全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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このままではいけない!

 

 炎の魔女たちを倒した。

 水の魔女たちにも辛勝した。

 なぜ、私は無防備に一息ついてしまった。これだけで終わるわけないってのに。

 

「みんな伏せて! ほむら、お願い!」

 

 ほむらは私と、マミさんの手を握った。

 そして二人は足を挫くようにして、地面へ倒れ込む。

 

 頭上からは魔女の影。

 八体の魔女が巨大な……おそらくは剣であろう得物をこちらに向けて、真っ直ぐ降りてくる。

 その巨大な刃で私を突き刺そうと。

 

「耐えて、“セルバンテス”!」

 

 二人を庇い、左手を空へ掲げる。

 

『ォオオオォオオ!』

『ヤァアァァアアアッ!』

『セェェエエェエエイッ!』

 

 まずは巨大な三本の大剣が、私のバリアに突き立てられる。

 爆発のような火花が同時に弾け散り、陰る魔女の姿を一瞬だけ強く照らした。

 

 その姿はまるで、騎士のようだった。

 

 気高く、屈強な、大きな剣を携えた騎士。

 

 そんな騎士があと五体、さらにこちらへと刃先を向けて落ちてくる。

 

 

 ――耐えろ! まだ耐えろ! 私の盾!

 

 

 バリアは既に限界だ。

 そして新たに突き降ろされた五本の剣により、守りは容易く砕かれた。

 

 

 

『……ふーッ』

 

 危機一髪だった。ほむらが大きな息を吐くほどに。

 私とマミさんとほむらは手を繋ぎ合い、どうにか無事に時間を停止させることができたのだ。

 

 私のバリアも微力ながら功を奏したらしい。

 少しでも魔女の剣を受け止めていなければ、今頃はマミさんの肩が落ちていたかもしれない。

 

『暁美さん……ちょっと、息を落ち着ける時間を頂戴』

『異論はないわ……』

 

 肩の上20cmにある大剣を見ないようにしながら、マミさんは深く息をつく。

 ほむらも手だけは握りつつも、大きく肩で呼吸している。私だってそうだ。死ぬかと思ったよ。

 

『だはぁー……』

 

 ……まだ魔女はいる。今度は八体だ。

 数自体は減ったけど、それぞれ大きな体で、人型で、みな騎士のような、武士のような姿をしている。

 

 今の一撃でわかった。どれもすごく強い魔女に違いない。

 これまではどんな魔女の攻撃でも、私のバリアーが破られることはなかったのに……先ほどは簡単に撃ち抜かれてしまった。

 

 同時攻撃とはいえ、杏子のブンタツによる突進と同じかそれ以上の威力。

 ……個々の能力も高いと見て間違いはない。

 

 けど、時間を止めてしまえば問題はない。

 時間停止分の魔力は消耗するだろうけど、この魔女たちは確実に、停止時間内で倒してしまった方が消耗も少ないはずだ。

 

 

 

『……ワ、タシハ、シバラレヌ』

「……!?」

「!」

 

 声がした。金属板を引っ掻いたような不愉快な、けれど意味のある言葉。

 魔女の声だ。

 

『暁美さん、停止を解除したの!?』

『いや違う! こいつだけが動いてます!』

 

 ギギギと油の足りない機械人形のような動きで歩き始めたのは、蒼い炎に燃える黒衣を纏った魔女。

 逆手の短剣を握りしめ、そいつは確かに……動いていた。

 

『慌てないで! 焦っちゃ駄目だ!』

 

 焦りに手を離しそうになるマミさんを、鋭い声で呼び止める。

 ここで私たちの時間を止めてしまうわけにはいかない。

 

『嘘……私の魔法は、時間を……』

『イザ、ジンジョウニ!』

 

 青い炎に燃える身体が、緩慢な動きでナイフを振り上げる。

 

 左手を突き出せば防げるであろう一撃が来る。

 が、魔法少女同士が仲良くお手々を繋いだまま反撃に移れるとは思えない。不確定要素も多い。

 

「……こいつには停止が効かない! もしかしたら他の魔法も! みんな、距離をとって!」

 

 魔女に囲まれた一帯から素早く退避する。

 剣は地面に突き刺さり、衝撃は音となって鼓膜を響かせた。……威力はある。やはりこいつも強い魔女だ!

 

「……手をつないだままじゃ、あの魔女にもろくに戦えない。一旦解除するわ」

「異論なし」

「仕方ないわ、ここから戦いましょう……!」

 

 ほむらの汗ばんだ手が離れ、空中に留まっていた魔女たちが一斉に降下。無数の刃は大地を突き刺した。

 

 ズドン、と腹の底にまで響くような音が臓腑にまで響く。

 私のバリアを容易に打ち砕くだけの威力はありそうだ。

 

『ハズシタカ』

『ツギハ、アテル……!』

「喋ってる……!」

「魔女の中にはそういうものもいるわ。ただ、こっちの常識は通じないから、和解も何もないけど……」

「思っていることをしゃべってくれるだけってことか……ま、それはそれでかえってやりやすいかもね」

 

 サーベルを取り出し、正眼へ。

 私の構えを見た魔女たちはピクリと反応し、奴らも一斉に刃をこちらに向ける。

 

 ……手慣れている。

 

『カクゴ!』

「来い!」

 

 一番前に出てきた金ぴかな鎧の魔女は、堂々と立ち向かっているが……私の狙いはそいつではない。

 最優先に潰すべきは、やつらの中央にいる黒いマントを着た魔女だ。

 

『……』

 

 他の魔女が時間停止を食らった中、あいつだけは動いていた。不確定要素の塊。無視する理由がない。

 

「停止時間で動いていたあの魔女さえ倒せれば……!」

「他の魔女も、一網打尽よ」

 

 動きは決まった。あとは上手く事を運ぶのみ。

 

 

 ――時間停止を使えば七体の動きは止められる

 

 ――けど残りの一体を、時間停止が効かない私が倒せるかといえば、絶対に無理ね

 

 ――……時間停止できるならともかく一撃火力のランチャーは隙が多すぎて駄目、アサルトライフルで戦うしかない

 

 ――……なんて無力なのかしら、いえ、今は嘆いても仕方ない

 

 

 ほむらは苦々しい顔でライフルを取り出した。

 

 

 ――数は多い、けど囲まれているわけじゃない

 

 ――ティロ・スピラーレで敵の陣形を固めれば、美樹さんの攻撃までの繋ぎになる

 

 ――敵を拘束してサポートに回るのが無難そうね

 

 

 マミさんは両手にマスケットを生成し、優雅に構えた。

 

 

 私は、さて。どうすべきか。

 

 ……ほむらは遠距離からの援護射撃、マミさんはティロ・スピラーレでの援護になるはず。

 敵の魔女はみんな近接タイプだ、援護射撃は強力な味方になってくれるだろう。

 

 この敵を見る限り、以前のガトンボの魔女みたいに遠くから使い魔を飛ばして、なんてことはやってこないはず。絶対は無いけど、どれも武人タイプだ。

 

 流れとしては……こっちは遠距離から敵を削る。

 相手はなかなか近づけない……近づいたら私が斬る。

 だからあの時の魔女とは、正反対の状況だ。こっちが優位。

 問題は数と敵の質だけど……まぁ、まだ接近戦だけなら分がありそうだ。

 

 ほむらはアサルトライフル、マミさんの両手にマスケット銃が握られ、私が篭手とサーベルに魔力を込めた。

 それは最低限の準備動作で、長考の末の動きというわけでもない。

 

 各々の、ある意味最速のモーションだった。

 何体もの魔女を倒してきた私達三人の、テレパシーすら使わない完璧な連携の、その最速の初動だったはず。

 

『――ショウメンヨリ、キル!』

『ミギヨリ、チカヨリテ、キル』

『ヒダリヨリ、ヤツヲ、キリステル』

 

 だっていうのに、私たちが戦いの準備を整えるのと同時に、知性の無いはずの魔女たちは示し合わせたかのように散開した。

 

「なん……」

『タタカエ!』

 

 号令を出したのは黄金の魔女。そして号令通りに動く魔女たち。

 

 ――あいつが司令塔だったのか!?

 

『コロス!』

 

 あっけにとられたその隙すらも突いて、魔女はこちらへ飛びかかってくる。

 

「ああっ!?」

「!」

 

 散らばる標的を追おうと、マミさんのマスケットは発射の直前に銃口が左右へと逸れた。

 二発のティロ・スピラーレは中途半端な場所で炸裂し、開花する。

 それらが生み出すリボンの檻は広範囲ではあるものの、動きの制限とするには少し甘い。それに、魔女に満足なダメージを与えることもできかったようだ。

 

「しまった、これじゃあ掠っただけ――」

『シトメル』

 

 両足に車輪を備えた大柄の魔女が、そのままマミさん目がけて突進する。

 手に握るのは巨大なハルバード。槍と斧を兼ねたあの武器は、その用途のどちらでも、私たちに致命傷を負わせるに違いない。

 

「うおっとぉそれはさせないッ!」

 

 すかさず私は前へ出た。

 あのハルバードくらいなら、私のバリアで防げるはずだ。

 

「マミさんほむら! 左から来る魔女を相手して!」

「! 了解……!」

「右は!?」

「良いから!」

『ォオオォッ!』

 

 ハルバードの大振りに左手を差し向ける。

 派手な青い火花と衝撃波を散らしながらも、障壁はなんとか一撃を耐えることができた。

 

『イノレ』

『マイル!』

 

 問題は次だ。奴らは刃を構え、続々と仕掛けてくる。

 

 

「“ティロ・スピラーレ”!」

「当てる……!」

 

 正面からの重い一撃は耐えた。

 あとは左右から迫る魔女の対処だ。

 マミさんとほむらは、片方の長い剣を持った魔女を対処してくれるだろう。今も戦っている音が聞こえてくる。

 

『オドレェ!』

「!」

 

 バリアの展開によってしばらく動くことのできない私へと迫る、二刀流の魔女。

 短いながらも二刀流を振りかざす4m近い巨躯は、剣道の試合とは比べ物にもならない“死の予感”がする。

 

 それでも相手は、剣を持った人型の敵。

 人型が相手なら、片手がふさがっていようとも余裕がある。

 

 他流試合で長物持った年上相手に勝ったこともあるんだぞ? 舐めないでよ!

 

「“四跳ねの燈”」

『!?』

 

 威力任せの大振りな攻撃を、軽くいなす。

 数メートルや数十キロごときの体格差があろうとも覆らない物理法則により、魔女の双剣は外側へと弾かれた。

 

 片手だろうが関係ない。

 油断しきったモーションで攻撃してきる奴なんて、素人みたいなものだ。

 

「“閂”」

『グボォッ!?』

 

 カニだの虫だのといったわけのわからない姿をした魔女よりも、よっぽどやりやすい。

 無防備な魔女の首を跳ね飛ばした時、その思いは確信に変わった。

 

 マミさんとほむらは、私の後ろで無事に攻撃を防ぎ、反撃できているだろうか?

 

『キリ、クズス!』

 

 だけど、新手が来る。あっちを考える余裕もなさそうだ……!

 

 

 バリアを隔てた大きな魔女が、ハルバードを腰だめに構え始めた。

 魔女の攻撃だ、何が起こるかはわからない。

 

 足元の車輪、重厚な鎧、巨大な体。

 重戦車と呼ぶにふさわしい姿の、パワータイプの魔女。

 緩慢な溜めから繰り出す一撃に、どれほどの威力が込められるだろうか。

 経験上、ゲームであれ現実であれ、でかいやつの力を溜めた一発っていうのは、受けるにはキツい。

 

「二人とも、すぐにここから退避! でかいのは任せて、後ろの他の奴を!」

 

 二人の戦況をよそ見はできない。私はこいつを仕留めなくては。

 

『ドォオオッ!』

 

 ハルバードが太い鉄を引きちぎったような音と共に、より巨大に、刺々しく変形する。

 刃の先端部分だけで私達三人分を覆いつくせそうなほどの、規格外な武器に大変身だ。

 ワルプルギスの夜を相手にする以外には用途もなさそうなオーバースペック。

 少なくとも魔法少女に使う得物ではないことだけは確かな兵器に見える。

 

 しかしその穂先は、ちっぽけな私に向けられている。

 

 これ、セルバンテスのバリアーで防げるか……!?

 

『ッッセェエィッ!』

 

 足元の車輪が唸る。突進により土煙が捲れ上がる。ハルバードがバリアを衝く。

 

 青い衝撃は、半透明な面を白く覆い尽くした。

 それが衝撃でも火花でもなく、バリア自体に入ったヒビであることはすぐにわかった。

 

 凶器の穂先は容易く私のバリアを突き破り、地面までも何メートルか抉り取ってしまった。

 

「――割れる直前にヒビが入る事は、杏子との戦いで既に知っていた」

『!?』

 

 そこに私はいない。私は砕け散ったバリアの後ろではなく、そこから少しだけ離れた場所に立っている。

 

「バリアにヒビが走って、曇った瞬間に姿をくらませば、アンタの次の動きも鈍くなると思ったんだよ」

 

 突撃を終えて隙だらけになった魔女の足元で、私は大剣を振り絞る。

 

「正解だった」

『ガァッ!?』

 

 会心の一撃。

 重く堅い手応えだったけど、甲冑らしきものの隙間を狙った大振りは中まで到達した。

 

 体を支えるための大事な芯までも斬られた魔女の胴体は、重みに任せて傾き、ちぎれ、伐採される大木のように転げ落ちていった。

 

「次っ!」

 

 一番大きな奴は切り崩した。次の相手と戦わなければ。

 周囲を状況を確認しようと、まずはマミさん達の方へと目をやった。

 その時だ。

 

「緊急事態」

 

 私のすぐ目の前に、切迫した表情のほむらが現れた。

 何が起きたのかはわからない。理解するより先に、すぐに場面は移り変わっていた。

 

 

 

 今さっきまでいた草原ではない。

 コンクリートの上に、私は立っていた。

 

「!?」

 

 何が起きた。この地面は?

 コンクリート、道路。……舗装された路面。

 

 ここは結界の中ではない。ここは……ワルプルギスの夜の外?

 

 

 ほむらの時間停止の効果による瞬間移動であると、私は推測した。

 一瞬だけ視界に入ったほむらがその理由の裏付けになるだろう。

 

 つまり、ほむらは私を抱きかかえてワルプルギスの結界を脱出した?

 一体何のために。

 

「何が……!」

 

 理由は分かった。

 私のすぐ真横に、答えが見えた。

 

「お願い……巴さんを助けるの、手伝って!」

「……ぅぐ、ぁあ……!」

 

 緊急事態だからだ。

 

 マミさんの両脚は、腿から先が無くなっていた。

 

 

 


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