全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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どうしよう、どうしたら

 

「マミさん!」

 

 急いでマミさんの脚に手を添える。

 使うのは傷を治す回復魔法。正直、燃費はあまり良くないけど……そんなことを気にしている場合じゃない。

 

「巴さん、き、斬られたの……私をかばって、それで……」

「剣でか……取れた脚は?」

「え、脚……あ、うん、あるわ」

 

 落ち着けほむら。いつものクールな感じで頼むよ。

 

「治療するならくっつけよう……魔法ならできるはず。ゼロからの再生は難しいけど、傷口を接合するのならきっと大丈夫」

「そうね、ええ……そうだ、盾の中に入ってるから」

 

 ほむらが自分の盾を弄っている最中、風が吹き始めた。

 吹き抜け、次第に強く、空気の量を増してゆく風だ。

 

『キャハハハハハ! キャハハハハハハ!』

 

 見上げれば、ワルプルギスの夜の憎々しい巨体は再び、空の中に復活していた。

 体が強敵を前に強張る。絶望感が首を擡げてきた。けど……今はやるべきことがある。打ちひしがれている場合じゃない。

 

「……はい、巴さんの脚」

「ほむらはそっちの脚に魔法を、私はこっちをやるから」

「ええ、わかったわ」

「グリーフシード、一つか二つあれば足りるはず……!」

 

 グリーフシードで魔力を回復することが前提。出し渋りはしない。両手に癒しの力を込める。

 マミさんの脚に全力で回復魔法を使おうとした、その時だった。

 

「……待って」

 

 マミさんは手でそれを拒んだ。

 

「……マミさん?」

「……大丈夫」

 

 大丈夫じゃない。そんな無理してる笑顔のどこに大丈夫な要素があるんだ。

 冷や汗を流して、顔がびしょびしょだ。失血も多すぎる。

 魔法少女だって全能じゃない。すぐに処置しないと、マミさんが死んでしまう。

 

「……私の治療に使っていたら、グリーフシードがなくなっちゃうわよ」

 

 正論ではある。けど今はやめて。

 

「……ワルプルギスの夜は倒します。けどマミさんを見殺しにはできない」

「大丈夫。脚くらい、痛覚を切って……応急処置さえすればね」

 

 マミさんのリボンが、切断された両足を巻き込みながら、過剰な包帯のように絡まってゆく。

 

「……」

 

 私もほむらも、その様子を痛ましく見ていた。

 確かに痛覚は遮断できる。リボンを強く巻けば止血もできるだろう。だけど傷が塞がるわけではない。

 この処置はあくまでも応急処置に過ぎない。いや、もっともっと惨たらしい、先送りでしかないのだ。

 

「……うん、魔法のおかげね。立つくらいなら、なんとか」

 

 リボンでぐるぐる巻きにした脚で、マミさんが立ち上がる。

 立っているのに、バランスを取るのに必死。操り人形のような不安定さだ。

 

「……お願い、巴さん。グリーフシードを使って」

「この戦いが終わったあと、ゆっくり使わせてもらうわよ」

 

 余裕そうな笑顔もぎこちない。それでもマミさんは、この戦いに身を賭しているのだ。

 

「……マミさん、いけるんですか。脚がないってことは、着地も蹴りもできないってことですよ」

「リボンを使って移動するわ。どうせ空中戦だもの、ワイヤーアクションで戦うのに、脚はそれほど重要でもないわ。空の魔女と戦う訓練はやったのだし、いけると思う」

「……わかりました、信じてますよ」

「ありがとう」

 

 完璧ではない。万全ではない。けどこの最終決戦の場面で、そんなのは当たり前なんだ。

 マミさんもそれをわかっている。だから、私はマミさんの判断を信じ、尊重することにした。

 

「そんな……無茶よ」

「ほむら、それでもやるしかないんだよ」

 

 確かにきついだろう。空中で、すべてをリボンに任せて動くのは至難の業だ。

 けどマミさんは覚悟している。当人が覚悟を決めていて、私達が受け入れないわけにはいかない。

 

「どうしても勝たなくちゃいけないのよ……もしもこの脚が無くなっても、ワルプルギスの夜が生み出す被害と比べれば可愛いものだわ」

「……ええ、そうね、確かにそう……冷静になりきれていなかったわ、ごめんなさい」

「ふふっ。この時ばかりは、全力を振り絞らないとね」

「!」

 

 

 ――全ての力を――

 

 

 どうしてか、頭の中に煤子さんの姿が浮かんだ気がした。

 

「……全ての力が合わされば」

「え?」

「ごめん、二人とも。しばらく私抜きで……時間稼ぎでもいい、応戦をお願いできるかな」

 

 二人は驚いたような顔をした。

 けど私の中ではもう、これしかないと思っている。

 

 負傷したマミさん。限られているグリーフシード。一度復活してしまったワルプルギスの夜。

 状況は最悪だ。一回目のチャンスが二度も三度も訪れる保証はない。

 なら、先に行える手は打つべきだろう。

 

「何か考えがあるのね?」

「はい。増援を……とにかく急ぎます。……数分かかるかも」

「数分……ワルプルギスの夜を押し返すのに、ミサイルを二、三発ってところかしら……けど、何をする気なの?」

「もちろん、ワルプルギスの夜をコテンパンにしてやるんだよ」

 

 私が不敵に笑うと、ほむらは重々しく頷いた。

 

「……大事な時だけど、時間がないなら長々とは聞かないわ」

「うん、ありがとう……そうだ、しばらくフォーリンモールの中央ミサイルだけは撃たないでもらえるかな。」

「わかったわ。それまではなんとかしてみる」

「任せておいて。今度こそ、きっちり仕事をしてみせるから」

 

 話が早い。さすがの二人だ。

 

「頼んだよ、二人共!」

 

 返事を聞く暇も惜しかった。

 私は軽くジャンプすると、左手のセルバンテスが生み出すバリアを蹴って、勢い良く空を飛翔した。

 

 空の上なら、バリアの連続蹴りができる!

 

 目指すは風見野。

 一刻も早く、杏子を探さなくては。

 

 

 

 手負いのマミさん、ほむらの時間停止が効かない魔女、減りゆくグリーフシード、全快したワルプルギス、状況は悪い。

 まだワルプルギスの夜を後方へと押し返すためのミサイルが何個も生きていることだけが救いだ。全体的な猶予は十分に残っている。ただ現状では、それを消耗し続けるしかないだけで。

 

「ふッ……!」

 

 バリアを蹴る。

 小さく縮め、弾丸のように回転する身体が、空中を上向きに飛んでゆく。

 

「はっ!」

 

 今の時速は、普段この道路を走るトラックの数倍は出ているかもしれない。

 緩やかに落下する体は風を切りながら、陸橋の下をギリギリに潜り抜ける。

 

 そしてまた、バリアを蹴って浮上する。

 

 

 ――魔女を倒すための、単純な力が必要だ

 

 

 私達には決定力が、火力が足りていない。

 魔女の大群と立ち向かうにはどうしても杏子の力がいる。

 

 あいつは他人とは組みたくない。足手まといとは一緒に戦いたくないと言っていた。

 ……けどそれならどうして、まだ戦いに姿を見せていない?

 杏子の性格ならば、一日前には見滝原で待機していてもおかしくないはずなのに。

 

 理由は色々考えられるけど、それは重要ではない。

 杏子が風見野にいること。これだけは確実なんだ。半分勘だけど、きっと間違いない。

 

「杏子……!」

 

 早く見つけないと、マミさんとほむらが危ない。

 

「杏子ぉおおお!」

 

 私は灰色の空に叫んだ。

 

 

 

 

 

「――」

「杏子? どうしたんだい」

 

 杏子は頭を掠めた閃きに、“ハッ”と自嘲した。

 

「なるほどな、今わかったよ」

「空模様は明らかに悪くなっている。着実にワルプルギスの夜が――」

「っはァー、情けねえ。ったくさぁ……なんでアタシは、あんたの言うことをここまで正直に真に受けちまったんだかね」

「どういうことだい?」

「わかったよ、今まさにな。ここからちょっと、こう歩けば……」

 

 杏子が無人の大通りを横切って空を見上げた。

 

「……ほれ見ろ。あっちの方が断然、悪天候だ」

 

 キュウべぇは言葉を返さない。

 

「あそこは丁度見滝原……か、その少し向こうだな。んー……天気予報をしっかり確認しとけば良かったか」

「僕の予想も完璧ではないからね、多少の誤」

 

 槍の一閃。

 

「さ――」

 

 キュゥべえの頭部は滑らかに切断され、動かなくなって地に落ちた。

 

「それ以上喋んな。あと、戻ってこなくていいからな。糞野郎め」

 

 風見野にワルプルギスの夜がやってくるかもしれない。キュゥべえは杏子に対し、そのような情報を与えていた。

 きっと嘘では無かったのかも知れない。嘘をつかないキュゥべえのことであるから、見滝原を滅ぼした次にはしっかり風見野にもやってきたのだろう。

 だが当然ながら、それは杏子にとって歓迎できる状況ではない。

 

「……わずかに、炎が滾る感覚がある。ちっぽけだが、だからこそわかる感覚だ」

 

 チリチリと火花を発する髪留めを横目に、杏子は見滝原の曇天を見上げた。

 

「アンタなんだろ? さやか」

「杏子ぉおおお!」

 

 やがて、遠くから嘆くような叫びが聞こえてきた。

 

「……へっ、ほら、やっぱりね」

 

 

 

 

 

 目視で杏子を見つけるのは難しい。

 屋外にいるかも謎だ。声で呼ぶか、テレパシーしかない。

 

 ……ここはまだ、嵐の最中というほどではないため、人が出歩いているかも。

 大っぴらに空を飛ぶのは危険だ。ただでさえ今は、見上げるには丁度いい頃合いなのだから。

 けどだからといって、声を張り上げないわけにもいかなかった。使える手は全て使うしかない。

 

『杏子! どこにいるの!』

 

 テレパシーを強く振り撒く。

 相手が聞こうとしていなければテレパシーは届かない。でも杏子がわざわざ遮断しているとは思えない。

 今はとにかく、信じて叫び続けることだ。

 なんとしてでも杏子を見つけないと……。

 

「よう」

「え」

 

 目の前に突然の杏子。

 

「久しぶりだなオイ」

「ぐえ」

 

 そして、私の腹に食い込む膝。

 

「何しに来た」

 

 言葉の端がフェードアウトし、私は民家の屋根に叩きつけられた。

 

 

 

「……いったぁ……」

 

 着地点が丈夫な屋根で良かった。あと、ふっとばされた角度も幸いしたのだろう。

 人の迷惑にならなくて、安心したよ。ホント。

 

「オイ、気絶してねえだろうな」

 

 突然現れて空中蹴りを決めてきた下手人は、私の真横に降り立った。

 臨戦態勢。魔法少女の出で立ちだ。槍まで握り、いつでも戦いに赴ける姿である。

 

 つまり杏子も、ワルプルギスの夜と戦うための準備ができていたってことだ。

 

「何しに来たって……わかるでしょ」

「まあな」

 

 バツが悪そうな顔。やっぱりね。なんとなくそんなんじゃないかと思ってたよ。

 

「いでで、背中痛い……杏子ー、ちょっと起こして」

「……」

 

 渋ったような顔をしながらも、杏子は黙って私の手を引いた。

 立ち上がった私は見滝原へと向き直り、その先にある曇天を睨む。

 

「キュゥべえにでも足止めされてたんでしょ」

「ああ。アンタが呼びかけるまでは気づきもしなかった。ハハッ……我ながら情けないよ」

「戦いはもう何分も前から始まってるよ」

「チッ」

「途中参加でも大歓迎。一緒に来てよ」

 

 杏子は答えず、ただ無言で動き出していた。

 

 

 

 屋根の上を二人で走る。

 さすがは肉体派の杏子だ。バリアによる空中移動を使っている私をいつでも追い抜けるくらいの速さで、風見野の空をフリーランしている。

 

『マミさんとほむらも一緒で、今は二人が食い止めてる』

『食い止めてるだぁ? ハッ、まぁあいつらじゃその程度か』

『それでも一度は追い込んで、奴の結界の中にまで入れたんだ。結界の中には魔女がたくさんいて、それがワルプルギスの原動力になってる』

『へえ。そいつらがつえーってわけか。やられたの?』

 

 やられた、か。

 

『……マミさんが怪我してる。あのまま続けていたら、私もダメだったかも』

『ほーぅ……? オッケー、なら良かった』

『良かないでしょ』

『良いのさ。強い奴がいるなら、私は強くなれるんだ』

 

 まーたこの子はそういう……。

 

『この世で最も強くなれなきゃ、どんな悪も倒せないからな』

『――……』

 

 上機嫌な口調で発せられた何気ない言葉。

 けどそれは、これまで杏子の口から語られることのなかった本心であるように思えた。

 

『……チッ、念話だと口が滑るな。忘れてろ』

『ねえ今』

『うっせえ!』

 

 戦線離脱から、そろそろ三分経つ。

 私たちは丁度、見滝原に入る頃だった。

 

 


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