限りを覆った。

 

 

 ――影? なぜ、影ができる。

 

 

 途端に汗は引いた。空を見上げると、そこには。

 

 

 

 

Brynhild

王騎の魔女・ブリュンヒルデ

 

 

Alexandra

重戦車の魔女・アレクサンドラ

 

 

Sieglinde

反旗の魔女・ジークリンデ

 

 

Valentina

黄銅の魔女・ヴァレンティーネ

 

 

Adelheid

斬鬼の魔女・アーデルハイド

 

 

Luischen

舞踏の魔女・ルイースヒェン

 

 

Leopoldine

孤高の魔女・レオポルディーネ

 

 

Wilhelmina

一騎の魔女・ヴィルヘルミーナ

 

 

 

 

 敵がいた。

 

 

 

 


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